夜の大事な話。朝の騒がしい出会い。
地下街だけでなく、上階の迷宮部分を一通りご案内する頃には結構な時間がかかっていた。ダンジョン前広場での作業場も見てもらったから、それなりに時間を取られた。
現在、流民たちの大半は日中ここにいることが多い。体調を崩した者たちも、天幕の下にあるベットに寝かされている。
人間、やはり日の光を浴びなければ調子を崩す。なので流民たち全員が、そうできるよう仕事のローテーションを組ませてあった。幸い、外でできる仕事は多い。
食料と薪の調達。入手したそれらの加工と整理。洗濯とそれを干す仕事。加えて最近は、広場の外延部に柵を作り始めている。子供たちが出ない様にでもあるし、モンスターや獣対策でもある。
本当は、炭小屋を作りたい。炭の消費が本当にすごいのだ。自作できるならやりたい。木は山のようにあるのだから。だが、例によってそれも手が足りない。ああ、あれもしたいこれもしたい、問題解決には何もかも足りない!
神よ! なぜ俺にチートを与えなんだか!
『弱いダンジョンに興味はありません。七難八苦して強くなるべし』
そんなオリジン先輩の言葉が聞こえた気がした。もちろん幻聴である。ファッ〇ン! ……などと状況を呪っても改善されるはずもなく。できる事をやっていくしかないと改めて自覚する。
そんなこんなで夕方である。作業員たちがエレベーターに乗って地下に戻っていく。もちろん、渋滞にならない様にある程度の区分を設けている。なのでその流れはスムーズだ。
それで、ヤルヴェンパーご一行様のご予定なのだが。
「大事な話し合いなので、とゴリ押して一泊二日の日程をとりました!」
……公爵閣下。そういう話はいらしゃる前に欲しかったんですけどねぇ。
「ゴリ押しが通ったのがここに来るギリギリだったので!」
左様で。で、ウルマス殿は。
「問題解決の為、バルコ国関連のゴタゴタが片付くまでご厄介になります! あ、もちろん滞在費は支払いますとも。支払いますので……妻と娘も呼んでもいいですかね?」
いいけどね。……弟はちゃっかりしている、の法則は異世界の貴族家でも通用したか。そして、イルマさんは。
「……明日も仕事なので、ここでお暇させていただきます」
めっちゃ肩を落としてそう述べられた。うーん、残念。そして、恨めし気に兄二人を睨みなさる。そこ、兄弟。肩組んでピースしない。煽らない。
そんなこんなで、全員で地下十一階に戻り。イルマさんを転送室でお見送り。ご兄弟と一緒に屋敷に戻った。
急な話になったが、問題はない。幸い、客間はいくつもある。それだけでなくなんとこの屋敷、生活可能な離れの家まである。どういう生活様式だったんだろうなぁ。
「裕福であれば、それほど珍しくありません。隠居した両親や、有力な親類などが住んでいたのでは?」
という、ゴーレムサーバントのノワールの言葉になるほどと頷く。そして、いつでも使えるように掃除しておいてくれたことをあらためて感謝する。とりあえず、ウルマス殿のご家族がいらっしゃったらこちらに住んでもらう事にする。
で。大事な話し合いはもう終わっている。なので我が家名物マッドマン風呂で昼間の疲れを取って、庭で夕食兼酒盛りである。
いつもの焚火台を持ってきて。一人キャンプで磨いた酒飲み用料理を披露する。ああ、ハイボールを決めたくなる。ウィスキーはともかく炭酸水がなぁ。帝都にはあるのかしら。
そんな雑料理だが、公爵家ご兄弟には好評だった。
「こういうのでいいんですよ、こういうので! うちは外に見えない所じゃ質素にやってるんですが、それでもちょっとつまみをなんていうとわざわざ料理長が手間暇かけて! いやそういう仕事だからしょうがないんですけど、ねえ!」
すきっ腹に二杯流し込んで早くもテンションの高い公爵閣下。
「ナツオ殿ナツオ殿! 私にもこの料理の仕方教えてください! 妻と娘の前でこれやってびっくりさせてやりたいんですよ! ええ、私だってこれぐらいはできるんだってそんな感じで!」
同じく、こちらもいいペースで飲んでるウルマス殿。互いに名前呼びにしようと改めて決めて、とてもフレンドリー。まあ、しばらく生活を共にするんだからその方がいいよね。
こんなノリで、二人に肉やらキャンプ料理やらを配膳しつつ自分もゆっくり飲んでだいたい一時間後。
「だから言ってやったんですよ! お前ら体面ばっか取り繕った結果がこれじゃねーかって! バカかぁ! ヤルヴェンパー様になさけねぇ所見せやがって! 全員海に落ちやがれ!」
「そうだー! もっといえアニキー!」
出来上がってます。めっちゃ出来上がってます。もうね、身内と俺しかいないからって、完全にリミッター外してます。……前回は家族もいたし、ほかの家の方もいたからね。というか、家族といえばセヴェリ君がいるんだけど。
ちょっと母屋の方を振り返る。窓から思いっきり息子さんが見てた。あ、心底申し訳なさそうに頭下げられた。気にしなくていいから。
「本当、うちの家臣連中は戦力も権力も金もあるから始末におえない! それであーだこーだと足の引っ張り合い! まとめて秘術で押し流したーい!」
「やっちまえーやっちまえー! あいつら、俺に当主にならないかとか寝言ぶっこんでくるんだもの。じょーだんじゃねー! 俺は家族で帝都暮らししていくんですー! お前らの面倒見るなんて御免じゃー!」
「……ウルマス。お前、私の代わりに当主やらない? 私は父上半殺しにしてダンジョンに入るから」
「やだー!」
「だよなー!」
ぶはははは、と笑い合う兄弟。うーん、ストレス溜まってるなぁ。……と、思ったら少し静かに。騒いで酒が回ったかな?
「ナツオ殿ー。ちょっとお話があるんですけどねー?」
「はいはい、なんでしょう」
公爵閣下の半分以上空のグラスに酒を注ぐ。ぐいっとそれを呷るエドヴァルド殿。
「ぷはあ。……イルマの結婚先の話ですよ!」
「はい」
酔っ払いから唐突にシャレにならん単語が飛び出した。
「うちはねぇ、公爵家なんですよ。場合によっては皇帝を出すこともあるんですよ。まー、約二千年の歴史の中で数えるほどしかないんですがー。具体的には……六? 七? どっちだっけ?」
「七、七! ほら、いたじゃない。半年だけ代理で皇帝した人! 毎回数えるかどうか悩む人!」
「あー……というわけで、七人。それ位しか出ていないとはいえ、けっこーな血筋だものだから、結婚先には気を付けなきゃいけないんですよ」
「で、しょうねえ」
つまりそれって、皇位継承権に影響するってことですものね。まあ、トップはあの人だから変な人が皇帝になることはないでしょうけど。
「だけど、流石に二千年も続いていると問題のない結婚先ってみーんな親戚になっちゃってるんですよ! かといって位が低い所となると様々な問題が……位が軽いとかめんどくさーい! ゴリ押しで陞爵させちゃえばいいじゃーん!」
「いいじゃーん!」
「序列は大事にしましょうか酔っ払い公爵閣下」
序列を上げるために四苦八苦してる人たちには絶対聞かせられない話である。酔っ払いのたわごとだけど、それをイロイロしちゃうのが貴族社会だろうしなぁ。
「まーそういう事情があるおかげで、私の結婚も割と自由だったんですよ。ふつーは許されませんからね。どんだけ力があっても陪臣の娘を公爵の正妻にするって。いいとこ妾ですよ、本当は」
「ああ、そういえばそうでしたね」
セヴェリ君のお母さんのヒルダさんはバイキング系の血筋と聞いていたが。公爵家の陪臣だったのか……。
「ちなみに私は帝都で口説き落としましたー! 同じ騎士団に所属していたエースでーす! めっちゃ強くてボコボコにされたのでプロポーズしましたー! 振られて振られて決闘挑みまくって25回目で勝ってOKもらいましたー!」
「武勇伝だなぁ!」
なにやってんだこの公爵家のボンボン。
「まー、そんな感じで割と緩くはなっているんですが、それでもラインってもんがありまして。アレの嫁入り先は、なかなか見つかりにくくて……」
「モンスター配送センターの仕事は、半分仕事ですけどもう半分は婚活なんですよねー」
「なる、ほど……」
唸る。……公爵令嬢の嫁入り先。それなりに格を求められる。ダンジョンマスターは皇帝より上。で、あるならば、俺は。
「……と、言う話をダンジョンマスター様の前でするというのは、貴族社会においてめちゃめちゃマナー違反です!」
「よその家に聞かれたらめっちゃ叩かれるやつー! 何なら家の連中にも突き上げ食らうやつー!」
「はい?」
うわーい、とか言いながらさらに酒を飲む兄弟。唐突に、無茶苦茶言い出してない?
「いやー、だってほら。家、今回の件でダンジョン周りの大仕事するじゃないですかー。そんな立場の私が、妹の嫁入り困ってます―なんて言い出すのは」
「『これだけ頑張るんで、うちの妹どうですか? うへへへ!』って助平面して言ってるのとほぼ一緒でーす! 帝国貴族としてダンジョンマスター様の足元見るような行動はマナー違反でーす! 酒の席でもアウトでーす!」
……それをわかってて、あえてやったのか。この二人が、ダンジョン欲しさにそんなことをするはずがない。家の為でもない。となれば、理由は一つだ。
「……お二人には、多くのご配慮とご心配をおかけしまして本当に申し訳なく」
深々と、頭を下げた。本来ならば、こんな大問題になりかねない事をしなくてよかったのだ。それでもやったのは妹の為。そして俺が煮え切らないためだ。
「ナツオ殿。どうか頭を上げてください。これは我らが酒の席でしくじったという、それだけの話です」
「ここだけの話ですし、万が一漏れたとしても力で蹴散らすだけなので」
有難い言葉だ。だがそれでも、頭が下がる。そして言葉が見つからない。この二人の覚悟に、どう報いればいいのか。いや、わかってはいるんだ。……思いは、ある。覚悟はどうだ? ……深山夏雄だったら、無理だった。
しかし、ダンジョンマスターのナツオ・ミヤマにはできる。
「……もちろん、ナツオ殿のご意思が最優先。うちの妹がお気に召さないのであれば……」
「いえ」
頭を上げて、妹思いの兄弟をまっすぐ見る。お道化ていた二人が、背筋を正した。公爵家の当主と、その血族にふさわしい佇まいを瞬時に纏う。
「このような酒の席ではなく……後日。正式な場をもって、お願いいたします」
「……ええ。お待ちしております」
頭を下げる。了承をもらう。内々の事ではあるが、少なくとも家族および公爵家からは了承をもらえた形だ。
ウルマス殿が、三人のグラスに酒を注ぐ。
「それでは、めでたき事が決まりましたので乾杯といたしましょう!」
「そうだな。よし! ミヤマダンジョンの益々の繁栄を願って!」
二人がグラスを掲げる。俺もそれに倣う。
「ヤルヴェンパー公爵家の繁栄を願って!」
「「「乾杯!」」」
グラスを打ち合わせ、中身を飲み干す。喉が焼ける。五臓六腑を温める。ああ、何といい気分な事か。飲もう。もっと飲もう。今日は限界まで行こう。
……行こう。…………いった。
「……でも結局、イルマさんに振られたら全部おじゃんですよね!」
ふあんを、ばくはつさせる!
「だーじょうぶですって! ほんとーですって!」
イケメンアニキAが根拠のないなぐさめをする!
「うそだー! だってイルマさん美人じゃーん! おれこんなんじゃーん! つり合いとれてないじゃーん!」
「ほんとーほんとー。あいつ、気のない男にはほんと―冷たいからー! 北海の女だから―! 大学時代、ことごとくふりまくってたからー!」
「イルマさんに、過去の男!?」
「「いない、いない」」
ぎゃーぎゃー、わーわー。さわぐ。ほえる。ああ、こんなに飲むのはいつぶりか。最近忙しくて全然だったなぁ……。
こうして俺たちは、酔いつぶれるまで騒ぎ倒した。
翌日、二日酔いだったのは言うまでもない。
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コボルト・アルケミストのアミエーラ特製、酔い覚まし。地獄のような味がするが、二日酔いの特効薬である。中身は怖くて聞いていない。
それを飲み干し、混沌としたのど越しに項垂れること三十分。頭痛、胃のむかつき、吐き気などがほぼほぼ収まった頃。
「実は昨晩、来訪者がおりまして」
などとエラノールが言い出した。
「昨晩? 夜の森を突っ切ってきたの?」
コーヒーを飲みながら聞いてみる。正直無茶が過ぎる話だ。ダンジョン周辺は野良モンスターが少なくなってきたものの、依然森の中は連中のテリトリーだ。
しかも、夜はモンスターたちの活動が活発になる。そんな中を抜けてくるなんてよっぽどの達人でもない限りは無理だ。それこそエルダンさんレベルの技量が必要だろう。
「いえ、それが……レケンスが連れてきまして」
「レケンスが? どうやって?」
「……湖から、引き上げてきました」
「ごほっ!? ……はあ?」
危うくコーヒーを吹きそうになった。詳しく聞いてみたら、二日酔いの痛みがぶり返しそうになった。曰く、その一団は商業派閥等の視線をかいくぐるためにプラータ川を潜って移動していたらしい。
そんなの呼吸が続かないだろうと突っ込んだら、なんと全員水中呼吸の指輪を装備していたと。なんというごり押しか。そして、それをレケンスが感知。話を聞いてみたら、なんとヨルマの名前を出したではないか。
嘘をついている様子もなかった事から、レケンスがそのまま引っ張ってきた、と。……そういえば、地下水道で川と繋いだといっていたな。え? そこを通したの? 無茶が過ぎない? 人が通る想定してるのそこ。
……ともあれ、まずは会おう。俺は朝食を何とか腹に収め、ヨルマの仲間たちを泊めたという家に向かった。エラノールは、こういう場合呼びつけるものだというが、相手側の人数が多い。子供もいるというのだから、こっちの方が手間がかからないだろう。朝礼まで時間もない事だし。
彼らが泊まった家は屋敷から割と近かった。流民たちの居住地と屋敷はそれなりに距離を置いている。防犯上必要な事だとみんなに説得されたので。そして件のグループはヨルマの友人という事で、流民たちより近い場所に泊めたとの事。
そんなわけで足を運んだら、総員が家の前で整列していた。……いやまあ、エラノールが気を利かせて先に知らせたとは思うが、何というか物々しいな。
しかし……気合が違うな。大人も子供も、全身に力がみなぎっている。このように出迎えられては、おれも二日酔いが残っているなどと言ってはいられない。背筋を正そう。
早速声をかけようと思ったら、エラノールが一歩前に出た。
「ダンジョンマスター、ナツオ・ミヤマ様である。挨拶を」
「「「おはようございます! ダンジョンマスター!」」」
お、おう……などと気後れしている場合ではない。
「おはよう。ダンジョンマスターのナツオだ。諸君らはヨルマの友人と聞いているが間違いないか?」
「はい、ダンジョンマスター。俺たちは、ヨルマ・ハカーナの紹介でやってきました。此方で働く人間が必要との事で」
答えたのは、身体のあちこちに赤い鱗を持つ青年だった。一応、一通りの名前を聞いている。この一党のトップである、竜人族のバラサール。
「その通り。……ヨルマに相談したときは、もっと落ち着いた状況だったんだが。現状はこの通りだ」
「ずいぶんと、にぎやかになっているようで」
竜人の青年は皮肉気に笑う。
「毎日お祭り騒ぎだ。運営者としては相応に苦労する。特に、こちら側のスタッフが足りないとくれば」
「つまり、あたしたちはピッタリな人材ってわけですね!」
朝もまだ早い時間といっていいのに、元気マキシマムな女性が入ってくる。かなりの美人さんだ。えーと?
「パラマでっす! ヨルマの恋人です!」
「おお。ヨルマには大変世話になって……」
「そして私がジア。ヨルマの嫁」
「おお。おう? おう……」
少女のようなハーフエルフがさらに割って入ってくる。……人の恋愛に口を出すつもりはない。うん、イケメンめグギギ。
「あ、二人ともただの自称なんでたわごととして聞き流してくださいな。私はバルバラ。このチームの副長みたいなものです」
ぶーぶー文句を言う二人を、手で追いやる。うん、強い。まとめ役だとよくわかる。
「事情は昨日軽く伺いました。流れ込む大量の流民で治安が悪化。それをどうにかしたい、と。……正直、上から押さえつけるのは数が足りませんね」
「その通り。それでも、現状のコボルトパトロールに諸君らが加わってくれれば効果が高まるかと考えているが」
「それについては、ちょっと案があります」
一流のセールスレディのごとく、自信に満ちた笑みを浮かべるバルバラ。頭目は眉根に皺を寄せる。
「おい、聞いてないぞそれ」
「後で話すわよ。下手に警備を増やすよりよっぽどいいし、先の為になるわ。どうでしょう? まずはお話だけでも」
……流石はヨルマの仲間。個性的なのが揃っている。黙っている面々も相当な物だろう。
「ああ。とりあえず、もう少ししたら朝礼がある。そこで皆に紹介してから……」
次の予定についてそう口にしている最中、街に警鐘が鳴り響いた。続いて、竜語交じりのコボルトの咆哮。その意味するところは、襲撃。
「エラノール! 町内会長に指示して全員に自宅待機させろ! そしたら合流!」
「かしこまりました!」
エルフ侍が、矢のごとく走り去っていく。で、ヨルマの仲間をどうしようかと振り向くと。拳を打ち合わせるバラサール。短杖と小瓶をそれぞれ取り出すパラマとジア。仲間たちに手早く指示を出すバルバラ。他にも、武器を取り出す者、柔軟を始める者、とーちゃん頑張れと応援されるオークのマッチョマン等々。
「……やる?」
具体的に何を、などと口にする必要もない。見てわかるが、一応の意思確認。一同は、そろって戦意あふれる笑みを浮かべた。
「帝都育ちがどれだけ働くか、アピールさせてもらいますよ」
バラサールの言葉に頷く。よし、それじゃあ……あ、言い忘れていた。
「諸君! 我がダンジョンにようこそ! 奮戦を期待する!」
「「「応!」」」