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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
三章 れっつごー! 強襲迷宮(アサルトダンジョン)!
71/207

廃都決戦開始

 日が昇った。全ての準備は整った。俺は、コアルームにいる。ここにいるのは俺とクロマル。イルマさんとオーナー殿。お付きの凸凹コボルト。


 三回目の、ダンジョン配置変更。まさか、こんな短い間に何度もやることになるとは。最初の一回目の時などは考えもしなかった。しかも、今回は初の試みもある。


 握っていたコインを、解き放つ。


「配置、変更!」

「れっつごー! 強襲迷宮アサルトダンジョン!」


 オーナー殿の掛け声と共に、一瞬の奇妙な酩酊感。そして、肌に感じる空気が変わる。ダンジョンコアのある部屋は、正方形でそこそこの広さがある。中央に石の椅子。背面にコアと台座。しかし今、部屋の壁が消滅している。


 今あるのは椅子と台座と、コアが張り付いた壁のみ。その壁の最低限しかないから、変なオブジェのようだ。


 そう。ここは部屋ではない。廃都の正門から続く目抜き通り。そのど真ん中だ。俺たちは、コアルームごと地下に転移したのだ。


「上手くいって何よりです。本来の強襲迷宮とは違いますが、予行演習にはなったでしょう」


 オーナー殿が気軽に言う。強襲迷宮。オーナー殿曰く、ダンジョン一つ丸ごと、異世界に転移。そこのモンスターや侵略存在をダンジョンにおびき寄せて殲滅。その世界のレイラインからエネルギーを吸収しコインを生産するという敵への逆侵攻。


 驚天動地の大技だ。それ自体も驚いたが、ある程度育ったダンジョンはこれに参加しているという話を聞かされさらにびっくりさせられた。で、何故そんな話が出たかといえば手法が同じなのだ。


 ダンジョンごと、乗り込む。ダンジョンにあるのはトラップだけではない。モンスターとガーディアンもセットなのだ。


 前を見やれば、以前は外から見た防壁がある。そこに、今回選抜した防衛人員が取りつき始めていた。彼ら彼女らもまた、俺たちと同じ。ダンジョンの設備と一緒に転移したのだ。使用したのは『通路』。例のガチャのコモン枠で輩出されたもの。引いた時はハズレだと思ったが、こんな使い方があったとは。


 なお、通路と一緒にやって来たのは人員だけではない。物資も山盛りである。この防壁で戦うための準備はできている。


 いち早く防壁に昇り切ったエラノールが、こちらに振り向く。


「ミヤマ様ー! ペインズ、こちらに移動開始しましたー! ロザリー様が、打合せ通り引っ張ってくれていますー!」

「よーし!」


 予定通り。まずは、今回のメンバーで唯一空が飛べるロザリー殿にやつの注意を引いてもらう。その上で、目的の方向に飛んでもらう。彼女の行く先にあるのが、この廃都。そして、ダンジョンコア。


 これが、今回の作戦の骨子。侵略存在は、ダンジョンマスターとコアを狙ってくる。だからコアを囮にする。いうまでもなく、致命傷になりうる危険な行為だ。何が何でもペインズを近づけてはならない。しかし、近接攻撃は普段以上に危険が伴う。足止めできる罠と、壁が必要だ。


 防壁の前には、手持ちの泥道を全部並べた。前回使用して置きっぱなしにしてあったものも再配置だ。ほかにも、できうる限りの罠を詰め込んだ。


 防壁に上がっているのはエルフ父娘。アンデッド特攻ということでドワーフ神官力士とエルフ行司。コボルト射撃部隊。セヴェリ君とヨルマ。徹底的に、遠距離攻撃に特化した。


 残りの人員は全員、放水路設置予定地点に設備ごと転移している。現在、上のダンジョンにはトラップは天然もの以外ほとんど残っていない。モンスターもエアルだけだ。背水の陣とはまさにこの事。


「目標! 湖から上がります!」


 順調。これだけでも意味がある。水精霊を取り込んだ状態で湖に居られると、ほとんど無限にエネルギーを回復されてしまう。水の守りも無制限。戦いにならない。


 放水路は、まだ設置しない。できうる限り、引きつけなければならない。防壁では急ピッチで防御準備が進められている。ドワーフたちが瞬く間に滑車を取り付ける。下から荷物を引き上げる。門扉の前に瓦礫を積み上げる。手伝いたい。だけど、放水路設置まではまだここから動けない。


 重い足音が、聞こえてきた。奴が近づいてきた証拠だ。


「泥道到達まで、5、4、3、2、1! 入りました!」


 水を含んだ重い足音が、一回、二回、三回。そして順調だった歩みが突如乱れる!


「トラップ、作動確認!」

「押し込めー!」


 ただの泥道で、ペインズを止められるとは思っていない。なので、その中に岩をセットしておいたのだ。罠ガチャで出たやつである。通常のモンスターや侵入者に対してはただ邪魔なだけだが、ペインズの巨体に対しては足を取るのに十分の障害物。


 自分の発想ではない。ケトル商会から勉強のために本をいろいろ取り寄せていたのだが、その中に『ダンジョントラップ活用法』というものがあったのだ。


 タイトル買いしたものなのだが、これが大当たり。購入できるトラップをさらにえげつなく活用するための知識が盛りだくさんだった。……いくつかの文章に、『ベトナム戦争では~』という記述があったのが何とも言えぬ思いを抱かせた。


 防壁では、怒涛の攻撃が始まっている。神官力士達の理力フォース連打。弓と呪文。巨体がバランスを崩せば、持ち直すのは容易ではない。ましてや、相手は通常の生物ではない。アンデッドだ。ほどなくして、大きな地響きが聞こえてきた。


「ペインズ、転倒!」

「よっしゃ!」


 俺は用意してあった地図に目を走らせる。エルダンさん作成のこれは、この地下の概略図だ。そこには当然、放水路設置予定地についても書かれている。あとはダンジョンカタログを開き、『道』のページに手を触れて。目的の場所に『道』を敷けばそれで完成!


「0000000ooooooooooo!!!」


 おぞましい、複数の悲鳴を折り重ねたような声が上がる。ペインズの悲鳴だ。


「やりました! ペインズから、水が! 精霊はがれていきます!」

「よっしゃぁー! イルマさん!」

「はい!放水路防衛陣地に連絡……完了しました!」


 もはやここにいる意味はない。目抜き通りを走り抜けて、防壁の上に駆け上る。日頃の訓練の成果は確実に出ているようで、短距離とはいえ一気に走り抜けることができた。


 防壁の外には、泥まみれになったアンデッドジャイアントの姿があった。その身体に水はない。湖に向かって大きな水の塊が移動していっている。あれが精霊だろう。


 さあ、いよいよ正念場。こちらもあちらも後がない。妨害と防壁を抜いてコアを潰さなければペインズの負け。それを妨害してヤツを崩壊させれば俺たちの勝ちだ。


「待ったなしの大一番。勝ち取るぞ白星!」

「おうさ! ガドゴルンよ! アラニオスよ! 我らの戦いをご照覧あれ! 気張るぞお前らぁ!」

「「「「押忍!!!」」」


 親方の掛け声が響き渡る。俺たちは、全力で攻撃を開始した。


 /*/


 水が、音を立てて放水路を流れていく。長らくあったはずのそれは、意外な事にほとんどよどみがない。しかしながら光源の少なさから、それは黒く見えた。まるで闇が流れていくかのようであった。


 唾を、音を立てて誰かが飲み込んだ。ダリオは、耳に届いたそれを笑う気にはならなかった。ここは戦場だ。いつもの難民対処や、盗賊退治とは危険度合いが段違い。


 距離があるとはいえ、後方にはアンデッドの巨人。前方は、今からモンスターがやってくる。ビビるなというのは無理がある。


「この勢いならば、モンスターは当分やってこないのではないか?」


 領主の一人が、願望を載せてそうつぶやく。そうであってほしいとダリオ自身も思う。だがしかし。


「いいや、さっそくお出ましだ」


 巨漢のリザードマン、アラモの言葉と同時に、水面が激しく盛り上がった。


「うあぁぁぁぁぁ!?」


 悲鳴を上げたのは領主か、兵士か。無理もない事だった。現れたのは巨大百足だ。その足は槍のような太さと鋭さを備えており、あぎとはひとの頭をかみ砕けるだけの大きさがあった。


 外骨格は鎧のようであり、しかしその動きはけっしてのろまとは言えない。多くの人間が遭遇することなく一生を終えるような、怪物だった。


 しかし、百足は運が無かった。己の目の前に現れたリザードマンもまた、常識はずれのモンスターだったのだから。


「ぐるぅぅぅぅあ!」


 見事な作りのルッツェルンを一振り。鎧を打ち抜く槌が、百足の外骨格に穴を穿つ。しかもそれで終わらない。


「ふんぬぁ!」


 ケンカのような前蹴り一発。百足の巨体が大きく揺らいだ。このチャンスを逃すダリオではない。かつて冒険者時代に手に入れた自慢の一品。魔法のかかったバスタードソードを両手で握ると、その刃に唾を吐きかける。昔、百足退治のまじないだと呪術師に教えられたのだ。


「そおりゃ!」


 そして真っ向から振り下ろす。足を数本、切り落とした。百足が耳障りな悲鳴を上げるが、構わずダリオは距離を取る。張り付いて殴り合えるほどの防御力も体力も持ち合わせていないのだから。


「男爵、お見事!」

「そちらもな!」


 アラモの攻撃は、苛烈を通り越して残虐だ。一撃一撃が致命的。ダリオが一刀入れる間に、百足の身体に次々と穴が開いていくのだから。もはや長くないのは間違いなかった。


 人を越えた筋力。鍛え抜かれた技。そして炎のような闘志。冒険者時代に敵として出会っていたら、命はなかっただろうとダリオは思う。そして恐ろしい事に、彼ほどの存在が、ここではそんなに珍しくない。


「だーっはっはっはー! ジェノサーーーイド!」


 喋る剣が、げらげら笑っている。それをぶん回しているのは、動く鎧だ。水から現れた丸太のような大蛇を、早くも血まみれにしている。蛇も鎧にかみつくのだが、傷一つついていない。毒らしき液も流しているようだが、当然全く効果がない。


「むぅんっ!」


 鍛え上げられた兵士のごとき男が、大盾と槍で奮戦している。堅実で、無駄がない。そして容赦もない。殺しのロジックが完成している。聞いた話では、本職は事務仕事であるらしい。絶対に就職先間違えているとダリオは思った。


「ガウッ! ガウガウッ!」


 人狼たちが吠えている。2、3人でモンスターを取り囲んで袋叩きにしている。攻撃する者は常に死角から。ほかの者は回避に専念。狼の狩りだ。的確で、決して獲物を逃さない。そして攻撃力はそれ以上とくる。


 リザードマンもいる。アラモのような理不尽で豪快な戦い方はしていない。だが、弱いというわけでは決してない。人より優れた体格、そして鍛え上げられた技。さらには訓練によって培った連携。人狼に比べれば早さはないが、その分容赦なく戦線を切り開いていく力強さがある。


「まったく、ブラントーム伯爵家の戦力はとんでもねぇな」

「伊達に千年、ダンジョンの助力無しに勢力を保ったわけではありませんからな」


 ダリオのつぶやきを、ブレーズが拾う。彼の手もすでに赤く染まっていた。水の勢いが若干弱まったためか、ホブゴブリンが何体か入ってきたのだ。そして即座にブレーズの手によって刈り取られている。頭を。


「手が早い。大物ばかりですか」

「なあに。ホブといえども所詮はゴブリン。この程度大したこともありません」

「だが、数は厄介だ」


 弦が鳴る。ダークエルフの戦士ペレンの持つショートボウから放たれた矢が、新しく現れたゴブリンの頭部に突き刺さった。さらにわらわらとギャイギャイ叫びながらゴブリンが放水路から現れるが、やはり矢によって撃退される。


 ペレンのほかにもダークエルフがこの戦いに参加していた。男女合わせて総勢五名。彼の部族で戦えるほぼすべての戦力である。彼らがここにいるのは、当然打算によるものだ。


 第一に、あの恐るべきアンデッドジャイアントは何が何でも撃破してもらわなければ困る。ここがやられたら、彼らは自分たちの居住区を捨てて逃げなければならない。ここに現れるモンスターたちの数からもわかる通り、地下世界は危険だらけだ。できうる限りそれは避けたい。


 第二に、今後の立場の確保のためだ。燻る熾火部族は弱小だ。ここで助力しておけば面子が立つ。ここのダンジョンマスターはかなりお人よしのようだから、つけ入る隙は十分あるとペレンたちは考えた。交易なども不可能ではないだろう。部族の復権にも大いに役立ってくれるに違いない。


 そして第三は単純。ブラントーム家の戦力を見て、自分たちは安全に戦えると踏んだのだ。勝ち馬に乗れるなら、乗る。当然の考えだ。


 事実、前衛が大暴れしているので安心して弓の狙いを定められる。キルスコアもどんどん伸びるというものだ。ダークエルフとして狡猾に戦えている。ペレンは久方ぶりに胸に誇りを取り戻していた。


「小物狙いで点数稼ぎ。ずいぶんせせこましいじゃないか」


 だというのに、同族の小娘が生意気な口をきいてくる。


「喧しいぞ小娘。一匹たりとも後ろに回すわけにはいかんという話だろうが。これは分担作業だ。そんなこともわからんか」


 小娘と呼ばれたダークエルフ、ナイヴァラは鼻を鳴らす。


「歳を取ると口ばかり達者になるな。年長らしく大物を狙う気概はないのか」

「効率を考えろ。デカいのは連中に任せた方がいいのだ。まったく、お前は部族で何を学んできたのだ。背丈や乳尻がデカくなれば大人になったなどというのは勘違いだぞ」

「まったくだ。まだ二百にもなってないだろうに」

「外に出る前にもっと研鑽を積むべきだったんじゃないの?」


 同族による久方ぶりの小言に、思わずナイヴァラも閉口する。ダークエルフたちと同じく、抜けてきた小物退治にいそしんでいた仲間の冒険者達。そのやり取りに思わず顔を見合わせた。


「聞いたかよ。ナイヴァラが小娘だってさ」

「同族にかかれば、あの口喧しいのが逆の立場になるんだの」

「そこ! 口を動かさず手を動かせ!」


 ヘルムとデルク。仲間の男衆に八つ当たり気味に発破をかける。残りの二人は素知らぬ顔で周囲警戒を行っていた。触らぬ神にたたりなしである。


 そんなやり取りは気にもかけず、後方で全体を見渡していたダニエルは眉間にしわを寄せていた。ここの責任者を、ミヤマから任されたのは彼だった。


「……流入速度が、早い」

「しかも数も多い。大物小物より取り見取りだねぇ」


 隣に待機しているミーティアが、胸を持ち上げるように腕組する。彼女の言葉の通り、時間が経つにつれ放水路からのモンスターの侵入が増えていた。


 連携が取れているわけでは無い。別種族で争っていたりもする。だが、目指す場所は同じだ。廃都、ダンジョンコア。まるで誘う香りでも出ているかのように、モンスターがおびき寄せられている。


「ミーティアさん。シュロムやマッドマン達と一緒に第一陣と交代してください。彼らに一息入れさせます」

「それはいいけど、抜けが出るよ?」

「それは自分と、あそこにいる連中で押さえます」


 ダニエルが指さす先には、目の前の光景に圧倒されている領主たちがいた。ミーティアが片眉を上げる。


「役に立つのかねぇ? すっかり場に飲まれてるじゃないのさ」

「最悪、ゴブリンを押さえるだけでもいい。連中を遊ばせていられる余裕はないです」

「そりゃ確かに。そんじゃ、いくよぉあんたたち!」


 ミヤマ配下のモンスター達を引き連れて、ミーティアが進軍する。ダニエルも動く。行く先は、相変わらず器用に立ち回るダリオの所だ。


「アロンソ男爵」

「これはガーディアン殿」

「お仲間を動かしてください。雑魚退治で構いません」

「……了解した。この場はお任せする」


 ダニエルは、後ろからダリオの動きをよく見ていた。大物が後方に抜けそうになったら、一撃入れて阻害する。止めはほかの者に任せ、場を持たせる。手柄より、勝利を勝ち取ろうとするその動き。己はそれをしなければいけない立場だと、ダニエルは心より思った。自分はガーディアンなのだから。


 人狼の若人に働きを任せ、いまだ動けぬ領主たちの元にダリオが到着する。


「どうされた皆々様。いつもと勝手の違う戦場に出遅れましたかな?」

「……勝手の違うどころの話では、無いだろう」


 一番年配の領主が、絞り出すように答える。そうだろうな、とダリオは心中で頷く。これほどの量のモンスターと戦う機会など、一般的な領主や私兵にはまずない事だ。


 侵略存在が大量流入した時は戦う事になるが、まあその場合は国が亡びる。戦うというより蹂躙されるので、例外とするべきだろう。


 しかしそれでも、彼らには戦ってもらわねばならない。


「確かに、違いますな。何よりも、これは手柄になる」

「手柄……? アロンソ男爵、それは」


 成人したばかり、領主になりたての若いのに問われダリオは気軽に(見えるように)答える。


「そりゃあもちろん、ダンジョンマスター殿の為になるからさ。あの方は大変義理堅い。恩には恩で報いてくださるさ。それは金もあるだろうし、上位貴族への縁もあるだろう。モンスターの貸し出しだってあり得るだろうぜ」


 割と、大ぼらである。だがない話ではないともダリオは思っている。ミヤマは人づきあいができる男だ。その証拠に公爵家や伯爵家と簡単に顔を繋いでいる。ダンジョンマスターとしての立場があればこそだが、そもそもそれも社交性が無ければそこまでいかない。


 これをしのぎ切れば、あの気のいい男はさらに大きくなる。それを支えるのは楽しい事だ。領地の為にもなる。ダリオはそう考える。だから、ここでまごついている連中にも働いてもらわねばならない。


「手柄がいらんというなら、それも結構。我らブラントーム家が総取りするまでの事だ」


 助け舟か、それとも本気か。おそらくはその両方。一息入れに下がってきたブレーズの言葉に、領主たちがざわめく。


 ダリオとしても苦笑を浮かべざるを得ない。


「少しぐらいは我らにも分けていただきたい所なのですが」

「アロンソ男爵は、十分に働かれる。我らがどうこうするまでもない。しかし、帝国貴族の風上にも置けぬ連中には、その限りではないな」


 ミヤマと話しているときとは全く違う、辛辣な言葉と声をブレーズが放つ。帝国は、ダンジョンの為にある。それが国是。その国で貴族を名乗るなら、率先して戦うは当たり前の事。貴族であり、モンスターにしてハイロウたるブレーズは当然のようにそう考える。


 なので、ここに至って何もしていない連中についての評価は限りなく低い。聞けば周辺一帯の領主たちだという。ミヤマのダンジョンの周りを治める者が、こんな体たらくでいいはずがない。首を挿げ替える工作も考えねばならないと、ブレーズは思考を巡らせ始めていた。


 ブレーズの表情の剣呑さに、ダリオは頬が引きつりそうになるのを必死でこらえた。ブレーズは、ここでやり合う気はないだろう。だが、恐るべき人狼に睨まれて領主たちが冷静でいられるはずがない。


 なので話を修正するしかないのだが。後ろに狼は置かれた。鼻ヅラに人参も置いた。どうやったらこいつらは一歩踏み出すんだ。もう、ケツを物理的に蹴るしかないか? ダリオがそうやけっぱちの覚悟を決めた時、鎧を鳴らして一歩踏み出したものがいた。


 先ほどの、いちばん若い領主だ。


「わ、若! おやめください、危険ですぞ!」

「うるさい! 私はここに観戦にきたのではない! 助力に来たのだ! 私に続けぇ!」


 それは、明らかな空元気だった。顔は引きつっていたし、声も震えていた。それでもその若き領主は、剣を抜き放って駆け出した。……そこで、魔物の一体も切り倒せれば格好もついたが目の前に現れたのはホブゴブリン。鍛え上げられた人間並みの体格に、悲鳴を上げてしまうのはしょうがないだろう。


 が、彼は領主である。ほんの数名ではあるが、家来を連れてきている。若き領主の身に何かがあれば、未来が真っ暗になる連中である。そんな彼らが、領主を放っておけるはずがない。


 へっぴり腰で槍が数本、突き出される。ゴブリンならいざしらず、ホブはそんなものを食らうわけがない。ゲラゲラ笑いながら、出てきた弱いニンゲンを殺して遊ぶために持っていた棍棒を振り上げる。


 ダリオから見れば、隙だらけだった。


「ふっ」

「ギャギャッ!?」


 脇腹に、剣の先端が一瞬だけ突き刺さった。刺さったままというのは、隙を生む。なので即座に引き抜かれた。赤黒い血が吹き出て、ホブゴブリンが血泡を吐く。肺に貫通したようだ。


「いまだ!」

「お、おお!」


 領主と家人たちの武器が突き出される。擁護しておくが、彼らは決して弱いわけでは無い。一般人に比べれば訓練もしているし、食事だってまともだ。実戦だってこれが初めてではない。モンスターが多すぎるのと、異常な環境が彼らを委縮させていた。


 今、彼らの目の前には一匹の怪物がいる。それ以外は何も見えない。それほどに集中してる。余計な事を考えなければ、実力は正しく発揮される。


 胸、腹、喉。致命的な部分に刃が刺さる。ホブゴブリンは人を殺せる怪物であるが、無敵からは程遠い。ゴボゴボと血を吐きながら、大柄な体を横たえた。


 若き領主は、血の匂いのする空気を深呼吸。後ろに振り返って、剣を掲げる。


「殺せる!」

「「「お……おおおお!」」」


 もはや問答は無用だった。あれ程動けなかった領主たちが、刃を振り上げて前に出る。流石に大物の怪物は無理だが、小物であれば十分対等以上に戦える。その姿を見て、ダリオは深々とため息をついた。


「やれやれ、やっとだぜ……」

「見事に動かしましたな。あれで動かなければ後ろから蹴り飛ばしている所でしたよ」

「確実に怪我以上になるんで勘弁してくださいませんかね」

「もちろん、手加減はしますとも」


 どうだか、と苦笑いを押さえ切れないダリオである。話題を変える。


「これでしのぎ切れますかね?」

「ミヤマ様次第でしょう。地下には思いのほかモンスターがひしめいている様子。ここを閉じなければどうしようもない。閉じるためにはアレを倒さねばならない」


 後ろを見やれば、暴れに暴れるおぞましい巨人の姿。いまだ、倒れそうにはない。


「あちらを信じて、こちらは自分の仕事をするしかないってことですか」

「つまりはいつも通りという事ですよ」


 その言葉に、笑みが浮かぶ。領主といえど一人の人間。できる事は限られる。だから部下を信じて任せるしかない。


「いつも通り、か。じゃあ、頑張らんと行けませんなぁ!」

「然り、然り」


 二人して、苦戦している場所に駆け寄る。戦いは始まったばかりである。


章タイトル回収

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― 新着の感想 ―
[一言] ダイナミックお邪魔します!www コアごと釣り餌とか、背水ってレベルじゃNEEEEE!www
[一言] 初期のころから言えることだけど、ネームドキャラの一騎打ちが複数発生するだけではなくてちゃんと集団戦をしているところがよい
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