素晴らしいダンジョンをありがとうございます
コアルームから延びる洞窟をまっすぐ。自然洞窟に出たら左。俺たちの居住区にたどり着く。あるのは大きなテントが一つと、小さなテントが二つ。かまどを含めた調理場。俺用の椅子。コボルト達の休憩場所。
ヤルヴェンパー女史の目は、まずテントへ向けられた。
「洞窟内に、テントを建てているのですか」
「朝方になると結露で水が落ちてくるので」
このダンジョン水が染み出ている関係上、湿気がある。朝になるとそれが冷えてぽつぽつ落ちてくるのだ。これが寝ているときに直撃すると一発で目が覚める。まだ寝ていたいのに。そういうわけで、テントを買った。
コボルトたちには大型のテント。三十匹雑魚寝してもぜんぜん余裕の大きさ。さすがに全員分のベッドは買ってやれなかったので、フォークリフト用のパレット(に、見える荷運び用木板)を床に敷いてやった。地面から離れているので底冷え対策になる。その上にこいつらが自分たちでとってきた枯葉を敷いて寝心地を良くしている……朝起きてくるとそれが毛に絡まっているので取るのに一苦労である。改善しなければならない所だと思っている。テントの外のコボルト休憩所も作りは一緒だ。
自分用にはシンプルなワンポールテント。名前の通り棒一本を中央に立て、三角形の布を張るタイプだ。地球にいたころ似たやつをもっていたのでこれをチョイス。いろんなタイプを取り扱っているからケトル商会侮れない。もちろん、アウトドアベッド(と、よく似たもの)も買った。
コボルト・シャーマンも同じものを買ってやってある。あいつのテントはここ数日ですっかり祈祷師のねぐらと化している。薬草、羽根、トーテムポール、骨などなど……同族だというのにほかのコボルトは気味悪がって近づかないありさまである。
「さすがにまだ、ガーディアンの人用のテントはありませんので、これから用意します」
「はい、お願いします。……うーん、ミヤマ様のテント、小さいですね。これはちょっといけません」
「……何がまずいのでしょう?」
「ダンジョンマスターは、ダンジョンの主。上に立つお方です。部下を従えるのですから、相応のものを使用する必要があります」
「……できれば節約したいんですけどね。あと、コボルト達より大きなテントは、スペース的にも辛いんですが」
これから人が増えるのであれば、生活費だって相応にかかる。大きな支出はなるべく避けたい。
「そこは、豪華さで差を付けましょう。ガーディアンのテントはその次の品質で。ダンジョンの主戦力を担う人材です。相応の待遇が必要なのですよ。その人にとっても、モンスターたちに対しても」
「なるほど」
つまるところ秩序維持。生き死にの関わるこの場所では、それをきっちりやっておかないと全員が困るというわけだ。自分のテントからメモ帳(この世界には筆記に耐えうる紙がある!)を持ってきて買い物リストを作り始める。
ヤルヴェンパー女史のアドバイスはしばらく続いた。生活必需品ひとそろえ、最低限の家具、わずかでも嗜好品を……等々。
モンスター達と寝食を共にしてきたが、共同生活をしているというよりたくさんのペットを抱えている気分があった。しかし、これからは明確な他者との共同生活。家族ではない、もちろん恋人でもない誰か。
アパートの隣室、物音一つで喧嘩をするのが人類だ。相応に気配りとマナーが求められるだろう。一応、立場は俺の方が上という事になるとはいえ気が重い。だが泣き言など言っていられない。命がかかっているのだ。
「……と、言ったあたりが要改善項目でしょうか」
「はい。早急に取り掛かります」
一通りのチェックを受けた。メモ用紙数枚分の項目があるが、まあどれも無理ではない。多少は気持ちも軽くなる。
「では、残りの部分の視察へ向かいたいのですが」
「よろしくお願いします。……大したものはありませんが」
「いえいえ! 自然洞窟をわずかな期間でここまで整備したのはすごいことですよ!」
「まあ……コボルトたちが頑張ってくれたので」
二人で洞窟入り口に向かって歩いていく。……何か話していれば、意識もしないのだが。やはり彼女は魅力的だ。ちょっとしたしぐさ、姿勢、手の動かし方一つとっても整っている。そういう教育を受けなければこうはならないだろう。自分の中に残っている記憶では、彼女のような人はいなかった。
良いところのお嬢様、なのかもしれない。手の届かない高嶺の花。そうであってくれた方がむしろいい。うっかり気持ちが転がったら事故になる。色恋にうつつを抜かせる状況じゃないのだから。
気持ちを切り替える。先ほどから、彼女はダンジョンを非常によく観察している。……本来ならばただの通り道。最低限の処置をしただけにすぎない。だけど彼女はその一つ一つを見抜く。水たまり、段差、低い天井。俺とコボルトたちが手を加えた部分を、まるで見ていたかのように。
「ヤルヴェンパーさんは、ダンジョンに詳しいのですか?」
「えー、勉強はしました。数度、入らせていただいたこともありますが詳しいとはとてもとても」
まあ、仕事にかかわることだから学びもするだろうが。それにしても、さっきのはしゃぎようといい、この注意力といい。彼女には……彼女たちには何かある。あの腹立たしい工務店の男が口に出していたハイロウという言葉。おそらく、あれと関係があるのだろうが……さすがに、直接聞くのははばかれる。仕事中という事もあるし。
しかし、ほかの誰かに聞くのも難しい……あ、いや、いるわ。ビジュアル的にわかりやすい別種族な人が。後で聞いてみよう。
「あ、コボルト達がいますね」
彼女の声に目を向けてみれば、そこは今日の作業現場だった。つるはし、ハンマー、シャベル、一輪車などいろんな道具を使いながらコボルトたちが洞窟を整えている。
「うんうん、みんな元気よく働いていますね。大変すばらしい」
「ええ。コボルトたちには本当に助けられています」
「それもこれも、ミヤマ様が正しくダンジョンマスターとして頑張っていらっしゃるからですよ!」
元気いっぱいにヤルヴェンパー女史が言ってくださる。正しく、か。
「できる限りをやっているだけなんですが」
「コボルトたちは臆病です。ダンジョンマスターが怖かったりすると、それだけで上手く働けなくなります。この短期間でこれだけの作業ができたのも、ミヤマ様がコボルトたちにとって頼れる存在だったからこそ」
コボルトたちが、俺を見る。目はきらきら。尻尾はぶんぶん。なるほど、確かに。
「……こいつらに認められる程度には、ダンジョンマスターをやれているようです」
「ええ、これで私も確信が持てました。上へもよい報告ができそうです」
彼女が、背筋を正して俺に向き直る。
「生活環境は、当日までにととのえていただくとして。それ以外の部分についてはガーディアンの派遣に問題ないと判断します」
そして、奇麗な一礼を見せてくれた。
「素晴らしいダンジョンをありがとうございます、ミヤマ様。必ずや、良きガーディアンをご紹介させていただきます」
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「では、近日中にご連絡いたします。必ずやよい人材をご紹介いたしますのでご期待くださいね!」
「はい、よろしくお願いします」
コアルームにて、ヤルヴェンパー女史をお見送りする。
……なんだか、かなり気合が入っていたな。それはさておき。まずはマッドマンのための沼作りだな。コボルトたちに頼めば何とかなるだろう。
「……いやまて。せっかくここにいるのだし」
台座の上、コインが入っている小箱から名刺サイズの金属カードを取り出す。こちら、ヤルヴェンパー女史からこの間もらった魔法のアイテム。カードには本と同じように魔法陣じみた模様が刻まれている。こいつに魔力を通すとあらかじめ設定された場所に通話がつながる。通話紋、と呼ばれているらしい。
正直、魔力の通し方とかさっぱりわからない。ただ、指で触れておりゃー、とそれっぽく念じると行けてしまう。多分これもコアの力なんじゃないかと。
「はい、こちらケトル商会……おやあ、ミヤマ様。本日はどのようなご用件で?」
そう。このカードは様々な物資の調達先、ケトル商会に連絡できるアイテムなのだ。で、出たのが外見四十台のやや痩せたオッサン、名前をレナード。このレナード氏の最大の特徴は、耳が狐のソレになっている事。そう、彼は獣人なのだ。頭にではなく、人と同じ部分が獣耳になっているタイプの獣人なのだ。とても大事なことなので詳しくいった。
ちなみに尻尾もある。オッサンのシッポとかあまりうれしくない。だが大事なことでもある。女の子の獣人もきっとそうであると期待が持てるからだ。……いや、いかん。どうもリアル獣人を見ると変な情熱が湧き出てくる。びーくーる、びーくーる。
「どーも。お世話になっています。今日もちょっと欲しいものがありまして」
「はいはい、ありがたいことで。今日は何が入り用ですかね……と、そうだ。移動系と罠系の出物があるんですが、ご覧になります?」
「いやー、まだちょっとそっちには手が出ないかなー」
このレナード氏一体どんなツテがあるのか、なんとあのクソ工務店が取り扱っている品物を中古で仕入れてくるのである。
本来であれば、安いからと言ってそういうものに手を出すのは控えたい所だ。生産者に還元されないし。が、あの工務店は俺の中でエネミー認定である。連中にはコインも金貨も一枚だって払いたくない。
そんな気持ちもあって、このケトル商会を利用する俺なのだ。財布が厳しい今現在、安さは生命線である。
「それは残念。必要になりましたら是非ともお申し付けを」
「そのときはよろしくお願いします。で、今回なんですが、ヒトが増えるんで生活道具を一式頼もうかと。この間買ったあの辺をセットで」
「ほっほう、それはそれは。モンスターではなく、ヒト。ということは……ガーディアン、ですか?」
「ええ、それです。面接もまだなんですけどね」
レナード氏、にっこりと笑って見せてくる。若いときは相当もてたろうなぁこの人。今でもかなりナイスミドルだが。
「そいつはおめでとうございます。いやあ、まさかこんなに早くガーディアンの話をされるとは。ミヤマ様、センター職員を嫁に迎えたんです?」
「はい? 嫁?」
なにいってるのこのおっさん。そりゃヤルヴェンパー女史とそうなれれば最高どころの話じゃない、奇跡ってなものだ。そしてめったに起きないからこそ奇跡。大概は寝言で終わるのである。
悲しくなってきたので現実を見る。
「なんでガーディアンの話でそんなに素っ頓狂なネタが出てくるんですか」
「だってそりゃあ……ああ、そうだった。ミヤマ様は知らなくて当然だった。もうしわけない」
ぺちん、と額を叩き表情を引き締めてレナード氏が言う。
「いいですか? ガーディアンは各領地のツワモノが、厳しい選抜を抜けた上でやっと登録できるってやつでして。そして大概、そういった連中というのは各領地の代表、生え抜き、貴族の血族だって場合もあるんです。そういう特別なツワモノを紹介する以上、何より大事なのは信用信頼に足るダンジョンマスターかってなるわけで」
ふうむ、そういう理由もあったのか。そりゃまあ、そういう立派な立場の人をモンスターのごとく扱うようなマスターの所には派遣できないわな。
「ミヤマ様、まだマスター始めてそう時間たってないでしょう? なのにそんな話がでてるから、こりゃてっきりセンター勤めの良いところの娘さんを嫁にしてぶっとい縁でも繋いだのかと」
「あー……なるほど。いや、単純にダンジョンをセンターの職員さんが直にチェックした結果です。そういう浮いた話じゃありません」
「おお、そうでしたか。そりゃあ、おめでとうございます。戦力がととのっていようとダンジョンが立派になっていようと、あちらさんのお眼鏡にかなわないと通りませんからなぁ。……しかしそうすると、そもそものきっかけは何だったんです?」
「きっかけ?」
「ええ。ガーディアンの話は、たとえマスター側が知っていたとしてもセンターがその気にならなければ先には進みません。あっちをその気にさせた何かがあるんじゃないかと」
そういわれてみても、思い浮かぶことは……あの時、ガーディアンの話を振られる前に話したことといえば。
「あのク、……ロクデナシ工務店とケンカしたのが原因、か?」
さすがにクソ呼ばわりは人前ではイカンだろうと自重した。
「ほう? あそことモメたと? 詳しく聞かせてもらえますか」
片眉をつり上げたレナード氏に、先日の一件を素直に伝える。せがまれたので追加でついさっきのヤルヴェンパー女史とのやりとりも。そして彼は指を鳴らした。
「それだ、ヒト喰らいの不使用宣言」
「……たったそれだけで?」
「大きいですぜ? やれ効率だ、貧乏のうちは仕方が無いだと言い訳しての同族殺し。そいつの中で言い訳が通るならなんでもやるとなれば、それこそ何をしでかすかわかったもんじゃない。ガーディアンを紹介するなんて、とてもとても」
その宣言一つで、審査が難しいとされるガーディアンの話を持ってくる? さすがに少々厳しくないだろうか。……なんとなくだが。工務店のアレっぷりもかかわっている気がしてならない。違いすぎるのだ、二つの組織の空気が。
「……レナードさん。なんで工務店って、ああなの?」
「あー……まあ、疑問に思って当然ですなぁ」
しばらくうなった後、自分が言ったと言うことは内緒にしてくださいよと前置きしてからレナード氏は聞かせてくれた。ダンジョンマスター、モンスター配送センター、デンジャラス&デラックス工務店、そしてこの国、アルクス帝国の話を。