決戦前夜の悩み事
方針が決まれば、行動あるのみ。まず、今日の戦闘で疲労した者達のケア。彼らにはきっちり休んでもらう。食欲が無くても食べてもらう。まあ、ドワーフたちは一休みの後には先日と同じ食べっぷりを披露してくれた。これなら明日も大丈夫だろう。食事中も、
「明日も大一番が待ってるぞ! 相手は大敵、苦痛軍! きっちり食って力ぁ戻すぞ!」
「押忍!」
という元気ぶりだったし。
ほかの者達も、疲れはあるものの心が折れていた者はいなかった。皆強い。本当に助かる。いや、ケアが必要なものが若干名いた。
「二人とも、大丈夫か?」
「ミヤマ様……。はい、もちろん自分は大丈夫です」
「私も、問題ありません」
全然大丈夫じゃない表情の、ダニエル君とセヴェリ君である。エラノールに聞いたところによれば、先の戦闘では随分頑張っていたとの事。……それ以上にゲストの皆さんが大はしゃぎで暴れまわっていたから戦果の方はほどほどだったという話も。
彼らにはお客様対応を任せていた。明日への準備については、俺や一部のメンバーだけで行えるものだったこともあるし。今はそれも終わり、居住区の片隅で休憩中である。
「流石に疲れたでしょ。予想外の事も起きたし」
「それは……まあ、はい。正直、アレには驚きました」
「ペインズを見たことは今までもありましたが、あんなに近かったことは今までなくて……しかも魔法がほとんど効かない」
「弓矢も、あの水の守りを越えられなかった。例外はオリジン様……あっ」
失言に、両手で口をふさぐダニエル君。
「そうそう、それもきついよね。まさか帝国で一番偉い人が来るなんてふつう思わないものね」
「……お気づきになられたのですか?」
「さっきね。あの投げっぷり見たら、直感的に。ああ、あの人のまねをしてるんだな俺はって」
我ながら、ちょっと無理があるような事を言っている自覚はある。しかし、推測できる要素もある。百発百中の投擲能力。これはダンジョンコアから与えられている。そして、それを製造したのはグランド・コアだ。
グランド・コアがオリジンと直接つながっているかどうかまでは分からないが、伝説にもあるようにかなり親密な協力関係なのだとは推察できる。であればグランド・コアが、彼女の特異な投擲センスをダンジョンマスターの標準装備スキルとして配布しようと考えたのではないだろうか。
何故、剣でも魔法でもなく投球能力なのか。ここまでくると流石に根拠のない話になってくるが、おそらくはその即応性故だとおもう。何せ、何かを投げるという能力は全ての人間に備わっている。剣だの魔法だの、今まで知らないもので戦えというよりもはるかに適応性は高い。
加えて、かなりの汎用性もある。石を投げるだけでも、そこいらのザコモンスターを一撃で倒せる。鉄球なら、オーガだって倒せるだろう。短剣、槍といったものでも威力は十分に出る。極論、投げられてある程度の硬さと重さがあれば何でもいいのだ。
使用者である俺だから言う。この能力で良かったと。そりゃまあ、もっとファンタジーな能力であれば嬉しかっただろう。これがゲームであれば、しょぼいし華がないと嘆いただろう。
だがこれはリアル。自分と仲間の命がかかっているのだから、こんなに使い勝手の良い力をもらえた事に文句を言うのは恥知らずだ。なお、そもそも異世界に来たくなくなったという意見はここでは伏せる。
まあとにかく。オリジナルの投擲能力をもつ彼女はオリジンに違いない、という俺の推察はダニエル君の発言で補強された。
「今日はもう休んで、明日に備えようか。明日を乗り切ればひと段落つくから」
「「……」」
返事はない。二人して、思い悩んでいる。少し、待つ。それが必要だと感じたのだ。ややあって、ダニエル君が口を開く。
「自分は、結果を出さなければいけない立場にあります。なのに、それができていない……」
「私もです。ヤルヴェンパー公爵家の次期当主として、ふさわしい振る舞いをしなければならない。だというのに……」
「なるほどなぁ」
さて、どうしたものか。貴族の細かい機微はさっぱりだ。だけど、ハイロウだろうとモンスターだろうと一つの群れとして行動するなら、秩序が必要。てっぺんにいるやつは立派じゃないと下にいるやつの不満が抑えられない。
その辺当たりの事は、それなりに分かっているつもりだ。そして、生まれてずっとそうやってきた二人には当たり前の事ができていないからストレスと。
俺の感想といえば。この若さで、現状ここまでやれている。凄い事だと思っている。俺が彼らの年頃だった頃、こんなに働けただろうか。無理だ、絶対できない。
かといって、十分やれているよと言葉をかけても納得はすまい。同じ男だ、よくわかる。ならばどう言葉をかけるべきか。甘やかさず、厳しくし過ぎず。ああ難しい。よそ様の子を安易に預かるんじゃなかったなあ! 後の祭り。
お茶を飲みながら何とか言葉を作った。さて、上手くいくかなぁ。
「ダニエル君。君は今、最強のモンスターかな? クロードさんを楽々ぶっ飛ばせるかな?」
「いえ、そんな。いまだ自分は、父上の足元にも及びません」
「セヴェリ君。君は世界最強の魔法使いかな? 隕石とかバンバン落とすような」
「いいえ。まだそこまでの高みには至れていません。使えぬ呪文も多く、恥ずかしい限りです」
「結構。二人とも自分が未熟であるという自覚はあるわけだ」
二人とも、顔を伏せる。それに対して、さらに言葉をかける。
「でも、君たちは今よりもっと未熟な時期があったとおもう。その君らが、今はダンジョンのガーディアンをやっている。成長する能力を君たちは持っている。そしてそれには時間がかかることも、実体験として知っているはずだ」
二人の目が俺に向く。正直言えば、こんな偉そうなこと言う資格はこれっぽちもない。しかし未来ある若人の為なら道化を演じるのも、大人の仕事なのだろう。かつて、俺を導いた人たちもそうだったはずだ。
「今すぐ、最強にはなれやしない。一歩一歩やっていくしかない。それはわかるね?」
「「はい」」
「じゃあ、今できる一歩は何かな?」
「明日に備えて休むことです」
ダニエル君の、多少元気を取り戻した声。俺は頷く。
「よろしい。正直言えば、俺も完璧とは程遠い。皆に支えられて何とかやっている。その支えてくれる人たちだって欠点をそれぞれ持っている。だが、カバーしあってここまでやってきている。明日は、君たちそれぞれが精一杯やってくれればいい。君らの家の人たちがどう思おうが、ダンジョンマスターである俺が望むのはそれだけだ」
「……精一杯、頑張ります」
セヴェリ君が、疲れているだろうにしっかりとまっすぐ立った。再度、俺は頷く。
「よろしい。二人とも、お疲れ様」
「「お疲れ様でした」」
席を離れる二人を見送る。見えなくなってから、テーブルに突っ伏す。隣に、人の気配。
「お疲れ様でした、ナツオ様」
イルマさんが隣にいた。多少体力が回復したらしい。先ほどまでの疲れっぷりはもう無いようだ。
「……これは、お恥ずかしい所を」
「とんでもない。ご立派でしたよ?」
「上手くできてましたかね」
「あの子たちも貴族として育って本音を隠すことを覚えていますが、少なくとも今の振る舞いは心からのものでしょうね。でなければそもそも、弱音を表に出したりしませんから」
「……若いのに苦労してんなぁ」
あの年ごろの俺は何をしていたか。大したことはしていない。本屋でエロ本買うのにバカみたいに緊張した事を思い出す程度だ。後は何だ? 自転車で盛大に素っ転んだり、テストの点が悪くて絶望したり……本当ろくなもんじゃないな。
今だって、いつもいつも場当たり的に状況に対応するので手一杯。立派なダンジョンマスターには程遠い。
「イルマさん。俺はね、立派な大人になりたかったですよ。子供のころは、そう思ってました」
「ナツオ様は十分やっていらっしゃると思いますけど……理想が高いんですね」
微笑まれる。いろいろ弱っているから、ただそれだけで心が跳ね上がる。だが、身の程知らずという事は骨身に沁みているから馬鹿な真似はしない。
「立派な大人、立派なダンジョンマスター。立派ってやつは、目指せば目指すほど遠くに感じますよ」
「じゃあそれこそ、あの子たちに言ったようにするしかないんじゃないですか?」
言葉が出なかった。ああ、まったく。自分で言ったのだから、それには責任を持たなきゃいけない。それが大人だろう。俺が思い描いて、社会に出たらどこにもなかったもの。あるいは、俺の視野が狭くて見つけられなかったもの。
「これに耐えているんだから、やっぱあの子らはすげぇなぁ」
「じゃあ、ナツオ様も頑張らないといけませんね」
「頑張りたくないー。頑張りたくないけど、あいつらに情けない所見せるのは耐えられない。頑張るかー」
「大変結構です。じゃあ、ちょっと元気が出るおまじないです」
頬に、柔らかい感覚。鼻をくすぐる、良い香り。暖かな気配。
「!?」
驚いて振り向けば、そこに彼女の姿はもうない。魔法使ってまで消えなくても! というか、というか!
俺! 俺何されちゃったの!? されちゃったの!? チューされちゃったの!? 俺が!? 俺がーーーーーーー!?
ウッソだろマジかようひゃああおおおおおおお! 大騒ぎしたら周囲にばれるから、ひたすら悶えた。身体をひねった。無駄に屈伸運動などしてみた。
コボルトが何匹か、こちらを不思議そうに見ていた。