地下都市生活の現状
その他こまごまとした打合せを終えた俺たちは、街へと足を運んだ。
「いやはや、それにしてもこの街はすごいですね」
「千年前のエルフの都ですから。しかも、ほとんど形を保っていたので」
公爵家ご一行様三名を引き連れて、大通りを歩く。流民たちが生活の為に忙しく行き交っていた。その表情は、様々だ。明るい者は少数。自らに与えられた仕事を真面目な表情でこなすものがほどほど。そして全体の半数は暗く、または悲しみに暮れていた。
「流石はナツオ殿。流民たちを受けれて、この状況とは」
幾分か声を押さえたエドヴァルド殿。それに対して、俺もやや小声で話す。
「……正直、いっぱいいっぱいです。雰囲気も良くないですしね」
二つ目のグループは、かなり荒れていた。ダンジョンのモンスターを見るや、攻撃を仕掛けてきたほどだ。それらを制圧して話をして、トップが折れるまでもずいぶん苦労した。なまじある程度の戦力があった分、ジルド殿達より我が強い。
それでもなお、折れたのはやはりホーリー・トレントとレケンスのパワーを見せたおかげだろう。たかだが三百人程度では、レジェンダリー・ウォーター・エレメンタルは倒せやしない。準英雄級冒険者チームを連れて来いってんだ。
なので、最初に比べて雰囲気はだいぶよろしくない。気落ちしていたり、イラついていたり。ケンカだって時折起きる。それ以上の事も。
しかし、ウルマス殿は肩をすくめておどけて見せる。
「雰囲気が良くない、程度で収められている事がすごいのです。……流民は、生活を支えるものすべてを失っています。家族も失っている事も、珍しくないでしょう。そんな者達を、それでもなおこのように秩序の中に収めている。並大抵の事ではありません」
「……受け入れられる箱がありましたからねぇ」
そう。だからこそ俺は彼らに仕事を割り振ったのだ。生活が回り始めれば、今度はそれを得たことになる。何かしらの問題を起こせば、それを失う事になる。この生活が、ストッパーになることを期待したのだ。
これらのアイデアは、別に俺独自のものではない。テレビとネットで、ある人物の事を知った。その人は、紛争が続く国で農地を作った。灌漑工事をして水を引き、荒れ地を耕作可能にした。安い金目当てで兵士になるしかなかった人たちが、銃を置いて農具を手にした。
平和を得るために、生活を作ったのだ。何十万人という人に、生活と平和を与えたのだ。その大いなる偉業に衝撃を受けた。……残念な事に、その方はテロによってこの世を去った。その人物のように生きることはできない。だが、わずかながらも学ばせてもらったことは、俺以外の人を生かす事に役立たせてもらおうと思った。
現在の彼ら彼女らは、ここでの生活を成立させることで手いっぱいだ。だが、わずかながらも生産活動は始まっている。男衆は狩りや資材調達。女集は家事と育児。安く手に入れた古着や古道具を修繕して使う、という活動も開始した。
これらの行いが、流民たちの生活の支えとなれば。そう思って日々差配を続けている。だが、それでもすべてが上手くいくわけでは無い。
「わおーーーーーーーん!」
街に、コボルトの遠吠えが響く。続けて、二度三度と。流民たちの顔がこわばっていく。
「ああ、またか……。すみません、ちょっと離れます。家でお待ちください」
御一行にそう断って、遠吠えに向かって走り出す。街で、安全を確保できた生活圏はまだまだ狭い。なので、その現場はそれほど遠くではなかった。
そこは、まだ調査が行き届いていない区画。入ってはいけないと定めている場所。距離を置いてワンワンと吠えるコボルトの先には、うろたえる流民の男がいた。
「うるせぇ、だまれ、だーまーれー……!」
小声で、なだめるように両手を広げているそいつ。ここ最近、こういう仕草に見慣れてしまった。
「そこのお前! なぜここにいる!」
「げぇ! ダンジョンマスター!」
踵を返して逃げようとするが、甘い。彼の進行方向を押さえるように駆けこんでくる蹄の音。ケンタウロスのご到着である。近隣の調査をしていたようだが、コボルトの咆哮で駆けつけてくれたらしい。というか、同様の事件が起きるたびにいつもそうしてくれている。実にありがたい。
「こっちはさらに侵入禁止だ。散々通達してあるはずだが?」
戦士の身体をしたケンタウロスに道を塞がれては、流民も青い顔で下がるしかない。そして、振り返れば俺とコボルトがいる。
逃げられないとするならば、どうするか。
「あ、あはは……ちょ、ちょっとその、道を間違えまして……」
誤魔化すのだ。これも、パターンだ。何度も見た。なので、対処法もすでに構築できてしまった。
「詳しい話は神前で聞く。ついてこい。それともぶん殴られるのがお望みか?」
忙しい合間をぬって、最近地上の慰霊碑の隣にアラニオス神の祭壇を作ったのだ。ちゃんと、ソウマ領からリンタロウ司祭をお呼びして完成させた。俺は毎朝手を合わせている。
神前、という単語を聞いた途端に、青い顔色がさらに悪くなる。嘘をついたら神罰だ。当然の反応だった。
「ひぇっ!? そ、そこまで大層な事じゃないんで、大げさにしなくても……」
「それを判断するのはお前じゃない。俺だ。さあ、歩け。これが最後の命令だ」
がっくりと首を下げる流民の男。俺は先頭を歩く。左右を距離を開けてコボルトが固める。何故離れるかといえば……弱いからである。こいつらの仕事は腕力で抑え込む事ではない。逃げた時の追跡である。
最後尾にケンタウロスが歩いてくれている。そうやって進めば、生活区画にすぐに戻る。流民たちが声を潜めて噂する。その表情は様々。怒り、嘲り、侮蔑。
俺は目を光らせる。案の定いたそれに、大声を張り上げる。
「こらーーーー! 石をなげようとするんじゃなーーーい!」
「ひゃあ!」
面白がったガキどもである。どうにも、罪人がしょっ引かれるとそうする地域があったらしい。子供らはそれをまねてしまっている、と聞いている。
「周囲の大人! 止めなさいよ! いいね!?」
母親らしき人が、子供を抱えて頭を何度も下げる。……これまで何度もあったが、なかなか改善されないなあ。
そうこうしているうちに、セヴェリ君がやってきた。さらに、流民たちの集まりからも数名。
その中の一人、俺より数歳若い二十かそこらの赤毛の青年が弱り果てた様子で話しかけてきた。
「これは、ミヤマ様。その……」
「リベリオ殿。これで三人目ですよ」
「はい……ご迷惑をおかけします」
この青年、リベリオ・カザーレは第二グループのトップ……の息子さんである。貴族であり、爵位は伯爵。そんな彼が現在、二人目の町内会長であるのだが。
「ミヤマ様。身内の恥はどうぞ、我らに処分する機会を……」
三十そこらの体格のいい男が、リベリオ殿の後ろから一歩前に出てくる。地元じゃそれなりの地位だったのかもしれない。口調は丁寧だが、有無を言わさぬ態度だ。
が、はい分かりましたと頷くことができない。何せ彼らに任せるイコール死刑である。文字通りの命の処分。許せぬことではあるが、かといって泥棒にそれは重すぎる。
なので。
「差し出がましい。ここはミヤマ様のダンジョン。そして帝国の領土の中。法はこちら側のもの。何度も言わせないでほしいものだ」
絶対零度のまなざしと声で、セヴェリ君が突き放す。毎回、結構こんな事を言ってくるのだからこういう対応になっても致し方がない。リベリオ殿はさらに顔色を悪くするが、その取り巻き達は怒りで赤くなる。
「それでは、我らの面目が立たぬと……」
「領地を失い、兵も失い、財産もない。生活のほとんどをこちらに依存しておきながら、満足に民も制御できない。そんな体たらくで、何が面目か。恥を……」
「セヴェリ君、そこまで」
まったくもってその通りであり、内心もっと言ってやれと思う所ではあるのだがそれではやっていけないのが社会である。取り巻きの男衆、すっかりこっちを殺す気で睨んでいるじゃないか。我慢しているだけまだ理性が残っているが。
「彼については、いつも通り神前裁判を行います。皆さんにはそれに出席していただくという事で一つ。セヴェリ君、エラノールを呼び出してくれ」
「かしこまりました」
腰につけていた魚籠もどきから、ダンジョンアイの端末である蛇を取り出す。いやあ、本当に便利になったものだ。導入前だったら、探しに走らなければならなかった。
さて、怒りと不満でどうにかなりそうな彼らをいかがしようか……と、考えていたらヤルヴェンパーご一行様が近寄ってきた。
「ナツオ殿。捕り物は終わりましたか」
「ええ、なんとか。あー……リベリオ殿。こちら、アルクス帝国ヤルヴェンパー公爵家当主、エドヴァルド・ヤルヴェンパー公爵閣下。その弟のウルマス殿と妹のイルマタル様。我がダンジョンのお客様だ」
「こ、公爵閣下!?」
反射的に畏まろうとするリベリオ殿とその取り巻き。エドヴァルド殿は軽く手を上げてその動きを制した。
「そのままで。ここはダンジョン、宮廷ではない。最低限の礼儀があれば、それでよい。ナツオ殿、ご紹介願えるかな?」
「バルコ国のリベリオ・カザーレ伯爵。数日前にダンジョンに逃れてきた一団のトップ……の、ご子息。色々あって先日、代替わりを」
「初めまして、ヤルヴェンパー公爵閣下。略式の挨拶をお許しいただき感謝いたします」
流石に、大物の登場には自分たちの感情を横に置かざるを得なかったのだろう。怒れる取り巻きも頭を下げている。
「望まぬ来訪であるだろうがそれでも帝国にようこそ、と言っておこう。貴公らが貴き血にふさわしい振る舞いをする限り、我らもそう応じよう」
「は。お心遣いに感謝いたします」
緊張感あふれる(俺とバルコ国側主観)挨拶が終わると、背筋を伸ばしたウルマス殿が彼らに話しかけた。
「先ほど面目、という言葉が聞こえたが。そちらの家中の者の言葉に相違ないか?」
うええー。ウルマス殿、それ蒸し返すのー? という感情を表に出さないように顔面を引き締める。とても辛い。
「は。これは、お耳汚しを……」
「いや。……そのように言葉を漏らすのも無理からぬ事だ」
おお、と。我が意を得たりと喜色を浮かべる取り巻き達。リベリオ殿の血色も復活する。対する俺は、無表情でいることを努力しつつ心で悲鳴を上げる。
それらの反応を意に介さず、ウルマス殿は言葉を続ける。
「一体どれだけ働けば、ダンジョンマスター様にご恩を返せるのか。それを思えば、到底心穏やかではいられまい。私であったら、ひと時であっても休む事すら苦しいと思うだろう」
は? という言葉を発さなかったのが不思議なくらい、俺含めてバルコ国側がぽかんとした表情を浮かべた。
それを起こした本人は、片眉を上げて淡々と話す。
「安全な住処。安定した食料の供給。民衆の為の労働のあっせん。治安維持。生活に係る多くのものをダンジョンに依存している。これらは本来、貴公らの仕事であろう?」
「は、それは……もちろん……」
またもや、顔色が悪くなっていく一同。……血管に負荷がかかっていそうである。その前に胃かな?
「民を束ね、国を支えるのが貴き血の仕事。……我が国では若干異なるが、それはさておき。その仕事をダンジョンマスターに依存している今、何かしらを返さねば胸を張ってそれを名乗る事もできまい。うむ、心中穏やかではいられないだろう。察するとも」
「まったくもって、その通りで」
わー。上げて落としたー。丁寧に言ってるけど、つまるところウルマス殿の言葉というのは、
『人様に迷惑かけておいて、ろくに返していないんだろう? デカい面はできんよなぁ?』
という話。で何が面白いかってこれ、さっきのセヴェリ君の言い分と大体同じなんだよね。言い方が全く違うってだけで。
幸いなのか、それとも上位貴族の威圧のおかげか。取り巻き達も自分たちを顧みることができた模様。先ほどの不満はきれいさっぱり無くなった……わけでは無いだろうけど。少なくとも、表には出していない。
さらにウルマス殿が口を開こうとしていたら、エラノールが姿を現した。
「お待たせいたしました」
「うん。聞いていると思うけど、神前裁判をお願い。リベリオ殿、よろしいか?」
「はい、ダンジョンマスター様! 公爵閣下、ご弟妹の方々。申し訳ありませんが、仕事があります故これにて失礼いたします」
「うむ。励みたまえ。ダンジョンの為に」
そうして彼らは、足早に去って行った。……それを見送ると、ウルマス殿が一つ咳払い。
「ガーディアン・セヴェリ殿。いかがだったかな?」
「はい、ウルマス様。勉強になりました」
「よろしい。彼らは帝国の非ハイロウ系貴族と同じく、面目を兎に角重視する。一般的なヒトというのは、能力に差が出にくい。仮に差があっても一目で判別できない。だからこそ自分はすごいという情報、を重視する」
「はい。……正直な所、あれらはホブゴブリンを一体づつ相手にするのがやっとといった所ではないでしょうか?」
「何かしらのマジックアイテムを隠し持ってない限りは、そうだろうね。そして、その面目のこだわりが弱点にもなる。今回はそれをつついたわけだ。分かったかな?」
「恥知らず共に恥のなんたるかを気付かせる手法、たしかに」
「よろしい。励みたまえよ、若きガーディアン殿」
叔父と甥の心温まる(?)やり取り。……まあ、親類の仲が良いというのはいい事だ。貴族ともなればそうでない事も多い、とフィクションでさんざん見たから。
「ナツオ様。流民の犯罪は多いのですか?」
眉根に皺を寄せたイルマさんに、肩をすくめて答える。
「一攫千金目指して未調査地域に侵入したのはあれで三人目。壊すなと命じているのに勝手に家屋に手を出した奴は五人。別の家の物資に手を付けた者、喧嘩、婦女暴行未遂、男子暴行未遂、その他上げたらきりがない」
「ブラントーム家に、治安維持の助力を得ていないのですか?」
「それでなくても内務関係で人手を借りてるんですよねー。調査の人員も増やしてもらいましたし。バランス的に、ちょっと厳しい」
新設した事務部の仕事は多い。物資の発注と管理は当然として、もう一つ重要な仕事がルールの確認と周知だ。バルコ国の法律と習慣。帝国の法律と習慣。当然ながらこれらは異なる。生活していた街や村ごとにローカルルールまである。
これらのずれは、トラブルの元となる。全ての衝突を回避するのは不可能であるが、さりとて努力しなくては始まらない。なので毎夜毎夜町内会長を集めてルールのすり合わせをしている。
そしてそれは、毎朝の朝礼で周知を行う。……帝国は当然としても、自分たちの住んでいた国の法律すら知らないものが大多数というのはいかがなものか。農村部出身者はもとより、街に住んでいた者たちまで。
……などと思ったが、わが身を顧みてみれば人の事は言えなかった。自分の身の回りで守るべきルール以外の法律は、ほとんどあやふやだ。というか、帝国の法すらろくに知らないじゃないか。反省……するが、手が回らん。現状に対応するのが手一杯。
は。だから人は自分に関係のある法しか学ばないのか。世知辛い悟りを得てしまった。
話が逸れた。そんなわけで、ブラントーム家からのヘルプを治安維持に回す余裕はない。ダークエルフも、森や地下などで頑張ってもらっている。そちらはそちらで生活があるのだから、多くの人手を借りるわけにはいかない。
現状は、コボルトの見回りが精一杯だ。幸い、これは上手くいっている。ルール違反や喧嘩、不審者がいれば吠えて知らせる。その後は対処できるものが現場に駆け付ければいい。四六時中、悪事が起きているわけでもないので現在はこれでかろうじて何とかなっている。
もちろん、これ以上に人が増えた場合はその限りではない事も理解している。……という現状を、かいつまんでイルマさんに説明する。
「我が家から……は、不味いですねぇ」
「出せないね。ブラントーム家に悪いし、外聞も悪い。若いダンジョンの窮状に付け込んで、公爵家が人を送り込んだと噂されてしまう」
エドヴァルド殿が首を振る。イルマさんがさらに唸る。
「ソウマ家……も、厳しいですね。あそこ今、忙しいはずなので」
「え。なんかあるんですか?」
俺の質問に、彼女は困り気に笑う。
「オリジン様より、相撲を帝都の祭りで開催するようにとのお言葉がありまして。てんやわんやで、準備をしているという話です」
「……それって、もしかして。もしかしなくても……俺のせい?」
恩義あるソウマ領ご一同様に面倒事を放り込んでしまった。その事実にゾッとする。……しかし、ウルマス殿は笑顔。
「せい、ではなく、おかげというべきかと。オリジン様より祭の催し物を用意せよとお言葉をいただけるなど名誉も名誉。めったにない事です。ソウマの名は帝国に広がり、スモウなる競技は現在帝都で話題沸騰中。かく言う私も妻と娘を連れて見に行こうと考えている次第です」
あ、ご結婚されているんですねウルマス殿。それはともかく……名声が高まったという事なら、いいのか? 今度、食料注文のついでに聞いてみよう。エルダンさんの紹介で教えてもらった商人さんに。
「縁のある貴族は動けない。人手は足りない。かといって、流民たちを使うのは……」
「論外。必ず不正が生まれるな」
妹の言葉に長男が眉根に皺を寄せる。これは、彼らのモラルの問題ではない。コミュニティの問題だ。どういう事かといえば……割と複雑な話である。
流民たちはそれぞれが、協力関係にある。現在の大いなる困難を、支え合う事で乗り越えようとしている。さて、ここでルール違反者が出たとする。基本的にそれは悪い事で、コミュニティに悪影響を及ぼす。なので裁かなければならない。
ここで問題が出てくる。彼らは個人、または少数家族が集まって一つを形成している。悪事を働いた者にも、親しい者がいる。全員が裁きに同意すれば、話は早いのだが人の世界は往々にしてそうはならない。
庇う者もいるだろう。知らずに共犯者になっていた者もいるだろう。そして、違反者とその周囲の人間を、まとめて非難する者もまたいるのだ。そして、それだけでもごたごたしているのに、ここで裁きの執行者がコミュニティ内にいたらどうなるか。
もめる。確実に、もめる。減刑や見逃しを求めたり。より極端な罰を求めたり。そしてついには、執行者とその周囲を非難したり。全体での協力関係など、あっという間に瓦解する。
法の執行者やその制定者は、一般人と同じではだめなのだ。だからこその王。だからこその貴族、そして騎士。身分制度とは、人がまとまるために必要とされて生まれてきたという事が改めてわかる。
じゃあ、現代の民主主義国家はどうなんだという話になる。あれは、国民が法を順守するという前提があって初めて機能するシステムだ。ルールは守るもの。悪い事をしたら捕まって裁かれる。それを子供の頃から教えられる。それができる社会体制があってこそのもの。とても、この場ではできない事だ。時間も余裕もない。
話を戻そう。始め俺は、そのトップの役割を町内会長たちに求めた。彼らは騎士や貴族だ。なんとかなるだろう、と漠然と考えていた。しかしそれは無理であったと現実が教えてきた。
彼らには、ルールを守らせるだけの武力が足りないのだ。もうちょっと言えば、武力を支える財力も足りない。財力は、配下とその家族の生活を支える。それらが無ければ、多数派でいられない。だから武力も足りなくなる。騎士だの貴族だのがただの肩書に成り下がっている。
リベリオ殿の取り巻きがあれだけ体面にこだわるのも、その辺があるのではないかと考える。せめてそれだけでも保たねば、位を名乗る事すらままならなくなるから。俺が町内会長なんて役職を任じるだけではだめだと、肌で感じているのだろう。
長々と語ったが、このような理由で流民たちに治安維持の仕事は任せられない。もめごとを生むだけだし、最悪悪事の片棒を担ぎかねないのだ。モラルの低下ではなく、コミュニティの活動として。
「……まあ、いざという時の手段はあるので。現状はぎりぎり何とか」
「その手段、お伺いしても?」
「レケンスに頼んで、水で『洗って』もらいます。暴徒には放水で制圧する。穏便な手段ですよね?」
「……ナツオ様。休まれた方がよろしいかと」
イルマさんに心配された。兄弟も首を縦に振っている。俺は、そんなに疲れた顔をしているのだろうか。