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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
間章 決戦世界のそれさえもおそらくはいつもの日常
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武侠出立

 ヨルマ・ハカーナには両親の記憶がない。物心ついた時には孤児院にいた。名前も家名も孤児院でそう呼ばれていたからそのまま名乗っている。親の事など一度として調べた事はない。


 帝都には数多くの孤児院がある。運営者は様々で、上は国。貴族、商会、そして個人が開いているものも多い。そしてヨルマがいたのは最底辺。国からの補助金と市民権欲しさに運営されていた所だった。


 実際、帝都という所は市民権さえあればかなり生きやすい場所だ。医療も住居も食事も、それがあれば保障が出る。しかもそれが、平民ですら受けられる。あらゆる外国の王都とはかけ離れた環境だ。


 市民権を手に入れる方法はいくつかある。孤児院運営はその中でもかなりハードルが低い物だった。なので食い物にする者達が出る。


 当然ながら、孤児院の環境は劣悪だった。あらゆるものが最低限。監査の時だけまともになるように取り繕い、それ以外はすべて運営者(あるいはあっせん者)の懐に入り込む仕組み。


 本来であれば、孤児たちは劣悪な環境に死ぬしかない。しかし、である。ここはアルクス帝国。ダンジョンを頂点と仰ぐ唯一無二の国家。ハイロウという超人が頻繁に発生する国。その中心である帝都の孤児たちが、普通であるわけがない。


 事実、ヨルマたちは逆襲した。この劣悪な環境も、路地裏生活よりはマシ。つまりしばらくすれば体力回復。元気になればこっちのもの。


 どうするか。子供たちは計画を立てた。


「ボコろう」


 ヨルマはいった。この頃の彼は血の気が多い。というか、大人になっただけで基本的に性根は変わっていない。


「ボコるのはいい。その後どうするかだ」


 身体に赤い鱗を持つ竜人族の少年、バラサールは唸った。彼も血の気が多い。だが、それだけの少年でもなかった。この頃からすでに才能の片鱗を覗かせていた。


「ボコっちゃうと、ここに住めなくなる?」


 パラマは首を傾げた。昔から、本質をさらりと突く娘だった。頭をあまり使ってない様に見えるが、ちゃんと考えている。ほかの子供たちは聞いているだけだった。流石に、ここまで早熟なのはそう多くはない。


 三人寄ればなんとやら。子供たちは、そうであるが故に大変残酷な意見を山のように出した。そして結論。


「徹底的にボコってひどい恰好させて逆らえない様にしよう!」


 その後どうなったか。詳細はあえて語らない。結果的に、ヨルマたちは十五歳まで孤児院にいた。その間、子供たちが虐待されることはなかった。学ぶべきことを学び、多数の子供たちが健全に社会に出発していった。


 最終的に、孤児院は卒業生が受け継いだ。運営者のその後は知られていない。最後に知人が見た姿は、喜びの涙を流しながら帝都を去り行く様だった。


 孤児院を出た後のヨルマたちはどうしたか。巨大集合住宅の地下階に住居を移した。十五になる前から、この場には出入りしていた。目的は一つ、力である。


 帝国は力を貴ぶ。戦えなければ何も守れない。侵略存在に狙われる決戦世界ならではの文化である。なので、たとえ事務仕事だろうと可愛いお嫁さんだろうと立派なコックさんだろうと戦闘力があることは良い事だと称えられる。


 子供ながら、ヨルマたちも帝国に生きるもの。その風習は身に染みて理解していた。彼らの環境を改善したのは結局のところ力だったわけなのだから。


 もちろん、力だけではどうしようもないものが有る事も学んでいる。力で得たものは、より大きな力に奪われるのだ。なのでそうならないためには知恵がいる。


 彼らにとっては、地下階は大いなる学びの場だった。もちろん、命がけだ。しかし、彼らの立場では逆立ちしても得られない物が数多くあるのも地下階の特徴だった。


 諸事情から地下に落ちてきた貴族は知識と技術の宝庫。他のギャンググループとの縄張り争いは社会勉強。犯罪グループの隙を突いて金と物資を奪うなど、生活の知恵レベル。


 当然、常に勝てるわけがない。手痛い敗北などはまだまし。仲間を失う事もあった。裏切られること、騙されることもあった。不意打ちにより絶体絶命な状況になったことなど両手両足の指を使っても数えきれない。


 それでも、ヨルマたちは勝ち上がってきた。新たな仲間も得た。オークのホルグ、ハイロウのバルバラ、ハーフエルフのジアなどはこの頃合流した。


 ヨルマが血風呂ブラッドバスなどというあだ名を得たのもこの頃である。血と暴力の青春時代である。


 そんな彼の人生に、大きな転換が訪れる。ある時、彼は気まぐれにオリジン祭に足を運んだ。始祖の名を冠した帝都の祭り。はじまりのダンジョンの大穴の周囲に、様々な催し物、売店が立ち並ぶ帝都の娯楽。


 帝都に住みながらも、一度として参加したことのないそれ。楽しげな雰囲気にさそわれて、そこで彼は見てしまった。


 はじまりのダンジョン。その大穴。地下に何があるか全くうかがい知ることのできない、漆黒の穴。一目見たとたん、全身に稲妻が走ったかのようだったとヨルマは後に語った。


 そして、ヨルマはダンジョンで働く事を強く求めるようになった。実はこれ、ハイロウにはあまり珍しくない症状だった。ハイロウならば、誰しも多少なりともダンジョンを求めている。それが、ダンジョンの何かしらに触れることで耐えがたいほど強くなる。


 こうなってしまうと止められない。ヨルマは地下階のあらゆるものを投げ捨てて、努力に努力を重ねる。そして倍率数万倍の極めて狭き門であるデンジャラス&デラックス工務店への就職を成し遂げてしまったのだ。周囲どころか周辺十数棟が驚愕する騒ぎとなった。


 そして地下階を出たヨルマは、希望を盛大に砕かれる。鬱屈し、もだえ苦しんだ。そして自棄になっていた所に、ミヤマと出会う事になったのだ。


 運命とはわからないものである。


/*/


 バラサールの店の、VIPルーム。話を聞きつけて、ヨルマの仲間たちが集っていた。といっても全員ではない。店を回さなくてはならないから、半分程度。十人足らずといった所。誰もかれもが一騎当千の強者つわものだ。


 酒の肴は当然、ヨルマが地下を出てからどうしていたのか、である。ヨルマは、当然のことながら内容をかなりオブラートに包んだ。劇物すぎるからだ。特に、ヨルマに絶望を叩き込んだサイゴウダンジョンについては言葉を濁しまくった。


 だが、仲間たちは聡い者ばかりである。ヨルマのそんな様を見れば、何があったかはいくらでも想像力を豊かにすることができる。皆、同じ表情をする。薄く笑い、眼光が鋭くなる。そして互いを見やるのだ。


 ヨルマは、襲撃計画が具体化する前に話題を変えざるを得なかった。


「そうだ、みんなに見せたいものがあるんだ!」


 あからさますぎる話題転換に、皆から苦笑がこぼれる。ヨルマは立ち上がると、バックに手をかけた。が、一端離す。そして念入りに手を拭いた。さらに、大きく深呼吸。水を飲み、酒気を払う。


 妙な気合の入れように皆の視線が集まる中、ヨルマはバックを開いた。いわゆるマジックバックであるこれは、重量制限があるものの一抱えほどの荷物を入れることができる。


 そして、そこから出てきたのは額入りの許可証。魔法で念入りに保護されたそれは、ハイロウならば誰しも夢見る逸品。『ダンジョン一時退避許可証』である。


 わざわざ、明かりを気にしてよく見える場所に出されたそれ。豪胆極まる仲間たちも、それには絶句せざるを得ない。部屋が静まってしまったものだから、ドアの外から重低音が漏れ聞こえてくる。


「どうよ? まぎれもなく、本物だぜ?」


 ヨルマがそう言いだして、やっと仲間たちに動きが生まれる。しかしそれでも、口から辛うじて嘘だの信じられないだのといった言葉が漏れる程度。


 そんな中、バラサールがぐいとヨルマに顔を近づけた。


「どうやって手に入れたんだ? さっきのクソダンジョンじゃないんだろう?」

「もちろんだ。セルバ地方に最近新しいダンジョンができてな。そっちで、な」

「で、な。じゃないよ! なんで? 工務店の物資横流ししたの? それとも弱みでも握った?」


 パラマが騒ぐ。貴族たちが手に入れるならわかる。聞こえてくる噂は大体そんなところだ。しかし、貧民出身の窓口係が手に入れるなどホラ話にもならない。それほどにあり得ない事なのだ。仮にありえたとしても、身内ぐらいに親しくならなければ。


 ジアが、深刻そうに唸る。


「そう……つまり、枕えいぎょ」

「はいそこ、変な想像を豊かにしない。誓ってそんなことはない。そもそも、ダンジョンマスターであるミヤマ様は男だぞ」

「だったら余計にあり得るじゃん! 具体例はそこ!」


 パラマが指さす先には、わざとらしく艶やかに笑いながらグラスを傾けるバラサールの姿。面白そうならば自爆覚悟で話を膨らませる悪癖が彼にはあった。


 悪友たちの引っ掻き回しにヨルマは深々とため息を吐いた。


「ねぇよ。あの人は普通に異性が好きだ。貧乳から巨乳まで美女美少女ばっちり侍らせてるぞ。……というわけでこの話題終わり!」

「勝手に終わらせるなよ。それじゃあ、どうやってコイツを貰ったっていうんだよ」


 場にいる全員が頷く。ヨルマは思わず頭をかく。これもまた話しづらい話題だ。だが、己の罪からは逃げぬと決めている。……友人たちを刺激しないように言葉を選びつつ、ミヤマダンジョンとの一連の事件について説明していく。


 もちろん、襲撃に至った理由については全員の眉がつり上がった。が、ダンジョンマスターがヨルマを許したというエピソードまで語れば気持ちは別に移り変わる。


 その後の流れも一通り説明し終えれば、集った皆は深く思案する表情を浮かべていた。代表するように、バラサールが口を開く。


「なあヨルマ。お前はそのダンジョンマスターをどう見るよ?」


 いわれて、彼もまた思考する。恩人というフィルターをどけて、なるべく客観的な評価ができるように。その結果出てきた結論は、彼自身としても口の端がつり上がる代物だった。


「根性のある一般人、って感じかな? そうとしか言えない」

「ンだそりゃ? 戦闘力は? 帝都の一般市民にくらべてどうよ」

「間違いなく下。地下じゃあ速攻ボコられる。上でもイビられる」

「じゃあ、頭が回るタイプ? 策略系?」


 バルバラの言葉に首を振る。


「まじめにそっちやってる連中の足元にも及ばんな。ただ、土壇場での判断力はある。追い込まれた時なんか特に」

「その人……カリスマ系? 魔物も貴族もひれ伏すみたいな」


 パラマの質問には思わず吹き出す。


「ぶはっ。ないない。よく悲鳴あげたりするしな。でも、コボルト達にはとても好かれている。それに、交渉力はけっこうあるな。貴族相手にもまれてるおかげかもしれないが」

「よく聞く、貴族からこっそりお金貰ってる系とか」


 ジアの指摘には眉根に皺を寄せて考える。


「それはたぶんない。つーか、貴族相手にいい感じの商売始めたしな。それに、なんだかんだダンジョンコインは稼いでいるようだから……というか。皆、そこまでミヤマ様の事が気になるのか?」


 確かに、ダンジョンマスターなどめったに触れ合う機会のない存在だ。珍しさはあるだろう。自分が世話になったからといって、ここまで食いつくだろうかとヨルマは疑問を覚える。


 対する悪友たちはお互いの顔を見合う。その表情には『コイツ、わかってねぇぞどうすんだ』という言葉が書いてあった。代表して、バラサールがニヤつきながら答えを放つ。


「そりゃお前、これから俺らのボスになるヤツの事だ。聞けることは聞いておきたいだろうよ」

「はぁ!?」


 椅子から飛び跳ねるように立ち上がる。その話をどうやって持っていこうかと内心悩んでいただけに、衝撃的だった。そんなヨルマに対して、仲間たちまた顔を見合う。『うわぁ、マジでわかってなかったぞこのポンコツ』。極めて残念なものを見たという表情である。


「何? 私らが気付かないと思ってたの? うわぁ、中央いって鈍ったんじゃないのヨルマ」

「目ぐるぐるにして飛び出していったあんたが、スッキリ昔の顔でもどってきて。取り出したのが許可証だもん。しかも、ダンジョンマスターの事説明しているときの顔っていったら」

「恋を疑うよね」


 バルバラ、パラマ、ジアと女性陣からの怒涛の返答に言葉が詰まる。それとは別に、ジアは後でシメるとヨルマは心に誓う。


「ダンジョンマスターとぶっといコネをゲットしたお前が、それを利用して俺たちをダンジョンに入れる。っていう話なら断るところだ。舐めんな。施しなんざ受けねぇ。欲しいもんは勝ち取るのが俺たちだ」


 だが、とバラサールは続ける。


「お前の顔は逆だって言ってる。ダンジョンマスターの役に立ちたいから、俺たちを引き入れたい。うじうじ悩んでたのも、どうやって切り出すか考えてたんだろ? ああ?」

「……いつからテレパシー系の術を仕入れたんだよ」

「ばっか。お前は昔っから分かりやすいんだよ。策略練ってますってツラして、実際は能力でゴリ押しだからな」

「イケメンチンピラヤンキー」

「ジア姉さんうるさい」


 ともかく、だ。と、バラサールは手を打ち鳴らして場の空気を変えた。家族同然の間柄でも、誤魔化しは無し。これ以上もなく真剣で尖った目で、ヨルマを睨む。


「はっきり聞くぜ? そのミヤマって男は、俺たちが命をかけるにふさわしいやつか? 俺たち、家族全員の」


 その視線を、ヨルマはまっすぐ受け止める。そして答える。


「俺は命がけで、魂をかけてあの人についていく。この気持ちに嘘偽りはない。お前たちは、自分で判断してくれ。ただ……」


 ヨルマは笑う。楽しく、それでいてしょうがないなという気持ちで。


「あの人は、仲間になった人を見捨てない。弱いからな」

「なんだそりゃ」


 はあ、とバラサールは溜息をつく。そして首を振る。


「まあ、どっちにしたってヨルマの借りを返さにゃならん。しばらくはそいつの下で働くさ」

「おい。俺は自分で……」

「そうじゃねえよバカ。ダンジョンの事で正気じゃなくなってたお前の目を覚ましてくれたのはそのミヤマだろ。こいつはデカい借りだ」


 そうだそうだ、と皆が揃って首を縦に振る。う、とヨルマも言葉が詰まる。言われてみれば、ミヤマに会ってからあの焦燥感はすっかり消えている。今の今までそれに気づかなかったのは何とも恥ずかしい。


「それにー。バラサールはああいったけど、やっぱりダンジョン生活は憧れじゃん? こんな機会逃せないじゃん?」

「パラマ、台無し。でもとても同意。ハイロウの頂点へれっつごう」

「セルバって田舎よね? 化粧品とか買い貯めていかないと」


 女性陣の姦しいやり取りには力が抜ける。が、一緒に緊張も抜け落ちた。


「お前ら……本当にいいのか? ガチで危険だぞ、ダンジョン生活。ここなんて比べ物にならんくらい」

「帝都の大迎撃と比べると、どうよ?」

「あー……まあ、それに比べれば、うん」

「じゃあ、問題ねえな。侵略存在なんて片手で潰してやるぜ」


 バラサールの腕が、一瞬で竜のそれに変化する。己の中に流れる竜の血を高い精度で制御できている証である。竜人族といえど、これができるのは一部の達人だけだ。


「は。まったく威勢がいいな。そんな調子でオリジン様……」


 しまった、とヨルマは口を塞いだ。なまじ、気が抜けていただけに最大の失言をしてしまった。これだけは喋るまいと思っていたのに。恐る恐る周りを見やれば、全員の視線が己に集まっていた。


 パラマが、極めて優しく問うてくる。


「ねえ、ヨルマ? 今、なんていった? どなたの名前を口にしたの? ねえ?」


 視線を逸らす。しかし、その先にはジアがいる。懐から、何やら試験管を取り出している。彼女は錬金術師だ。きっと危険な薬剤に違いない。


 何とか誤魔化さねばと、腰を浮かしかける。が、両肩をがっしりと掴まれた。目の前にいるのはバラサールだ。全力で戦闘するときの、竜の血を全身に巡らせている状態。黄金の竜眼でしっかりにらんでくる。


「話セ。さもなくバ焼ク」

「あー……その、だな。最近ちょっと色々あって……」

「結論を言エ」

「……ミヤマ様、なんかオリジン様に気に入られたっぽい」

「嘘だロお前ェ!? マスター初めテまだろくに経ってネェっていってタだろう!?」

「ンなこと俺にもわかんねーよ! なんかひょいっと現れて、騒動楽しんで気が付いたらそうなってたんだからしょーがねーだろ!?」

「どコかの神の祠にションベンでもかけたんカ!?」

「ダンジョンから出られねーのにどーやってやるんだよ! むしろアラニオス神の祠立てたわ! ンでもって褒美で眷属貰ったわ!」

「はァーーーーー!?」


 次々とヨルマの口から飛び出る爆弾発言に、荒事で慣らした仲間たちが次々とノックアウトされていく。無理もない。帝国の現人神とされているオリジンだけでも許容量をオーバーするのに、人間嫌い天罰大好きアラニオス神から眷属を下賜されるなど聞いた事がない。


 バラサールもまた、耐えきれずに竜化が解けていく。さながら風船から空気が抜けるが如く、ふらふらと後ずさって椅子に座り込む。


「付いていけねぇ……凡人じゃねーのかよミヤマってのはよ」

「凡人なんだが……運がすごく荒れている、といえばいいのか」

「ああ……いるよね、そういう人。ここを飛び出す前のヨルマがそんな感じだったね」

「嘘だろジア姉さん!? 俺は流石にあそこまでじゃないよ!」

「渡り階段の決闘、貯水池防衛戦、『もっとも高い安酒』をめぐる争い……いろいろ巻き込まれたよね」


 パラマが指折り数える懐かしいトラブルの数々に、ヨルマも思わず崩れ落ちる。自分が人の事を言えないレベルでいろいろあった事を思い出したのだ。というか、ここを出た後もトラブルだらけだったのを自覚した。


 バラサールが、力なく手を振る。


「こりゃ、相当気合いれていかねぇと流されるな……辞退するやつ、早めに言えよ」

「……そうだな。ここの生活もあるしな」


 ヨルマは仲間を見回すが、首を横に振るものなど一人もいない。どいつもこいつも不敵に笑ってさっそく準備の相談を始めている。


「ジア姉さん、ホルグ一家はどうするだろ? 流石にこっちに残るかな?」

「おばかねパラマ。子供がいるからこそダンジョンに行きたいって思うのが普通よ」

「こうなると、卒業生組もついていくって言いだすでしょうね……私らで二十名、子供らがチビも含めて十名って所かな?」

「バルバラ、卒業生組ってのは?」


 聞き覚えのないチーム名にヨルマが尋ねると、彼女は空のグラスに酒を注ぎながら答える。


「あんたらの孤児院の後輩たち。バラサール達みたいに卒業前からここいらで鍛えてる連中ね。まとめて面倒見ているのよ」

「ほったらかしたらろくなことにならんし、連れていくしかねーな」


 ヨルマは少し考えこむ。ここいらでケンカができるレベルなら、足手まといにはならないだろう。人数もミヤマの言ったギリギリの値だ。若いという事はそれはそれで役に立つことがあるということをヨルマ自身、身をもって知っている。


「わかった。ミヤマ様にはその人数で伝えておく。……で、移動手段なんだが。今回は貴族の伝手が使えない。監査の事も考えると、転送ターミナルもよくない」

「となれば、飛行船か鉄道だな。セルバはたしか南東だったか? となれば鉄道は西部線か南部線だが……」


 バラサールが首をひねる。そこにパラマが手を上げる。


「南部線から船で行くのは難しいと思う。この間お客さんから聞いたんだけど、セルバの南の国って内戦ドロドロなんだって。港、使えないんじゃない?」

「じゃあ、そっちのルートは無しだね。そうすると西部線?」


 ジアの疑問にはヨルマが答える。担当地域だから知識は多い。


「西部線の終点はセルバからはだいぶ離れている。こっちも厳しいな。セルバの隣の領には飛行船が行くが貴族の所有物なんだよな……」

「それじゃあ、密航だ。業者に連絡を取ってくれ」


 おう、と周囲の男たちが返事をして腰を上げる。


「みんな、ちょっと待ってくれ」


 そこに、ヨルマが待ったをかける。全員の視線が集まる。気恥ずかしさでどうにかなりそうだったが、これはケジメなんだと頭を下げた。


「みんな、すまん。ありがとう。よろしく頼む」


 そのまま、頭を下げ続けるが誰一人として返事がない。返事が無いと流石に頭を上げるのもやや難しい。だが、何とも不穏な空気が漂っているから少しばかり上げてみる。


 珍獣を見る目を向けられていた。代表としてバラサールが声を出す。


「ヨルマ、お前外で変な物でも食ったか?」

「おい」

「ドッペルゲンガー? だれか、ちょっと術で鑑定できない?」

「バルバラお前」

「外で新しい女引っかけたの? そういう感じの女なの? ねえ? ねえ?」

「止めろバカ。にじり寄るなパラマ!」

「タバコとギャンブル始める女って、彼氏の影響が多いよね。つまりダンマスと……」

「ジア姉さんいいかげんシバくぞ」


 ぎゃあぎゃあと、騒ぎだして先に進まない。そうこうしているうちに、外にいた仲間たちまで合流する始末。出発の為の準備はまだ先になりそうだ。


 帝都の地下で鍛え上げられたヨルマの仲間たちが、ミヤマダンジョンに合流する。それは新たな躍進を約束する。しかし、それだけで済まないのもミヤマの悪運。今は何が起きるか、誰もわからない。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヨルマが本当の本当に嬉しそうでここのエピソードが大好き
[良い点] 【朗報】ヨルマ、決ダンの外伝主人公っぽい立ち位置だった しばらくネットから離れているうちに面白展開と良キャラが続々と……。やっと最新話まで読んだから、もっかい噛み締めつつ読み直します。面…
[一言] ミヤマダンジョンどんどん強くなる! 貧乳から巨乳からよりどりみどり! ・・・貧乳、一体何ノールさn(手記はここで途切れている)
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