サプライズ参戦者・エアボーン
意識して、考えないようにすることにした。だって正気を保てなくなるから。ナツオ君、SANチェックです(コロコロ)。一時的狂気!
勝ち筋の話をしよう。それを定めるためには、偵察が必要だった。もう一度、湖に行く必要があった。俺には無理。ダンジョンのモンスターにも無理。ガーディアン達も無理。だが、ゲストには可能だった。
「戻りました」
エレベーターから現れたのは、一人のエルフ。エルダンさんだ。
「大丈夫でしたか」
「ええ。行く前にも申しましたが、私が一番得意とすることはこっそり隠れる事なので」
偵察の必要があると説明したとき、真っ先に手を上げてくれたのがエルダンさんだった。実際に俺たちの目の前でやってくれたが、一度彼が隠れると、ほとんどの者が見つけられなかった。例外はオーナー殿と凸凹コボルトだった。流石年の功。
その腕前に頼って、湖の偵察に行ってもらった。目的は二つ。一つは地図の作成。放水路を作るためには、イメージができないと厳しい。ダンジョンコアからの情報だけでは失敗の可能性があるからだ。
それからもう一つ。こちらが想定通りでなければ、作戦の練り直しが必要となるのだが。
「やはり、防壁はほぼそのまま使えます。崩れたところはありましたが、アレの巨体では上るのに苦労するでしょう。アンデッドの気配もありませんでした」
「よし! ありがとうございますエルダンさん!」
今回、戦域を二つに分ける。廃都から離れたところに、放水路を作る。こちらに、地下に設置したバリケードと罠を再配置して侵入してくるモンスターに対応する。
そして、ペインズは廃都の防壁を利用して対応する。こうすることで、ペインズがモンスターを取り込むのを防ぐ。また、それぞれの領域に乱入するのも抑える。特に、ペインズを押さえておかないと放水路組は挟み撃ちになってしまう。それをさせないための、特別な『餌』はある。
放水路の設置場所もすでに決定済み。こちらはペレンさんのご協力によって近くに程よい洞窟がある場所を見つけてもらった。対価として燻る熾火氏族の皆様をダンジョンに一時避難、かくまうという事になっている。三十名弱だったので、ちょと多いがまあ許容範囲内。ただ、ナイヴァラさんに言わせれば氏族全部でこの人数というのは相当弱小なんだとか。お辛い。
これで、すべての準備は整った。後は明日に備えるだけ。エルダンさんも休むという事なので俺も、と己のテントに向かう。そんな俺の目の前に、トラヴァーが走ってやって来た。
「主様、ご報告が」
「……何か、あったか」
この状況でトラブルは非常に困る。だが、本当に追い込まれているときほどそれはよくやってくる。思えば、今まで運が良すぎたのだろうか。なんだかんだあっても、乗り越えられたものな。いよいよついに……。
「エアル殿が、飛行船の接近を感知しました。前にも来たという事なので、ブラントーム家のものではないかと」
「はぁん?」
聞いてないよそんな話。ロザリー殿に問いただしたい所だけど、すでに就寝中。起こすのは憚られる。とりあえず、迎えるしかないか。
俺はトラヴァーとクロマルを連れてエレベーターに乗り込んだ。一階に到着。隠し扉を通れば入り口まで直ぐだ。ダンジョンの外はすでに真っ暗。星々が瞬いていて、月も顔を出している。
外まで出てきた俺たちを、エアルが踊りながら迎えてくれる。暗視能力を発動させる。エアルが指さす先、確かに点がみえる。流石に音はまだ聞こえない。
「あれか。本当にブラントーム家の船か?」
万が一間違いだったらシャレにならんのだが。
「はい。エアル殿の力で音を届けていただきました。聞き覚えがありますぞ」
「わんわんっ!」
コボルト二匹の太鼓判。そうまで言うなら信じよう。特に何事もなく、飛行船はダンジョン上空までやってきた。そこでホバリングを開始する。飛行船から、魔法の明かりが投射された。視野を元に戻す。
「確か、陸港とかいう施設以外じゃ降りるのが大変だとかいってたなぁ……ってことはまたアレかな?」
「あ。主様、動きがありましたぞ」
飛行船から、ばらばらとひとが飛び降りてくる。もちろん、落下制御の魔法によってその速度はとてもゆっくりだ。安全。だがまあ、普通はビビる。俺だって同じ状況ならビビる。案の定、かなりの人数がバタバタしているのが下から見える。……というか、けっこうな数だな。ざっくり三十人ぐらいか?
一部、落下位置が大幅にずれそうな人たちが見えたのでエアルに調整させる。風にあおられて悲鳴を上げているが、コラテラルダメージだ。我慢してもらおう。
最初に降り立った人物は、軽装ながらもしっかりと鎧と剣で武装していた。見知った人物だった。
「ダリオ!」
「これはこれはダンジョンマスター様。わざわざのお出迎え、感謝の極みでございます」
ダリオ・アロンソ男爵。胸に手を当てての見事な礼を見せてくれる。なんでまた畏まった事をしたのか。理由はすぐにわかった。降りてきた人たちが、ダリオの配下じゃあないからだ。
不揃いの鎧。胸に付けた紋章も全く違う。顔も知らない人々ばかりだ。リザードマンやウェアウルフもいるが、彼らはブラントーム家の者だろう。装備も整っているし。
ダリオが一歩前に出た。
「ダンジョンマスター、ご紹介します。周辺の領主およびその陪臣たちです。各々の細かい説明はまたあとにさせていただきますが」
「これはどうも、遠い所をわざわざ……。しかし、なんでまた。正直申しまして今、我がダンジョンはのっぴきならない状態にありまして」
「知っております。だからこうしてはせ参じた次第です」
「なんと」
ダリオ曰く。ロザリー殿は、今日の戦闘結果を帝都の家臣に伝えたらしい。家臣はそれを聞いて、アロンソ男爵領に派遣してあった飛行船に魔法のアイテムで情報伝達。援軍に向かう所に、ダリオたちが便乗したらしい。
ダリオは飛行船が慌てて発進しようとするところを見て、事情を聴きだした。じゃあ俺も連れていってくれと頼み込み、それを見た周辺領主の皆様も便乗してきたとの事。
何故その人たちがこんなに集まっていたかといえば、会合があったから。ダリオが予定通り帰らなければいけなかった理由のアレである。
「我ら一同、助太刀にはせ参じました! どうぞ存分にお使いください!」
見事に列を組んで、かかとを鳴らして見せるご一同。いろんな視線がある。良いものばかりではない。青ざめたもの、探るもの、敵意もある。
正しく、振舞わねばならない。その為の手順は分からない。ならせめて誠意を見せなければならない。
俺は姿勢を正し、まず頭を下げた。
「危険を知りながら、援軍にやってきてくださいました皆様。まずは、一個人としてお礼申し上げます。ありがとうございます」
視線が強まる。最初に弱いところを見せるのは、悪手だという事は俺も知っている。そういう文化でも世界でもないという事を。だけどやる。そしてその上で、ダンジョンマスターとして振舞おう。
「次に、ミヤマダンジョンのダンジョンマスターとして帝国貴族の諸君に伝える。参戦に感謝する! これへの報いは必ずする。皇帝陛下と始祖オリジンに誓おう!」
強く、発する。ダンジョンのモンスターたちにそうするように。領主たちの表情が変わる。侮っていた者、敵意を強めていた者。目を覚ます様に。
「諸君らの助力があれば、明日の勝利は確実だ。その力、当てにさせてもらう。我がダンジョンに、ようこそ!」
「ダンジョンマスターに、礼!」
ダリオの掛け声に、即座に反応できたのはブラントーム家の面々だけだった。まあ、何の練習もできていないのだからそうなるだろう。……あるいは、俺も少しは圧というものを出せたか。
「皆さんの受け入れの準備をする。少々お待ちいただきたい。……アロンソ男爵、打合せをする。こちらに」
「畏まりました」
ダリオを連れてダンジョンに入る。半分は本当に、打合せの為だ。正直完全に飛び入りだから準備なんて何にもないのだから。
もう一つは、もう単純に話がしたかった。
「なんで来ちゃったの。危ないってわかるでしょうに」
「おいおい。大将とダンジョンに倒れられたら、色んなもんがおじゃんになるっつーの。助けないって選択肢はねーんだよ」
貴族の耳に届かない場所まで歩いて話しかければ、いつもの調子のダリオが答える。
「そうかもしれないけどさぁ、なにもダリオがこなくても」
「ウチで一番腕が立つのが俺なんだからしゃーねーべ。あと、連中に見栄を張らなきゃいけない立場でもあるんだよ」
「やっぱりそういうヤツ?」
「ぶっちゃけただの寄せ集めだから、俺とブラントーム家以外は戦力としてあてにしないでくれ。今回はほぼ政治だ」
「だよねぇ」
さっきはあんなこと言ったが、ぶっちゃけあんまり強そうには見えなかった。もちろん一般人よりは間違いなく上なんだろうが、モンスターを楽々退治できるかといえば首をかしげる。
「彼らについては、ダリオに任せていいんだよね?」
「おうよ。手間はとらせねぇよ」
「じゃあ、そういう感じで。とりあえず寝床やらを準備しなきゃならんのだけど」
「ブラントーム家の連中がいろいろ持ち込むって話だぞ」
「マジ助かる」
戦力としては当てにならない、飛び入りの援軍。しかし、それでも俺はうれしかった。誰かに助けてもらえるというのは、非常に心強く感じる。
どれだけ手を尽くしても、勝利できる確信など得られない。常に不安に苛まれる。多くの命を預かっていればなおさらだ。だからこそ、うれしい。例え戦力としてわずかでも、プラスが増えたと思えるのだから。
これで戦える。それは、確信を持って言える事だった。