異世界相撲古今物語
昔々。具体的には今から二百年ほど前の事。ソウマダンジョンの主、ソウマヤタロウは己のダンジョンのコアルームにいた。話す相手は同郷のダンジョンマスター。同じ日本から連れてこられた江戸の町人、口入屋のダイキチである。
この時点ですでにヤタロウは二百年の長きにわたってマスターを務めている。伝手も相応に持っており、新しく故郷より連れてこられた者がいたら知らせが来るように手配していた。
理由としてはいくつもある。後輩に己のような苦労をさせたくない。同郷であれば良い知己になれるかもしれない。故郷の話を聞きたい。成功もあれば失敗もある。始めた頃は反感を買ってしまった事もある。そういった経験を経て今がある。
このダイキチとも、幸いなことに良好な関係を築けている。今では逆に助けてもらう事すらある。そんな仲だ。
そんなダイキチが、ほとほとに困り果てたと力なく呻く。
「……という感じでして。どうしたもんかと」
「ふうむ。ドワーフが、相撲をなぁ」
ダイキチの悩み。それは自分の領地のドワーフについてだった。ダイキチの時代、相撲は娯楽として大衆に受け入れられていた。ダイキチ自身、よく観戦にいっては手に汗握っていた。
そしてこちらに連れてこられた後も、楽しみを求めて相撲を広めてみた。それ自体は上手くいった。特にドワーフの体形と性根は相撲ととてもよく合った。重心の低さ、筋力と脂肪の付きやすさ。戦場における心の強さも見事な物。ドワーフ相撲はダイキチとしても大成功だったと思っている。
だが、結果的に新たな問題が生まれてしまった。ドワーフが、喧嘩に相撲を使うのである。この時点では、相撲は競技であって神事ではない。喧嘩に使って悪いという法が何もないのである。
さらに言えば、ドワーフとの相性の良さが拍車をかけた。事、素手での喧嘩において相撲はすさまじく有効だったのである。
ドワーフ達は手足が人より短いためリーチが短い。しかしそれも低い位置からのぶちかましを仕掛ければ話が変わる。低い位置の相手は上手く殴れず、蹴ろうとすればぶちかましの勢いに負ける。全体重を勢いよくぶつけてくるのだ。蹴りだけでどうにかなるものではない。
そして組み付かれれば最後、即座にすっ転ばされる。後はもう、踏む、蹴る、殴る。好き放題だ。喧嘩だから禁じ手などない。素手、一対一の喧嘩において相撲を使うドワーフに勝てるものなし。ダイキチの領地では大問題となっていた。
「このままじゃ、相撲は喧嘩の手段を通り越して殺し合いの技になっちまう。神様仏様、八百万の神々に申し訳ねえ」
「……となればやはり、こちらでも相撲を神事にするしかあるまい」
そうすれば、相撲を喧嘩に用いることもなくなる。神に捧げる技を乱闘に使うほどドワーフ達は愚かではない。
方針が決まれは行動は早い。ダイキチは領地のガドゴルン神殿に協力を仰いだ。ダンジョンマスターの声がかかれば、動かぬはずもなし。領地の問題を解決し、新しい神事を執り行える。さらに、興行での稼ぎを神殿に入れてくれるとまでいうのだ。関係者は皆、精力的に協力した。
ドワーフ達も、相撲を神事とすることに喜んだ。彼らとて、好きで喧嘩をしてたわけでは無い。そういった者たちにはある共通点があった。彼らはドワーフ社会で、半端者という扱いを受けていた。
戦士として、神官として、職人として。ドワーフ社会で一人前と認められる水準の技を身に着けられなかった者達。しかし新しい競技である相撲であれば、彼らが先駆者。上手いも下手もどんぐりの背比べ。半端者扱いは受けないし、中には資質を開花させる者もいた。彼らは大いに発奮した。
半端者でない、純粋に相撲に打ち込んでいたドワーフ達ももちろん同じ。気勢を上げる半端者に負けるものかと盛り上がる。
しばしの準備期間の後、相撲は神事としての形が整いつつあった。が、何事も問題なく進むとはかぎらず。
「行司になってくれる者がいない?」
「へい。神官達が、揃って行司役は勘弁してくれと泣きを入れてくるんでさ。力士たちはともかく、その親族が怖いって」
「ああ……それがあったか」
ヤタロウは、深々とため息をついた。ドワーフは、家族のつながりが強い。情も厚い。ついでに、これは悪癖になるのだが……金にがめつい。
半端者だった一族の者が晴れ舞台に立つ。応援するのは当然。酒も入る。仲間内で賭けもする。熱気は最高潮。はっきりする勝ち負け。
判定する者の受けるプレッシャーは、凄まじい物がある。下手をすれば命に係わる。
「ガドゴルン神殿以外は、どうだ?」
「興奮したドワーフに攻め寄られたら、怪我では済まないと」
「うむむむ。ドワーフを恐れぬ、実力のある神殿……」
ヤタロウ、唸る。悩む。コアルームを歩き回る。喉の渇きを覚え、傍らにあったコップに手を伸ばす。そしてはたと気づく。木製のコップにされた見事な細工。樹の彫刻。
「……ならば、アラニオス神殿だ!」
「は!? エルフですかい? それこそ喧嘩になるじゃありませんか!」
「物は言いようだ、ダイキチよ!」
二百年も生きれば、朴訥な侍もそれなりの立ち回り方を覚える。水と油だが似た者同士であるエルフとドワーフを上手く協力させ合う方法も、心得ていた。
まず、アラニオス神殿のエルフをこのように説得する。
「行司として、エルフほどふさわしいものたちは居ない。いかにドワーフたちが情熱のままに押し寄せても、大樹の様にその判断は揺らぎはしないだろうから。その様を、アラニオス神もきっとご覧になるであろう」
ドワーフ達には、こう説得する。
「行司がエルフであることに、何の問題がある。技が鈍るのか? 神への信仰が曇るのか? そんなことはないだろう。お前たちは全身全霊をもって、ガドゴルン神と行司のエルフに持てる全てを見せればいいのだ」
互いの種族の、プライドと反発心。それを理解していれば、この凸凹した種族を協力させ合うことができる。ヤタロウとダイキチの弁は、上手い具合に両種族へと通った。
こうして、アラニオス神、ガドゴルン神の合祀祭儀となった相撲が執り行われる運びとなった。それ自体は、大変上手くいった。エルフは、どんなドワーフにも肩入れしない。どれほど大騒ぎされようと涼しい顔。興奮した親族が飛び込んでくれば、祭儀の邪魔をしたと大義名分を持って罰を与える。
観客たちの場外乱闘がなければ、相撲は力士たちの実力によってのみ執り行われる。八方丸く収まるのである。問題となった相撲を使った喧嘩もすっかり鳴りを潜めた。
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が。困惑する者もいる。ほかならぬ、二柱の神。ガドゴルンとアラニオスである。ガドゴルンはいい。アラニオスと一緒というのが腑に落ちないものの、ドワーフ達が鍛え上げた技を奉納するのだ。大いに好みである。
問題はアラニオス。何が悲しくてドワーフがほぼ裸の状態の競技を眺めねばならないのか。エルフが行司をやっているのはまあ良いのだが、それを置いても納得がいかない。
神域にて、アラニオスは溜息をつく。
「……まあ、本物の全裸競技を見せつけられるよりはましだが」
「ああ。ガーディアンの小娘が悲鳴を上げていたアレか」
アルクス帝国初期、ダンジョンマスターとなったギリシャ人が持ち込んだオリンピックである。古代のオリンピックは全裸で行われた。女性は観戦を許されぬ神事であるが、オリジンも神に等しき存在であるからと観覧することになった。
そして、ぶらんぶらんするものを見る羽目になったのである。うぎゃー、という乙女としてどうかという悲鳴が競技場に響き渡った。そんな伝説が残っている。
話を元に戻す。ともあれ、己の為に捧げられる祭儀である以上、無視するわけにもいかない。ドワーフの勝ち負けは心底どうでもよかったが、それを真剣に執り行う己の司祭は見守るに値する。
そんなふうに時折開かれるこの奇妙な祭祀に付き合う事、季節ひとめぐり。その日もアラニオス神は行司を見守る為だけに相撲の場にひっそりと現れた。もちろん、誰にもその姿は見ることはできない。司祭などの修業を行った者だけが気配を感じ取れる程度。
幾度かの取組が進んだ後、唐突に場の空気が乱れた。さしものアラニオス神もそれは気になり、何事かと視線を移す。そして、目を見張ることとなる。
「なん……だと。何故、そこに!」
そこに立っていたのは、一人のエルフ。その身に纏うのは、廻し一つ。まごうことなき、相撲取りの姿。作法に則り粛々と土俵に上がる姿を、アラニオス神はわなわなと震えながら見守る。
「何故だ……何故だ……そうではないだろう、若木よ。エルフの技はその場では苦しい。そこはドワーフの場であろうに」
アラニオス神は、大自然の厳しさを持つ。しかし、同時に春のような温かさも備えている。見よ。ドワーフ共の表情、声、仕草。どれも土俵に上がったエルフを嘲笑しているではないか! 場違いな者への嘲りが、会場を埋め尽くす。
それを自らの事の様に、アラニオス神は感じ取る。酸の鍋で煮られているかのような、耐えがたい屈辱。これが己の司祭の執り行う場でなかったら、ほかの神に何と言われようと天罰を叩き込んでいた。
それともう一つ、アラニオス神をその場に繋ぎとめる要因がある。ほかでもない、土俵に立つエルフの信仰だ。鍛えた技、この場で示す。我が神よご照覧あれ、と。
そんなことしなくていいのに! 叫び出したい衝動をぐっとこらえ、いよいよ待ったなしとなった土俵に視線を注ぐ。
「ほおう。流石に今日ばかりは真剣になるか」
揶揄してくるガドゴルンを、怒りを込めた眼で睨む。
「喧しい。この場のドワーフごと蹴散らすぞ」
「剣呑剣呑。とはいえ、気持ちは分かる。何とも、ドワーフ共の悪い所が出ておるわ」
筋肉と脂肪の塊。力士の理想のような肉体をもつ相手ドワーフ。対するエルフの身体の、なんと頼りない事か。鍛えてはいる。だがそれだけで、脂肪など全く見受けられない。エルフらしいほっそりとした姿。ぶつかり合えばどうなるか、火を見るよりも明らか。
「待ったなし! はっけよい!」
冬の空気よりも冷たく引き締まったエルフの顔。燃え盛る炎のようなドワーフの顔。見合った。
「のこったー!」
行司の軍配が上がった。互いが飛び出す。そして次の瞬間、当事者以外のすべてが目を疑う光景がそこにあった。
土俵に倒れ伏すドワーフと、悠然と立つエルフ。行司は軍配を掲げる。
「叩き込みー。叩き込みでマツノサトの勝ちー!」
茫然とそれを眺めるアラニオス神。なお、怒り狂って土俵に飛び込むドワーフ達に天罰を叩き込むのはその状態でも行っている。
「何が……起きたのだ?」
「うむ。相手側がなめてかかった結果だな。あそこまで分かりやすく動きが読めていれば、合わせるのはたやすい。叩き潰そうと飛び込んできたところを、上から叩いたのだ。バランスを崩されれば筋肉量など関係ないからな」
「なるほ、ど……相手の勢いを利用したか。卓越した技であるな」
「そして見事な精神よ。不利だとわかっている事に、あえて挑む。己の精進を貴様に捧げたのだ」
「言われずともわかっている。……うむ」
この後も、エルフの力士は少数ながら現れた。その勝率は決して良くなかったが、アラニオス神はそれでも良しとした。
この後、ほかの神殿からも力士が参加し競技人口は増加した。が、あくまで一地方のローカル祭儀。地元では愛されつつも、広まることなく今日まで異世界相撲は続いていった。
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時は移って現在。ソウマダンジョン、転送室前。そこに居るのは、ダンジョンマスター、ソウマヤタロウ。領主ハルヒコ。侍頭リンジロウ。アラニオス神殿の神殿長兼行司リンタロウ。フガク相撲部屋親方、ハガネヤマ。
ソウマ領の首脳部が一同そろって迎えたのは、多数のコボルト。挨拶の為に前に立つのは二匹だけで、残りは荷物を運び込んでいる。
その荷物とは何か。有り体に言えば、金銀財宝、宝の山である。ダンジョンコインがぎっしり詰まった一抱えもある宝箱。数々のマジックアイテムと巻物。そして金貨や白金貨、宝石がぎっしり詰まった袋がいくつも。それが人の背丈ほどに積み上げられていく。
ソウマ領は発展して伯爵の位をもっている。ソウマダンジョンも開いて長い。財産だって相応にある。だが、その彼らをもってしても愕然とする宝の山だった。
そんな彼らの前で頭を下げる二匹のコボルト。コボルト幸せ商会所属、トッポとペコである。
「……と、言うわけでございましてオリジン様は大変相撲をお気に入りになられました。つきましては次のオリジン祭におきましては、是非帝都にて相撲を披露していただけないかとお願いに上がった次第です。あ、こちらは先日ミヤマダンジョンで楽しませていただいたのでそのご祝儀ということで。どうぞお収めくださいまし」
「わん」
「…………ありがたく」
ダンジョンマスターを務めて四百年弱。さしものヤタロウもこれには言葉が出ない。が、あからさまに金で殴りにかかってきている。ここで蹴るという選択肢は無かった。何より相手はオリジンだ。逆らってどうにもならないという事は身に染みている。
「それで、相撲の方はいかがでしょうか?」
「……親方、予定の方は都合がつくか?」
「そりゃあ、何とでも致しますがね。……よろしいんで?」
「かまわん」
かつてであれば、オリジンに対する複雑な思いはあった。だが、今となってはしょうがない事であると己を納得させることができている。この宝の山は、その詫びも含まれているのではないか。ヤタロウはそう感じた。
「具体的な予定については、また後日という事でよろしいか?」
「はい! オリジン様もお喜びになります!」
「わん! わん!」
「そんな物騒な事言わない。確かにやらかしかねない……オホホ、なんでもございません!」
凸凹コボルトの不穏な会話はさておき。ヤタロウは思いを巡らす。若人への世話焼きがとんでもない話になった。こういった思いもよらぬ事に繋がるから、これをやっている面もある。
いつか恩を返す、と言っていたミヤマの顔を思い出す。倍どころではない勢いで帰って来たなと笑みがこぼれる。
ダンジョンマスターは、良い事ばかりではない。苦労が多々ある。だが、愉快な事もこの通りあるのだ。この世を去った、友人を思い返す。
わしはまだ、これを続けるよ。そっちに行くのはまだ当分先になるぞ。なあ、ダイキチよ。
年寄の冷や水にならん程度にしときなさいよお侍様。そんな言葉が聞こえた気がする、ヤタロウだった。




