ぼくがバス停でもらった雪のお菓子
小学生の男の子は図書館からの帰り道で、困っているおばあさんを見かけました。
武 頼庵(藤谷 K介)様の『街中に降る幻想の雪』企画の参加作品です。
既出小説の登場人物が出ますが、旧作を知らなくてもお楽しみいただけます。
ぼくが図書館で本を借りた帰り道、あたりは冷たい風がふいていた。
空は曇っていて、雨か雪が降りだしそうだ。図書館に入る前よりだいぶ寒くなってきた。
僕は厚手のコートの前を閉じて、帽子を深くかぶりなおした。
駅の近くを歩いていると、どこからか気の早いクリスマスの曲が流れていた。
バス停の側を通った時、そこに一人のおばあさんがいた。
毛糸の白い帽子を頭にかぶり、白っぽいコートを着ている。
ふっくらして、なんとなく雪だるまみたいな感じのおばあさんだ。
おばあさんは頼りなさげにバスの時刻表を見つめていて、困ったようすだ。
バス停には他の人はいなかった。
なんだろう? 乗りたいバスに乗り遅れたのかな?
「おばあさん、バスでどこかに行きたいの?」
ぼくがきくと、おばあさんは少し驚いたような感じだった。
で、にっこりして言った。
「あら、ぼうや。私は『もず二丁目』に行きたいのよ。『さくら車庫行き』のバスに乗ればいいらしいけど、それがどのバス停なのかわからないのよ……」
あ、そっか。この駅のこっち側はバス停が三つもあるんだ。
『咲良車庫』へのバスは別のバス停からも出ているけど、おばあさんの行先とは違うコースを通るはずだ。
このバス停から『咲良車庫』へ行くバスも、二種類ある。
おばあさんが行きたい停留所は、コースが枝分かれしている先だ。
ぼくも以前にこの停留所で、間違って違うバスに乗ったことがあった。
途中で違うコースに入ったのに気づいて、あわてて停車ボタンを押したんだ。
知っている道だからよかったけど、降りた停留所からむちゃくちゃ歩いたな。
「おばあさん。えーとね、ここに路線図があるよね。ほら」
バスの時刻表の横に路線図がある。
そこに『百舌鳥二丁目』と書いてあり、バスは『7便』だった。
「あらあら……。三文字で、もずって読むのね」
「えーとね、もずっていう鳥はいろんな鳴き方があってね。こういう字になったんだって」
「そうなの。よく知ってるのね」
「クラスに物知りの女の子がいてね。いろいろ教えてくれたの」
ぼくはクラスメイトの暦ちゃんを思い浮かべた。
髪の長い子で、いつもにこにこしている。
少し前に暦ちゃんに、もずの写真を見せてもらったんだ。
いっしょに不気味な写真も見せられたから、よく覚えている。
木の枝に虫がつきささってたんだ。
もずはつかまえた虫を木の枝にさしておいて、保存食にするらしい。
『もずのはやにえ』っていうんだって。
「えーとね、おばあさん。時計はある? 今何時かがわかればいいけど」
「あらあら……。四時五分かしら」
ぼくとおばあさんは時刻表をみた。
『7便』の十六時の欄をみると、八分ってかいてある。
「バスはもうすぐ来るね」
「あらあら。ありがとうね。あ、よかったらこれ食べて。もらいもので悪いけど」
お菓子の袋を二つ渡された。
それぞれの袋には、白みつが濡られたおせんべいが何枚か入っている。
雪のおせんべいだ。ぼく、これ好きなんだ。
「ありがとう。おばあさん。あ、バスきたよー。7って書いてて、咲良車庫行きだ」
バスが到着すると、バスの前の方の扉が開いた。
ぼくは大きい声で運転手さんにきいてみた。
「すいませーん。このバス、もず二丁目にとまりますかー?」
「とまりますよー」
運転手さんは答えてくれた。
おばあさんは「ありがとうね」と言いながらバスに乗り込んだ。
バスが走り去るのを見送った時、後ろから女の子の声がした。
「タケルくん、えらいんだよ。知らないおばあさんに案内してたよね」
小学校のクラスメイトの槻 暦ちゃんだ。
とても物知りで、いつも学校のテストはほとんど満点をとっている。
たまに満点じゃないときも『教科書の方が間違っているんだよ♪』とか言って、先生を困らせている。
「タケルくんだって変なこと言って、先生を困らせているんだよ」
「心を読まないでね。怖いから。えーとね……。暦ちゃん、いつから見てたの?」
「百舌鳥の字の説明をしてたところからだよ。なんかあたしのことも話してたみたいなんだよ」
「なら、手伝ってくれてたらよかったのに」
この子は、ぼくより説明もうまいと思う。
「タケルくんの説明、カンペキだったんだよ。いつもみたいにボケるんじゃないかと期待……じゃなかった、心配してて見てたんだよ」
「じゃあ、これあげる」
もらったお菓子袋の一つをさしだす。
「え? あたし、何もしてないんだよ」
「ぼくがまちがえてたら、暦ちゃんが助けてくれたんだよね。それで寒い中で見ててくれたんでしょ。ぼくに読み方を教えてくれたのも暦ちゃんだったし。だから、あげる」
「うん、ありがとね。タケルくん」
ぼくは残った袋を手提げかばんに入れた。
そのままでは入れにくかったので、図書館で借りた本を一度出して入れ直す。
「あ、宮本武蔵の五輪書を借りたんだ。タケルくん、相変わらず渋い趣味なんだよ」
「それがわかる暦ちゃんもすごいと思うけどね。暦ちゃんも読んだの?」
「うん。面白かったんだよ。あ、そういえば宮本武蔵が百舌鳥の絵を描いてたって知ってる?」
「えーとね、写真でみたことあるよ。木の枝にとまっているやつだよね」
「うん。それであってるんだよ。あ、そうだ。今度の人形劇で宮本武蔵のお話をやってみない? タケルくんなら、二刀流の人形もつくれるでしょ?」
ぼくと暦ちゃんは、放課後クラブで人形劇をやっている。
いつも使っている紙人形では本体の棒を左手で持って、右手の棒で人形の手を動かすことが多い。
二刀流で人形の左右の手を別々に動かすなら、輪ゴムとかタコ糸を使うことになるかな。
「えーとね、作れると思う。でも、ぼくは宮本武蔵は好きだけど、他の人がわかるかなぁ……。巌流島で佐々木小次郎と戦う話にするの?」
「違うんだよ。お化け狐と宮本武蔵が戦う話って知らない?」
「え? ぼく知らない。そんなのがあるの?」
ぼくと暦ちゃんは帰る方向がいっしょなので、並んで歩いている。
空からチラチラと白いものが舞い降りてきた。
「あ……」
「雪が降ってきたんだよ」
それから暦ちゃんは、姫路城の狐の妖怪の話を教えてくれた。
その帰り道は気持ちがポカポカしてて、寒さは全然感じなかったんだ。