混乱バルコ国
状況は、なんとか落ち着きを見せていた。人々は沸かした湯を飲んで、暖かさを取り戻している。本当は茶を出してやりたかったが人が多すぎた。コップも足りないので回し飲みになっているし。
今は、石やら倒木やらを運んできて椅子の代わりにしている。ここまでの移動と、この騒動。疲労もあるのだろう、うずくまったまま眠ってしまった者もいる。
そんな中、疲れた身体にむち打って動く者達がいた。彼ら彼女らは三台の荷馬車に群がっている。これは、ダークエルフ達が森から回収してきたものだ。彼らが逃げるときに放棄したらしいが、運良く無事だったようだ。
人々に笑顔が見える。数少ないであろう財産、物資が無事に回収できたのだ。おかげで空気は多少ましになっている。
それを横目に、俺は運び込まれたテーブルを挟んでジルド殿と向き合っている。彼の後ろのは先ほどの壮年の男と狩人。俺の後ろにはエラノールとセヴェリ君だ。
ジルド殿側には、変わらず緊張の色がある。対する俺は椅子に深く座り込んで余裕を演出する。……演出、出来ていると思う。たぶん。
何から切り出そうかと話題を探していると、先に向こうから口を開いた。
「まずは、お礼申し上げる。お陰様で、皆無事に助かりました」
「土地の支配者として当然のことをしたまでのこと」
そう。彼らをほったらかしにするという行為は、心情だけでなく立場としても無理だった。今の俺は、周辺貴族達とも繋がりがある。彼らが必死で取り組んでいる流民問題を、俺だけスルー出来ないのだ。
「正直申し上げて、かの神の名を口にしたのは驚きました。……人には厳しい方であらせられるので」
「人に厳しいというよりは、身の程をわきまえない者を叱って下さっているんだよ」
「……そりゃあ、どういう意味なんスかね?」
「カルロ!」
顔にいらだちを浮かべた狩人が口を開き、隣の男が叱責する。俺は手を上げてそちらを押さえ、カルロと呼ばれた狩人に答える。
「アラニオス神が罰を与えられたと言うことは、相応に理由がある。大方、木を切りすぎたとか狩猟しすぎたとかそういう理由だろう?」
「……生きていくには必要なんスよ。俺たちに飢えろと?」
「いいや? ただ、殴ったら殴り返される。自分の都合を押しつけたら、相手からもそうされる。森は何も出来ない。だからアラニオス神がそれをなされた。そういう話だろう」
話しながら、なんとなくこのカルロという狩人の来歴を察する。自分か、あるいは親しい者が罰を受けたのだろうと。
実際、全く納得できないと苦々しさを顔に浮かべている。俺としても、納得しろとは言えないし、いわない。……ただ、やはり慰霊碑の方から深く頷かれる気配があるんだよなぁ。
さておき。
「まあ、そこまで森から奪わなければ生活が立ち行かない人間社会にも問題があるんじゃないかと俺は思うけどね。実際、故郷から逃げ出すような状態になっているわけだし」
う、と言葉を詰まらせるご一行。何とも言えまい。社会システムへの批判など、階級社会じゃあ命を奪われかねない問題発言だし。……そろそろいいか。
「それでジルド殿。あなた方はどうやってこのダンジョンの事を知られたのか教えていただけないだろうか。私は帝国や近辺の町との交流はあるが、バルコ国とはさっぱりなんだ」
「それは……」
騎士は少々の間俯き、言葉を濁した。が、何かを決意したように、俺の方をはっきりと見る。その眼には迷いが無かった。
「我々は、内乱から逃げてまいりました。帝国へ逃れた者は多いと聞き及んでいました。国境を越えれば何とかなると、そう思い」
「うん。周辺の領主さん達からもそう聞いている」
「……その道すがら、旅の商人から聞いたのです。どの町も、受け入れに限界が来ていると」
「それも聞いている。実際、あんまり大きな町はこの辺に無いらしいしね」
「その商人はこう続けました。国境近くにダンジョンがある。そこならば、受け入れてくれるだろうと」
うーん、クッソ怪しい。旅商人がなんでそんな話ができるんだ? 仮にダリオ達領主からダンジョンの話を聞いたとしても、内情をそこまで聞き出せるものなのか?
顔をしかめる俺に、騎士は深く頷いて話を続ける。
「さらに、歩みを進めた先には最低限ではありましたが我々が必要とする物資までありました。放棄したような体裁が取られてありましたが、明らかにダンジョンまで持たせようとする意図が見えます。……謀であることは、間違いないでしょう」
「……よく、それに手を付けようなんて思ったね。ここに来ることも含めて」
「我々には選択肢も、余裕もなかったのです」
彼は、難民たちを見やる。女性や老人、子供ばかり。確かに言う通りだ。ダンジョンに向かわず町へいって、過酷な環境に留め置かれたら死ぬしかない。罠だろうとモンスターがいようと、助かる道を選んだという事だ。
「……ダンジョンは、怖いと思わなかった?」
「正直を言えば、かなり。一応噂で、帝国では理性的にふるまう種族もいると聞き及んでおりましたが……」
ダニエル君の方に視線が行く。彼は今、コボルトやダークエルフたちと後始末の真っ最中。立派にリーダーとして働いている。
「あのような姿をみれば、事実だったと理解します。……目を疑う光景でもありますが」
「ちなみに彼、帝国貴族でもあるんだよ。今、うちで預かって修行中の身」
「なんと!? モンスターが貴族!? 冗談でしょう?」
「ハリー、失礼だぞ」
恰幅のいい男が正気を疑うとばかりに声を上げる。
「帝国はダンジョンの為にある……のだそうだよ? そのために働くのなら、人だろうとモンスターだろうと構わない。そういう事なんだろうね」
「……正気じゃ、あ、いえ、失礼しました」
「うん。俺はともかくガチの帝国貴族の前じゃあ気を付けた方がいいね。ねえ、セヴェリ君?」
「はい。家によっては即無礼打ちなどという事に及んでも不思議はないかと」
「と、公爵家嫡男がおっしゃっているから気を付けてね」
「こ、公爵家!?」
音を立てて、ジルド殿が立ち上がる。後ろの二人などはのけぞる有様だ。
「お気になさらず。今の私は、ミヤマダンジョンのガーディアン。その身分がすべてです。もちろん、必要とあればそれだろうと実家の力だろうといくらでも使いますが。なので、マナーのある態度を取ってくださればそれで十分。もちろん、ミヤマ様にはそれ以上の敬意をもっていただきたいものですが」
「は……それは、もちろんです。公子様」
「セヴェリで結構。敬称を付けるのであればガーディアン・セヴェリとするべきなんですが、長すぎますからね」
「はい、セヴェリ様」
うーん、ジルド殿および後ろの二人の顔が雄弁に語っている。何でこんな所に上級貴族の子供がいるんだ、と。普通だったら信じないよね。
でも、セヴェリ君ったらめちゃくちゃ王子様オーラぶっぱしてるんだもの。洗練された仕草、言葉遣い。高い教養は、相応の立場の証。ついでに、身につけているものだってそんじょそこらじゃ手に入らない物ばかりだものね。それらが容赦のない説得感を生んでいるというわけだ。
こんな状況じゃなかったら逃げ出したいだろうなぁ、ジルド殿。
「なるほど、そちらの状況は分かった。一応、改めて聞いておこう。皆さん全員、我がダンジョンへの避難を希望する、という事でよろしいか?」
「……受け入れて、くださるので?」
「そちらに選択肢がなかったように、こちらもまた似たような状態だ。メンツがあるのさ。放り出すのは外聞が悪すぎる」
個人的心情は、あえて語らない。椅子に座り直したジルド殿は、眉根に皺を寄せている。
「ただ、ここはダンジョンだ。敵対的侵入者と戦う場所だ。安全な場所は用意できるけど、戦いと無縁ではいられない。君たちにも働いてもらう事になる」
「……あの者達を戦わせるとおっしゃるか?」
「まさか。女性に老人、子供に戦わせるくらいならコボルト達に石を投げさせるさ。彼ら彼女らには、自分たちの生活のために働いてもらう。こんなたくさんのお客さまのお世話ができるほど、うちは余裕ないからね。戦いで手いっぱいさ」
「なるほど。それならば、あれらも否とはいわない。いえ、言わせません。当然の事ですから」
ジルド殿も、納得した様子。バリーとかいう壮年の男は、不安そうだが押し黙っている。だが、カルロとかいう狩人は口を開いた。
「すいやせん。本当に、働くだけでいいんでやすか? もっと色々、やらせたりは? 俺らに戦わせたり、女たちに……」
「カルロ!」
「俺だっていいたかありませんよ騎士様ぁ! でもですねぇ、俺たちゃ金なんてないんすよ? 生きるにゃぁ銭がいる! それをだれが払うんです? こっちの親分さんですよ? もっと銭になる事しなきゃあ、そのうち俺たちゃ……」
「うん、その心配はもっともだ」
俺自身、それは非常に悩んでいる。これまで、貴族様方とのお付き合いでそれなりに金貨はある。だが、この人数を養っていけばあっという間に枯渇するだろう。それでも。
「幸いなことに、うちにはいくつかの金策の方法がある。借金する当てもある。しばらくの間、金銭的な面で君たちを養うのは可能だ」
それに、と続ける。両手を組んでテーブルの上へ。彼らに、強い意思を示す。
「国王不在による内乱。そして難民の流出。これはもう、国家間の問題だ。なので、帝国に話を付ける。幸い、ツテはある。ねえ、セヴェリ君?」
「はい。公爵である父上にお願いすれば、帝国中枢に必ずや伝わるかと」
「帝国に……お、お待ちください!」
血相を変えて立ち上がるジルド殿。まあ、そういう反応はするよな。何せ十年前、あっという間に隣国だったゼルバ国を陥落させた実績がある。しかも、宣戦布告からの即王都直撃だ。
そんな暴力の化身みたいな国が本腰入れてこられたら、自分の国がどうなるか心配になって当然。しかし。
「帝国中枢に動いてもらうのが一番マシだ。下手な貴族が動くとどうなるかわからない。セルバ国と同じになるか、それより悪い事さえありうる。だったらまだ、帝国中枢が主導となって動いてもらった方がいい」
「そうはおっしゃるが、帝国軍が我らの国に入ることに変わりはない! ……よもや、我らをここに導いた者の策略は、これが目的か!?」
激高するジルド殿に対して、今まで黙っていたエラノールが口を開く。
「それはないでしょう。だったら一人目の難民が帝国に入った時点で動きます」
よろしいか、と彼女は前置きをして話を続けた。
「軍を動かすならば、事前の準備は膨大になります。侵略戦争であるならば、隠し立てができぬほどに物、人、金が動きます。この辺りはご説明するまでもないでしょうが」
彼女は静かに説明を続ける。見目麗しいエルフの声に、頭に血が上っていた三人の表情が若干ながら和らいでいく。
「巨大かつ広大な帝国といえど、そんな動きをすればたちまち噂になります。この国の情報伝達速度は世界最速。辺境であるここでさえ、聞こえてきておかしくはない。しかしながら、ここしばらくそんな話は欠片も聞こえてこない。そちらの内乱、始まってどれほど経ちましたか?」
「……もう、五年を越えました」
「帝国がその気であるならば、開戦前に避難という形で人を扇動し国境を越えさせます。そして内戦が起きていなくても突入します。それが帝国です」
「無法が過ぎる……! 世界の敵になるぞ!」
「三千年の歴史を紐解けば、何度かそのような事が有りました。そしてそれらすべてを蹴散らしました。繰り返します。それが、帝国です」
がっくりと項垂れて、ジルド殿が椅子に身を預けた。我がダンジョンのエルフ侍は、かまわずに話を動かしていく。
「と、このように。現在バルコ国が支配されていない事が、帝国中枢ないし有力貴族が動いていない証拠となります。流石に末端までは何とも言えませんが、それは置いておくとしましょう。証拠もなく語っても致し方が無い」
「……それは、わかりました。ですが、これから我が国に入るであろう帝国軍が無法をしない理由にはなりますまい?」
力なく呻くジルド殿。エラノールは首を振る。
「事故が無いとは私も言いかねます。ですが、そちらの兵が自国になさっている事に比べれば、些細なものになるでしょう。帝国は戦地で物資を調達などしませんので。水は例外としても」
「それは! それは……」
勢い良く反論しようとするも、言葉尻が小さくなっていく。……地球の中世では、兵を動かすと通り道の村は略奪対象だったという。そうしなければ軍を維持できなかったと。内乱開始から五年。どれほどの惨劇が起きたのか、想像すらつかない。
……やや脱線になるが、疑問が一つ。
「しかし、五年もたっているのに何故今になって国外脱出を?」
「……いよいよ耐えられなくなったって事ですわ」
口を開いたのはカルロだった。彼曰く、内乱当初はごく一部だけが戦っていて大多数は事の成り行きを見守るだけだったらしい。
しかし、内乱が治まろうという最後の決戦前日。よりにもよって第一王子が暗殺され、第二王子も毒殺された。両陣営が互いに犯人であると決めつけ、今まで加減していた戦闘を本格化。双方共に大きな犠牲を出すことになった。
これによって、国の統制が完全に崩壊した。各領主は互いに争い、税は日に日にひどくなっていく。わずかな蓄えも戦争の為に奪われる。徴兵が続き、男は戦場に連れていかれてそのまま帰ってこない。
だましだまし生活を続けていたが、それもここ最近の動きで台無しとなった。どこからか第三王子が担ぎ出され、同じくして第四王子もいたという話が持ち上がった。
最後の決戦。その準備が、庶民の生活に止めを刺した。
「どいつもこいつも、逆さになっても何にも出ねぇ。逃げ出すしかなかったっつーわけですわ。正直、ここまでたどり着けたのが奇跡みたいで……」
「奇跡ではない。策謀だ」
「ああ、そうでやした。都合よく食い物やらなにやら手に入ったもんなぁ……」
カルロが深々とため息をつく。俺もつられそうになる。ひどい話だ。
「そんな状態であるならば、なおさらさっさと終わらせるべきだ。帝国には、なるべく上手くやってくれるよう願い出るよ。……最悪、切り札に話をつけてでも」
「ミヤマ様、あのお方はいけません」
セヴェリ君が慄く。エラノールも背筋を伸ばす。バルコ国の三人は訝しむ。
「……それほど恐ろしい権力者と、お知り合いで?」
「縁があってね……最悪あの人に頼めば、なんとでもしてくれる。代わりにどんな無茶ぶりされるか分からんけど、バルコ国の窮状を放っておくよりはマシだ」
うははははは! という笑い声が思い出される。そう、我らがオリジン先輩である。一応、ダンジョン存続にかかわる問題である。このまま人が増えていけば、キャパはあっという間にオーバーする。廃都が見つかっていなかったら、今の時点でどうしようもなくなっていただろう。
あの人も、好きで悪の親玉やってないのは分かっている。何とかしてくれるだろう。その代償がどうなるか。悪魔に魂売るってこういう事なんだろうなぁ。
「ともあれ、そのあたりは本当に最後の手段。まずは帝国に話を通す所から。帝国はダンジョンの為にあるって散々いってるんだから、力を貸してくれることを期待しよう」
話をそう切り上げる。……が、ジルド殿達は納得がいっているようには見えない。まあ、そうだろう。しかし実際問題、これ以上の解決方法は俺にはない。
さて、どう言葉を重ねていけばいいのか。悩んでいると、ジルド殿が顔を上げた。
「……色々と、思わぬ話に騒いでしましました。お詫びいたします」
「いえ、まあ、自分が同じ立場なら同じかそれ以上に騒いだと思いますし」
「お気遣いに感謝いたします。……我らの事、そして国の事。どうか、よろしくお願いいたします」
そういって、彼は不安を飲んで見せた。
「ジルド様、本当によろしいのですか?」
「我らを受け入れ、国についても手配してくださるというのだ。これ以上を求めるのは浅ましいにも程があろう。誇りを忘れてはならん」
仲間の為、国の為。彼らのトップであるジルド殿が、そうして見せる。俺を信じようとしている。応えなければならない。
「最大限の努力を約束する。……まずは、皆が生活できるように手配しよう」
椅子から立ち上がる。彼らを地下に案内するために。……一度口にした以上は必ず実行する。実行するが、それはそれとしてやっぱり切り札は触りたくないなぁ。