かつての、そして今ある脅威
結論から言えば、殿組は全員帰還した。大怪我もない。ただ、消耗は非常に大きく本当にギリギリだったようだ。特に親方達は限界まで頑張ってくれたようだ。今はベッドで休んでもらっている。ほかの者達も、似たようなものだ。
ペインズはどうなったか。聞くまでもない。動かずにその場にいれば、足の下からかすかな振動が伝わってくる。下で何やら暴れているようだ。放置していい物ではないが、さりとて早急に行わなければならないというわけでもない。
さて。俺は燻る熾火氏族のダークエルフ、ペレン氏に一通りの説明をした。さらってきたのだから、謝罪を兼ねてこれぐらいはする。すると、
「あの忌まわしき者を目覚めさせてしまうとは……何という事をしてくれたんだ!」
「責任取ってぶっ殺しますので」
「当たり前だ! あれは絶対に放置できん! いいか? 我が部族に伝わるところによれば……」
と、彼は興奮したままに知りえる伝承を教えてくれた。非常に、ありがたい事だった。俺が抱えていた疑問。あの廃都はなんなのか。何故ペインズがあそこにいるのか等々という事へのアンサーだった。
今をさかのぼる事、約千年前。この地にはエルフの都があった。名前をプルクラ・リムネー。広大な湖を持ち、水の大精霊レケンスの守護を受けた美しき都市。幾度とあった侵略存在の襲撃もはねのけたエルフの誇り。
しかしそれも、ついに滅びの時を迎えた。苦痛軍の大侵攻により、周囲の国家はことごとく陥落。それによって膨れ上がったペインズの群れが、プルクラ・リムネーに襲い掛かったのだ。
エルフたちは良く戦った。蝗の群れのごとき数となったペインズと、三日三晩戦い続けた。しかし、それでもなおペインズの数は多かった。
このままでは都市は陥落する。都市の下にはレイラインが通っている。もしペインズがここを押さえれば、さらなる災厄を生み出す拠点となってしまう。
覚悟を決めたエルフたちは、まず地下水路を使って住民を逃がした。船では攻撃されるので、精霊の力を借りて水の中を行かせた。次に、この地を襲撃するペインズの長を湖に引きずり込んだ。
残念なことに、この方法で長は倒せない。倒すと、ほかの個体に乗り移るのだ。全滅させない限り、長は倒せない。
なので、エルフたちは封印することにした。その手順とは。
「水、土、泥の精霊を使役するとてつもない儀式を行ったと聞いている。その力により、この地一体を地下に沈めたのだ。この下には湖と都が、プルクラ・リムネーがあったのだろう?」
「ありましたね」
「やはりか。貴様が見た通り、這い上がる事の出来ぬ牢獄を作ったのだ。そして、最後に蓋をした」
「ふた」
「そうだ。山一つを呼び出して、上からかぶせたのだ。今でも、上の森には不自然な岩山があるという。それがその時の名残らしい」
……森の中にある、不自然な岩山。それってもしかしなくても。
「うちのダンジョンじゃねーか!」
「……おお。たしかに、プルクラ・リムネーの真上がここであるならそういう事になるのだな」
まさか、自分の住んでいる所がそんな歴史的建造物……じゃなくて岩だとは思わなかった。いや、ふつう思わないか。ともあれ、これで廃都の謎もあのエルフのアンデッド達の事も由来が分かった。
「なあるほど。それでいろいろ合点がいきましたよ」
「……オーナー殿」
ひょいと現れた彼女。その正体について先ほどやっと気づいた。……道理でダニエル君やセヴェリ君がああなるはずだ。なにせ帝国の神様のような人だものな。
彼女は持っていたコップをあおる。中身は酔い覚ましのための水だ。そしてお代わりをトッポ氏から貰いながら話を続ける。
「地盤沈下と岩山召喚。どちらにしても、エルフだけでは無理な大儀式。アラニオス神も力を貸したでしょうが色々と足りない。そこでレイラインの力を限界以上に行使したのでしょう。結果、レイラインは大きく破損。ペインズは当初の目論見を達成できなくなった。それも目的としてあったのでしょう。いやあ、エルフあっぱれな働きです」
……挙句、アンデッドになってまで戦い続けたと。千年、だ。ただただ、頭が下がる思いだ。
「レイラインは破壊され、地下に閉じ込められ。まあ、普通だったらペインズといえど絶体絶命ですね。あれは生き物を取り込んで動きます。一度取り込めば外部補給がある限り長持ちしますが、死体ではいけない。死体は物。魂が無ければ呪文は使えませんからね」
「呪文、ですか?」
「ええ。ペインズの本体はあの紫の茨。他者に伝播する呪いこそがその本質。はるか遠い昔、どこかの誰かがぶっ放したそれが、今もまだ多次元世界に迷惑をかけているわけです。百度殺しても足りないって感じですけど、ここまでの強度なので間違いなく魂崩壊してますね。輪廻転生もしない。残念半分、安心半分」
……さらっと、とんでもない情報が公開された気がする。周囲を見やれば信じられないといった表情の人々がちらほら。主にハイロウの皆さん。
「では……オーナー様。ディスペルすれば、ペインズは倒せるので?」
まだ疲れが取れず、椅子に座ったままのイルマさんが手を上げて質問する。オーナー殿はそれに対して首を振る。
「と、思うでしょう? 過去から現在にかけて、いまだにそれを成し遂げた者は一人もいません。神々ですら成功していません。ペインズのこれはいわゆる根源魔法。魂を持つものは、例外なくその根源にそった魔法、奇跡を宿しています。ですがほとんどのものはこれを使えません。威力が高すぎて一度使えば魂が崩壊するからです。実際は、発動前に崩壊しますけどね。ですが一度でも発動すれば……結果は我々が知る通り。まあ、ペインズのはその中でもとびっきりですけどね」
ポロポロ飛び出す、世界の秘密っぽいもの。これだけ人が集まっているのに、うめき声一つ上げられない。例外は、内容をさっぱり理解していないコボルト達ぐらいなもの。
そして、そんな俺たちをほったらかしてオーナー殿の独演会は続く。
「話が盛大にそれました。戻しますが、閉じ込められたペインズは、百年もしないうちに滅びるはずでした。所がそこに、エルフがアンデッドになって襲い掛かります。これがいけなかった。アンデッドならば、死んでいても魂がある。それを取り込めば、死体であっても活動ができる。かくして、アンデッド・ジャイアントのペインズが誕生したと。正直、久しぶりにびっくりしましたねあれは。レア中のレアですよ、アンデッドのペインズとか」
「うわぁ……最悪ですね」
呻く俺に、多くのものが頷くことで同意を示す。
「水の大精霊……レケンスといいましたか? 誤算だったでしょうねぇ。だからこそ、自らを封印の道具としたのでしょう。自分が取り込まれれば、これ以上アンデッド達もヤツに囚われない。ペインズとしても、永遠に衰えることのない大精霊を取り込めればそれ以上の補給は必要ない。かくして、千年眠り続ける体制が完了した、と」
「……ペレンさんの説明だけで、よくそこまで推察できますね」
「伊達に長生き……コホン。ちょっぴり、皆さんよりお姉さんなだけです。いいですね?」
「ハイ、ソウデスネ」
突っ込まないぞー。見えている地雷を踏みにはいかないぞー。
「そういえば、マスター殿。確かダンジョンマスターになってすぐ、ペインズを一体倒していましたね?」
「……はい。その通りです」
どうやって知ったんだ、などとは聞かない。ヤツと繋がっているのなら、情報は取り放題だろうから。
「アレはおそらく、下のペインズの端末です。本来であるならば、レイラインの復活を待った後にそれを確保。封印を解いて合流する腹だったのでしょう。ですが……」
「ダンジョンメイカーによって、ダンジョンコアが先に設置されてしまった。ダンジョンが発生し、俺が配置された。防衛拠点になってしまい、慌てて突撃したが……」
「敗北、と。いやあ、千年待ったのにこの結果。奴の目の前で『ねえ今どんな気持ち!』って煽りたい!」
かんらかんら、と黒い笑いを放つオーナー殿。……思う所は色々あるのだろう。それについて思いをはせる事しかできない。
しかし、そうしていられないのが現状の事情。下から来る振動は、絶えていないのだからして。
「オーナー殿。それにペレンさんも。説明ありがとうございました。さて、ここからはあのアンデッド・ジャイアントをどうやって討伐するかという話をしていきたいと思うのですが。……差し当たって、まずは大精霊レケンスの対処から」
レケンスがペインズに囚われている限り、物理攻撃が大きく防がれてしまう。あの巨体を攻略するにあたり、攻撃手段が絞られるのは良くない。
俺の言葉に手を上げたのは、イルマさんの上司のマニウスさん。
「おそらくですが……あの湖に、放水路を作れば行けると思われます」
「放水路?」
「はい。精霊は、己の宿る場に影響を受けます。例えば風の精霊。風の強い場所ならその力を増します。逆にまったく動きのない閉所に閉じ込められてしまえば正気を保てません」
俺の目の前でエアルが踊っている。モンスターカタログにもそんなことが書いてあったな。そして、流石はモンスター配送センターの職員だ。モンスターについては一家言ある様子。
「現在、地下の湖には流れがありません。そこで、ダンジョンの御力で穴をあけていただき放水路を作ります。今まで留まっていたものが、流れ出る。その影響を精霊は必ず受けるでしょう」
「……ペインズから精霊はのがれる事ができるんだろうか?」
俺の疑問に答えるのはやはり年の功……ごほん、長年の経験を持つオーナー殿。
「普通は無理です。ペインズの呪いから解き放たれる術はありません。ですが……あのペインズは活動エネルギーを精霊から賄っています。どちらがパワーを持っているかといえば、精霊なんですね。それを力づくで押さえつけようとすれば、あっという間にパワーが尽きます。アレにも一応思考というものがありますから、自滅の可能性が高ければそちらは選びません」
「つまり、自分から精霊を解き放つと?」
「可能性は十分ありますね。仮にそれに抵抗したとしても、外部から攻撃を加えてやればよろしい。防御に専念するようになれば、精霊を押さえている余裕はなくなるはずです」
「なるほど、じゃあそれで……」
「待った! それには二つの問題がある!」
ここで、黒い手が大きく上げられた。ペレンさんである。伺おう。
「問題とは、なんでしょうか?」
「まず第一に、地下世界に水が流れ込んだら我々が大迷惑だという事だ!」
「ああ……それは、たしかに。では事前に避難していただいたり、あるいは都合のいい場所を指示していただければ……」
「第二に、地下にいるのは我々だけではないという事。数多くのモンスターも生息しているのだ。そこに大量の水なんて放り込んでみろ。たちまち大騒ぎになること間違いなしだ」
「ええっと、それでは地下のモンスターが静かになるまでダークエルフの皆様には一時的にダンジョンに避難していただくというのは……」
「ねえ、ボス。ちょっとちょっと」
俺の袖を、ミーティアが引っ張る。この手の話し合いに彼女が口を出すのは珍しいな。
「どうした?」
「そのモンスター共、放水路? って所からなだれ込んでこない?」
「あ」
そうだった。モンスターたちはダンジョンを目指す。ダンジョンメダル、ダンジョンマスター、ダンジョンコアを目指して襲ってくる。入り込んでくる可能性は、十分にある。
「これ、放水路作戦は止めた方がいい?」
「そうすると、今度はペインズへの手段がなくなりますよ? 精霊からの略奪がなくならないと、多少の破損なんて再生させてしまうでしょうから」
「マジですか……」
ならもう、放水路は作るしかない。モンスターとペインズ、二面作戦をやらなければならないか。唯一幸いといえるのは、ペインズがアンデッドであるという事。そして、今うちのダンジョンには対アンデッドの戦闘員がいるという事。そう、神官力士たちである。
彼らを主軸にペインズと戦い、残りはモンスターと戦ってもらう。防衛設備を再設置すれば、何とか耐えられるだろう。厳しい戦いになるだろうが、勝機はある。
この考えを、皆に開示した。とりあえず、否定的意見は起きない。ペレンさんが何か言いたそうであるが、彼としてもアンデッド・ジャイアントの存在は許容できないのだろう。口をつぐんている。
基本方針は問題ないようだ。ただ、オーナー殿が俺をまっすぐ見ている。
「ええっと……何か?」
「この作戦には、ある見落としがあります。それは何でしょうか。はい、考える!」
「ええ。ひ、ヒント」
「最初からヒントを求めない。周りの知恵を借りてもよいので、自分で答えを探しなさい。ここまでの会話の中で、問題点は出ていますからね」
……さらっと、ヒント貰った気がする。さあ、何だ? 何を見落としているんだ? ここまでの会話?
しばらく、思い返す。ここまでの会話という事は、ペレンさんの話とオーナーの暴露と作戦会議だが……。
「ああっ!」
ここで、素っ頓狂な声を上げてロザリー殿が椅子から立ち上がった。
「ペインズが、逃げだす!?」
「正解! よくできました! 流石スフィンクス、問答はお手の物ですね」
オーナー殿が彼女の頭をなでに行く。めちゃくちゃ恐縮しているようだが、正直かまっていられない。
やっばい。まっずい。非常に最悪だ。ペインズが放水路から出てしまったらどうなるか。外のモンスターを取り込んでしまう。そうなったら、不安定なアンデッドの身体なんて投げ捨てるだろう。眷属もモリモリ増やして、数と質を兼ね備えて再侵攻してくる。
流石にそうなったら手におえない。エルフたちの頑張りを無にしてしまう。どうにかして、ペインズをモンスターと接触させずに倒さなくてはいけない。
……放水路を、ペインズとなるべく遠い所に開く? アリ、だと思うが決定的ではない。あいつは遅いが歩幅は大きかった。長距離移動は、それほど障害にならない。
あと、奴が動くと攻撃が難しい。広い歩幅で移動されては追いつくのも大変だ。置いて行かれるまであるだろう。
足止めは、できるだろうか。……泥道では無理だろう。それこそ、マッドマン沼クラスの大きな穴が必要になる。落とし穴は……上手くはまってくれるかどうか。使うなら、底に落とす手段が改めて必要になるだろう。
「う、むむ、う……」
唸る。決め手に欠ける。戦い辛い。そもそも、いつものダンジョンと違うというのがいけない。いつもなら、敵の来る方向は一つだ。そちらに向けて防衛戦を作ればいい。だが、地下はそれがない。広すぎる。方向も定まらない。これではどうやって戦ったものか……。
ここまで考えた時。唐突に、閃いた。そのひらめきの衝撃に、思わずテーブルをぶっ叩いた。ダンジョンコアの強化など使わないから、ただ大きな音が鳴るだけ。
「ミヤマ様、いかがなさいましたか!?」
エラノールが、駆け寄ってくる。答えられない。ああ、結局いつも通りか。これしかないのかというソレに、どうしようもない憤りを感じていたから。
だが、これしかない。これならやれる。これなら勝てる。
「みんな、聞いてくれ。勝ち筋が見えた」