そして新しい日常を
三章最終回二回目です。一回目がまだの方はお戻りください。
皆が帰って数日。我がダンジョンは後片付けに奔走させられていた。移動させたダンジョン設備の再設置は簡単だった。コインを払えばいいだけだから。だが、それだけで済むはずがない。ゴミはある。破損部位もある。減った消耗品を補充しなければならない。
さらに、今回の騒動の原因。地下の崩落部分の対処もしなければならない。ダンジョンの力で簡単に崩れないとはいえ、補強は必要だ。崩落によって生まれた岩も片付けなくてはいけない。
それらの対応に加え、遺骨の回収もある。慰霊碑の発注は済んでいるので、目立つものだけでも拾い終えねばならない。骨壺が次々と埋まっていく。厳かな気分でやれたのは最初だけ。死者への敬意を忘れてはいけないのだが、作業の多さは精神を単調にさせる。もっと言えば腰に負担がかかる。落ちている物を拾う。ただそれだけの作業も、長くやれば辛くなるもの。
幸いなことに、コボルトとスライムたちは俺以上によく働いてくれた。意外なところでミーティアも。地を這う、というスタイルはこんな所でも生かされた。
そんなこんなの苦労があり、何とか一通り片付いて。お墓と慰霊碑の式を執り行うのを翌日に備えたその夜。
俺は、夢を見た。ただの夢ではない。過去二回、グランドコアの接触と類似するもの。大いなる存在との精神的コンタクト。あやふやな意識が眠りながら覚醒する。
見えた。それは輝く大樹だった。あの時、地下で見たものと同じもの。その巨樹の前に、白い衣を身に纏った一人のエルフがいた。それを認識した俺の行動は、夢の中にあって自分ながら驚くほど速かった。
土下座である。
「……」
「……」
神は。エルフの始祖神アラニオスは、ただ沈黙している。対する俺は、声が出ない。その存在の巨大さに圧倒されている。かつて認識した機械化惑星ほどではもちろんない。だが相手は大樹であり、広大な森のようでもある。相対的に俺がちっぽけであることに変わりはない。
「……世界から世界へ旅した箱舟、飛星之大君、ジャガル・フォルト。そのガーディアン、今はオリジンと名乗る人の娘。その眷属よ。我、アラニオスは貴様を呼び出した」
大自然の厳しさをそのまま宿したかのような厳しい声だった。さながら氷雨のよう。甘さも優しさもありはしない。
「はい」
その声に打ちのめされるように、身を固くする。できる事はかろうじて返事をする事だけ。
「千年にわたる我が眷属の苦しみ。我の加護を受けし精霊を囚われた屈辱。そして、亡骸を長くもてあそばれた憤怒。これらを、お前は晴らした。それを我は評価する」
「微力を尽くさせていただきました」
ねぎらいの言葉だというのに、吹き付ける凩のよう。耐えるしかない。
「さらには、亡骸を集め弔うという。我が社も立てるという。事ここまで成したならば、我も言葉をかけざるを得ない。故にこうして現れた」
「ありがたき幸せ」
沈黙が訪れる。……正直、助かった。今の俺は、コアの力などない。ただの深山夏雄、一つの魂にすぎない。相手が加減しているからこそ、存在を保っていられる。本気ならとっくに精神を消し飛ばされている事だろう。神の御言葉とはそういうものだ。
「……面を上げよ」
「はい」
はっきりと、神を目視する……だが、だめだ。俺ごときにはその姿をとらえきれない。エルフだ。それしかわからない。細部が分からない。エルフの原型をかろうじて認識することしかできない。これが、神か。どこかの飲兵衛戦女神は見習ってほしいものだ。
「褒美を取らす。望みを言うがいい」
無茶ぶりにもほどがある。さっさと返してほしいという本音を言ったが最後、即座に消し飛ばされそうである。さりとて、何もありませんといっても許されるかどうか……。
そんな俺に、天啓が舞い降りたかのようなひらめきを得た。やはり魂だけになっているおかげか。今なら刻が見えるんだろうか。そんな暇はないが。
「恐れながら、アラニオス神にお伺いしたいことがございます」
「申せ」
「我がダンジョンの下に広がる都。プルクラ・リムネーの住人、その子孫は今もご存命なのでしょうか」
「……知って、何とする」
「ご先祖の遺品を返還したく思います」
アラニオス神の、片眉がわずかに上がった。……圧は、上がらなかった。助かる。
「何故、そうしようと思った」
「千年戦い続けた死者たちに敬意を払うため。その武勇を称えるため。そして……恥さらしにならぬために」
……いつもの格好つけ、みたいな面もある。だけど、ともかく気が引けるのだ。かといって放置もできない。ならば、正当な権利を持つ人に返す方がいい。
「武具のいくつかは、使用する方が弔いであるという風習があると聞き及びました為我が方にあります。お望みならば、そちらも返還いたします」
「……」
強いまなざしが、俺を射抜く。ものすごく、目をそらしたい。だけどそれはいけない。見つめ返す。
「強欲な人らしくない物言いだ。何が望みだ」
「欲は私もあります。際限ないほど。しかし、私はすでにこの身に余るものをたくさん受け取っています。これ以上は、恐ろしいのです」
「己が小心者であるというか」
「お笑いください」
「笑わぬ。身の程を理解する知恵を見せたのだから」
神が、わずかに息を吐いた。それは、ただのため息。いかなる圧もなかった。
「……よかろう。子孫に神託を下す。遠くない未来、お前の元に現れるだろう。望むものを与えよ」
「ありがたき幸せ」
「しかし、それでは足りぬ」
「はい?」
不遜にも聞き返してしまった。幸いにも咎められることはなかったが。
「我が眷属を遣わす。地脈の力を使って契約せよ。己の力となるだろう。それから、レケンスにも言い含めておく。その力を借りて、これからもこの地を守護するがいい」
「……マジ、いえその、よろしいのですか?」
「二度とは言わぬ。受けよ、褒美である」
「ありがたき幸せ!」
なんだかすごいことになってしまった気がする。目が覚めるのが恐ろしい。
「よくよく励め。常に己を戒めよ。自らを愚者と認める者にこそ先がある」
「はい!」
はっきりしていた意識が、揺らめいてく。眠りに戻る。ああ、これで安心して眠れる……。と思ったのだが、なにやら鉄と火の香りが漂ってくるじゃないか。なにこれ。
「ふんはっは! 相変わらずの不愛想! それの何処が労いだ、神罰でも与えているようではなかったか。貴様の人嫌いも筋金入りよな。我が鍛えた鉄のようだ!」
「来るな。仮にも我が開いた場に、貴様の鉄と火を持ち込むな。鍛冶場をカビだらけにしてやろうか。錆落ちろ」
「ああん? いったなこのひょうろく玉! いいだろう、ワシのてっぽうの威力をその身で味わうか!」
「何がてっぽうか。力士たちに詫びるがいい。土俵もなしに相撲の技を使おうとするなど恥を知れ」
「はーん? じゃあ土俵があればいいんじゃな? おう、やろうではないか!」
「面白い。貴様に土を付けてくれる」
すんません神々? ガドゴルン神? アラニオス神? 相撲は俺が目覚めた後にやってくれませんかねぇ?
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そんな夢を見た翌朝。リンタロウ行司……今日は相撲目的じゃないから、司祭と呼ぶべきか。彼が、設置されたばかりの慰霊碑の前に立つ。ご遺骨はすでに埋葬済み。厳かに鎮魂の儀式が進む。
参列しているのはうちのダンジョンメンバー。工務店からヨルマ、配送センターからイルマさん。ソウマ領からエルダンさんと、ハガネヤマ親方が代表として出席してくれている。
朝の爽やかな風と、暖かな光。ずっと冷たく日の光の届かぬ場所で戦い続けた彼らが眠るなら、やはりここだろう。確信をもってそう思うのだ。
特に何事もなく、式典は終了した。最後に、俺が簡単な挨拶を終えれば終了である。
「えー、本日はお忙しい所をご出席いただき誠に……」
と話し始めた所に、エアルが大慌てで目の前に飛び込んできた。手足をばたつかせて注意を引こうとこれでもかとアピールしている。
「どうした! モンスターか!?」
「主様、お客様だそうです!」
トラヴァーの言葉に訝しむ。来客予定なんて……いや待てまさか。早すぎませんかアラニオス神。そんな俺の内心を無視して、森からソレが現れた。
樹である。高さは五メートルほど。ほのかに輝いている。そして、根っこで歩いている。いわゆる、トレントと呼ばれるモンスターだ。
「なんと……!? まさか、よもや!?」
「お分かりですか司祭」
「ホーリー・トレント! アラニオス神の眷属と呼ばれる、大変珍しく霊験あらたかな存在。私も、この目にするのは初めてだ」
やっぱりか。じゃあ、俺が迎えるのが筋だよな。俺は、森からのっしのっしと歩いてくるホーリー・トレントの前に立つ。
「お初にお目にかかります。ダンジョンマスターのナツオ・ミヤマと申します。アラニオス神の眷属の方でよろしいでしょうか」
わっさわっさっと、枝を上下に揺らすトレント。……頷いたってことでいいよな? 後ろを振り返る。トラヴァーと司祭がそろって頷いた。よし。
「我がダンジョンに助力いただけると伺っておりますが、それで間違いないでしょうか」
またも、トレントはわっさわっさと頷く。……すごいのが来たなぁ。しかし、神様のお墨付き戦力だ。ありがたく契約させていただこう。
「それでは、これからダンジョンで契約をさせていただきたいのですが……」
「ならば、私もそれに加えていただきましょうか」
突如、地面から清らかな水があふれだした。それは瞬く間にローブを纏った女性の姿を取る。姿を取っているだけで、水であることに変わりはない。彼女が何者か、考えるまでもない。
「レケンス様」
「いかにも、地脈の支配者殿。アラニオス神より詳細は伺っております。よくぞ、あの悪鬼を打ち倒し皆の無念を晴らしてくれました。私からも改めてお礼申し上げます」
水の大精霊は、優雅な一礼を見せた。俺もまた頭を下げる。
「もったいないお言葉。成すべきことを成したまでです」
「神より、この地の守護をする貴方を助力せよと申し付かっております。私とも契約を。さすればこの地の水は貴方に従うでしょう」
「ありがとうございます。であれば、私は改めてこの地の守護を約束します」
ではさっそく、とダンジョンへ向かおうとすると皆が俺を思いっきり見てくる。目を皿のように見開いて。
「あ、主様……これは、どういうことなのでしょうか?」
代表してトラヴァーが聞いてくる。どうもこうも……ああ、そういえば言ってなかったわ。
「いやな? 実は昨日の夜、アラニオス神が夢枕に立たれてなぁ」
「「「は!?」」」
「今回の褒美にこちらの方々の助力を取り付けてくださったのよ。なので、今から契約をな?」
「あ、アラニオス神から神託を受けたと!? 人である貴方が!?」
司祭がとても驚いておられる。そんなに有名なのか、アラニオス神の人間嫌い。
「まあ、先日のペインズは怨敵扱いだったみたいなので」
「正しく。皆さまは神も認める偉業を成したのです。誇りに思うがよろしい」
ホーリー・トレントもわっさわっさと頷いています。
「なんでそんな大事なことを黙っていたのですか主様ーーー!」
「いやあ、あまりにすごすぎて逆に言い出せなかったというか。実はガチの夢だったんじゃないかと疑いをな?」
「主様ーーー!」
トラヴァー、感情ごちゃまぜの絶叫をする。そう吠えられてもなぁ。だって、夢見すぎだよって言われそうだって思ったんだよ。俺が他人から聞いたらそう答える……のは、異世界人だからだろうか。
まあ、いつまでもこうしていてもしょうがない。まとめよう。
「はい、それでは慰霊祭にご出席ありがとうございました。続きまして大精霊レケンス様およびホーリー・トレント様との契約式を執り行います。皆さまダンジョンコアの間まで移動をお願いしますー。はい、移動!」
どやどや、ざわざわと騒ぎながら皆が移動を開始する。いやあ、ダンジョンに近しい人々だけでよかった。領主さんたちがいたらこんなもんじゃすまなかっただろうな、騒ぎ。
ダニエル、セヴェリ君を先頭に一同が動いていく。俺は身振りで皆を促す。集団行動は大変だ。ほっておくと動かないやつが出てくる。ほーら、リンタロウ司祭がホーリー・トレントにめっちゃ話しかけてる。はーい、後でお願いしますねー先に進んでねー。
そうやって交通整理することしばし。やっと皆がダンジョンに入ってくれた。一人を除いて。
「お疲れ様でした、それじゃあ参りましょうか。皆、ナツオ様を待ってますよ?」
「……そうですね」
イルマさんである。……二人きりになると、やはりどうしても意識してしまうな。この間の事を。それをダリオ達にも指摘されたんだ。
先日の打ち上げ会の時。イルマさんからそれとなく距離を置いていたら、がっつりと指摘されたのだ。ダリオと、トラヴァーに。
『おいおい、くっそ怪しい動きしてるけど何があったよ大将』
『ほっといてくれ』
『主様、そうは申されますがイルマ様は大事なお客様。失礼があっては事ですぞ』
という感じにしつこく聞いてきたので、観念して事の次第を説明したのだ。そうしたら。
『おいおいおい、ガキじゃあるまいし何だよその反応』
『なんと情けない事ですか主様! あちらが濡れた鼻を押し付けてきたのですぞ? 答えぬ雄がありますか!』
このやろうトラヴァー! お前、ちょっとアミエーラと仲良くなったからってずいぶんマウント取ってくるじゃねぇか。顔をわしゃわしゃする刑に処した。
『アヴァヴァヴァヴァ』
『やれやれ、だ。大将、女と付き合った経験は?』
『覚えている限り、ゼロ』
この時は記憶が戻ってなかったからな。……まあ、戻ってもそんな覚えはなかったが。
『あー……いいか? ここでケツが座ってねぇ所を見せるのはダセェこった。にっこり笑って、落ち着いて見せるのが男ってもんだ』
『ほ、ほほう? それで?』
『それでも何もねぇよ。お高い人との付き合いってのはな、一歩一歩やっていくのが作法ってもんなんだよ……たぶん』
『なんでそこでたぶんっていうの』
『うるせえよ。俺だってそういうお付き合いはしたことねえよ。貧乏男爵家なめんな』
……とまあ、そんな感じで。つまりは、変にオタつくんじゃねぇよと。なのでまあ、自制心を総動員して普通の振りをするわけである。
でもなあ……意識せざるを得ない! 無理だ! こんな美人にほっぺにチューもらってドキドキしないのは男じゃない! 二五だからって恋にドキドキしてはいけないなどという法はないはずだ!
でも、カッコ悪いのは嫌だ! 嫌われるのはもっと嫌だ! ああ、とてもお辛い!
「今回も、最後まで大変ですね」
「まあ、いつもの事です」
乱れまくる心の内を見透かされないよう、努めて平然としながら受け答える。ダンジョンへと歩みを進める。
「そういえば、ナツオ様はあの都を詳しく見られたのですか?」
「いえ、まだです。何かと忙しくて。城とか、色々気になる場所があるんですけどね」
「お城。それは私も見てみたいですね」
……。これは、そういう事なんだろうか。意識しすぎで変に勘ぐっていないだろうか。しかしでも、ここでスルーも……ええい、ままよ!
「じゃあ、一緒に、見に行ってみますか?」
リアクションが返ってくる、ほんのわずかな間。一瞬なのに永遠に感じる緊張の時。はたして。
「はい! エスコートよろしくおねがいしますね!」
「よ、よろこんで」
彼女は、笑顔でそう答えてくれた。……やった。うわーい! うわぁぁぁぁいい!
「主様ーーー! お早くーーー! 皆待っておりますぞーーー!」
「わっ! ……わかったよ! 急かすな!」
トラヴァーの声に、浮かれた心が引き戻される。ああ、そうだった。大仕事が残っていた。まずはそれから片付けねば。
「急ぎましょうか、ナツオ様」
「はい!」
急ぎ足で、ダンジョンを歩く。終わったら、デートだ!
お付き合いいただきありがとうございました。三章終了となります。
前回と同じく、書ききれないエピソードがこぼれておりますので
幕間にて語らせていただこうかと考えております。
そして、改めて皆様に感謝を。おかげさまで、ブックマーク登録が2500人に
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総合評価ポイントも、あともう少しで11000を達成しそうです。
これもすべて皆さまのおかげ。今後ともよろしくお願いいたします。
それでは、また次回。