三種の厄介者 最後の一つ
ダンジョンアイという、モンスターがいる。半生体、半ゴーレム。帝国が研究開発し錬金術によって生み出したキメラの一種。
本体は、スイカほどもある透明な水晶玉。端末として、黒い鱗の蛇を持つ。蛇は生きており、エサを与えると卵を産んで増える。蛇がどれだけ死んでも、本体が無事ならばまた卵を作り出す。
このモンスターの最大の特徴は、端末である蛇に触れている者同士の視覚の共有。および意思伝達を可能とする事。つまり、ダンジョン専用携帯電話である。これを千年以上昔に開発していたっていうんだからやっぱり帝国はすごい……のだが。
蛇に触れていなければならない事。本体周辺が蛇だらけで生理的嫌悪を掻き立てる事。以上二点によりダンジョンアイは大変不人気だったらしい。
しばらく後に完全ゴーレム型の新機種が作り出され、ダンジョンアイはお役御免。生産中止と相成った。この後継機は問題なく受け入れられ、時代の流れとともにバージョンアップ。現在でも子孫というべきものが多くのダンジョンで使用されているらしい。
ダンジョンカタログによれば、それの名前をトークマン。本体と子機合わせてコイン五十枚との事。子機、五個しかないのに、だ。高いんだよ!
さて、何故このモンスターの話題を出したのか。理由は我がダンジョンの広さにある。そう、以前と比べて数十倍にまでなってしまったダンジョン。地上階で作業中、地下十一階に用ができたらエレベーターで移動して直接向かう以外の方法がない。
あまりに非効率的なのである。時間がいくらあっても足りやしない。かといって、トークマンは高い。どうしたものかと悩んでいた所、夕食を共にしていたカエル人のタロロさんがアドバイスをくれたのだ。
『踊る金貨商会に、ダンジョンアイがいます。声をかけてみては?』
インテリジェンスソードのブッチャーとリビングメイルのクラッシャーがトップをやっていると聞いていたお店。ブラントーム家経由で話をもっていった所、あっさり快諾。我がダンジョンの契約モンスターとなってくれたのだ。
正直言えば、俺も最初はびびった。水晶玉を中心に、無数の蛇がうごめいているのだ。ビジュアルの圧がすごかった。しかし、それを差し置いてもなおこのモンスターの恩恵は絶大だった。
日々の作業から戦闘時の指示まで。ダンジョンアイのパワーは環境に劇的な変化を与えた。もう、彼(あるいは彼女)無しの生活には戻れない。そういえてしまうレベルである。
ジルド殿達が逃げ込んできたあの時も、それは存分に発揮されていた。迎撃に出たミーティアやダークエルフ達との情報伝達。ダンジョンアイがいなければ、ああも上手くはいかなかった。流民たちにも被害が出ていたかもしれない。
そんなダンジョンアイの使用法だが……携帯電話と称したが、感覚的にはトランシーバーのように思える。腕に絡みついた蛇をしっかり意識しこの映像を送るぞ、あるいはこの言葉を伝えるぞと考える。そうやってやっと皆に伝えることができる。考えている事を全部垂れ流し、というわけでは無いのは助かる。いろんな事故の元だ。
なので、戦闘真っ最中では使用できないのが若干の弱点。まあその辺は、情報係を専門に置けばいい事だ。ダンジョンにはそれだけの人員がいる! 素晴らしい事だ。
さて、俺は今そのダンジョンアイを腕に絡みつかせたままコアルームにいる。さて、この試みが上手くいくだろうか。行けると思うのだが。
『それでは、これより呼び込みを始める。迎撃班、準備よろしいか』
『こちらエラノール、問題ありません』
『ダニエル、準備できてます』
『ペレン。問題ない』
よしよし、順調順調すばらしい。みんなしっかりダンジョンアイを使いこなしている。練習した甲斐があったというものだ。最初は腰が引けていた奴もいたというのに。具体的に言うと俺とコボルト達だが。
それでは、やるか。俺は持ってきた台座に昇り、ダンジョンコアに触れた。赤く一抱えもある巨大な宝石。ダンジョンの心臓。俺のもう一つの命。その繋がりを意識する。ダンジョンコアのさらに上、大本へのそれを。
『聞こえるか、グランドコア。こちらミヤマダンジョン。応答されたし』
反応は……ない。が、あくまで感覚的なものだが言葉は送れているように思える。なので続ける。
『現在、手が空いている。抱えているモンスターを送れ。処理する。……うちのダンジョンが対処できるレベルのモンスターを、送ってくれ』
これが、思いついた策。流民を抱えてても戦えるというというアピール。そしてダンジョンコインの獲得。その両方を一度に叶える。……不安点は二つ。グランドコアが応じてくれるか。そして、そうなったとしても戦えるレベルのモンスターを送ってくれるか。
心に焦りが浮かび、焦れる。そんな時、頭をぶん殴られるような強烈なメッセージが送られてきた。
『確認。第百三十二次元トラップを開放。ゼノスライムの迎撃を命じる。積極的な世界防衛行為を評価する』
いつもの、機械的な少年の声。はっきりと感じる、力の流れ。来た!
『こちらダンジョンマスター! モンスターが来るぞ! ゼノスライムだ!』
急いで、屋敷の地下から抜け出す。ここからエレベーターまではそれなりに距離がある。移動が大変なわけだが、対応策は準備してあった。
「お待たせしました! よろしくお願いします!」
「お任せあれ!」
屋敷の前に立っていたのは、調査隊のケンタウロスさんである。馬体には、しっかりと鞍を付けてくれている。……ケンタウロスは、馬のように扱われると侮辱されたと感じると聞いた。それでもなお、そうして働いてくれるというのは信頼の証であるとも。
ケンタウロスという種族は、ダンジョンではあまり見ない存在だ。入り組んだ地形では、最大の特徴である速力を発揮しづらいのだからしょうがない。しかし、それでも彼はダンジョンにやって来た。そこにいかほどの努力があったのか。並大抵のものではなかったに違いない。
そんな彼の背に乗せてもらう。大人一人乗せたというのに、揺るぎもしない。人間の上半身の方も、鍛え上げられていて実にマッチョだ。
「それでは参ります!」
「お願いします!」
ケンタウロスが駆けだす。はっきり言う。怖い。ちょっと練習したくらいじゃあ、馬に乗れるもんじゃない。ケンタウロスだからこそ、こちらの調子を図りつつ走ってくれるのだ。
事実、彼は全速力で走っていない。駆け足程度だ。それでも、俺が同じペースで走り続けたら長続きはしないだろう。ダンジョンコアの力で強化されていても、だ。
あっという間に、防壁門を越える。その先にあるのは、俺たちの手によって整備された簡易通路だ。天井の崩落で大小さまざまな岩が転がっていたこの部分。アンデッドジャイアントとの戦闘でかなり荒れてもいた。
セヴェリ君の魔法やレケンスの異能、シュロムやダニエル君の腕力で岩を移動させ。コボルト達を中心に、凹みに土を入れて叩き平らにした。おかげで通路として問題なく使えている。本当に道路として整備するならまた本格的な工事が必要だが、今はこれで十分だ。
その道を、ケンタウロスは順調に駆けた。何かしら喋りたい所だが、歯を食いしばって走りの邪魔にならないように背筋を伸ばすので精一杯である。
そうやって、無事にエレベーターに到着。エラノール、セヴェリ君、およびダンジョン主戦力が集合していた。この、エレベーター周辺も手を入れている。物流、人流の中心地だ。物資を運び込むための広場もあるし、休憩所だって用意した。
さらに今回は、簡易指揮所として天幕もつけた。彼ら彼女らはそこで待っていた。
「やはり、ケンタウロスは早いですねミヤマ様」
「本当にね……。ありが、とうっと」
礼を言いながら背から降りる。おお、背中がバキバキに……やっぱり乗馬は特別疲れるな。乗馬と表現していいかはちょっと判断が難しいが。
ケンタウロスは仲間と合流。彼らはこのまま迎撃に参加してくれるのである。へへ、見ろよあの大弓。あの太い矢。プレートメイルすらぶち抜きそうだぜ……。
「で、状況はどう?」
「ホーリー・トレントによって情報が送られてきています。ご確認を」
エラノールの言葉に従い、ダンジョンアイに意識を集中する。途端に、外の景色が見えてきた。それは高所からの絵だった。見下ろす先にあるのは、巨大な肉塊。ワンボックスカー二台分ぐらいの質量が、歩くような速度でダンジョンに入ろうとしていた。
「あれがゼノスライムか……。気持ち悪いなぁ」
「誠に。そして、強敵でもあります」
ゼノスライム。三大侵略存在の一つ。高い再生能力。有機物なら何でも食べる雑食性。取り込んだ知性体を再現する異能。過去、何十という国を滅ぼし帝国に痛手を与えた恐るべき怪物。
先に挙げた能力も厄介だが、最大の特徴はその耐久性にある。あらゆる攻撃が通用するのだが、そのどれもが致命傷にならないのである。
何かしらの生物を模倣しているときは、一応それに準じた致命的部位がある。人間ならば頭や心臓、内臓だ。しかし、それを解いてしまえばただのゼノスライムにもどる。傷はなくなるので、また模倣しなおせばダメージはほぼゼロになる。
一応、損傷した細胞の再生にはカロリーだのエネルギーだのを消費するらしい。徹底的に叩いて切って潰せば、いつかは動けなくなる。だがそれにはこちら側の労力が大きすぎる。ゼノスライムも反撃してくるので、こちらがやられてしまう事もあるだろう。
最悪なのはそうやって動けなくなったゼノスライムも、ほかの個体からパワーを分けてもらえば再起動するという事だ。
こんなのどうやって倒せばいいんだよ! となるだろう。俺もなった。幸いなことに、方法はいくつもある。まず、最も簡単な方法や焼く事である。細胞は損傷し、保有するエネルギーは大きく欠損する。スライムにはとりあえず炎。駆け出しの冒険者すら覚えている事であるらしい。
次に、氷である。ゼノスライムは生物だ。体温を奪われれば、体の機能の維持のために熱を生み出さなければならない。その為に、己が蓄えているカロリーを消費する。蓄えたすべてを使い切った先にあるものは、餓死である。
特別寒い所は、普通に食事を取っていてもカロリーが足りずに餓死する事例があると聞いた。それと同じである。
極端な対処法としては、原子分解するなどというものがあるらしい。極端すぎて一般的ではない。これを口にしたのはドラゴンスレイヤーであるエルダンさんである。昔の仲間が得意だったんです、と世間話の一環で語ってくれたものである。うーん、英雄冒険者。
さて、それらを踏まえて我がダンジョンの対処はいかがするかという事だが。
「とりあえず、炎でいいよね?」
「はい。備蓄の松明を持たせます。あとは油と火矢ですね。こちらは現在準備中です」
焼けば解決するならそうすればいいのである。ただ、懸念もある。
「油かぁ……油だけで足りるかしら?」
戦闘用に購入しておいたものは、ある。生活用に備蓄してあるものも、ある。しかし、あの大質量だ。あれを油だけで焼ききれるだろうか。やや、不安だ。
「薪と炭も、使いますか? やつに叩きつける分の手間が増えますが、それは油も同じですし」
「そうしよっか。アミエーラ、コボルト達に炭と薪、運ばせてー。量は……十束づつで」
「かしこまりましたー!」
「わんわん!」
生活に使う燃料である。此方もたっぷりと備蓄がある。炭はソウマ領から購入している。エラノールの実家に付け届けしている商人が、この手の物資を取り扱っているのだ。助かっている。
「失礼、ダンジョンマスター様。私にお任せくだされば、あの程度は即座に処理いたしますが」
音もなく現れたのは美しき水の精霊、レケンスである。たしかに、彼女のパワーをもってすればほぼ完封できるだろう。ひたすら冷水を浴びせるだけで、奴を餓死させることができる。それでいてゼノスライムの攻撃は全く効果を及ぼさない。まさしく、天敵といっていいだろう。
「うん、ありがとう。でも、レケンスの出番は最後にしたい。俺たちの攻撃が失敗した後に」
「何故でございましょうか?」
「レケンスに頼り切りの防衛はたぶん、評価よろしく無いと思うんだよね、上に」
「ああ……なるほど。そういうものでしたね」
一度頼り切りになってしまったら、レケンスが動けない時にきっと大きな失敗をする。一つの戦い方に凝り固まった軍団というのは、対抗手段を持ち込まれた時に弱い物である。そうなるわけにはいかないのだ。
「とはいえ、心強いのは間違いない。いざとなったらよろしくお願いするよ」
「はい、それではしばし力を蓄えていると致しましょう。必要になったらお呼びくださいまし」
そういって、レケンスは姿を消した。いざという時の切り札がいるというのは、心に余裕を与えてくれる。これが油断になってしまわない様にしなければ。
「そうだ。ホーリー・トレントは手を出してないよね?」
「はい。あちらからちょっかいをかけられているようですが、根を引っ込めて防御に徹しています」
「相性、最悪だからね」
いくつか攻撃用の奇跡があるとはいえ、ホーリー・トレントは樹。主な攻撃手段は根っこによる殴打である。あの不定形生物には効果が薄いのだ。下手に攻撃を仕掛けて、取り込まれてしまったら大惨事である。
「あまり悠長にしていられないか。火矢が準備出来次第、ペレンに牽制攻撃をはじめさせて」
「ミヤマ殿、よろしいか」
エラノールに指示を出した俺の背に声がかけられた。振り向けば、そこにいたのはダークエルフの女性。レヴァランス神の神官さんである。……神官らしく装飾品が多いが、それ以上に肌の露出多めで目のやり場に困る。まあ、ダークエルフの女性は大抵そういう格好なのだが。文化が違う。
彼女は一人ではなかった。台車を引っ張ってきた男衆が何人かいる。そして……漂ってくる、異臭。
「どうも……って、なんですこれ?」
「獣油だ。なにせこの臭いでな、我らも普段は土に埋めている」
台車に乗っていたのは瓶だった。革でしっかり蓋をされてなお、キツイ臭いが漏れ出している。まあ、動物性たんぱく質がどうしても混ざるだろうからなぁ……。
「ゼノスライムが相手なのだろう? 油は多い方がよいと思ってな。供出しにまいった」
「助かります。後で補充するんで、使った分は教えてください」
「心得た。それではあるだけ出すとしよう。流石に古いものになると臭いも相応になるのでな。ちょうどよい」
からから、と笑いながら神官さんは油を移動させた。……あの人、最初見た時はずいぶんと暗い印象だったが最近はよく笑っているな。まあ、ダークエルフ全体がそんな感じなんだけど。
うちのダンジョンでそういう精神になれたのなら良いのだが。
「さて、燃料の問題は解決した。となると、あとはどうやってあいつにぶつけるかという話になる」
「妨害もありますから、直接運ぶのは現実的ではありませんね」
「えっちらおっちら運んでいる最中に襲われたら間抜けだものね」
ダンジョンの迷路部分の地図を眺めながら悩む。直接ぶつけるのがよろしくないなら、やはり罠として設置するのが望ましいか。
「必ずあいつが通るところ……チョークポイント、迎撃地点」
「それから、逃走の対処もしなければなりません。せっかく薪や炭をつかっても、それに火が付くまで時間がかかりますから」
セヴェリ君の言葉に、確かにと頷く。となると、簡単に下がれない場所がいい。しかし、そんなところあったかな……?
そう悩んでいた所に、黒い指が一点を示した。
「そういう話ならば、ここがよかろう。いろんな条件がピタリとはまる」
「……なるほど、たしかに。流石ですね」
「当然であるぞ、ミヤマ殿。我が神は欺瞞と策謀を司っているのだからして」
そういって見惚れるほどの笑顔を、神官殿は浮かべた。




