6.もっと切実なもの
ピフが生まれてくる二年前。
銀髪銀眼で彼は生まれた。生まれたばかりの赤ん坊を抱く産婆は、震える手で言葉を落とした。
「呪われた子が生まれた。」
金髪金眼は精霊から愛されて生まれてきた証であり、更に高位精霊ならば加護も与えられる。
体内魔力が安定する三歳の年に神殿で鑑定を受け、加護があると判明されればそのまま神殿に引きとられ、聖者として育てられる。
対する、銀髪銀眼は魔力も無く、貧弱な体で生まれ、精霊から見捨てられた存在だとして忌み嫌われてきた。
呪われた子は、母や父から愛情を与えられず、神殿から鑑定を受ける事もなく、彼は生まれて、生まれてきた事を後悔する間も無く、見捨てられた。
第一王子として生まれながら、彼は王宮の外れの廃れた塔に隔離され、ひとり付けられた乳母だけが、彼と外界とを繋いでいた。
彼の、救いと喪失の運命を握る乳母の存在が、今後の彼の人生を大きく変えていく。
乳母は名をナパ。産婆と同じ名であった。産婆には悔いても足りない後悔があった。産婆にあるまじき行為であったと。
この世に生まれ落ちた赤子に最初に触れる産婆は、その無垢な魂に最初に触れられる事を、この仕事を誇りに思っていた。
なのに自分は、彼をひと目見て「呪われた子」だとその口をついて出てきた言葉に、自分は何て事を口にしたのかと手が震えた。
自分の隣にいた弟子が「呪われた子」だと続いて口にすると、それは瞬く間に伝染していった。周りの人々が口々に災いだ呪いだと走って逃げてゆく。
しまった。自分のせいだ。この手に抱いた時、すぐさま布でくるんで人目を避けていれば、大事にならずに済んだものを。
この手にある無垢な赤子の岐路をたった今自分が決めてしまったのだと、震える腕の中にいる、美しい銀髪の赤子を見て、ナパはキシキシと心臓が締めつけられる音を感じながら、己の罪と罰を覚悟した。
乳母になったナパは、幼馴染みの王宮司書から本を借りて教育し、塔にこもって育った肌は白く細く、銀髪銀眼の彼はとても美しく成長した。
彼は物語の中に出てくる父や母というものが自分には居ない事を感じてはいたが、ナパに聞く事はなかった。聞いても意味がない事のように思えたから。
愛を知らずに育ったからなのか、そういうものに彼はとても無関心だったが、ナパから彼に向けられるものは愛ではないという事はわかっていた。
時折、とても辛そうな視線で目を逸らすナパを、彼は知らぬフリをして過ごした。ナパが居なくなることが怖かった。もしもナパの気が変わって居なくなってしまったら。
十一歳の年、彼は初めて、ナパに自分の名を聞いた。
塔の庭に迷い込んだ、九歳になったばかりの、金髪金眼の美少年は、色が違うだけで、二人はそっくりだったから。
「彼はこの国の第一王太子ツェンピフィク様。そして貴方様は彼の兄、第一王子カルツェフィク様です。」
ナパの言葉が、たゆんだ運命の糸の一本をぴんと引き上げた先に、だらしない笑みに震える唇のカルツェフィクがいた。