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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
四章 汝、味方を欲すならば迷宮の外を見よ
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幕間 たくらむ者 ながされる者

 世界で最も栄えたる都。帝都アイアンフォート。その中心地区にある、デンジャラス&デラックス工務店本店ビル。その幹部用執務室に、複数の人員が集まっていた。


 部屋の主、モーガン・クローズ子爵。工務店内の商業派閥のまとめ役……とは仮の姿。その実態は、ダンジョン背信者の首魁である。


 ダンジョン背信者とは、平たく言えばダンジョンに敬意を払わぬ者たちである。はっきりと嫌っている者も多い。


 この地にダンジョンを開いたオリジン、およびダンジョンを作り上げたダンジョンメイカー(グランドコア)。帝国で神と同一に崇められるこれらを、彼ら彼女らは秘かに唾棄する。帝国の在り方、その根幹を否定しているのである。


 この部屋に集っている者たちも、表向きは商業派閥。この集まりはその会合という事になっている。実態が別であることは、もはや語るまでもない。


「……つまり、おおむね順調ということか」


 執務室の一角。普段は応接に使っているテーブルを、一同は囲んでいた。その上座に座るモーガンが深く頷くと、部下という事になっている若い同志は手元の資料に目を落としながら話す。


「はい。サイゴウダンジョンとバルコ国以外は、です。……あのダンジョンが唐突に発生しなければそれも問題なかったのですが」

「どうかな。監査が入ってはどうしようもなかった」


 別の者が首を振る。彼らは、いわゆるエリートである。生まれも育ちも上流。そうでなければ工務店に入ることはほぼ不可能だ。ほぼ、というのは時としてヨルマのような例外が突破してくるためだ。そういう序列破壊のような事が起きるのが帝国であり、彼らはそれを嫌っていた。


 彼らはその生まれと財産、コネを最大限に生かして様々な工作を進めていた。サイゴウダンジョンに係るあらゆるものも、そのひとつ。


「サイゴウに入っていた者達はどういたしましょうか。あれらが騒ぎを起こせば、最悪露見の恐れもありうるのでは」

「重要な情報は握らせておらん。捕まった連中から我らの背を見る頃には、すでに事は起きている。問題あるまい」


 ままならぬことには慣れている。モーガンは首を振った。そして、別の懸念を口にする。


「それで、例のダンジョンへの工作はどうなっている。流民は上手く動かせているか?」

「そちらは、順調です。元々の、サイゴウダンジョンへ動かすための工作をほぼ流用できましたので」

「そうか……元の計画は残念であるが、代わりに大物が釣れた。ヤルヴェンパーとブラントーム。初めに聞いた時は頭を抱えたが、今となっては厄介者を帝都から引きはがしてくれている。感謝してもいいくらいだ」


 敬意のない笑いを、老人は浮かべる。同志たちも、だ。


「特に、ヤルヴェンパーを動かしてくれたのは大きかったですね。あのそつのないロビー活動には脱帽します。バルコ国への主導権は、ほぼ手中に収めたようで」

「流石は、二千年にわたり帝国に居座る竜のフン。汚濁を泳ぎ回るのは得意と見える」

「あれらが大きな顔をするのも、帝国あってこそ。事が起きれば、あの極寒の地で凍えるだけのでくの坊に成り下がる」


 ダンジョン背信者にとって帝国三大派閥の一つ、ダンジョン派閥というのは敵である。そこの重鎮であり、自分たちが表向き所属する商業派閥にも大きな影響力を持つヤルヴェンパー公爵家は特に目障りな存在だった。


「ブラントームもダンジョンの為によく動いているようで。流民たちはいい働きをしてくれていますよ。バルコ国を潰した甲斐がありました」

「あの怪物どもが自由に動けば厄介だったが、ダンジョンにハマってくれたのは助かった。元々、そのために動いてはいたが……ヨルマめ。底辺者を使ったのが間違いだった」


 雑談が混じり出す卓上を、モーガンは手を叩いて引き締めた。


「結果がすべてだ。そして、それはまだ出ていない」


 モーガンは、年若い同志たちを見る。彼らに繋がる、多くの同志たちを。


「いよいよ、世に不幸が満ちる。我らの目的を果たす時だ」


 老人の目には、強い意思が炎のように宿っていた。それは、昏い色をしていた。


/*/


 一方そのころ。同じ帝都の中心部、帝国でも有数の老舗であるコボルト幸せ商会。その最上階、オーナー用ペントハウス。


 はじまりの方。長き銀の髪の君。帝国の現人神。全コボルトの母。数々の尊称で呼ばれるその人、始祖オリジンは。


「あ”~~~~~~~~~~~ッ」


 身もふたもない悲鳴を上げていた。プールと見間違うような広さを持つ大浴場。その一角で、足つぼマッサージを受けていた。


 神だの超人だのと呼ばれていても、人体急所の位置は同じである。その激痛にあらがえるはずもなく。この世で最も強い女は、全裸で激痛に悶えていた。


「はいはい、はしたない声を上げない。お婿さんをもらう身なんですから、もっと慎まなければ」

「この状況じゃ関係な、のぉぉぉぉぉぉぉ!」


 彼女に地獄の責め苦を与えているのは、白毛のコボルトである。ダンジョン監査部部長兼、オリジンの付き人。特徴的なその白毛は、湿気を吸ってかさが減ったように見えた。


「まったく。不摂生が過ぎますよ。いくら丈夫なお体といえど、酒と肉ばかりの生活など。一体どこの山賊ですか」

「私は、好きなものを食べて生きるって決め、ぐぎゅぅぅぅ!? まって、それ本当に痛い! 無理!」

「ああ、やっぱりここが弱っていますか」

「あ”あ”あ”あ”あ”!!」


 彼女と繋がるグランドコアが意識して押さえていなければ、今頃周囲の物品は全て破損していた。それほどまでにのたうち回るオリジンであった。


「はい、おしまいです。これに懲りたら健康的な生活を心がけてくださいな」

「ふ、ふふふ……今度はこのマッサージから逃げる方法を編み出すまで。よもや、風呂で奇襲を受けるとは……」

「トイレに奇襲されたくなければ、それは御止めになった方がよろしいかと」

「おのれぇ……あ、お水ありがと」


 息も絶え絶え、涙目の主に従者は冷たく言い放つ。そして冷水も差し出す。


「はぁ……で、何の話だっけ?」

「ミヤマダンジョン……後輩さんの周囲がいろいろ騒がしくなっているようですよ、というお話をしておりました」

「ああ、そうそう。相変わらずの運の無さ。……いや、悪運というべきかな? ともあれ、逸材だ」

「お労しい事ではありますが。それで、ヤルヴェンパー家が周辺を押さえるために動いているとか」

「まー、その辺は皇帝だの宰相だのにお任せ。それよりも大事なのは、この騒動をどう使うかという事よ」


 胡坐をかいて悪い顔をする現人神。その姿を見て、コボルトはため息をつく。


「はしたないですよ。ご自分の格好をお忘れですか」

「お風呂なんだから裸は当然でしょ! しかし……ふむ、ヤルヴェンパー……」


 立ち上がり、しばし歩き。ぽんと手を打ち据えたのちに、両手を腰に当てて威風堂々胸を張る。その美の極致ともいうべき裸身を隠すことなく、仁王立ち。


「ようし、思いついた! なんだかちょっと後輩君になめられている気がするので、ここは私が悪の親玉であるという事を思い知らせてあげましょう! はーっはっは……っくしょん!」


 そしてくしゃみ。身を震わせ、従者に向き直る。


「これはいけない、体が冷えてしまった。よし、白姫。ワインを一杯」


 笑顔でのたまう主人に対してコボルトが取った行動。それは見事な体術を駆使して自分ごとオリジンを湯舟に叩き込む事だった。


「ほひゃーーーー!?」


/*/


 そして、遠く離れた帝国南東部辺境。十年前はセルバ国と呼ばれていた地方。今もなお、王都と呼ばれるさびれた街。そのほど近くに広く水量豊かな川がある。


 北の山脈から、南のバルコ国の海へと流れるプラータ川。そのほとりに、年齢も種族も雑多な総勢三十数名の集団の姿があった。ヨルマの友人、帝都の武侠バラサールの一党である。


 飛行船に密航し、現地物流に相乗りし。彼らは驚異的な速さでこの地にたどり着いていた。事前の準備と情報収集能力のなせる業だった。


「よしよし、いよいよ大詰めってところだな」


 旅の疲れを感じさせぬ、張りのある声。竜人でありハイロウでもあるバラサールは一同を見回す。彼ほどではないが、皆まだ活力を残していた。子供たちや年少組は疲労を顔に出していたが、歩けないほどではない。帝都地下育ちは、この程度ではへこたれないのだ。


「バルバラ、例のアレ」

「はいはい。それじゃあ、みんな配るからちょっと並んで―」


 彼女がバックから取り出したのは、小さな青い宝石がはめ込まれたシルバーのリング。ほのかな輝きは魔法の品であることを示しており、指に近づければサイズが自在に変化する。事実、オークのホルグの野太い指にも、ハーフエルフのジアの細い指にもピタリとなるよう形を変えた。


 自らの左手の中指にはまったそれを見て、パラマは感嘆の声を漏らす。


「水中呼吸の指輪、ねぇ。よく全員分、数を揃えられたね。中央の大きな店とか使えなかったんでしょ?」

「故買屋一軒覗けば二、三個は見つかったから、そんなに苦労もなかったわよ? そんなに需要もないから、値段もそんなにしなかったし」


 これは、あくまで世界最大の都市である帝都だからこその話である。一般的な地方都市や外国では、魔法の道具は早々手に入らない(ただし帝国商業派閥系列の店は除く)。


「それじゃあ、ここからは川の中を行くぞ。流れに乗っていくから、歩くより早くつくはずだ。グルージャって町にたどり着けば迎えが来るとよ」

「移動が楽なのはいいけど、そこまでこそこそする必要……ああ、何か今騒がしいんだっけ?」


 ジアの疑問にはホルグが答える。


「ヨルマの連絡だと、ダンジョン周りでやんちゃしてる連中がいるんだと。それはあいつが調べるから、俺らは中に入れとさ」

「早速俺らの実力を見せるいいチャンスじゃねえか。ここでばっちりキめりゃあ、新参だからって舐められることもねえ。やるぞお前ら」


 頭目の言葉に一同が力強く頷く。そして彼らは川へと足を踏み入れた。


「お、すげぇな。濡れもしないし冷たくもねえぞ」


 率先して入ったバラサールは、自分の足元を見る。靴もズボンも、まったく濡れていない。魔法の指輪は確かに力を示していた。


「これ、普通に戦争とかで使えない?」


 パラマが呑気に物騒な事を言う。バラサールは肩をすくめて笑って見せた。


「奇襲ならともかく、バレた時がやばいぞ。ぶっ壊されたらお終いなんだからな」


 なお、魔法の道具を破壊する呪文というのはある程度熟達した魔術師でなければ使用できない。それこそ、教壇に立つことができるレベルの腕が必要だ。帝国であれば、これが大して珍しくない。この一党でも三人はその領域の使い手がいる。


 だが、外国であれば都市に一人か二人がせいぜいである。ましてや、魔法の道具を兵士に配布できるほどに生産できる国など帝国以外にありはしない。


 ともあれ、一同は川に入り流れに任せて移動を開始した。まだ日は高い。距離は十分に稼げるだろうと、バラサールは考える。


 水の中は、幻想的な光景が広がっていた。魚が目の前を進んでいき、光がきらめいている。ゴミがあちこちに見えるのには幻滅するが、それでもなおその光景は日常から離れている。


 声は出ないが、子供たちは動き回ってはしゃいでいた。大人たちでさえ、足取りは軽い。そもそも、水の中を流れながら進む経験など、ありはしないのだ。


 ここまでの旅でもいろいろなものを目にしたが、その中でも指折り。これだけでも、帝都を出た甲斐があった。


 もちろん、移動はあくまで手段。本命はダンジョンでの生活だ。バラサールもハイロウであるから、その場所への憧憬は常に持っていた。それに囚われ過ぎぬように、今まで日々を忙しく苛烈に生きてきた。


 相方が、そちら側へ暴走するというアクシデントはあったものの。一般的な帝都住民として過ごしてきたつもりだった(あくまで、バラサールの主観によるもの。実態とは異なる)。


 それが仲間たちを引き連れてダンジョンで働こうとしているのだから、人生は分からない。オリジン様の御導きかと考えて、そういえばミヤマダンジョンに顔を出すらしいという話を思い出してしまう。


 地下街では顔役の一人だったバラサールとて、かの現人神への畏敬の念はある。一体どう接すればいいのか。悩んでもわからぬことだった。


 そのように、思い悩んでいたのが悪かったか。それ以前に、水中の中という今までに身を置いた事のない環境がよろしくなかったのか。気づいた時には、その存在は目の前に現れていた。


「!」


 それは、己を水で象った女だった。水中でなお、そのような姿に成れる存在。水の精霊以外には思いつかなかった。


 バラサールは心中で唸る。まずい、と。己に流れる竜の血が教えてくれるのだ。炎の力を宿すこれは、地火風水の精霊力に聡い。得意なのはもちろん火であるが、それ以外についてもかなりの精度で感じ取る事ができる。そのように修練を積んだのだ。


 その感覚が教えてくれる。これは、とんでもないと。自分を一とすると、その数千倍もの水が、目の前の存在の本体だと。これは無理だ、抗えない。何をどうやったって勝てないし、逃げ隠れも無理だ。


 帝都で生きれば、絶対的な力の差を感じる存在には数多く出会う。外より襲い来る竜や巨人、亜神級モンスターなどは当然として。地下街を牛耳るトップ勢。歴史と金と力を蓄え続けた貴族たち。そしてなにより、始祖オリジン。


 それらと同じ、手も足も出ない存在。水の中だというのに、冷や汗が噴き出すのをバラサールは感じていた。


 一同が、蛇に睨まれた蛙のような状態に陥っている。が、その原因である精霊は水面より一抱えほどの空気の玉を引き寄せるとバラサールの頭部をそれで覆った。


「んお、こりゃあ……」

『それで声がだせるでしょう? 問いますが、お前たちは何の集団ですか』


 共通語で話しかけられたことに、驚きを覚える。こういった存在は、言葉を使わないことが多い。良くて万能言語である竜語や、自分たちのそれである精霊語だ。


 そして、この詰んだ状況に若き竜人は溜息を吐きたくなった。ここまでの精霊となれば、心に宿るそれらを感じ取るのはたやすい。つまり、嘘を突けば即座にばれる。


 何とかして好印象を獲得し、仲間を守らなければ。バラサールは慎重に言葉を選んだ。


「そちらの領域に足を踏み入れたことを、まず詫びさせてほしい。まさか現地住民が生活に使っているような川に、貴女のような大物がいるとは思っていなかった」

『それは大いなる誤解です。水ある所に我らあり。姿を現すかそうでないか。力があるかないか。その程度の違いでしかありません。詫びは受け取りましょう。質問に答えなさい』


 自分を取り巻く水の温度が、幾分か下がったのを感じ取った。頬が引きつるのを、気合でこらえる。


「俺はバラサール。この集団の頭をやっている。俺たちは帝都……世界で一番栄えている街から来た。俺たちがここにいる理由だが、家族のヨルマ・ハカーナから……」

『ヨルマ! なんだ、貴方たちは彼の同胞でしたか。そういう事は早く言いなさい』


 精霊から放たれていた圧が弱まった事に、思わず息を吐く。しかし、まさか。


「あの……精霊様は、うちのヨルマをご存じで?」

『もちろんですとも。我が怨敵を、ダンジョンマスターミヤマ様と肩を並べて戦ってくれた恩人。と、いうことは。貴方たちが彼の言っていた助っ人ですか』


 話が通っていた事に、大きく安堵する。同時に、こんな大物がいたことを伝えなかったヨルマに大きな怒りも抱いた。


『助っ人が川より来ると聞いていたので、気を張っていたら妙な感じがあるではありませんか。調べに来て正解でしたね』

「それは……お手数をおかけしました」

『気にする必要はありません。これからは仕える主を同じくする同胞ですからね。それでは、参りましょうか』

「は。参ると……おおおお!?」


 川の流れが、加速した。正確に表現すれば、一同の周囲の水の流れがそうなった。当然ながら、バラサールの頭を覆っていた空気も置き去りになる。溺れはしないが、言葉は出なくなった。


『少し、急ぎますよ。ダンジョンは今、色々と面倒になっています。私では力になることが難しい。お前たちの能力が必要とされるでしょう』


 それは別に構わない。望むところ。だが、この勢いには待ったをかけたい。此方の心の動きは感じ取れるだろうに。


『文句は後で聞きます』


 容赦のない水の大精霊の言葉に、一同は言葉にならない悲鳴を上げる。しかしそれは音にならず、水を震わせるのみ。


 かくてバラサール一党は、激流によって運ばれていくのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ダンジョン背信者の様にダンジョン崇拝を嫌い権力握りたいと考えるのは完全に間違っているものではないと思うがこの人達ダンジョンが機能不全になると世界がヤバイって理解してる?
[良い点] ながされるもの(物理的に 水中で濡れないし冷たくない指輪とかすごい優れものでは…!?
[気になる点] お金も権力もある人達なんだろうけど・・・・。 なんというか怖くない。 人知れず消えていそうな儚さすら感じる。
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