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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
四章 汝、味方を欲すならば迷宮の外を見よ
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強襲ファンガスマン

 階段前は、先発隊のおかげで立派な簡易迎撃拠点に仕上がっていた。今回から、新しい道具を取り入れている。この間、ゼノスライムの退路を断ったあの木製の格子。あれを簡易防壁として取り入れた。


 大型モンスターや、大人数人いれば持ち運びできるというのが大きい。あと、エルフも。そう、エラノールなら加護の力で一人で持ち運びできるんだよね……作った後に気づいた。実地で見せられた。そうであったなら、もっと早く運用できたよなぁ、と凹んだ。まあ、それはさておき。


 その格子を横に複数並べて、足元を土嚢で固めればあっという間に壁の出来上がりである。後はこいつで受け止めながら敵を始末すればいいのだ。


 現場には先発隊の他にも、マッドマン達が揃っていた。総勢十体。しかも、レケンスのおかげで水の供給は適量にばっちり。補充用の土も用意してある。タフさだけなら、ダンジョン最強と言っていいだろう。……ただし、苦手なシチュエーションがあるので絶対ではないが。この間のような火を多用する戦闘とか。


「準備、完了してます!」

「ありがとう、ダニエル君、セヴェリ君も」

「は。ダークエルフの奇襲も、順調のようで」

「いい感じにハマってるねぇ」


 ダンジョンアイから見る、現場の状況は終始こちら側有利となっていた。根と壁の隙間に隠れるダークエルフたちは、全く見つからない。そして、本能のまま迷宮内を駆け巡るモンスターに、致命の一矢を放つのだ。


 それだけではない。ダンジョン内には数々のトラップがある。落石、落とし穴、冷水、泥道に仕込んだスパイク。ダークエルフたちは、これらを活用している。時には自分を晒し、トラップに引き込むのだ。


 岩に頭部を砕かれるもの。落とし穴に落下し、大ダメージを受けて動けなくなるもの。冷水に凍えまともに動けなくなるもの。スパイクに足を貫かれ移動が鈍くなるもの。迷路とトラップ、そして隙間をこれでもかと活用し多大な戦果をあげていた。


 恐るべし、ダークエルフ!


「おお、レヴァランスよご照覧あれ! 欺瞞と策謀! 神の御業はダンジョンに宿れり!」


 神官さんが歓喜の声を上げながら神に祈る。確かに、罠とかは思いっきりレヴァランス神の権能だよな。アラニオス神の事が無かったら俺も祈っていた所だ。……祭壇設営を支援しても怒られるだろうか。


「この調子なら、こちらに到達する数は少なくなりそうです」


 ダニエル君、不満気である。彼も暴れたい勢だからなぁ。さて、どう話したものかと思っていたら、意外な人物が声をかけてきた。


「若き人狼殿。戦いの流れというのは人知を超える。そしてそれは戦をしていない時でも動いているもの。今回が楽であったとしても、次はそうとは限らぬ。楽に戦えるのであれば、損耗を出さぬことに気を配られよ。それが、次の戦いへの備えともなるのですぞ」

「マルコ殿……教訓、感謝する」


 己の至らなさに気づいて、ダニエル君は頭を下げた。マルコ殿は大きく頷く。流石に、人生経験が違う。


 人狼青年は防壁の方へと向かっていった。どうやら現場を再チェックしてミスがないかを確認する様子。早速行動に移ったようだ。


「マルコ殿、ありがとうございます」

「なんの! この程度どうという事はありませなんだ。過去の戦でも、若い戦士の気の強さには手を焼きましたからな。一言で目を覚まされたのだから、あのダニエル殿は大物になりますぞ」

「ええ。自分も同じ気持ちですよ」


 視界の端では、バラサール一党がバツの悪そうな表情を浮かべている。彼らも意気込んでいたものな。俺としては平和の方がいいのだが、そう願って叶ったためしがない。なので、そのうち彼らの活躍の機会が……。


「主様! 地下からデカいのが!」


 トラヴァーがそう叫ぶので、慌ててダンジョンアイの力を借りる。黒蛇の瞳が捉えていたものは、奇怪な怪物だった。それの、最も近い怪物はおそらくワイバーンだろう。前足はなく、腕は羽根。トカゲの顔で首は長く。尾も、相応に伸びている。


 だが、形はかけ離れている。まず、翼が小さい。あれではとてもではないが飛べはしまい。その分といっていいものか、足が太い。そう、ダチョウのようなワイバーンだった。


 しかも、である。その背から妙なものが生えている。本体とのサイズ差から見るに、子供よりは大きいか。キノコが生えている。しかも腕が二本あり、杖まで握っている。更には笠の下に目のようなものまで見える。正にキノコ人間が、ダチョウワイバーンの背に生えていた。


 神官さんが驚きの声を上げる。


「アンダーワイバーンと、ファンガスマン! そうか、此度の襲撃はこやつらの仕業か!」

「両方とも知らないモンスターなんだけど、どんな連中?」

「アンダーワイバーンは名の通り、地下世界に適応したワイバーン。飛ぶのを止めて、地下を疾駆する足を手に入れた怪物。その蹴りはオーガやトロルも仕留め、尾の毒はそのまま。厄介な怪物だが、それ以上に問題はファンガスマンよ」

「ミヤマ様、さらに来ます!」


 セヴェリ君の切迫した声。ダンジョンアイの目には、多数のキノコ人間が階段を上っていく姿が映し出されていた。粗末な槍や棍棒、石斧で武装している。


 その姿に呻いたのはエドヴァルド殿だった。


「ファンガスマンの移動部族……。そういえば、飢餓キノコをつかってモンスターを死兵に変えるのは連中の常とう手段でしたね」

「御身、詳しいな。経験が?」

「ええ。ヤルヴェンパーダンジョンは長い事こいつらに悩まされていましてね。どれだけ焼き払っても地下世界の奥深くからやってくるんですよ」


 聞きたくない話がポンポン飛び出す。えー、何です? うちのダンジョンもそいつらに目を付けられたって事です?


 思わずため息をつくと、肩を叩かれる。ウルマス殿だった。


「ご心配には及びません。あれらはそれほど強くありません。ゴブリン以上ではありますが、ホブゴブリンほどではない。頭のカサは毒の胞子を持っていますので、そこは注意する必要があります。あとは数。そこさえ気を付ければ、有象無象でしかない」

「ウルマスの言う通り。死兵となっているモンスターは脅威ですが、その暴威をいなせれば恐れる必要もなく。そして事実このダンジョンはそれをできている。となれば後はファンガスマンの群れを退治するのみ。キノコがダンジョンコインを持ってきたと思って対処なさればよろしいかと。事実、ヤルヴェンパー様は気軽に蹴散らしておりますから」

「そりゃ、大海竜さまだからね……でもまあ、うん」


 ちょっと凹んだが、コインが増えると思えば気力も湧く。集っている者達をみれば、ほぼみんな意気軒高。ビビっているのは義勇兵団の懲罰兵だけだ。


 そうであるならば、情けない姿をさらしてはいられない。


「ダークエルフには奇襲を続行させて。毒への注意喚起も忘れずに」

「御意」


 神官さんが頷いてくれる。さらに指示を出していく。


「エラノール。射撃部隊をもうひと働きさせる。階段から降りてきたら、たっぷり矢玉を浴びせてやってくれ」

「承知しました。すぐに配置に着きます」

「ダニエル君。うちの連中と義勇兵団を任せる。防壁をうまく使って戦ってくれ。セヴェリ君は魔法係になってもらうから俺の傍に。ミーティア、魔眼は温存しておいてくれ」

「了解しました!」

「はい、準備します」

「あいよー」

「バラサール。君らは自由にやってくれていい。もちろん、味方を巻き込んだりあるいは巻き込まれたりには十分注意するように」

「応よ。任せときな」

「残りは、俺と一緒に状況に応じて対応。ちょっと数が多いようだが、気を緩めずやっていこう! 行動!」


/*/


 さて、攻め込んできたファンガスマン達であったが……迷路に苦戦した。元々、彼らはそんなに頑丈ではないようで。トラップは最初のモンスター達にあらかた使用してしまっている為、それほどの損耗は与えられていない。


 しかし、繰り返し使用できるものはある。部屋に入った対象を笑わせて行動不能にする魔法の罠、爆笑空間がそれである。これが、大いに刺さった。


「ファンガスマン、十体ほど爆笑空間に引っかかりました。部隊が、元の道に引き返していきます」

「……ファンガスマンって、笑うんだね」


 連中に横隔膜はあるんだろうか。肺呼吸なのだろうか。そもそも、口は何処なのだろうか。疑念は尽きない。解体すればわかるだろうか。面倒だからやらないけど。


 ほかにも、泥道で移動が遅くなっている所にダークエルフの奇襲を食らったり。トレントの根をどうにかしようとして、逆に絞殺されたり。大部隊だったのに、ダンジョンを進めば進むほど、その数を減らしていった。


「……いやあ、ダンジョンって恐ろしい所ですね」


 やや青ざめて、ジルド殿がコメントする。


「俺と俺の仲間たちが丹精込めて作りました!」


 ダンジョンにとって、恐ろしいとは誉め言葉である。俺は親指を立てて笑顔。ジルド殿は半笑いだった。


「バルコ国が平和になったら、是非ジルド殿達にはうちのダンジョンの事を宣伝してほしい。バカな事考えて襲ってくるやつがいなくなるようにね」

「それは、もちろんですとも。しっかりと、言い含めますよ」


 やけっぱち気味に笑うジルド殿。まあ俺も、このダンジョン攻略しろって言われたら頭抱えるよ。水の大精霊をどうにかできる手段が無いと、その時点で無理ゲーだからね。次にホーリー・トレント。


 そんな雑談をしているうちに、いよいよ上階が騒がしくなってきた。ファンガスマン達が到着したらしい。それを聞きつけてジルド殿も、俺に一つ頷いてから持ち場に戻っていく。


「失礼、ナツオ殿。今の彼、名前をお聞かせいただいても?」


 唐突に、ウルマス殿がこう問いかけてきた。


「彼? ジルド・カリディ殿。バルコ国の騎士で、最初の流民たちを率いていた人だけど……何か?」

「ジルド・カリディ……なるほど。いえ、ナツオ殿の運は悪いだけでは無いという事が良く分かりましたよ」


 何のことだろう、と問う暇はなかった。硬い爪が、石の階段を踏む独特の音が響いてきたからだ。


「迎撃準備! 弓、スリング構え! よーい……」


 俺の号令に、一同が射撃武器を構える。弓がきしむ。スリングが風を切る。そして、それが現れた。背にキノコ人を乗せた、異形のワイバーン。


はな……」


 て、と言い切ることができなかった。ロケットスタート、と表現するしかない勢いでアンダーワイバーンがこちらに迫ってきたからだ。走ってなどいない。跳躍だ。ほとんど上にあがらない、真横への跳躍。一度目で三分の一。二度目の跳躍で中間を大きく超え。三度目で目前に迫る。これが、瞬く間に行われた。


 挙句に、である。三度目のそれで目前に迫った敵を、俺の強化された動体視力は捉えた。しっかりと曲げて力をため込まれた足を。


 こいつ。簡易防壁を全力で蹴り飛ばそうとしてやがる。しかし、それを誰にも伝えることはできず。破城槌のようなキックが、守りの要に叩き込まれた。


 まるで爆弾がさく裂したようだった。床と防壁を固定していた杭とロープが、致命的な軋みを鳴らす。土嚢が跳ね飛ばされて床に転がる。勢いに負けて、コボルト達が素っ転ぶ。そして、それに負けないものもいる。


「てぇっ!」


 エラノール。得意の大弓が、ワイバーンの頬を貫いた。本当は頭を狙ったのだろうが、それでも十分。


「らぁっ!」


 ケンタウロスの強弓によって放たれた、通常のそれより太い矢が深々と下位竜の胸に突き刺さる。


「ギギァァァン!」


 悲鳴を上げる。しかし……まだ、動きを鈍らせる所にも至らない。下位でも竜。簡単には落とせないか。


 状況は、よろしくない。最初のぶちかましによって防壁に穴が開いた。ワイバーンはまだ通れないが、こいつの馬力で攻撃され続ければそれも時間の問題だ。と、そこでワイバーンの喉が大きく動くのを見た。させるかぁい!


「エアル!」

「!」


 毒ブレスを防ぐために、突風がダンジョンに流れる。が。


「ゲボォ!」

「うっわぁ!?」


 ブレス、ではなかった。毒液の塊だった。風によって、若干ながらも勢いを失ったそれは、少々手前に着弾。紫色の飛沫が飛び散る。


「うっわかかった! ……痛!」

「熱い! いてぇ!」


 運の悪い義勇兵が、数名それを浴びた。さながら酸のように、かかった所から煙が上がっていた。エアルの力でそれは押し流されるから、揮発した毒による被害が出なさそうなのが不幸中の幸い。


「食らったものは下がれ! 治療を受けろ!」

「敵部隊、前進中!」


 セヴェリ君の叫び。見やれば、ファンガスマンの群れが防壁近くまで迫っていた。ええい、使うか切り札!?


「せいっ!」


 一閃。大上段から振るわれたロングソードが、ワイバーンの鼻面を切り裂いた。


「ギャァァ!?」

「ワイバーンはお任せあれ! 戦列の立て直しを、どうぞ!」


 威風堂々。ウルマス殿が、最前線に立って皆を鼓舞する。


「助太刀するぞウルマス。ついでに見せ場もよこしなさい」

「ははは、取れるならばご自由に!」


 さらにはエドヴァルド殿も参加。ロングソードとレイピア、さらに魔法による攻撃が次々とワイバーンに刺さっていく。……ええい、お客様に任せてばかりではいられない!


「エラノール、セヴェリ君! 弓矢と魔法援護! ダニエル君! 戦列再構築!」

「「「はい!!!」」」


 俺は、転がっていた鉄球を掴む。木の格子は、投げるのに邪魔だ。だがしかし、俺にはオリジン先輩の投球術が宿っている。大リーグですら通用するコントロール術をもってすれば、この程度は邪魔にならん!


「おらぁっ!」


 ダンジョンコアの強化を使って、全力でぶん投げる。真っすぐ飛ぶそれは、見事に格子の間を抜ける。そして、目前に迫っていたファンガスマンのどてっ腹をぶち抜いた。デッドボールが、ストライク。


「槍、かまえっ! ……突けぇ!」


 格子ごしに、迎撃が開始される。ダンジョン内で振り回さすのに適さない長槍も、壁があれば非常に有利な武装となる。相手の武器は届かない。こっちの武器はザクザク刺さる。


 さらに嬉しい事に、連中の笠からこぼれる毒の胞子。長槍で距離を置いているから、こっちに全然届かない。次々とファンガスマンの身体に穴が開く。血に相当すると思われる体液が流れていく。効いている。


 ここは、切り札ではなくこいつらの出番だ。


「マッドマーーーーーン!」


 重い水音を立てて、マッドマン達が集っていく。こいつらは身体の形を自在に変えられる。俺の意思を感じ取って、薄く平べったく、背を低くして移動する。槍による迎撃の邪魔をしない様に、格子を抜けて向こう側へ。


 そして、ファンガスマンの足をすくうのだ。


「キッ!?」

「キキキキッ!」


 甲高い声(?)を上げて、ファンガスマン達が素っ転んでいく。防壁前でのそのスキは致命的だ。刺され、あるいは後列の仲間に踏みつぶされる。マッドマン達はどれほど踏まれても平気だ。泥だからな。


 十体のマッドマン達が敵戦線を崩していく。これで背面を取れれば……、というタイミングで最後尾のキノコ人が悲鳴を上げた。


「キキキーーーー!」

「ペレンめ、いい所を持っていく」


 鮮やかな笑みを浮かべる神官さんの視線の先。階段にダークエルフ隊が到着していた。本当、よく働いてくれる!


「ダンジョンマスター、好きにやっていいって話だったよな」


 そして、気が付いたら隣にバラサールが立っていた。気炎が目視できそうなほどに、闘志を燃やして。


「任せる」

「へ。じゃあ……暴れさせテもらうゼ!」


 赤鱗が、腕を覆っていく。鉤爪がのびる。顔に竜相が浮かぶ。竜の血が流れるこの種族は、己を鍛えることによってその力を引き出せると聞く。バラサールは、それをやったのだ。そして、跳躍一発。簡易防壁を駆け上がり、なんとアンダーワイバーンの背に飛び乗った!


「キ!?」

「よウ、大将。その首くれヤ」


 そういい終わるや否や、バラサールの口から紅蓮の炎が放たれた! 背に生えたファンガスマンに逃げ場なし。炎の奔流を余さず浴びる事となった。


「キキキーーー!?」

「ギャァァァア!?」


 宿主と寄生体。両方が揃って悲鳴を上げる。そして、その隙間を縫って動く者達あり。


「ちょいと失礼。あらよっと!」


 マッチョのオーク、たしかホルグとかいう彼が肩に担いでいたのは土嚢。それを、悲鳴を上げて大きく開かれたワイバーンの口にぶち込んだ。


「モガガガ!?」

「これでゲロブレスも吐けねぇだろっと。しっかり飲み込めよっ!」


 そして、それを思いっきり拳でぶっ叩いた。無理やりねじ込まれる土嚢。のどに詰まる。……気管も塞いだのでは?


「ぐっじょぶホルグ! おっしゃ、決めるよ! 発動! ストライクゾーン!」


 パラマが短杖ワンドを振るう。その呪文は、忘れもしない必中の呪い!


「そいでもってこれ。薬は飲むに限る」


 ひょいと、ジアが軽く投げたるは一本の試験管。それが、呪いの力でピタリとワイバーンの口へと向かった。土嚢にぶつかり、儚く割れる試験管。漏れ出た液体が、瞬く間にその周辺を凍らせていく。


 うわあ、えげつないコンボ。喉を詰まらせ、吐き出せない様に凍らせた。あれではもう……。


「こいつデ! 止めダッ!」


 バラサールは、背のファンガスマンに抜き手を突き込んだ。竜のそれとなった右手は、キノコ人の腹に突き刺さる。さらに、左手までも叩き込み。


「おおおおおォォォリャッ!」


 左右に、割いた。


「キィィィィィィィィ!」


 だから、どこから声出してるんだよという悲鳴が響く。ワイバーンが、感電したかのように激しく震える。たまらずバラサールも背から飛びのく。そして、凍り付いた喉の手前が、再び大きく膨らむ。限界を超えて、さながら水風船のように。


 まさか、わざとか。爆発させる気か。まずい、という言葉よりも先に名前を叫ぶ!


「ミーティア!!」


 それだけで、通じた。ほんの一呼吸分だが、確かにワイバーンの動きが止まった。だが、それだけでは全員が逃げ出す時間には足りない。でも、ワンアクション差し込むには十分だった。

 水の壁が、俺たちと下位竜の間に立ち上がった。


「ゴボォォォォォォォォ!」


 ワイバーンの喉が、爆ぜた。毒液が噴水のようにまき散らされる。しかし、それは俺たちに届かない。水の精霊の加護は素晴らしいものだった。


「助かった、レケンス」

「ラミアの娘がよく働いたおかげです。しかし、なんと汚い」


 隣に現れた精霊が愚痴をこぼす。たしかに、美しかった水の壁はすっかり毒液に汚されている。臭いも酷い。が、それも見る見るうちに消えていく。


「この程度の浄化はお手の物です。さて、それでは最後に」


 水の壁が、動く。さながらスライムのごとく、大きく伸びたと思いきやファンガスマンの群れに倒れこんだ。キノコ人たちは当然ながら、濡れネズミだ。


「これで、胞子も飛ばないでしょう。どうぞ、残敵掃討を」

「ナイスサポート! 全員、突撃ーーー!」

「「「おおおーーーーー!!!」」」


 たまっていたうっ憤を晴らすためか、一斉に防壁を乗り越えて戦士たちが飛び込んでいく。対するファンガスマンは、総大将が討ち取られて右往左往。勝負にならない。一方的な狩猟が開始される。


 先頭に飛び込むのは、ヤルヴェンパー御一行。エドヴァルド殿、ウルマス殿、さらにセヴェリ君まで肩を並べて剣と魔法を振るっている。そのすさまじさったらない。剣を振るえば、ファンガスマンの部位が飛ぶ。腕、笠、表皮。キノコ人でよかった。体液がまき散らされるだけだから。ゴブリンだったら血の海だ。


 それに負けるかとばかりに暴れるのがバラサールの一党だ。こっちはかなりバリエーションが豊富。格闘もあれば魔法もある。錬金術もあれば、斧もある。帝都の荒くれ者たちの層は分厚いようだ。


 そして、我らがダンジョン勢。エラノールが刀を振るっている。相も変わらず、ゾッとするほどの切れ味を発揮。ファンガスマンみたいな柔らかい相手には最高の性能を発揮している。さながら、まな板の上のキノコのごとし。


 ブラントーム勢も大暴れ。というか、調査隊なのに、至近距離戦だと普通に主力級なんだよなぁ、この人たち。タロロさんの槍が冴えわたる。特に突進がすごいんだあの人は。飛び跳ねる力と一緒に突っ込んでるんだろうな。あと、ケンタウロス氏も。蹴る、踏む。ただそれだけで屍を築いていく……馬の脚、怖い。


 とまあこのように大暴れするものが沢山いるから、コボルトや義勇兵団も安全に戦えている。義勇兵団も慣れたものだ。最初に参加した時はドン引きしてたものな。皆の暴れっぷりに。


 さて、それを俺は陣地で眺めているわけだが。隣でとぐろを巻いている彼女に声をかける。


「お前は行かんのか、ミーティア」

「目が痛い。あと、キノコは美味しくない」

「さようか」


 隣でへばっていたミーティアの言。まあ、十分頑張ってくれたし。などと雑談をしていたら、歓声が上がる。どうやらすべて倒しきったようだ。


 一同が、こちらに戻ってくる。背面から襲撃をかけていたダークエルフたちも一緒だ。


「ミヤマ様。襲撃者すべて、討ち取りました!」

「よくやってくれた! みんな、お疲れ様!」


 皆をねぎらう。変に怪我を負った者もいない。快勝、といっていいだろう。いやはや、ファンガスマンが大量に入ってきた時はどうなるかと思ったよ本当。


「む。主様、トレント様があちらを」


 トラヴァーが俺の背後を指さす。見やれば、そこにはほのかに輝く根のアーチが形作られていた。


「胞子や毒を吸い込んだ者のために、浄化の奇跡を使ってくださるという事で。あれをくぐればよろしいというお話ですぞ」

「ありがたい事だなあ。それじゃあみんな、一列に並んでー」

「まずは、主様が先頭ですぞ」

「いや、俺は今回近距離で戦ってないし」

「後から変なものが生えてきても困るでしょう。さあ、後がつかえておりますから!」


 トラヴァーに押される。強引だなぁまったく。とはいえ、くぐっておけば皆が安心するならそうしよう。たいした手間でもないしね。


 アーチの中に踏み出せば、柔らかな光が俺を包んだ。……あれ? なんかちょっと、スっとしたな?


「……主様。飢餓キノコの胞子を吸っていたようですぞ」

「うっそ! あっぶね! まじかよトレントありがとう!」


 危うく、あのモンスター達のように泡吹きながら走り回る羽目になるところだった。……いや、ダンジョンコアの力があればあそこまでひどくなる前に症状押さえて治療受けられるか。ともあれ、酷いことになる前に消してもらえてよかったわ。


 仲間たちも順調に治療を受けている。クリーン・スライム達もやって来た。さあて、掃除と片付けだ。おっと、そうだ。下にも戦闘終了を伝えなくては。あと、遅くなったけど朝礼も。バラサール達を紹介しよう。


 早速ダンジョンアイの力を借りようとしたところ、俺を見る目に気が付いた。トラヴァーと、エアルだった。二人とも、眉尻を下げた困り顔。え、なにその表情。


「……どうしたよ、二人とも」

「主様。……また、ヒトの群れが近づいております。二番目の群れより、多いとの事ですぞ」


 エアルが、小刻みに頷く。膝から崩れ落ちそうになった。ギリギリ、なけなしの根性で耐えたけど。あぁぁぁもぉぉぉ。


「受け入れ準備ーーー!」


 俺の悲鳴交じりの号令が、ダンジョンに響いた。


第四章、ここまでで大体の折り返しとなります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] えー!また流民!? 前より多いなんてもう…ミヤマダンジョンマスター、過労死ぎりぎりでは? ここからどうなるんだか想像つきません!気になる!面白いです!
[一言] 同じ数が来るなら難民よりファンガスマンの方が気が楽だよねぇ。
[一言] 地下都市の住人だけは確保できそう。 食べさせる手段が大変そうだけど…
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