ガーディアン雇用制度
朝が来た(ダンジョン内に日は差し込まないが)。朝飯作った。みんなで食べた。モンスターたちは日常業務へ。俺は、身だしなみを整える。
髭剃り用とはいえ、ナイフでやるのは結構怖い。とはいえ、無精ひげで女性の前に立つのはなんとも格好がつかない。泡を立てて、口元に塗って髭を剃る。
この世界、いわゆる中世ファンタジーからだいぶ外れているように思う。魔法の冷蔵庫もそうだし、今使っている鏡もだ。はっきりと映る鏡というのは昔はなかったらしい。何かで読んだ……ラノベで読んだ。ううん、調べておけばよかった。スマホがないのは不便だ。
ともあれ。ダンジョンコアはレアものらしいので例外とするにしても。商店でこういうものが買える時点で、技術や流通はだいぶ進歩しているのではなかろうか。ダンジョンから出られないのでこれ以上の確認はできないが。
「……よし」
今日は失敗しなかった。顔に赤い線が入っているとアレだしな。まあ、ダンジョンマスターの力で一時間もしないうちに消えるんだが。
洗濯した作業着、ヨシ。寝ぐせ、ヨシ。髭、ヨシ。鼻毛……。
「……ハアァックショイ! ……ヨシ!」
さて、コアルームに行くか。
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「こちら、モンスター配送センターお問い合わせ窓口です。おはようございますミヤマ様」
ヤルヴェンパー女史、朝から輝く笑顔で対応である。さすがに二連続やらかしはない。残念。
「おはようございます。朝早くからすみません」
「いいえ、業務時間内ですしこれが仕事ですので」
時計買わないとなー。というか業務時間は八時半から五時半でいいんだろうか。いや、そもそもこの世界、この星は一日二十四時間なんだろうか。疑問はいくらでもわいてくるがいつも通り横に置いておく。
「えーと、自然洞窟部分の初期整備は順調。最低限の食料調達もできてます。住居環境もとりあえず整えました。そろそろ、戦闘用モンスターを雇用しようかと。先日、初襲撃もありましたし」
「初襲撃。被害はどの程度でしたか?」
「おかげさまで、ケガしたコボルトは出ましたが治療済み。死ぬほど疲れた程度で済みました」
「それは。初撃退おめでとうございます」
しばし、昨日の事について情報交換をした。自分が釣り餌役をやったり殴り合ったりした話をしたら、表情を曇らせた。
「なるほど。壁役と攻撃役がほしいというお話はもっともかと。多くを雇うのは負担が大きくなりますから、ここは強いモンスターを一体ずつ、でよろしいですか?」
「ええ、そういう感じで。それで、ですね」
ちょっと、気合を入れる。さて、彼女はどうでるか。
「人間を餌にするようなモンスターは、ナシにしてください。うちのダンジョンには要りません」
画面の向こうの表情が、真剣なものになる。
「……そういったモンスターは、コスト面で優れていたり強かったり特殊能力があったりするのですが。それでも、選択肢から外す、でよろしいのですね?」
「はい、構いません」
互いに、これ以上なく冗談抜きの表情で見合う。……そして、彼女がお辞儀した。
「かしこまりました。では、そのように対応させていただきます。……参考までに、なぜそのような結論に至ったかお聞きしてもよろしいですか?」
俺はしゃべらない。ただ、本を持ち上げて彼女の画面をとある方向へ向ける。部屋の隅に転がったままのクソカタログに向ける。
「見えますかね?」
「……なるほど、よくわかりました」
本を台へと戻せば、彼女は苦笑を浮かべていた。
「いちハイロウとして、同族の失礼をお詫びいたします」
「他社のやったことです。貴女が詫びることじゃないですよ。ただ、改めてあそこを利用する気が失せました。心底」
はっはっは、と笑って見せる。もうあの本、穴掘って埋めておこうかな。ヤルヴェンパー女史、ぽんと手を合わせる。
「えー、では。お勧めできるモンスターですが、まず防御の方から。ミヤマ様のダンジョンには水が湧き出る場所があるという事ですので、こちらはいかがでしょう」
彼女が手を動かすと、なんと本がひとりでにページをめくり出す。いまさらながら、これは魔法の本なのだろうなぁ。こうやって連絡できるし、あっちのクソカタログのように頑丈でもあるし。……そうか、頑丈ではあるんだよな、アレ。
『マッドマン 五コイン 泥の精霊です。同時に、水と土の精霊でもあります。土の精霊のように物理的な壁となることができます。ですが泥なので崩れやすくもあります。そして水の精霊でもあるので、あっという間に元の形を取り戻します。無理に通り抜けようとすれば、体に泥がまとわりついて行動を阻害します。その状態でも、別にマッドマンは倒れていないので攻撃も行動阻害も思うがままです。それほど強力な攻撃はできませんが、やりようによってはベテランの戦士すら倒すでしょう。呼吸ができねば大概の生き物は死ぬのです』
さらっとえぐいことが書いてある。しかし、なんというか壁役になるために生まれてきたようなスペックを持っているなこいつ。……田んぼがあれば別の活躍方法もあったのかもしれない。その場合名前は泥田坊だろうか。
「沼さえダンジョン内に用意してやれば、まず倒されることはありません。ダンジョンがある限りいくらでも復活してくれますよ。精霊殺しみたいな理不尽な魔法や能力、魔剣などを使われない限りは」
「使うやつは使ってくるってことですねわかります。しかし、うん。お勧めされるだけありますね」
シルフと同じく食事不要というのがありがたい。大変なんだもの、朝昼晩のごはんの準備。この後、何体か別のモンスターも紹介してもらったが、壁役はこのマッドマンにすることにした。ただ、召喚はダンジョン内に沼を用意してからということに。……虫とか湧きそうではあるが、スライム・クリーナーがいるから大丈夫だろう。
「それで、攻撃役なのですが……ご予算、いかほどでしょうか?」
「むむ」
初襲撃の報酬合わせて二十六枚。マッドマンに五枚で二十一枚。すべて使うのは論外。弱いやつを呼んでも意味はない。ある程度思い切った投資は必要。それを考えると……。
「コイン、十枚で」
絞り出すように声を出した。いよいよ財布の底が見えてきた感じである。ゲームなら初期資金全部使って限界まで装備を整えるものだが、これはリアルで生活がかかっている。収入が安定しない以上、多少のたくわえは常に持っているべきだ。
「かしこまりました。でしたら……ミヤマ様に、お勧めの制度があります」
彼女は、完璧な営業スマイルでこういった。
「ガーディアン雇用制度、というのですが」
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ガーディアン雇用制度。モンスターではなく、人間や亜人とダンジョンコアを通して契約する制度。契約方法はモンスターと同じ。衣食住ダンジョンマスターが世話をする、というのも同じ。蘇生費用もダンジョンマスターが支払うが、復活させるかどうかはこちらが判断する。蘇生代は本人の能力によって変動する。
給与は原則発生しない。ダンジョンに住むことが報酬。これははるか遠い昔、ダンジョンが最も安全だった頃からの伝統だとか。とはいえ、時代にはそぐわないので現代においてはダンジョンの収入が安定してから専門家と相談するのが一般的。つまりウチのダンジョンでは無給労働となる。
悩ましい。まず、無報酬というアホみたいな話で人が来てくれるかという大問題がある。まあこれはヤルヴェンパー女史が大丈夫だといってくれているので、俺は考えないものとする。
次の問題。モンスターより明らかに手間がかかる。なんといっても意志を持つヒトだ。性格の不一致、コミュニケーションの失敗による不和、労働環境への不満……う、頭が。
そう、ガーディアンとかいっているがつまるところ人を雇うという事なんだ。生半可なことじゃない。デメリットはヒトであること。メリットもヒトであること、か。
「面接は……させてもらえるんでしょうか?」
「もちろんです。あくまでこちらは、ふさわしい人物をご紹介するだけですので。……ただその、人の流動が激しいためカタログで人材を紹介できないのが申し訳ないのですが」
つまりギリギリにならないとどんな人が来るかわからんという事か。……まあ、合いそうにない人は面接ではねればいいわけだ。●●様のより一層のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます、という……古傷がうずく。こんな記憶ばかり残っているというのが嫌すぎる。
「……コイン十枚となると、うちの最大戦力シルフ・エリートに匹敵する、と? そんなヒトいるんですか?」
「はい、もちろんです! 魔法、奇跡、武芸。技術に熟達した者を責任もってご紹介させていただきます。今回ミヤマ様のダンジョンが必要とするのは物理的な攻撃能力の持ち主でしょうから、そういったヒトをご紹介させていただきます」
さすがはファンタジー世界。ヒトの持つ戦闘力がモンスターに匹敵、それ以上になるとは。レベルアップ、とかはないよなこの世界。そんなにわかりやすいなら苦労はない。
かなり悩む。かなり悩むが……とりあえず、制度を利用することにした。雇うかどうかはこちらで決められるのだから、最悪モンスターに切り替えてもいいと言われたし。
「じゃあ、一つよろしくお願いします」
「はい、かしこまりました……といいたい所なのですが」
おっほん、と咳払い一つ。ヤルヴェンパー女史、まじめな顔で指を一本立てる。
「ヒトを迎え入れる以上、生活の場があることが必須条件です。モンスターはかなりタフなのでそのあたりある程度雑でも構わないのですが、ヒトはそうはいきません」
「まあ、そうですが。えーと、一応、俺こうやって生きているのですが」
「ダンジョンマスターのみ使用できる生活環境、ではガーディアンを迎え入れるのに不都合があると申し上げています。というわけでして、一度そちらにお邪魔してチェックを受けていただきたいと」
「なんですと?」
思わず聞き返す。いや、別にやましいものは何もない。やましい思いも、もちろんない。だが他人を、ましてや女性を自分の生活空間に招き入れるなどというのは身構えて当然じゃあないだろうか。
清掃、片付け……大丈夫。清掃はスライムが、片付けはコボルトがまめにやってくれている。今招いても問題は……ない、はずだ。
「不都合があるならもちろん取りやめます。ですが当然、ガーディアンの紹介は……」
「や、大丈夫です。どうぞ、おいでください」
「……いいんですか?」
「新戦力の加入は死活問題なので……」
「本当に、いいんですか!?」
ドアップになってかなり食い気味に聞いてくる。うーん、アップでも絵になるヒトは限られているというが、ヤルヴェンパー女史はそちら側にいらっしゃるようだ。なんでこんなにエキサイトしているかは不明だが。
「大丈夫ですから、どーぞおいでください」
「では早速! ……いえ、ちょーっと準備してまいりますので、またこちらからご連絡差し上げますね? すぐ戻りますから! すぐ!」
それだけ言い切って、通信が切れた。……そういえば彼女、一番初めの時にドジってたっけな。……もしかして、テンション高い方が素か?
それから、しばらく。時計がないから具体的な時間が分からないが、せいぜい三十分程度か。モンスターカタログから呼び出しのベルが鳴った。
「はい、ミヤマダンジョン……」
「お待たせしました! 早速お邪魔させていただきたいのですが!」
なんかこう、明度二十パーセントアップみたいにヤルヴェンパー女史が輝いている。あと、画面端に同じ制服っぽい男女(全員イケメン&美女)が複数人見切れているんだが。……まあ、いい。ツッコミいれて長引かせてもアレだ。
ヒトをダンジョンに招く方法はそれほど難しくはない。カタログの表紙に手を置き、頭の中でいらっしゃいませと招くことを思い描くだけ。後はいつものごとくコアと本がやってくれるとの事。
実際やってみると、すぐに反応が現れた。床に現れる半径一メートルの模様、魔法陣。赤い輝きが数秒にわたって段階的に強くなり、大きく光った。
現れたヤルヴェンパー女史は、やはり目を奪われるほどに美しかった。つややかな黒髪、魅惑的な琥珀色の瞳。そして抜群のプロポーション。こんな状況でなかったら恋に落ちていたかもしれない。こんな状況だからこそ、自制できている。
さてそんな女史なのだが……大きな手提げ袋を持っていらっしゃる。袋から見えるほどに詰まっているのは、何かの果物だろうか? だがまあ、これはいい。問題は彼女の表情だ。半泣きである。
「……いらっしゃいませ。えー、こういう形で会うのは初めてですね。いつもお世話になっております。……で、どうかされましたか」
「いえ、その……仕事で行くのにはしゃぎすぎだと上司に叱られ……注意を受けまして、はい。あ、これ、ダンジョンの皆様とどうぞ」
「これはご丁寧に」
通信から召喚までのわずかの間に事件が起きていた模様。まあ正直、あのテンションは絡みづらいというか、対処に困っていたので助かる。ありがとう、上司さん。
「じゃあ、どこから見ていきますか」
「まずは居住区から……と、その前に」
彼女はダンジョンコアに対して胸に手を当てて一礼した。数秒頭を下げ続けたところを見るに、かなり丁寧にやっている。まるで貴人や神への振る舞いだ。ダンジョンに来ると決まったときのはしゃぎぶりといい、なにかあるのか。
「お待たせしました。それでは、よろしくお願いします」