開幕ミヤマダンジョン場所
書く前は、それを楽しみにしていました。
翌日。二日酔いになった者、なし。ドワーフたちは当然として、ほかの者達も頑丈な身体をしているな、と思いきや種も仕掛けもあった。何のことはない、事前に二日酔い対策の飲み物を服用していたというオチだった。地球でもあったな、ウコンのなんとかとかいうやつ。
朝食が終わり、身支度を済ませた。リンタロウ行司は、朝一で土俵祭を執り行った。日本でも大相撲で行われているものだ。神事を行う場となるのだから、どちらの世界においてもこれは当然の事、らしい。
その土俵祭もつつがなく無事終了。いよいよ、作戦決行である。ダンジョンカタログの上に、コインを十枚。
今回の為に、迷宮デラックスセットガチャを一回やった。残念ながらSSRはおろかSRも出なかった。いわゆる爆死だ。だけど今回の防衛に使えそうなものは若干出た。そして、本命はおまけで回せる基本セットガチャだ。狙い通り泥道が三つも出てくれた。これで敵の進軍速度を低下させる。上り坂や下り坂も、同じ目的で運用できる。
配置図はすでに作った。後は俺がこれ通りにイメージするだけ。深呼吸ひとつ。雑念を頭から排除する、なんて器用な真似はできない。ただ一生懸命に配置図を思い浮かべるだけ。
「配置、変更!」
コインが消える。カタログが輝く。再び、ダンジョンが軽く揺れる。今頃、ダンジョン前に作った土俵も動いているだろう。
揺れが収まると、俺はコアルームを後にした。小走りになりながら、エレベーターに向かう。今頃、第一陣がエレベーターで地下に向かっている。
配置が終わったら、間違いなくスケルトンたちは動くはず。障害物は設置したが、あの数だ。少数は早く突破してもおかしくない。その前に、新しくくみ上げたバリケードに配置についてもらわなければならない。
第一陣の指揮はエラノールが取る(早朝に悲鳴を上げていたことは言うまでもない)。冒険者チーム、イルマさんと上司のマニウスさんとセヴェリ君、エルダンさんがここに含まれる。
第二陣は、同じく防衛メンバーなのだが体格が大きいメンツとなっている。つまりロザリー殿のモンスターチームだ。指揮は我がダンジョンからという立場でダニエル君が取る。かなりやり辛そうだったがこれも経験、頑張ってほしい。
第三陣が相撲チームとなる。ここはうちからリーダーを出さなかった。行司のリンタロウ殿がいらっしゃれば十分だろう。彼らには、到着次第相撲の準備に入ってもらう。雑用係として数名のコボルトもついていく。
俺は最後のチームと一緒に下に行く。なお、今回の作戦にうちのモンスターはあまり参加させない。万が一、地上部分にモンスターの襲撃があっては困るからだ。まあ、エアルの偵察があるので、彼女の目をごまかせるような相手でない限りは大丈夫だと思うが。
「お待たせしました」
エレベーター前に居た人々に声をかける。まず、うちのダンジョンからコボルトのクロマル。トラヴァーやアミエーラはこちらに残って指揮を執ってもらうので連れていけない。残りはお客様。凸凹コンビのコボルトを連れているのはもちろん。
「いえいえ。今回は珍しい演目もあるとか。楽しませていただきますよ」
さっきいらっしゃった、コボルト幸せ商会のオーナー殿。今回のお召し物は、なんというか大変独特だ。首から下の肌を一切見せない、黒のボディスーツ。身体のラインが出るので大変セクシー、かと思いきや装備された無骨なアーマーがうわっついた気分を吹き飛ばす。
ファンタジーなそれではなく、近代的な設計思想によって作り上げられた戦闘用アーマー。それが体の動きを阻害させない事を前提に装備されている。挙句、腰にはどう見ても銃のような物がホルスターに刺さっているし、ほかにもツールポーチが盛りだくさん。
こちらの文化技術レベルからずいぶん逸脱した装備だ。まあ、聞くところによれば帝都は高層ビルがあるというし。ダンジョンの大本は機械化惑星だ。SFじみた装備があること自体はおかしくはない。
最後に、いつものごとくヨルマ・ハカーナ。当たり前のように来てくれた。
「いつも助かる」
「もったいないお言葉です」
言葉だけで済ませるつもりはないし、してはいけないと思っている。色々話をしたい所だが、時間が無い。皆でそろってエレベーターに乗る。
最下層のボタンを押す。ドアが閉まる。全身にかかる何とも言えない感覚が、下っているということを実感させる。
何事もなく、ドアは開いた。喧騒が、耳朶を討つ。
「射撃、はじめー!」
エラノールの声が響く。エルダンさんや冒険者達が一斉に矢を放つ。弓矢を使わないものたちは投石だ。石投げ紐を使ったり、豪快に自分の腕で放り投げたり。バリケードの高所から放たれるそれは、スケルトンに十分な打撃を与える事だろう。
防衛が始まっていた。やはり、アンデッド達は防衛陣地の設置に反応したようだ。
エレベーターの外に出る。目の前にある土俵には、ハガネヤマ親方達が最後の準備にかかっていた。
「お待たせしました。どうでしょうか」
「おう、準備はほとんど終わってらぁ! もうちょっとだから、あそこで待っててくんな!」
親方が景気良く言い放ち、一方を指さす。土俵際に設置された座席。俺たちが座るのはそこだ。
「ミヤマ様。私はあちらに合流します」
「頼んだ」
ヨルマがバリケードに走っていく。今はまだ、あちらも余裕に見える。だが急がなくてはいけない。俺とオーナー殿が席に着く。
客がいなくては、相撲にならない。そう説明された時は、じゃあ誰か手すきのものを座らせるかと考えた。しかしリンタロウ行司はそれではダメだとおっしゃった。見る者にも格が必要なのだ。これは大切な儀式なのだから、と。そしてこのダンジョンで最も格が上であるのは、言うまでもなくマスターである俺だ。
正直言えば、格の話は飲み込めていない。だが、儀式を成功させるために必要とあれば、否が応もない。餅は餅屋。専門家の意見には素直に従うべきだ。これが成功することを最も求めているのは他でもない俺なのだから。
さて、短時間で良くもこしらえたと感心する升席に座る。実は、直に相撲観戦するのは生まれて初めてである。テレビですら、あまり見た覚えがない。動画で、面白おかしく加工したものをちょっと眺めたぐらい。
ほんのすぐ近くで防衛戦が行われているというのに、相撲にすこしワクワクしている自分がいる。そして、そんな俺の隣に座ったオーナー殿はというと。
「……マスター殿」
「何でしょう?」
「何で、あのドワーフたちは素っ裸にほぼケツ丸出しなんて前衛的な格好してるんですか? 男のドワーフの裸とか、一体どこ向けの需要ですか」
「えーっとー。それはですねー……」
ぶっちゃけ。何故相撲で廻しを使うかなど知らない。考えたこともなかった。が、この発言が耳に入ったのか横綱オオツルギが助け船を出しに来てくれた。もちろん、彼も廻し姿だ。流石に化粧廻しはしていない。
「これは、邪念を払い身を引き締めるためのものです。また、相撲という競技には衣服が邪魔になるという実利的な理由もあります」
「……確かに、ほかの格闘技でも薄着や上半身裸なものは珍しくありませんね。それは分かります。でも、何故にケツ丸出し」
ド直球の一言に、横綱も思わず苦笑い。後ろに控えていたコボルトが咳払いする。
「オーナー。仮にも乙女がケツとか言ってはいけません」
「ワンっ!」
「仮にもとは何ですか。間違いなく私は乙女ですよコノヤロウ。さておき、それで?」
「はい。この後の取り組みを見ていただければわかりますが、この廻しそのものも相撲では重要な役割を持ちます。硬くて丈夫、引っ張っても問題ない形状であることが求められるのです。それと後は……作りやすさも」
「なるほど。確かに性能を求めれば品質を上げるのは当然。そしてその上で製造の事を考えればそういう形状にもなりますか……。これ、女性がやった方がウケるのでは?」
オーナー、またもや剛速球の一言。再びコボルトが苦言を呈する。というかツッコむ。
「オーナー。仮にも乙女がなんと助平な」
「ワンワンッ!」
「誰が助平ですか。あと、仮とか言わない」
「相撲は、女人禁制ですので……」
「解禁すればいいではありませんか。肉付きがいいダークエルフやモンスター娘なんかがバルンバルン。きっとお客山ほど入りますよ?」
「えー、オーナー。これ、神聖な儀式なんで。決して酔っ払いの為の見世物じゃあないんで」
「……それもそうでした。いやあ、衝撃的な姿だったんでつい」
はっはっは、と快活に笑って見せるオーナー殿。……まあ、相撲文化に全く触れてこなかった人の反応としては、普通なのかもしれない。ややオヤジ寄りではあるが。
その後、相撲の簡単なルール説明をオーナー殿は受けた。一対一の勝負。土俵から出されるか、足の裏以外が土俵に触れたら負け。殴る、蹴る、肘、膝の使用禁止。髪の毛掴みと金的もだめ、等々。ヒゲと長耳を掴むのもダメ、というのはきっとドワーフとエルフ用の追加ルールだな。
そんな話をしていれば時間も過ぎる。準備が整ったらしく、親方が拍子木を打ち鳴らし始める。乾いた音が土俵に、戦場に、湖に響き渡る。
「ひが~し~。ひらたが~ね~。ひらたが~ね~」
人手が足りないため、行司が呼び出しを兼ねる。独特の声が、土俵に響く。防衛戦の騒音が、なんとも残念だが。
「にぃ~し~。りょうばのこ~。りょうばの~こ~」
呼び出された力士が土俵に上がる。黒髪黒髭のヒラタガネと茶髪茶髭のリョウバノコ。二人のドワーフ神官力士が四股を踏む。……うっすらと、力士の身体から気炎のようなものが上がるのが見える。気のせい、ではないと思う。
再び拍子木が打ち鳴らされ、力士同士が土俵際で腰を落とす。手を打ち鳴らす。立ち上がり、土俵真ん中で四股を踏みあう。そして、再度手を打ち鳴らし……合掌? あれ? 相撲でこんな事やったっけ? そんな思いを浮かべた次の瞬間。朗々と、神官力士たちの声が土俵に響き渡った。
「「掛けまくも畏き飛星之大君
悠久の旅の終はりに見出ししこの地にて
御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等
諸諸の禍事 罪穢有らむをば
祓へ給ひ清め給へと白す事を聞こし召せと
恐み恐みも白す」」
祓詞が終わると同時、ドワーフたちは目をかっ開いて大音量で叫んだ!
「「神聖闘気!」」
力士たちの全身から、白く輝くオーラが吹きあがる!
「はーーーーーーーーーー!?」
「わははははは! 何ですかあれ派手ですね!」
俺、困惑の大絶叫。オーナー殿、大うけ。こっちの神様、祝詞OKなんだ。というかなんか最初の方が違った気がする。いやいやそれよりもなによりも。なんで相撲で強化呪文使うんだよ! おかしいでしょあれ!
そう叫びたかった。しかし、困惑が大きすぎて言葉が出てこない。しかも土俵の上はいよいよ取り組みが始まろうとしている。
力士が腰を落とし、見合った。
「待ったなし! 発気良い!」
のこったー! と行司の掛け声と共に、力士が張り手を繰り出し合う。互いの身体を打つ激しい音。同時に、白いオーラが衝撃を伴って拡散する! よく見れば張り手一発一発に、オーラ以上の何かが込められている! これは一体。
「何ともまあ器用な事! 張り手? とかいうのに理力を込めるとは!」
「理力、ですか?」
「ええ。万物に宿る不変の力。神々の声が聞こえるほどの修業を成した者のみが扱える力ですね。本来ならあれは間合いの遠い相手に使うものなのです。百歩神拳、などと呼び表す流派もありましたが」
「それを張り手と一緒に繰り出す、と。なるほど威力が上がりそうだ」
遠距離攻撃で火力向上……よもや、てっぽう(張り手の別名)とかけたシャレじゃあないだろうな? いやいやまさか。
土俵の上では、オーラを伴う張り手の応酬が続いている。よく耐える。いくら神聖闘気とやらで身体能力が向上していたとしても、食らい続けていては無事では居られないだろう。そしてそれは、当事者達が一番よくわかっている。
試合は一瞬で動いた。ヒラタガネが、右手で相手の廻しを取ったのだ。しかし、リョウバノコも負けてはいない。自分もまたヒラタガネの廻しを取る。互いに、右腕が下手となっての組み合い。いわゆる、がっぷりよっつと表現される状態に入った。
あれほど激しかった攻防が、ここにきて静かになる。もっともそれは見た目の話で、力士同士の新しい駆け引きが始まっている。
「んん。こーれーは……難しいですね? 互いにつかみ合っているから、安易に動くとそれを逆手に取られる。かといって待っていては相手に……ああっ!」
オーナーが叫ぶ。両者、力いっぱいの押し合い! 崩れない! 互角! 体勢を崩そうと揺さぶり合うが、それでも崩れない! 流石ドワーフというべきか、重心がヒトより低いから中々崩れない。さらに筋力もあるから揺さぶり合いにも強い。寄り切るのも、投げるのも難しい。だが、相撲の決まり手は数多い。押してダメなら引いてみろ。
勝負は、次の瞬間に決まった。再度の押し合い、になると思われたがヒラタガネがここで身を引いた。さらに左手で廻し引っ張る。バランスを崩されたリョウバノコはその勢いのまま、土俵に倒れた。
相撲シーン、めちゃくちゃ書きづらくて二週間かかりました。