遠き過去の災厄
拍手するオーナー。俺もつられて手を叩く。
「最後の最後で大逆転。見ごたえのある勝負でした。これは、ぜひとも帝都でもやってもらわねば」
オーナー殿はかなり相撲を気に入った様子。帝都興行かー。認知度がドカンと上がるな。メジャースポーツ入り確実だ。
相撲の未来に思いをはせたい所だが、俺には仕事がある。バリケードの方を振り向けば、エラノールが手を振っている。
「ミヤマ様ー! アンデッドがすべて倒れ伏しましたー!」
「まじかー!」
升席から飛び降りて、彼女らの元へ走る。防衛に忙しくしていた彼ら彼女らの手が止まっている。バリケードの向こう側には、スケルトンの骨が大量に転がっていた。
破損しているものは戦いによるものだろう。それらは、かなりの破損が見受けられる。そもそも、スケルトンは何処まで壊せば倒せるのか。魔法的な攻撃でないとだめなのか。生きていないだけに判断が難しい。結果過剰に破損させることになる。
なので、ほとんど骨が壊れていないのに倒れ伏しているスケルトンというのはとても目立つ。それが大量に見えると、余計に。実は動かないだけでいまだにアンデッドとして活動できるのではないか。そんなふうに考えもするが、おそらく無理だ。
あれだけうすら寒さを感じさせた冷気が、すっかり消えている。あるのは相撲の熱気を纏った神聖な気配だけだ。
「相撲、すごいな……」
「我が故郷の誇りでございますれば」
「なんか、今度帝都で興行だってさ。オーナーがめっちゃ気に入ってた」
「本当でございますか!? ヤタロウ様とご領主様にお伝えせねば……!」
そんな雑談をしていても、スケルトンが動き出す気配はない。視線の先、廃都の方も同じくだ。……途端、何かしらの気配を感じた。それを認識する能力を、俺は持たない。だが、ダンジョンコアのサポートがあれば可能となる。
目の前にいたのは、おぼろな姿のエルフだった。エルフの霊が、そこに居た。
『戦わねばならぬ……守らねばならぬ……封じねば、ならぬ』
エルフの霊は、もはや何の力も持っていない。執念一つで、死してなお形を保っている。一体どんなことがあれば、こんな意思を固めることができるのだろうか。
『アラニオスの御許に、向かうわけにはいかぬ……戦わねば……』
「もういい! 十分戦った! 戦いは終わったんだ! アラニオス神はあそこに御座す! 全員、もう休んでいいんだ!」
土俵を指さす。言葉が、霊に伝わるか。そんなことも考えず、ただ思うが儘に言葉を放っていた。死んでもなお、街を守ろうとする彼ら。俺はどうしても無碍には出来なかった。
『おお……アラニオス神……しかし、街を、守らねば……』
「あの街は俺が守る! 子孫が生き残ってたら遺品を渡す! 墓も作る! だから休め!」
『おお……おお……』
霊は、次々とその数を増やしていった。スケルトンから、白い霊が現れる。防壁から、街から。こんなにも、死にきれずにここにいたのか。俺はそれを、あまりに哀れだと思った。
これだけ数が増えると変わるのか。それとも神々の力によるものか。バリケードにいた皆も、霊の姿を見て驚いていた。
『頼む……奴は、まだ居る……』
その言葉と共に、霊たちが進む。その先にあるのは土俵……ではなかった。気が付けば、その場には巨大な輝く大樹があった。天井に届くほどに高く、枝ぶりは戦域全体を覆うほど。理由は語るまでもない。アラニオス神の御力によるものだろう。神々の奇跡に全く詳しくない俺でもわかる。肌で感じる。
エルフの霊たちが、大樹に吸い込まれていく。皆がそれを見送る。あるものは祈り、あるものは兜を脱いで首を垂れる。長い長い戦いの果てに、信仰する神の元に行けた。彼らの魂に安らぎがありますように。
やがて、すべての霊たちが姿を消した。大樹も消えて、その場にはまた土俵が戻っていた。
「とりあえず、これで目的は果たせたか。皆、ありがとう。お疲れ様!」
「アンデッドがああも未練を捨てるとは。お見事でございました、ミヤマ様」
上着を脱いでモフモフマッチョモードになったブレーズさんが声をかけてきた。良く戦ってくれたのだろう、毛がやや白くなっているのは骨粉だろうか。
「いやいや、今回は完全に相撲のおかげなので。アラニオス神の御力も。……しかし、奴ってなんだろう」
「奴? 何のことでしょうか?」
「え。エルフの霊がそういってたんだけど……聞こえなかった?」
「申し訳ございません。私はそこまで霊的な感覚が鋭くなく……誰か、聞いたものは?」
二つほど手が上がる。一人は冒険者チームの僧侶、デルク。もう一人……とカウントするべきかどうか。クラッシャーがブッチャーを掲げてアピールしている。
「やっぱり、聞き間違いじゃなかったか。奴は居る……どこに?」
ぐるりと一通り見渡してみるが、怪しいものなどもはやない。……散乱する骨については目をつぶるとして。
首をかしげていた俺の耳朶を、イルマさんの声が叩く。
「湖がっ!」
今回の為に用意した光源は、この空洞のすべてを照らすほどではない。湖も、水際こそ見えるが、奥に行けば行くほど暗い闇に包まれている。
そんな明かりで、わずかに見えている部分。風も流れもない湖が、波打っていた。強く、音を立ててうねっている。ダンジョンコアから、警戒が強く伝わってくる。
水面が、大きくたわんだ。高く持ち上がった水が、落ちて大きく音を立てる。音から察するに、相当な量。それを成すだけの何かが、そこに居る。
消えたはずの、冷たい不快感が再び現れる。アンデッドの気配。スケルトン達よりも強く冷たく、かつ不快。ざぶりざぶりと音を立てて、湖を歩いてこちらに近づいてくる。
紫の輝きが、見える。
「オオオォォォォォォ……ッ!」
心を削るような、大音響。咆哮に呪いでも備わっているのか、儀式によって清められた空気がたちまち吹き飛ぶ。
やがてそれは、闇の中から姿を現した。大量の水をその身に纏い、全身には紫に怪しく輝く茨。身体を構成するのは、死骸だ。エルフの、モンスターの、人の、動物の。数多くの種族の死骸を冒涜的に束ねて己の身体としている。
苦痛軍。三大侵略存在のひとつ。忘れもしない、恐るべき強敵。アンデッド・ジャイアントと呼ぶべきそれが、湖から立ち上がっていた。
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かつて戦ったペインズは、二メートルぐらいのオークもどきだった。それでも、まともな攻撃手段では倒せず窒息死という手段で退治した。
今回のペインズは、アンデッドである。大量の死体が紫の茨で繋がって、巨大な怪物となっている。全長十メートルほどの、アンデッド・ジャイアントだ。しかもいかなる魔法か、淀んだ水を大量に纏っている。見るからに、あれが攻撃の邪魔になりそうだった。
「仕掛けます!」
エラノールの、そしてエルダンの矢が放たれる。勢い良し。角度よし。狙いについては言うに及ばず。完璧に狙いすまされたその矢は、しかしやはり膨大な水の衣に阻まれる。
ほかの者達も、攻撃を放つ。炎の玉、氷のつぶて、理力。ことごとく、水によって防がれる。分厚いのだ。不可思議な力によって操作される水。それ自体にも何らかのパワーがあってもおかしくない。だがそれ以上にとにかく水の量が多い。
「死、ねぇぇぇぇぇぇあ!」
コアのパワーを全身にため込み、鉄球を全力投球する。オーガですら、直撃したら爆殺させることができると確信する一投だ。撲殺ではない。爆殺だ。はじけ飛ぶ。
だというのに、そんな渾身の鉄球は、ド派手な水しぶきを上げるだけで、終わってしまった。うん、無理。
「方針転換ーーー! やつの動きを止めろーーー! 撤退するぞーーー!」
号令をかける。対策も準備もなしに、ぶっつけ本番で勝てるほど生易しい相手じゃない。幸いあの巨体だ。どうやってもエレベーターには入らない。壁を上ってこれるほど器用にも見えない。もしそれができるなら、とっくの昔にここから出ているだろう。
「決めるぜ相棒! ロングレンジスラッシュだ!」
ブッチャー&クラッシャー。インテリジェンスソードとリビングメイルのコンビが、魔法の輝きに包まれる。マジックアイテムか何かで自分たちを強化したか。
そしてクラッシャーがブッチャーを横なぎに思いっきりスイング。するとなんと、彼の腕が伸びたではないか。鎧のつなぎが外れたのだ。元々クラッシャーは鎧の怪物。中身はない。己の身体を動かしているのは魔法の力。それをコントロールできればこんな芸当もできるのか。流石大会入賞者、芸達者。
腕が伸びれば遠い所も刃が届く。フルスイングされた事で運動エネルギーを得た魔剣は、アンデッド・ジャイアントの足に切り込んだ。爆発したかのような水しぶき。勢いはそれで殺された。しかし、確かにブッチャーの刃は足に届いた。
「!!!」
鎧の身体を震わせて、クラッシャーが相棒を引っこ抜く。ブッチャーの刀身には、紫の茨が巻き付こうとしていた。取り込まれそうになっていたのか。接近戦はやはり危ない。
だが、それでもその一刀はわずかながらの時間を稼いだ。
「「グラキエース・パリエース・ファケレ!」」
イルマさんとセヴェリ君がそれぞれ、水晶球と護符に魔力を集中させる。あの呪文は覚えている。氷の壁を作るやつだ。意図はそこで理解した。
「走れ走れ! エレベーターへ走れ!」
バリケードに残る者たちに発破をかける。まだギリギリ岸に上がっていないとはいえ、歩幅が広いのだ。俺たちに到達するまでそう間がない。俺も、鉄球一つひっつかんでひた走る。
「「立ち上がれ霜の柱、閉じられた棺、とこしえの冬の国よ!」」
一歩、そしてまた一歩。あっという間に陸地に足をかけた。見た目以上に、早い。撤退しきる前に、追いつかれる。だからこその呪文。
「「停滞をここに! ウィンター・ウォール!」」
二重の氷の壁が、奴を中心にして立ち上がる。ペインズの纏う水をまきこんで、凍り付く。俺たちの攻撃を防いだ水が、追加の枷となった。早速氷がきしむ音が響き始めたが、すぐに砕けそうではない。逃げる時間は十分稼げる。
何とか土俵までたどり着く。土俵の上には横綱オオツルギとハガネヤマ親方、そしてリンタロウ行司がそのまま残っていた。
「何やってるの! 早く逃げて!」
「我らは殿として残りますので、マスター殿は先に撤退してくだされ」
「無茶を言う! あんなの呪文の一つや二つじゃ止まりませんよ!」
俺の悲鳴に対して、行司は軍配を掲げて見せる。
「普通なら、我らもそう判断します。しかしここは土俵。我らにとっては神殿も同じ。そして相手はアンデッド。勝てはせずとも、足を止めるは十分すぎる」
「百聞は一見に如かず。オオツルギ! マスター殿にいっちょ見せてやろうぜ!」
「押忍!」
横綱と親方が、そろって四股を踏む。それだけで、うすら寒いアンデッドの気配が蹴散らされる。腕を大きく広げて、打ち鳴らす。淀んだ空気が清められる。
立ち上がり、土俵の隅にあった塩を掴む。そして、氷の壁を蹴散らしこちらに進むペインズに向かって、
「理力!」
塩ごと、神気の波動を放った。それは即座に巨人にぶち当たる。しかし、手のひら程度の小さなそれではとても効果は望めない。
「爆発!」
一握りの神気が、一瞬で膨れ上がった。大爆発。勢いに押されて巨人がのけぞる。親方が振り返って凄みのある笑顔を見せてくる。
「どうよ! 威力がありすぎて相撲じゃ使えねぇんだけどもよ!」
「……お見事です。でも、本当にいいんですか!? 相撲で疲れてるんじゃ!?」
「はっきり申し上げますと、長期戦は厳しい。なので、お早く。どちらにしても一回で全員は帰れませんし」
横綱の言葉にはっとする。そうだ、降りてくる時も三班に分かれた。ギリギリに詰めても、二回に分けねばとても無理だろう。そして、その振り分けをするのは、俺だ。
「お願いします! すぐにエレベーターを下ろしますから!」
「承った。……呼び出しされてもないのに土俵に上がろうとするな。痴れ者がっ!」
行司の一喝に、ペインズが震える。どんな力が働いてあんなことができるのかさっぱりだが、実力があるのは間違いないようだ。ならば、俺は撤退の指揮を執るのみ。
エレベーターまで走る。それほど距離はない。すぐにたどり着く。案の定、まだ誰もエレベーターに乗っていなかった。
弓矢や魔法が使えるもの達は、その場からペインズに向けて攻撃を仕掛けている。それを見て、先発組をどうするか決まった。
「ドワーフ力士と、近距離攻撃しかできない者はエレベーターに乗れ!」
力士を載せるのは当然、相撲で消耗しているから。そして、ペインズ相手に近距離攻撃はリスクが高い。あの水の守りがあるから、余計にだ。残念ながら彼らは現状戦力にならない。
「ダニエル! 先発組をエレベーターに入れろ! 早く!」
「……はい!」
極めて悔しそうにしながらも、命令に従う。先発組に選ばれた者達も反応は同じだ。だが、流石に状況が状況。可能な限り足早に動いてくれている。ブラントーム家の面々も、先発組だ。ただし、ロザリー殿は残る。彼女は飛べる上に遠距離攻撃もできるから。
「エラノール。殿を任せる。全員、エレベーターに乗せろ」
「お任せください、必ずや!」
「ボースー。私、魔眼まだつかってないし、呪文もあるけどぉ?」
「魔眼は決戦に取っておく。出血呪文も、あいつにゃ効果微妙だろ。さっさと乗れ」
ミーティアを、エレベーターに押し込む。本当は、俺も残りたい所だが……鉄球一つでは意味がない。手の中にあるそれを無念を込めて見ていたら。
「マスター殿。ちょっとそれを拝借」
白くきれいな手が、横から延びてかっさらっていった。オーナー殿だった。
「ちょっとオーナー殿? エレベーターにお急ぎを」
「もちろんもちろん。約束しましたから従いますとも。ですがねぇ……ペインズを前にして何もせずに背を見せるのは、ちょっと我慢がなりません」
何かが、こもった声だった。とてつもなく大きな何かが。そして彼女は、身体から赤いオーラを立ち上らせた。俺と同じもの。ダンジョンコアの、色だ。
「大方、エサがなくなったから慌てて飛び起きたという所ですか。あの水は……まあ、いい。兎にも角にも、私の前でペインズがデカイ面をするというのが気に食わない」
鉄球を、振りかぶった。それを見た瞬間、俺ははっきりと理解した。この投げ方を知っている。ずっとずっと、これに助けられていた。ダンジョンマスターになってからずっと。百発百中の投石、投球術。ダンジョンマスターに最初から与えられたもの。
彼女こそが、オリジナル。
「これでも、くらえぇぇぇっ!」
絶叫。レーザービームのようにまっすぐに、空気を切り裂いて鉄球が突き進んだ。そして轟音。水の守りを弾き飛ばし、ペインズの顔面に到達。そこを構成する死骸のいくらかを、盛大にぶっ壊した。
「ハッハー! ざまあ見晒せ!」
豪快に気炎を吐いて、ガッツポーズを決める。俺はその姿を、茫然と見る事しかできなかった。幸いなことに、彼女をエレベーターに連れ込む仕事はお付きのコボルト凸凹コンビがやってくれた。俺自身も、周りの者が押し込んでくれた。
あれよあれよという間に、エレベーターが閉まる。……思う所は色々ある。だが、今はやるべきことに集中しなければ。到着までの時間が、ただひたすらにもどかしい。一分一秒でも早く、到着してほしい。もちろん、どれだけ願おうとも速度が上がることはない。……。のだが。
いきなり、エレベーターが止まった。地下一階ではない。真ん中、地下五階だ。扉が開く。
「おお!? 乗っていたのか! まあいい。やい貴様ら! 一体何を……」
扉の前に居たダークエルフの胸ぐらをつかむ。この間見たやつ。たしかペレンとか名乗った男だ。そいつをそのまま、ダンジョンコアの怪力を使ってエレベーター内に引きずり込んだ。
「何をす……」
「クソ急いでる。話は上で聞く。じたばたするな」
殺気が、ダークエルフに突き刺さる。俺だけじゃない。エレベーター内の乗員のほとんどから。そんなものを浴びせられては、さしもの戦士も声を失った。
「扉を閉めろ!」