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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
三章 れっつごー! 強襲迷宮(アサルトダンジョン)!
72/207

取りすぎると体に悪いからこそ

 ここに、塩がある。一抱えもある樽に入った塩が、いくつもある。ケトル商会から買い取った、食用に向かない質の悪いものである。


『アンデッド払いに使うんで、安くて食えない塩を樽でほしい。安いやつ!』


 という俺の無茶な注文に、ケトル商会のレナード氏は笑顔で応じてくれた。


『ちょうどピッタリのものがあるんで、さっそくご用意させていただきます。本当に、食用には使えないので扱いには気を付けてくださいね?』

『よかった。最悪食用の塩でもよかったけど、食べ物として使うわけじゃないからもったいなくって。……ちなみにそれ、何用なんです?』

『いやあそれがですね。外国のお客さんが安い塩を売ってくれなんて注文が来まして。何に使うんだって聞いたんですが、畑にまくって答えるんですよ。絶対作物ダメにするからやめた方がいいって言っても聞いてくれませんで。まあ、売りましたが』


 ……それ、故意に塩害を起こすためでは? 攻撃では? ローマがカルタゴにやったやつでは? という言葉が喉まで出かかった。忙しくて話を長引かせる余裕が無かったのでしなかったが。


 ともあれ、塩がある。これを、神官さんたちに聖別してもらった。なのでこれは立派な聖なる塩である。


理力フォース!」


 これを、神官力士たちが理力と一緒に撃ち出す。効果は間違いなくあるようで、ペインズの身体からうすら寒さを感じる黒い煙が上がっている。そこには塩がばっちりついているから、間違いない。


 塩の使い道は他にもある。エルフ父娘の弓矢と、コボルトの投石にも塩をまぶしてある。矢はともかく、投石は投げ紐を振り回さなければならない。攻撃開始直後、隣が振り回す投げ紐から飛んだ塩が目に入り、悲鳴を上げるコボルトがいた。今はある程度間隔を開けさせて事故を減らしている。ヨシ!


 そして、俺も見ているだけではない。皮の手袋、装備よし。鉄球に、塩まぶし。よし。さあ、振りかぶって。


「オリジン……ストライクッ!」


 全力の投球が見事に命中。奴の胸元を構成する死体を損壊させる。


「いよっし!」

「んー、三十点」

「なんですと!?」


 本人からダメ出しをもらってしまった。


「相手がアンデッドだから、効果のあるものを添付する。それはよろしい。評価しましょう。ですが、アンデッドなのです。ただぶつけるだけではいけません。より効果的に破壊しなければ。お手本を見せましょう」

「押忍! 先輩お願いします!」


 俺の返事に、彼女は仮面ごしに見える瞳を何度か瞬き。そして少し噴き出して、笑った。


「ふふ、何ですかそれ。ですが、先輩ですか。うん、では後輩よく見ておきなさい」

「押忍!」


 鉄球を、細腕でつかむ。そして俺が何度も知らずに模倣した、見事なフォームで鉄球を投げ込んだ。狙い通りに真っすぐ、ペインズの右ひざを直撃した。巨体が揺らめく。


「00ooo!?!?」

「うわぁお……」

「まあ、こんなものです。今回はひざに埋め込んでやりました。あのように人の形をしているので、構造上の急所も似通っています。あの巨体を魔力だけで支えるのは無理がある。そして精霊が離れた今、維持するだけですり減っているはず。こういう攻撃もあることを覚えておくように」

「ありがとうございます!」


 手に着いた塩をはたきながら、それこそ野球教室をするかのようにオーナー殿は話す。ひざを砕かれた巨人の動きは、大いに鈍った。こちらに向けて進軍するも、そのたびにボロボロと何かしらの遺体を落としている。


 いよいよ限界か。ならばそのまま朽ち果てればいい。オーナー殿のまねをして、俺もまた左ひざに鉄球を叩き込んだ。


「00000ooooooooo!!!」


 ペインズが雄たけびを上げる。悲鳴ではない。呪いだ。事実、黒々とした瘴気がヤツからあふれ出ている。


「聖樹アラニオスよ! 春の芽吹きをここに! 聖域サンクチュアリ!」


 リンタロウ行司による、聖なる守りが展開される。防壁が、白い輝きに覆われて、瘴気を防ぐ。やはり、触れたらまずいやつか。……あ、まずい。


「イルマさん! 向こうに連絡!」

「はい!」


 険しい表情のイルマさんが、呪文で連絡を取る。受け答えをする十数秒が、何とももどかしい。


「……アンデッドが! あちらで倒したモンスターがアンデッド化してペインズの元に向かっているそうです!」

「それが目的かぁ! あちらの被害は!?」

「ケガ人が出ましたが、対処できていると。ただしアンデッドには突破されたと」


 生きているモンスターを取り込まれるよりはましか。しかし、奴の元にたどり着かれたら、パワーを補充されてしまう。かといって、ここから出るという選択肢は無い。ヤツを迎え撃つために泥道を何列も配置してしまったのだ。迂回するには時間がかかりすぎる。


「ナツオ様! アンデッドの相手は、私がします! こちらはペインズに専念を!」

「ッ! 撃破より、足止めを中心におねがいします!」


 ロザリー殿が、放水路側へ飛ぶ。飛べるというアドバンテージが、この苦しい局面で最高に輝く。彼女の戦闘力はかなり高い。うちのミーティアと同じかそれ以上か。無理さえしなければ心配はいらないだろう。


 とりあえず、こちらに向かってくるアンデッドについてはこれで解決した。しかし、これ以上増やしてはいけない。俺は、背後に向かって叫んだ。そこにたたずむ赤い巨石に。


「ダンジョンコア! 倒されたモンスターは速攻で食え! アンデッドにされる前に!」


 赤い輝きが一瞬強まった。それが了解の返事であると俺にはわかる。これで防げるはず。ペインズへの攻撃も効果は出ている。このまま削り切れば勝てる。


 改めて相手を見やる。膝を砕かれ、身をかがめている。動かないからこっちの攻撃が面白いように当たっている。崩壊も進む。このままいけば、アンデッドが合流する前に勝負がつくのではないだろうか。


 そんなことを考えていた俺の足の下から、轟音が響き突き上げる揺れを感じた。何かが、防壁に叩きつけられたのだ。危険とはわかっていたが、身を乗り出して下を見る。岩だ。泥の付いた岩が、そこに突き刺さっていた。


「あいつぅ! こっちの罠を利用してきやがった!」


 やり返された! やり返してくるほどの知恵があるとは考えてもいなかった。加えて、その場にあるものを利用し、武器としてくるなんてこともまったく。


 歯ぎしりを押さえられず、ペインズを睨む。今度は、はっきりと見えた。泥の中にあった岩を、片手で持ち上げる。そしてアンダースローで岩を放る。さながらボーリングの玉を投げるがごとく。それは、真っすぐではなく弧を描いてこちらに飛来した。


 大の大人でも持ち上げられないほどの、重さと大きさをもつ岩。それが、泥をまき散らしながら迫ってくる。当たったら死ぬ。間違いなく。単純明快な質量による死が、眼前に迫った。叫ぶ。


「よけろおおおおお!」


 防壁の、俺たちの立っている場所に直撃。壁が砕ける。破片が飛び散る。それらだって、当たり所が悪ければ怪我では済まない。


 そして、唐突な戦慄が俺を襲った。怯えたのは俺だったのか、それともダンジョンコアか。そう。あの岩石投げが、防壁を越えてダンジョンコアに直撃したら。


「まっずい!」


 俺は防壁から飛び降りた。二階建ての家ほどの高さである。無茶が過ぎるが、一刻一秒を争うのだから致し方がない。膝を曲げて、着地。転ぶ。転がる。あちこち痛む。全身がしびれる。でも生きている。直前で、ダンジョンコアの力を守りに使ったのも大きいだろう。


 しびれで感覚が鈍い身体を無理やり動かす。背後から俺を呼ぶ声があるが、かまっていられない。一歩、前に進む。両腕を振って、反動も利用して足を動かす。歩数が進めば体の感覚が戻る。急ぐ。焦る。冷汗は止まらない。心臓が破裂しそうなほど、鼓動が高まっている。口の中は血の味でいっぱいだ。


 もう少しで、届く。石の椅子は目の前だ。その後ろに台座がある。目指す場所はそこだ。あとちょっと。椅子を越えた。後ろが騒がしい。ダンジョンカタログに触れる。部屋を、設置する。


 背後で、轟音。振り返れば、設置したばかりの部屋の壁に、盛大にヒビが入っていた。やはり、狙ってきたか。そして、あと一秒遅ければコアと一緒にお陀仏だったか。


 この部屋、ガチャのコモン品で特別な能力は何もない。壁と天井と床だけの、極めてシンプルな一品だ。……待てよ。部屋なのだから、壁は正面と後ろで合わせて二枚あるはず。なのにこっちにヒビが入ったという事は、一枚目が貫通したのか。あるいは天井を抜いたのか。どちらにしてもやばすぎる。


「ほかに、壁になりそうなものを……!」


 ありったけを重ねる。部屋の前にもう一つ部屋。天井の上に道を二枚。全部コモン品だし、無理に設置したから何か嫌な音が聞こえる。だが、無理を通せば道理が引っ込むというもの。


 再び轟音。岩が着弾するが、壁に被害なし。上で破砕音が響いたから、道二枚重ねが効果を発揮してくれたようだ。


「何とか、なったか……」


 流石に身体が痛い。ちょっとだけ、石の椅子に座る。今はこいつのヒーリング能力に頼らないと防壁に戻ることもできない。


『ナツオ様、ご無事ですか!』


 イルマさんの声が聞こえる。呪文によるものだ。


「おかげさまで何とか。ちょっと動くの厳しいから、休んでから戻る。そちらの状況は?」

『岩投げが終わりました。どうやら近くに程よい物がない様子。こちらへの進行を再開しましたが、ナツオ様とオリ……オーナー殿のおかげでその足は遅いままです』

「わかった。そのまま対処してくれとみんなに伝えてくれ。すぐに戻る」

『万全の状態になってからお戻りください』


 そんなに休んでいられないのだが、かといって足手まといが戻ってもしょうがない。幸い、治療は順調だ。コアの守りのおかげでそれほど大きなけがでなかったのも大きい。後、明らかに最初の頃に比べて椅子の能力が上がっている。ダンジョンコア自体が成長しているという事なんだろうか。


 色々障害物を設置した為、防壁はさっぱり見えない。音だけが聞こえてくる。鬨の声。号令。コボルトの咆哮。そしてペインズの呪いの叫び。幸い、悲鳴はない。今すぐ走り出したい。だが身体が無理をするなと悲鳴を上げている。じっと待つ。一分がやたらと長く感じる。


 大きな破砕音が、再び響いた。こんな音を出せる武器はない。ペインズの攻撃だ。飛び上がるように椅子から立つと、部屋を迂回して防壁に向かう。設置した部屋は、だいぶ破損していた。再利用は難しそうだ。


 防壁が見える。先ほどとは違い、そこには異様なものがあった。いくつもの遺体が組み合わさってできた、巨大な手だ。ちくしょう、アイツいよいよ防壁に取り付きやがった!


 瓦礫が転がって昇り辛い階段を駆け上がる。防壁の上に飛び出れば、そこは決戦場だった。エルフが、ドワーフが、コボルトが。矢、理力、つぶてを必死で叩き付けている。攻撃は命中している。当たった場所からは遺体が次々零れ落ちている。聖域の効果は継続中。ペインズから漏れ出す瘴気もすぐに浄化される。


 それでも奴は大きく、強い。腕が薙ぎ払われると、皆一斉に逃げだす。取り込まれたらお終いだからだ。動きが遅いのが救いだが、油断はできない。ドワーフとコボルトは足が短いのだから。


「ミヤマ様!」


 ヨルマが叫ぶ。投げても戻ってくる魔法のナイフ。それを投げつけながら。しかし、彼にとっては相性の悪い相手だ。斬りつけてもわずかな損傷しか与えられないから。マジックスクロールもこの距離では使い辛い。それでもあきらめず、可動部分に攻撃を加えている。


「皆無事か!」

「なんとか! ですがご覧の通りです!」


 強力な有効打が欲しい、か。なにかあるか。周囲を見渡す。そしてそれは、当然のようにあった。塩の入った樽である。ひっくり返って、枠がだいぶガタついているようだが、それでいい。


 落下の時に大分無理をして、正直きついが今が踏ん張りどころ。パワーを全開にして樽を持ち上げる。


「塩分! たっぷり召し上がれ!」


 やつの顔面目がけて思いっきりぶん投げた。


皆さまは健康に気を付けて適量をどうぞ。もちろん食用のものを。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ペインズには塩対応するダンジョンマスターの鏡 これにはオリジンパイセンもニッコリ [一言] そぉい!!
[良い点] 人体を模した相手に対して、構造上の弱点を突くところ。 [一言] 両脚折れても片手で上体起こせば、もう片方の腕で攻撃できるから気を付けないとネ。
[一言] さすがペインズ、おっかねえな
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