地下都市生活の開始
ミヤマダンジョン地下十一階。廃都プルクラ・リムネー。我がダンジョンに逃げ込んできた人々を受け入れて、一晩が過ぎた。
廃都の調査はまだ始まったばかり。一応防壁入り口の大扉から数十軒を調査し終わったが、先は長い。
とはいえ、安全に使える家はあるので彼ら彼女らには数グループに分かれてそこで寝泊まりしてもらった。百名以上が、数グループに分かれるだけで済む事から分かると思うが結構大きな家が確保できたのだ。
遺跡調査隊が寝泊まりしている元衛兵の詰め所の例もあるように。防壁入り口からの目抜き通りに立っている建物はどれも立派だ。
俺自身、その中の一軒で寝泊まりしている。……俺としては変わらずテント生活で十分なんだが、周囲への示しがつかないとガーディアン三人に説得されてしまった。
元は商家だったらしいこの家は、部屋数も多く広い。住んでいるのは俺、ガーディアン三名、ミーティア、ゴーレム・サーバント二体、クロマルである。
クロマルのやつ、みんなのいる天幕から離れて物置に住み着きやがんの。
「コボルトの群れのボスをやっているトラヴァーを差し置いて、ダンジョンマスターと同じ家に住むとは……」
とダニエル君は苦言を呈していたが、
「まあ、従卒は必要ですからね」
というエラノールの執り成しによって許可が出た。他にも何匹か、有事に備えて交代で泊まるようである。
そんなこんなで、俺も立派な部屋に住むことになった。屋敷の主が使っていたらしい、一番大きな部屋である。エルフらしい、精緻な彫刻が施された壁。壺やら絵画やらの調度品。うーん、落ち着かない。地味にすごいのが、これら全部完璧な保存状態で残っていたという事。魔法の力ってすげー! である。
ある程度状況が落ち着いたら、またテントでキャンプしようと画策する俺である。それはさておき、話をジルド殿達の方へ戻そう。
防壁の門扉のすぐ近く。広場になっているそこを、俺たちは新たな居住区としている。まあ、流石にテントを張っているわけでは無い。移動の邪魔になる。コボルトたちの天幕は、俺の屋敷のすぐ近くに設置した。
煮炊きは庭(これもまた広いんだ)でやっていた。台所はもちろんあるんだが、コボルト達のメシもあるので広いスペースが必要だったのだ。
が、昨晩はそこではなくジルド殿達が泊まった家々の目の前で行った。数があちらの方が多いのだから致し方が無い。
そして、そうなると思っていたが案の定。彼ら彼女らはモンスターの姿に驚いていた。幸い、うちの連中はそれほど恐ろしい外見はしていない。なのでパニックを起こすことはなかった。
……まあ若干名、ミーティアの外見と露出度の高さに鼻の下を伸ばしていたようだが。さらにその中で数名、かーちゃんにケツを蹴られていた。笑いがおきたので、ヨシ!
一番ビビられていたのはダークエルフたちと、ブラントーム家の遺跡調査隊だ。ダークエルフは悪評があるし、調査隊はメンバーにバリエーションがある。エルフ、ドワーフ、ハーフリングはまだいい。ワーウルフ、リザードマン、カエル人、ケンタウロスなどは慄く者が多かった。
まあ、しょうがない。後半の連中は普通の国家じゃめったにお目にかかることが無いらしいな。
さて。そんな個性豊かなダンジョンメンバーが一堂に会した朝食も終わり。現在、俺の前にはジルド殿が連れてきた全員が列を作って並んでいる。
俺から見て左から順番に、男衆、女集、子供という並びである。俺は台座へ立って彼ら彼女らを見下ろす。そして俺の後ろにはダンジョンの面々が並んでいるという形。
なんとなく、学校の集会を思い出した。……かつてならば、これだけの人数の目に晒されれば緊張の一つもしたものだが。色々あったおかげで、それもほとんどない。
改めて、居並ぶ人々を見る。皆、痩せている。やつれている。昨日今日としっかり食事と睡眠をとったから顔色は良くなっている。それでも、これまでの過酷な生活と旅路がその姿から透けて見える。
……できる事を、しよう。何もかもしてやれるわけでは無いし、それがこの人たちの為になるわけでもないだろうが。
まずは、挨拶から。
「おはようございます!」
……反応、悪し。少しばかりどよめく程度。まあ、打合せとかしてないからこんなものだよな。
「えー。挨拶は、コミュニケーションの第一歩です。挨拶されたら、それを返しましょう。もう一度。今度は大きな声でお願いします。おはようございます!」
「「「おはようございます!」」」
戸惑いの色が多いが、それでもしっかり返ってきた。良しとする。
「はい。改めて、自己紹介させていただきます。私はナツオ・ミヤマ。この巨大な地下空間、ダンジョンの主。ダンジョンマスターをやっております。私の後ろにいるのは、このダンジョンで働いてくれるモンスターとガーディアンです」
背後の気配が強くなる。目の前の人々の目に怯えが走る。ええい、驚かすんじゃありません。
「先日と同じ、繰り返しの説明になりますが。皆さんがダンジョンに対して悪い事をしない限り、モンスター達が害を与えることはありません。安心してください」
……などといって、そうできるものでもないだろう。さっさと話題を変えよう。
「さて、本日からバルコ国が平和になるまで。皆さんはここで生活することになります。基本的に、その生活は皆さん独自で行っていただきます。私の方からは生活に必要な物。家から始まって、食料や燃料。家具や衣類などを提供し、まずは皆さんが日々の暮らしをできるようにお手伝いいたします」
再びどよめきが起きる。はっきりと不安が見て取れる。……ああ、質問は最後でとかこういうシーンでよく見たが今ならわかる。
一言一言でいちいち説明してたら先に進まないからだ。とりあえず、最後までどんどん行こう。
「生活をしていく上で、役割を分けます。まずは、改めてリーダーを決めさせていただきます。……バルコ国の騎士、ジルド・カリディ! 一歩前へ!」
「はっ!」
流石、こういった事には慣れている様子。実に様になる立ち姿で、皆の中から歩み出た。
「これより貴殿を、ミヤマダンジョン地下都市プルクラ・リムネー。防壁門前町内会、会長に任命する! 一同をよくまとめ上げるように!」
「は! 謹んで、お受けいたします!」
「男衆! ジルド町内会長殿をしっかりと支えるように! 返事!」
「「「はい!」」」
やや不揃いだが、しっかりと返事が返ってきた。よし。
「次! お母さんおよびお姉さん方!」
居並ぶ女集を見やる。……ここで、間違ってもおばさんとか言ってはいけない。俺も社会人になってそれなりになる。好きで地雷など踏むものか。年上の女性はお姉さん。おばちゃんだろうとお姉さん。それでいいのだ。
「皆さんがやることはある意味いつも通りです。炊事洗濯掃除に子守り。ついでにぐーたらするダンナのケツを蹴る! どうでしょう?」
くすくすあはは、と笑いが起きる。男衆も苦笑を浮かべている。
「勝手は色々違うと思います。特に炊事に関しては完全に共同作業になります。いろいろ戸惑う事は多いでしょうが、皆さんの働きが生活を支えます。どうぞよろしくお願いします」
お母さん方が、しっかりと頷いてくれる。目に力がある。よしよし。
「最後ー! がきんちょー! 一番年上は誰だー!」
子供に集中力を求めるのは酷である。すでにこの時点で隣と小声で雑談してたり、列から離れようとしていた子もいた。が、俺の呼びかけに跳ねるように背筋を正した。
「お、俺です!」
いかにも悪ガキっぽいのが手を上げた。年齢は……小学生高学年くらいか? 栄養状態がよくわからんから、もしかしたらもうちょっと年上かもしれん。
台から降りる。そして、少年の前に立って膝を曲げる。しっかりと、目線を合わせる。少年、かなり驚いている。周囲の大人たちも驚いている。でも、真剣さを伝えるならこれが一番だと思うんだ。
「よろしい。お前さんに大事な仕事を与える。一つ目は、ここにいる子供たちみんなの顔と名前を覚える事だ。もし誰かがいなくなった時、それがすぐわかるようにな」
「あ、あの」
「なんだ?」
「俺、もう、全員覚えてる」
ほう、と声が漏れた。子供は物覚えが早いというやつか。それともこの子が周囲に興味を強く持っていたと見るべきか。ともあれ、優秀で何よりだ。
「素晴らしい。じゃあちょっと、あっちを見てみようか」
俺は、地下都市の奥を指さす。子供たちが揃ってそちらを見やる。大人たちも。
「この街は、とても広い。そして、あっち側にはだれもいない」
「なんで?」
「危険だからだ。何せ千年前の都市で、最近見つかったばかり。何があるか誰もわからんのだ。だから、絶対にあっちにいっちゃいけない。お前のもう一つの仕事は、あっちに行きたがる友達を止める事だ」
おおっと、少年不満顔。子供たちも笑い合っている。絶対行ってやる、という悪ガキどもの意思を感じる。元気があっていい事だ。
だが許さん。
「もし約束を破ったら、ありとあらゆる手段でお前たちを捕まえる。我がダンジョンの誇る、モンスター軍団を総動員して!」
さ、と俺が手を上げて合図すれば、モンスター達が思い思いの『怖いポーズ』を決めてくれた。うん、見事。いいよー、ダニエル君ナイスバルク。セヴェリ君も氷とか浮かせてサービス精神グッド。コボルト達も爪を出して顎を開けば、それなりに迫力が出るんだなぁ。
遺跡調査隊の面々も、ノってくれているのが面白い。カエルさん、そんなに口膨らむのね……シンプルにすごい。ケンタウロスさんも、後ろ足で立つとかいう離れ業を披露。……あの前足が振り下ろされたら、死ぬな。
MVPはミーティア。普段は美人だが、モンスターモードに入るとガチ怖いからな。目は蛇のそれになるし牙も見えるし。ドベ? エラノール。何故コボルトの真似を選んだのか。ただ可愛いだけであった。
さて、それを見た子供たちの反応は大変分かりやすい。
「ぎゃーーーー!」
「うわーーーん!」
「やーーーーー!」
ガン泣きである。その場で泣く者、母ちゃんに抱き着く者、逃げる者。バリエーションは大変豊である。逃げた小僧は俺が捕まえた。子供は体温高いなぁ……秋は元気かなぁ。
正直、こうなることは分かっていた。だが本当に命の危険がある以上、泣くほどビビらせる必要はあったと思っている。
……まあ、それでもなお面白そうだと思ったら突っ走るのが子供というものなのだが。多分その子はコレを忘れている。だが周囲が覚えていれば多少はストッパーに……なるといいなぁ。
子供たちが落ち着いた所で、まとめに入る。
「と、いうわけで。怖いモンスターに追いかけられたくなかったら、絶対に! 街の奥に行かないように。いいね? ……返事!」
「う……」
返ってきた返事はまばら。呻く子、ぐずる子、声の出ない子。繰り返す。
「返事は『はい!』だ。はい、もう一度!」
「「「……はい」」」
「声が小さい! もう一度!」
「「「はい」」」
「もう一度!」
「「「はい!」」
「はい、よくできました!」
壇上に戻る。子供たちとのやり取りで空気が緩んでいた。緊張ばかりでは持たないので、これでよい。だけど最後はやはり締めなければ。
「子供たちにも言ったことは、大人にも適応します。街の奥にはどのようなトラップが仕掛けられているか分かりません。調査が終わるまで絶対に! 立ち入りしない事。特に大人がこれを破った場合は、最悪極刑をもって罰とします。具体的にはダンジョン追放、かつバルコ国強制送還です」
大人たちの顔が引きつる。彼ら彼女らにとってそれは最悪だろう。だが、必要だ。この廃都で最後まで戦ったエルフたちは、自分たちが死ぬとわかってなお残った者達だ。
そんな戦士たちが、滅びるとわかっている街を考慮した罠を仕掛けるだろうか? 街を吹き飛ばすようなレベルの罠を設置しなかったと誰が言えるだろうか。
エルフならばやるときはやる、というのがエラノールの言葉。戦士たちは覚悟を決めて戦いに赴きました、というのがレケンスの言葉。うん、考えすぎとはとても思えない。
……あとまあ、たぶん間違いなくこの廃都は宝の山だ。一般住宅でさえ、千年の時を超えて形を残していた。高級住宅にもなると、家具や調度品もそのまま。武器や防具、マジックアイテムもすでに若干ながら発見されている。
たとえ皿一枚でも、一般人なら一攫千金になりうる。欲のない人間などいない。故郷を追われ財産を失った人々には、さぞかし理性を揺さぶる事だろう。
なので、極刑がせめてもの抑止力になってくれることを期待している。コボルト達にもパトロールさせる予定だ。彼らは弱いが、異変を察知する能力は高い。耳も鼻も人のそれより優れている。コボルト達に止められなくても、わんわん吠えれば異変を伝えることができる。そうすれば応援も走ってくるというものだ。
……うん、やはりコボルトは優秀だ。ダンジョンはコボルトから始めよ。間違いない。
その後、ダンジョンのルールについて壇上で説明をした。外からの敵襲があったら、すぐにダンジョンへ逃げ込む事。できない場合は、周囲のガーディアンやモンスター達の指示に従う事。
その他生活についてをざっくり。こまごまは無理だ。すでに子供たちの集中力は限界にきている。……話の長い校長先生は嫌われる。忘れてはいないとも。
「以上が大まかなルールです。細かいものについては、これからの生活やそちら側の風習とすり合わせながらやっていきたいと思います。……暮らしが安定するまで、まだ多くの困難があると思います。それでも力を合わせていけば、決して不可能な事ではないとも思っています。私も、そして皆さんも。頑張っていきましょう。以上で挨拶とダンジョンでの生活についての説明を終わります」
一礼して壇上より降りる。すかさずエラノールが前に出た。
「ではこれより、具体的な活動に移ります。それぞれ決められた班に分かれ、リーダーの指示に従ってください」
ガーディアンやモンスター達が移動を始める。これからやっていく事は多い。まずは物資の配布。不足品の確認。生活に必要な設備の設置……。正直、ゾッとするレベルだ。
一応、どういう流れでやっていくかはジルド殿を交えて事前に話し合ってある。なので部下に任せられるところは頼んである。俺の仕事は必要とされる施設をダンジョンの能力で設置するだけだ。
そしてそれも、調査隊を受け入れた時にある程度終わっている。トイレとか。人数が増えたので、それに合わせて補強する必要はあるが。
場の流れで最初に手を付ける場所を決めよう。そう思って人々の流れを見ていると、後ろから調査隊のカエルさんが話しかけてきた。
「お疲れ様でした。そしてお見事でした。とても、初めて数か月のダンジョンマスターとは思えませんな」
「その数か月がめちゃくちゃ濃かったんですよ、タロロさん」
「それはそれは」
ロロロ、と喉を鳴らして笑うカエル人のタロロさん。……なお、このカエル人という呼び名は俗称である。本当は正式名称が『複数』存在する。なんでも部族ごとで長く言い争っているらしく、一つに絞り切れていないらしい。なので、帝国では俗称で通しているのだと本人がおっしゃっていた。
話が逸れた。
「あとまあ、友人に早く結婚したやつがいてそいつの子供の面倒を見た経験、ですかねぇ。子供は元気の塊で、気になったものは全力で突撃していきますから……」
「ああ、分かります。わかりますぞ。家の種族は子供が多くてですね。同じ経験が自分にもございますとも」
でしょうねぇ……。子供さん、やはりオタマジャクシなんだろうか。聞いてみたい、が無駄話をしている時間もない。また機会があったら、だな。
「ああ、そうそう。伯爵家に連絡を入れておきました。増員の件、問題ないとの事ですぞ」
「助かります。安全地域を増やさなければならないので」
彼の言う伯爵家というのはもちろん、ブラントーム家である。まだ家屋の空はあるが第二、第三弾に備えなければならない。使える場所は多ければ多い方がいい。なので調査員を増やしてもらうようお願いしたわけだ。
広場を見やる。まだ、俺の出番まで時間がありそうだ。
「……先に、各方面の連絡を済ませておくか」
「それも、大仕事ですな」
「本当に、そうなのよ」
俺は、深々とため息をついた。タロロさんが喉を鳴らす。さあて、スポンサーに報告だぁ。




