マッシュルーム・バーサーク
最近、順調に中継地点として整備が進んでいる地下十一階エレベーター前。現在のダンジョンの動線はここに集約されるので、どうしてもこうなる。ぶっちゃけ、ここを落とされると非常にまずい。
階段を設置しなきゃと思っているが、地下九階と十階は吹き抜けになっている。それを踏まえた階段となると、お値段が高くなるのだ。後、設置場所も大いに悩みどころ。我がダンジョン、広くなったが完璧には程遠い。
そんな懸念より現在の危機。すっかり指令所の機能を整えつつある天幕に足を運ぶ。ダンジョン戦力、ブラントーム出向組、ダークエルフチームなどが集まっている。そして、さらに。
「……やっぱり、お二人も参加されるんです?」
「当然じゃないですかナツオ殿。ダンジョンで戦うは帝国臣民の誉れ。貴族であっても変わりなし。今回も、刃を振るわせていただきます」
二日酔いなど欠片もない、爽やかな笑顔を見せてくる公爵閣下。
「私、結婚前は守護騎士団に所属していました。日々、訓練は欠かしていませんのでお役に立てられるかと」
見事なロングソードを軽く鞘から引き抜いて見せるウルマス殿。ううん、頼もしい。……まあ、喜んでくれるからいいかぁ。だいぶ慣れてきた。
「守護騎士団……マジかよ」
バラサールが、ウルマス殿を見て慄いている。守護騎士団というのは、たしか帝都を守る騎士団とかいう話だったな。そんなに驚く事なのか。たまたま隣にいたパラマに聞いてみる。
「守護騎士団ってそんなにすごいの?」
「めっちゃすごいですよマスター様! 軍が集団戦ですごいやつの集まりなら、騎士団は個人のやべーヤツが集まってますから! 数人集まれば竜だってやっつけるんですよ!」
ああ……つまり英雄の集まりか。そりゃ凄いわ。心配する必要もなさそうで何よりだ。
「此度の侵入は地下からのようだぞミヤマ殿。いかがする?」
すっかり、当たり前のようにいるようになったダークエルフの神官さん。彼女に言われるままに、ダンジョンアイで現場を確認する。
地下五階に配置した黒蛇から見える光景。やたらと興奮したモンスター達が、我先にと階段を上る様子が見える。その種族は雑多だ。ホブゴブリンがいる。オーガもいる。大型バイクほどもあるトカゲもいる。とびっきりの異形としては、目のない大型犬もいた。
「何だこれ。ずいぶんとバラバラだな。なんでこれで互いに争わないんだ?」
「この興奮の仕方。もしや……」
「知っていらっしゃる?」
「実物を見なければ確実なことは言えぬ。だが、この不揃いな種族模様。そして興奮具合。飢餓キノコにやられているかもしれん。生き物の脳に寄生するキノコでな。こいつが回ると理性が吹き飛び、何でも食らう。最終的には栄養を蓄えた上でキノコの苗床になるのだ」
「最悪すぎる」
何その天然の生物災害。ゲームでもキノコが寄生して云々、とかいう話はボチボチあったなぁ。
「……ちなみに、知性のほうは?」
「もちろん、ない。それが厄介な所であり、楽な所でもある。ともあれ、対峙する者は布で鼻と口元を覆っておくのがよい。術で排除できるが、飢餓キノコの胞子を吸い込むのはよろしくない」
確かにその通りだ。早速指示を出して皆に準備させる。しかし、知性も理性もなしか。恐れを知らず、己や仲間の損傷すら顧みず突撃する怪物たち。なるほど確かに恐ろしい。だがここはダンジョン。迎撃手段は多数ある。
「レケンス、いるかい?」
「御側に、ダンジョンマスター様」
するりと現れる水の大精霊。……バラサール達が一歩引いたな。どんな目にあわされたのやら。
「地下五階からのモンスター。半ばまで通り過ぎたら一回水で押し流してくれ」
「御心のままに」
「おや、今回は初手から精霊様の御力を?」
「この勢い、こっちの準備が間に合わない。放水一回で片が付くわけもないし、時間稼ぎ程度なら、と。ペレン、今のうちにみんなと奇襲ポイントに伏せてくれ」
「了解した」
ペレンが、同族たちとエレベーターで上に向かう。その背を見送るバラサールが問うてくる。
「ダンジョンマスター様。連中には専門の仕事があるんで?」
「そう。彼らの特技とうちのダンジョンがぴったりはまってね。まあ詳しい話はあとで」
「ミヤマ様。初撃はレケンスに任せるとしても、昇り切る前にもう少しダメージを稼いでもよいかと」
エラノールの言葉に、確かにと頷く。敵の上を取れるシチュエーションはなかなかない。有利な状況はなるべく生かすに限る。
「よし、それじゃあ遠距離攻撃もちを……ダークエルフ以外で集めて、当たるように」
「そのように」
さっそく筆頭ガーディアンが動き出す。と、いってもダークエルフ達が除外するとあまり多くはない。エラノール本人の他にはスリングが使えるコボルト。強弓使いのケンタウロスさん他、ブラントームから数名程度、か。魔法使いはまだ温存したいのでセヴェリ君はちょっと待機かな。
そんな風に考えていたら、街の方から十名弱の武装集団がやって来た。
「遅れて申し訳ない! バルコ義勇兵団、到着致しましたぞ!」
鎧兜に身を包んだ初老の男性が宣言する。この人はマルコ・カザーレ。リベリオ殿の父親で、流民たちの志願者と懲罰者で編成された義勇兵団の団長をしている。
本来は、二つ目の流民グループのトップをしていたのだが。ここに到着した時は、身体的にも精神的にも参り果てていた。そして、息子に爵位を譲り隠居するという事になったのだが。
水があったのか何なのか。治療後、みるみる元気を取り戻し。ダンジョンで戦闘が起きている事を知り、有志を集めて義勇兵団を結成。ダンジョン防衛戦に参加したり、森の中での作業員を護衛したりと第二の人生を生き生きと過ごしているお方である。
「ちょうどよかった。マルコ殿、そちらに弓使いはいらっしゃるかな?」
「無論ですぞマスター殿。二名、狩人をしていたものがおります!」
見やると、一人は見知った顔だ。ジルド殿の手伝いをしていた狩人のカルロである。なお、ジルド殿本人も義勇兵団に参加している。
「それじゃあ、その二人をエラノールの所に。敵を上から射かけますので」
「ほう、それはいい! まったく、ダンジョンは迎撃する場所に困らないのが最高ですな!」
このお人、ダンジョンでの戦いというのがどうにも心に刺さった様子で。こういう有利を取った戦いに嬉々として参加するのである。……詳しくは聞いていないが、なんでも内戦時は色々戦場で苦労したとか。
遠距離部隊もエレベーターで上階へ。さて、これからどう差配していくかだが。
「水と矢でひと当て。ダンジョンのトラップと奇襲で削り。となれば、止めはどこでいたそうか?」
「前回と同じく、地下一階の階段前でいいんじゃないかな。こいつらなら、階段出口に籠るとかしないだろうし」
「では、はよう準備を整えねばなりませぬな」
まったくもってその通り。迷路とトラップで時間は稼げるだろうが有限な事には違いない。
「セヴェリ君、ダニエル君。聞いての通りだ。準備を頼む。マルコ殿、前回と同じ手順なんで補助をお願いします」
「「はい!!」」
「了解いたしましたぞ!」
指示を受けて、ほかのメンバーも上階へ向かっていく。さて、ちょっと時間ができたことだし説明しておくか。
「それじゃあ、これからの段取りについて。俺たちは時間を置いて、地下一階階段前に移動。その後、そこまで到達したモンスターを倒す。目標は初撃と迷宮と奇襲で弱っているはずだから、よっぽどの者でもない限り問題なく処理できるはずだ。……何か質問は?」
「はい! ダークエルフの奇襲って、どれくらいの物をを想定しておけばいいですか! 軽く矢が刺さる程度でしょうか!」
元気よくパラマが手を上げる。敵のダメージ量によって難易度が変わるから、気になるか。
「しっかり急所を狙えるから、それなりに期待してくれていい。今までの戦闘でも奇襲だけで撃破したモンスターはそれなりにいるからね」
この奇襲なのだが。これにはホーリー・トレントが関わっている。根っこの力でダンジョンが補強されたのだが、その際にそれなりに隙間が生まれた。シュロムやオーガなどの大型は通れないが、それ以下の体格ならば隠れたり通り抜けたりできるほどの。
一部の不味い隙間、ショートカットができてしまうものは根を動かして塞いでもらった。……が、これをダークエルフたちは利用できると言い出した。こっそり隠れて、矢を放ち。危険がせまったら退避する。根を攻撃されたら? それこそホーリー・トレントがいくらでも対処できる。それもまた奇襲となるだろう。
実際やってみた所、軽装備のダークエルフたちはホーリー・トレントの隙間を見事に使った。相手の意識の外からの攻撃というのは、必殺になるのだと思い知らされた。
……まあ、レヴァランスの使徒がアラニオス神の眷属をうまく使うというのはちょっとよろしくなく。俺はその晩夢枕に立った神に土下座することになったが。
ともあれ、これは我がダンジョンの大きな攻撃手段となった。今後も上手く使っていきたいと考えている。
さて。これを伝えた一同の反応といえば。
「うわー。大物取られちゃうじゃん。どーすんのバラサール」
「どーするも何も。奇襲を抜けてくるのを期待するしかねーだろ」
「手傷負ってるヤツ倒しても、大きな功績にならないね。さーて、どうしようか」
喜ぶどころか、その逆の反応だった。
「はっはっは。まあ、血気盛んなハイロウならば当然の反応かと。ここは一つ私にお任せを」
などと言って、彼らに歩み寄る公爵閣下。
「君たち。心配には及ばない。ミヤマ殿の悪運は相当なものだ。今回はこのまま終わるかもしれないが、そのうちきっと困難極まる敵が現れる。その時こそ、存分に力を振るうといい」
言い方ぁ! 確かに、思い返すと凹みそうなぐらい運勢荒れ模様だけどぉ! と、おもっていたらジアがひょいと手を上げる。
「お貴族様。そんなにアレなんですか?」
「うん。軽く数えてみよう。ペインズが封印された都市の真上にダンジョンができる。ダンジョン開始早々、そのはぐれ個体に襲撃される。商業派閥の初期ダンジョン狩りに目を付けられる。そして今回の流民問題。なんと、これがたった半年以内に起きているんだ」
「「「うわあ……」」」
どん引きする一同。俺の隣にいた神官さんすら頬を引きつらせている。ちょっと、凹む。俺だって好きでこんな目に合ってるわけじゃないわい。いつもなら、こんな時クロマルが気を利かせてくれたのだが。あいつ、元気にやってるかなぁ。
「む。ミヤマ殿、初期攻撃が上手くいっているようだぞ」
ダンジョンアイの黒蛇を右腕に絡めさせた神官さんが教えてくれる。俺もさっそく意識を集中すると、現場が見えてきた。
そこは、地下四階部分。エラノール達は、ゆっくり後退しつつ確実に矢を放っていた。対するモンスター達は大型が多い。オーガやトロルなどが、次々と矢を浴びせられている。
特に効果を発揮しているのは、言うまでもなくエラノールとケンタウロスの矢だ。獲物の威力と狙いの正確さが合わさって、とっても致命的だ。
「ゴブリンとかの小物の姿がないね」
「おそらく、精霊様の水に押し流されて大きなダメージを受けたのだろう。場合によっては、一掃されたかもしれぬ」
唐突に、肩を叩かれた。振り返ればウルマス殿。
「ナツオ殿。いかなる手段で現場の状況を確認しているので?」
「ああ。そういえば説明してませんでしたね。これはですね……」
かくかくしかじか、とダンジョンアイについて説明。集まっていたハイロウ一同、目を丸くする。
「うわあ……そんな古いモンスター、まだ生きてたんだ。魔法生物系って、本当長生きだよね……」
パラマが、テーブルの上の黒蛇をまじまじと見つめる。何だとコノヤロウ、とばかりに黒蛇が鋭く吐息を吐いて威嚇する。そんな彼女の背に隠れるジア。蛇が怖い模様。
「ヤルヴェンパーダンジョンでは、これの亜種タイプが現役ですよ。寒さに強くしたため、特別コストがかかったと古参モンスター達がいっていましたねぇ」
自分も黒蛇を腕に巻き付けて笑っているエドヴァルド殿。まったく蛇を怖がっていないのは流石である。
そんな会話をしつつも、現場の状況は確認している。モンスター達は、タフな大型を盾のように使いながら前進を続けている。流石に力尽きて倒れる者もいるが、それを踏み越えてくるのだから恐ろしい。知性も理性も無いというのはこれだから始末に負えない。
とりあえず、初撃の追い打ちという目的は十分果たせただろう。
「エラノールに、撤退指示。隠し扉から戻るように。そしてそのまま地下一階へ移動だ」
ダンジョンアイを通じて指示を飛ばす。なお、隠し扉に入る前に臭い消しを使う手はずになっている。これによって、獣たちの鼻をごまかすのだ。これも、ダークエルフの知恵である。
「エラノール達が移動し終わったら、俺たちも上に上がる。準備よろしく」
一同に言い渡す。俺自身も、いつもの防具に身を包んでいる。さて、一仕事だ。




