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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
三章 れっつごー! 強襲迷宮(アサルトダンジョン)!
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決戦世界のダンジョンマスター・オリジン

三章最終回一回目

 勝った。排水路も閉じた。となれば、戦後処理である。まずは、排水路組の安否確認から。けが人は多数いたようだが、今回は神官がたくさんいる。治療は問題なく完了。休んで体力を回復すれば、問題はないとの事。


 次に、遺体への対処である。ペインズの巨体を構成していた遺体は、塵となってしまった。千年も前からヤツに囚われていたのだから、当然なのかもしれない。


 しかし、スケルトンの骨は大量に残っていた。これをそのまま放置したり、スライムの餌にするのはあまりにも忍びない。ペインズと戦って命を落とした者たちの亡骸だ。集めて、弔ってやらなくてはならない。時間ができたらコボルト達と一緒に集めるつもりだ。


 それに一区切りがついたのなら、打ち上げだ。今回もみな本当に頑張ってくれた。まずはフガク相撲部屋の皆様。お礼を言うのもたっぷり飲み食いしてもらうのも当然として。それ以外のお礼はどうしたらいいか。いろいろそれとなく聞いて回った。ソウマ様に返してくれとかも言われたが、それもまた当然の事なのでそれとは別に。


 で。うちのダンジョンが大きくなって人がたくさん住むようになったら、神殿を立ててくれという希望をいただいた。もちろん、了承である。


 うちのダンジョンは森の中にある。アラニオス神を祭るのは位置的に当然の事だろう。エルフの都もあることだし。そして、人が増えたら鉄が必要になる。鍛冶の神様を祭ってさらに鍛冶屋も誘致できればいうことなしなのだ。


 先行して、アラニオス神の様式に則った慰霊碑を作ってもらう事になった。もちろん、地下の亡骸を埋葬する為である。設置位置はダンジョンの入り口からやや離れた所。ダンジョンを構成する大岩の際、日当たりのいい所にする予定だ。


 理由としては、襲撃に巻き込まれない位置である事。それから、長く地下にいたのだから眠る場所は明るい場所であるべきだと思ったから。


 二番目。地下のお隣さんであるダークエルフ部族、燻る熾火の皆様。とりあえず、まだうちのダンジョンに避難である。いまだ、地下は混乱の最中という事でモンスターの縄張りバトルがあっちこっちで起きているとか。


 とてもじゃないが居住地の安全が保障できないとなれば、それの引き金を引いたうちは保護する義務がある。とはいえただ飯はなあ、と思っていたらあちら側から労働の申し入れ。曰く『我々は保護される弱者ではない!』との事。プライドで飯は食えないがプライドが無ければ家畜に落ちる、と。


 とりあえず、地下五階に仮設置した防衛設備に交代で詰めてもらっている。そう、あそこだってダンジョンの進入路なのだ。閉じてしまえば安全なのだが、そうすると地下の状態が確認できない。それに、地下からのモンスターもコイン的においしいのだ。


 戦えるダークエルフは少数だが、地下のエキスパート。貴重な資源も取引してくれるとの事なので、今後の事も踏まえて仲良くやっていきたい。同族のナイヴァラさん曰く、見栄張っているだけだからちょっと強く押せば折れるぞとの事だったが……まあ、そこは状況に応じて。


 次は、ロザリー殿率いるブラントーム家の皆様。追加戦力まで送っていただき頭が上がらない。で、お礼なのだが話し合ってある計画がまとまった。


 廃都の探索調査団の派遣である。なんせ都である。広い! 俺たちが入ったのは氷山の一角。一般の家だけでも百を楽に超える。各種施設、商店、倉庫、そして高級住宅と王宮らしき場所。お手上げである。俺にはどうやっても無理。時間も手も足りない。


 そんなわけで、『長期滞在』してもらって調査する『一団』を派遣していただくことになった。……お分かりいただけるだろうか? ハイロウがダンジョンに長期滞在できる名目。これが今回のお礼となるわけである。


 手が空いていて、ダンジョンにモンスターが襲撃してきたら迎撃レクリエーションも可能。この提案に、ブラントーム家の皆様はニッコニコである。


 そうそう。遺跡探索させてくれと言っていたヘルム君たち冒険者チーム。上記の事もありご遠慮いただくことにした。彼らだけでは時間がかかるというのもある。それに、俺は廃都の遺物を接収する事にはあまり乗り気じゃないのだ。死者を悼む時間が欲しい。


 代わりと言っては何だが、今回の報酬は豪華となった。ペインズの身体となっていた大量の遺体。それは塵となったが、残った物があった。魔法の武具である。その数、二十を超える。で、その中で彼らにぴったりなものを譲り渡すという事になった。


 正直言えばこれもどうかと思ったのだ。お墓にまとめて入れるべきではないかと。ゲームでは何の気もなくやったぜ! と拾って使用していたが、現実は別。いくら便利な物であっても故人から捕るのは気が引けた。


 だが、ダンジョンに来ていた多くの戦士たちが、こういうものは受け継ぐのが礼儀という話をしてきたので今回はそれに従う事にしたのだ。


 で。武具の詳細だが。まず、戦士のヘルム君には魔法の盾を進呈した。彼の武器はバスタードソード。片手半剣とも訳される剣。つまり片手でも両手でも運用できる装備だ。この盾、防具としても優秀だがなんと魔法抵抗力があるらしい。戦士としてはいぶし銀に嬉しい装備だろう。


 斥候のネピスさん、ドルイドのカーラさん、ダークエルフのナイヴァラさん。彼女ら三人にはミスリル銀のチェインメイルを渡した。そう、あの指輪を捨てに行く物語にも出てきたやつである。映画に出てきた時は物凄く綺麗だったが、実物はそれ以上。きめ細かい小さなリングでできていて、軽くて全く音を立てず丈夫である。実は俺とエラノールもこれからはこれを装備する事になった。


 最後に、ドワーフ僧侶のデルクさん。残念なことにどうにもピッタリな武具が見当たらなかった。エルフの装備のおさがりだからしょうがないともいう。何かいい物はないかと調べてもらった所、ドンピシャリな一品が発見された。魔法の指輪なのだが、何とこれ任意の呪文を一回分封じておけるのだとか。使いようによってはかなり強力だと思う。


 試しに、何人かの有識人にアンケートを取ってみた。トップバッター、帝都魔法大学卒業のイルマタル・ヤルヴェンパーさん。


「解毒や麻痺消しとかいかがでしょうか。致命的な所を回復できるのは強いかと」


 堅実な回答である。続いては、元冒険者。竜殺しのエルダン氏。


「私は呪文を使えないのですが。ですがまあ、かつての旅の友なら……短距離転移の呪文ですかね? 戦士一人を伴って相手の後方に突っ込むのです。呪文使いを即座に無力化とかやってましたね」


 えっぐい回答ありがとうございます。というか、それってかなり上位の魔法なのでは? ヘルム君たちにはまだ遠いかと。最後に、同じく元冒険者のダリオ・アロンソ男爵。


「沈黙の呪文一択。敵に使って呪文封じ。場所に使って隠密奇襲。どちらでも戦闘の流れを取れる。そして、大概においてそれが勝負の分かれ目になるんだなあこれが」


 流石の回答である。デルクさんもこれらの回答を参考にするといっていた。俺も勉強になった。


 ほかにもお金をそれなりに(相場をダリオから聞いて)渡した。なんだかんだと便利なのでこれからもよい付き合いをしていきたい。……異世界に来て、冒険者になる話は山ほど読んだが。よもや雇う側になるとはなぁ。


 次。イルマさんの上司、ご先祖ローマ人のマニウス・ポンペイウス・ルフス氏。予定通り、キャンプの予約を入れてもらった。正直、これだけじゃあかんだろうと思うのだが本人および周囲はこれでいいというのだからしょうがない。というか今回の元も大変楽しんだと紳士的に大興奮であった。ワインがばがば飲んでご機嫌である。ご同僚といらっしゃった際にはしっかり接待する予定である。


 ヨルマについては消耗品の補填。さらに別に渡すものがあるのでまた後日時間を作ってもらう事にした。まじめに話さなきゃいかんと思っている。


 そして最後。ダリオが連れてきた周辺領主のみなさん。こちらについても、後日改めて時間を取って話し合いをするという事になった。ブラントーム家も同席して、である。周辺地域の今後についてという、かなりハードで重要な事が議題となる。我がダンジョンも、この短期間で大きくなった。地下については予想外過ぎるほどに。ならばまあ、こういう場に立つのも当然の流れというわけで。


 何をどうすればいいのか、事前準備も含めてロザリー殿と話をする事になっている。……予定が! 多い! 整備と拡張と防衛だけやってたあの頃が懐かしい。実際にはそんなに経ってないんだけど。


 とまあ、これらを一日で大体まとめたわけである。前日の決戦の疲労もあったので、朝からガリガリできたわけもなく。それぞれの体調を見ながらやったため、終わったのは夕方。現在は打ち上げ宴会中である。


 もうね、みんなはちゃけて飲むわ食うわ。しかもペースが速い。食い物も酒も凄まじい勢いで減っていく。前日の宴会でペースを掴んでなかったらとっくに食糧が空になっていた。


 特にペースが速いのが領主の皆さんである。よっぽど戦闘と環境が堪えたのか、ドワーフと一緒にしたのが不味かったのかあっという間にベロンベロンになってしまった。まあ、馬鹿笑いしてるからヨシ!


 そんな彼らをエラノールやコボルト達に任せ。途中、ダリオとトラヴァーに絡まれたりしながらも抜け出して。俺は特別な接待を担当することになった。ダンジョンの外。月見酒を楽しんでいるコボルト仮面の女性。オーナー殿。その後ろには凸凹コボルト、トッポとペコ。


「おや、下の面倒はもうよいので?」


 オーナー殿がグラスを掲げてくる。テーブルの上のボトルを見れば、白ワインのようだ。うちのダンジョンにあるやつで一番いいやつを用意したわけだが、不興を買わなくてよかった。

 会釈をしてから対面に座る。


「みんな、飲めや歌えやの大騒ぎで。俺が抜けても問題ない状態に出来上がってます」

「あっはっは。まあ、この規模のダンジョンでは身の丈を越えた決戦でしたからね。大騒ぎしてうさを晴らすのも必要でしょう。しかし、貴方もなかなかすごいですね」

「すごい、とは?」


 彼女は指を一本、立てて見せる。


「この世界でダンジョンによる防衛が始まって三千年。多数の者が望むと望まざるとに関わらず戦い続けています。当然、相応にいろんなことが起きているわけです。なので、ダンジョン開始早々にはぐれペインズの襲撃を受けるなんてものも稀には居ます」


 二本目の指が立つ。


「で。ダンジョンに相応以上の戦力が集まった結果、『彼』から殺戮機械バーサーカーの処理を命令されるものも、そこそこいます」


 三本目の指が立つ。


「そして。レイライン上に遺跡があり、そこにペインズが眠っていて。掘り当てた結果大決戦、なんてのも……まー、ほんの数件ですが無くはない」


 ですが、と立った指が揶揄するように曲げ伸ばしされる。


「これ全部コンプリートしたのは、貴方が初です。いやー、歴史に名を刻みましたね。ダンジョン限定ですが」

「全く嬉しくありませんね」


 彼女はあっはっは、と愉快そうに笑う。そして笑みを消して、真っすぐ俺を見る。


「これらの事。さらにこちらの世界に連れてこられてのすべての苦労。これは本来、貴方には縁のなかったもの。それを強要したのは他でもない、私のパートナーであるダンジョン・グランドコア」


 接続を感じる。ダンジョンコアから、より上位の存在が俺を見ている。俺たちを見ている。グランドコアの意思を。


 それを感じ取っていないはずがない。だけど特に何のリアクションもなく、彼女は仮面をゆっくりと外した。ファンシーな仮面の下にあったのは、絶世の美貌。こちらの世界に来て、色んな美人を見た。しかし、間違いなく彼女が一番であろう。自然体であってなお放たれる、その存在感がすべてを圧倒する。


「この私。はじまりのダンジョンマスター、オリジンがその元凶。……気づいたか、誰かに教えてもらったか。まあそこの所は気にしませんが。ともあれ、知った以上は名乗る必要があると考えてこうしました。さて、何か言葉はありますか? あるいは行動でも構いませんが」


 名乗られてしまった。そうであるならば俺の行動は一つである。椅子から立ち上がり、地面に正座して土下座……。


「待ちなさい待ちなさい。そういう行動は結構です。ハイロウたちが敬っているからってダンジョンマスターである貴方が倣う必要はありません。話しづらいので椅子に座ってください」

「……では、お言葉に甘えまして」


 土を払って、改めて対面に座る。正直、圧倒される。帝国で、神同然に崇められる存在だ。さらに言えば、ダンジョン防衛経験三千年の大ベテラン。なるべくそういうのを考えない様にしていたわけだが、こうもカリスマを放たれてしまってはどうしようもなくなる。こちとら元、量販店店員で現新米ダンジョンマスターだぞ。どうしろっていうのだ。


「で。言葉、ですか」

「ええ。あるでしょう。言いたい事。今回は色々愉快でした。千年物のペインズ撃破という手柄もあります。珍しいんですよ? 私がオリジンとして一対一で誰かと話すのって」


 愉快そうに笑っている。でも、それが本心からのものか俺には判断がつかない。女性の心というだけでお手上げなのに、三千年である。どうやっても知ることはできないだろう。ならば、思うが儘に話すだけだ。


 俺は、頭を下げた。


「三千年、地球を守っていただきましてありがとうございます。救われた者の一人としてお礼申し上げます」


 柔らかな風が吹いた。虫の声が聞こえる。それだけ。目の前の女性は何も言わない。なので俺も頭を下げたまま。時間がゆっくり過ぎていく。


 どれくらいしただろうか。案外、一分も立っていないかもしれない。オリジン様がため息を一つついた。


「……そこは、恨み言ではないのですか? 何とも思っていないとでもいうのですか?」

「いいえまさか。腹はもちろん立ってます。こっちに連れてこられて、命のやり取り。家には戻れない。自由に外にも出られない。人生設計は破綻。年金その他の支払いが全部おじゃん。会社も無断欠勤で解雇でしょう。そして何より、家族の記憶を返せって思っています」

「それを、感情に任せてぶつけるのが普通でしょうに」

「そうですね。ですが、これまで貴女がなさってきたことを考えればできません。それは恥知らずというもの」


 俺は顔を上げて彼女を見る。苦味と困惑を浮かべた、何とも人間らしい表情の彼女を。


「貴女が、そしてグランドコアがいなければ。地球はとっくに侵略存在の餌場になっていたでしょう。当時の地球文明で連中にあらがえるはずもない。今だって、抗う事は出来てもそこまで。あの物量には絶対に勝てない」


 グランドコアの異世界観測を、今なら再び感じ取ることができる。いまだ、星の数ほどある侵略存在の支配世界。こうやっている間も、少しづつ数が減っているようだが、分母が膨大過ぎる。勝利の日は来る。しかし決してそれは近くない。今、地球が襲われたら連中の全滅前に負ける。素人だってわかってしまえるほどに、圧倒的なのだ。


「地球は貴女に返しきれない恩義がある。確かに、俺を含め少なくない数の人間が不幸になっています。ですがそれ以上に、俺を含め数えきれない人間が守られています。それを忘れて非難するなんて恥知らずな事はしたくない」


 オリジン様を見る。正直にいう。ひどい顔だ。美貌が台無しだ。苦笑いと、怒りと、悲哀を混ぜ込んだ表情だ。ぐにゃぐにゃと、表情が変わる。胸の内をそのまま表に出している。しばらく、無言。


 そして、深々とため息をつくとワインを一気にあおった。


「ぷはぁ……あー……おかわり。ほら、注ぎなさい後輩」

「押忍」


 ワインを注ぐ。またも一気飲み。さらに注ぐ。容赦なく一気飲み。さらに注ぐ。


「そんなに飛ばして飲むと体に悪いかと」

「煩いですよ。うちのコボルトみたいなこと言わないでください」

「ミヤマ様の言う通りかと」

「ワンワンワン!」

「あーーーうるさいうるさいうるさい!」


 もう一度一気飲みを敢行。すっかり酒臭い息を吐き出す美女。台無しである。


「あーもう。せっかく罵ってきたところをぶっ飛ばして、ふはは私が悪の支配者だ悔しかったらのし上がってこい! をやろうとしたのに台無しですよどうしてくれるんですか」

「すみません、台本貰ってないもので」

「この大根役者! この業界何年やってるんだ!」

「二か月ちょっとですかねぇ、ダンジョンマスターはじめて」


 ついに手酌で酒を注ぎ始める。俺も適当な蒸留酒の封を開けた。香りがいい。贈呈されたとっておきの一つだけはある。


「いろんな世界から引っ張ってきてますが、時折貴方みたいな変わり種が現れますねぇ。運の悪さは過去最高レベルですが」

「ほっておいてくださいよ。というか、俺ぐらいのは何処にでもいるのでは?」

「普通は! 自分への悪意はなかなか飲めないんですよ! だって自分を守るのは本能ですから! なのに過酷な環境に突き落とした元凶を目の前にして平然とできるのは早々できる事じゃないんですよ! 稀にいますけど」

「社会で仕事してればそんなの普通の事では?」


 出会いがしらにいきなりの罵声。自分が悪くないのに一方的になじられる。反論は許されない。我慢できずにしようものなら罵声が余計にひどくなる。おまけに後で上司からも叱られる。なんならもっと上からも叱られる。反省文提出。減給。ああ、ああ!


「人間扱いされるだけ、ここは十分ましですよ」

「いつから地球はそんな地獄になり果てたんですか。詳しいわけではありませんけど」

「物心ついたころからこうでしたけどね」


 異世界人に心配される故郷の労働環境よ。まあ、この話を深堀しても楽しい事はない。せっかく元凶が目の前にいるのだし、一つ聞いてみよう。


「所で。なんで異世界人をダンジョンマスターにするんですか。ダンマスやりたいってハイロウ山ほどいるのでは?」

「正にそれが、異世界人を用いる理由ですよ。そりゃあ、金と労働力もってるハイロウ貴族に渡せばそれなりに働きますよ? でも、みんなダンジョンの中で安全に暮らしたいんですよ。ですが、皆が入れるほどダンジョンは広くできない。住居環境を充実させれば、その分防衛力が弱くなる。貴族はしがらみが多い。私も私もと争いだす。そのせいでせっかくのダンジョンが台無しになることも多々あります。現在進行形。なので、代替わりしたダンジョンって長持ちしないんですよね」

「そういう事でしたか。……では、記憶を封じるのは?」

「そりゃもちろん、故郷恋しさで自棄やけ起こされて、自殺でもされたら意味ありませんからね。その人物が大事に思っている物を封じれば、とりあえず戻りたいという気持ちは抑えられる。あとは配送センターや工務店の働きである程度コントロールできます」

「いやあ、効率的だなぁ。腹立って来たなぁ」

「ふはははは! 私が悪の親玉です!」

「知ってます」


 酒が進む。運ばれてきたつまみを食べる。月がきれいだ。空ビンが並ぶ。


「そうだ。貴方の記憶戻しましょうか。もういいでしょう」


 酒を吹く。とっさに横を向くことはできた。


「ゲッホゴホ!? 気管に、鼻に……じゃない! いいんですか!? 返してもらえるんですか!? ソウマ様は百年かかったって聞きましたよ!?」

「ソウマ? 百年? ンンン? それ、覚えがありますよ? 割と最近……人の名前を覚えないようにしている私でも記憶に引っかかる……なんでしたっけ?」


 彼女の疑問に答えたのは、繋がりっぱなしで何も発言しなかったグランドコアである。


『回答。サムライ、相馬弥太郎。記憶開放するも、そのたびに帰還を求めた為再封印。これを合計五回繰り返した。過去最高回数』

「思い出しました! 忠義がどうとか、親の墓がどうとかで! とっくに子供も作ったっていうのに往生際が悪くて! 諦めきるのに百年かかったんでしたっけ」

「うーん、この外道ムーブよ」


 しかし、そうかー。極端な例だったのかソウマ様。水を飲む。さっき咽た時に変に酒が回った。ちょっと落ち着きたい。


「しかしまあ、諸々含めて貴方はなかなか秀逸です。なにより、才がある」

「才? 才能? 自分にですか?」


 そんなものあるものか。思いっきり疑うが、オリジン様は笑顔を崩さない。


「ええ。才能。人の世で生きる才能。コミュニケーションの才能です。他人と上手くやっていく事。それは時に、剣や魔法よりも強い力となりうるもの。誰もが持っていて、誰もが輝かせられるとは限らないもの」

「いやあ……そりゃ、絶対持ってないですよ。嫌いな奴とは仲良くなろうなんてこれっぽっちも思いませんもの」

「それはまた別の才能です。話を聞く。言葉を交わす。感情をぶつけるのはコミュニケーションではない。意見を伝える事ではない。大人になってもこれが分かっていない者のなんと多い事か! まあ、かく言う私もできているとは言い難いのですが」


 なんともまあ、過分な評価である。


「……そんなものがあるなら、俺は日本であんなに苦しい人生送ってきませんでした。まあ、紛争地帯の人に比べればぬるい生活でしょうけど。それでも、人間関係で苦しんでばかりの生活でしたよ」

「そりゃあまあ、今はダンジョンマスターですからね。かつての貴方がどんな人生を送っていたかは知りません。興味もありません。でも今は地位と力がある。その二つがあれば相手も相応に扱ってくる。弱い相手と言葉を交わそうとは思わぬものです。必要ないですからね。命令するだけで終わりますから」


 ……がっくりと、首が折れる。それか。特に実力のない、一般社員。ただの店員。一般人。一山いくら。『あ』と入力されてステが低いからキャンセルされるやつ。


「ですがなるほど。だから今のあなたがあると。コミュニケーションの才能は、それに苦労した者にしか現れない。その苦労が今のあなたを作っている。ダンジョンマスターとして役立っている、と。ふむ、これだから人生は面白い」

「……オリジン様が楽しそうで何よりです」

「あっはっは。不貞腐れてますねぇ! 胸を張りなさい若人よ! 貴方はオリジンが目をかけるに値するという評価を勝ち取ったんですよ? 泣こうが人生、笑おうが人生です! 私を見なさい! 石を投げるだけの才しか持ち合わせなかった痩せた小娘が、ここまでに成りおおせたのです! すべては行動! 善も悪も! 因果もカルマも! 運命も宿命も! 何もかもが嵐のようにやってきますが、それをどうにかできるのは行動だけ! 負けてたまるか! これでもくらえ! やけっぱちでやれば開ける道もある!」


 威風堂々。満天の星空の下、三千年戦い続けている彼女は覇を唱える。あらゆるものを蹴飛ばしてきた、美しき戦女神。笑いながら、涙を流さず泣きながら。


「まあ、何とかならない時も多いのでその時はあらゆるものをかなぐり捨てて逃げるんですけどね」

「台無しですよ!」

「あはははははははははははははは!」


 彼女は笑う。笑い続ける。きっと、これからも。


この物語のもう一人の主人公。


今回も含めて、今までの章タイトルは全部彼女の発言です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ダンジョンものでここまで世界感や設定綺麗にまとまってるのすごい。それに加えて設定とかの面白さだけじゃなく、純粋に読みやすい文章、魅力的なキャラ、一辺倒じゃない戦闘描写、最高です!あと、キャ…
[一言] 二章から三章でテンション変わりすぎでは 生放送実況プレイでテンション上がりすぎた方か何かで
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