親睦会で酒瓶が踊る
相撲を取って、アンデッドを払う。正直、聞いた時は耳を疑った。確かに、相撲とは古来より神事だった。だがそれは日本での事。どうしてそれが、異世界でも神事として扱われるのだろうか。
答えはシンプルだった。この世界の神々が、相撲行事を奉納として認められたから。神々、懐深いっすね……。ちょっと俺、遠い目をしてしまった。そんな俺を見かねてエラノールがレクチャーしてくれた話によれば。
奉納と一口に言ってもそれは幅広く。祈り、お供え、修行、奉仕活動、日々の生活さえも、意識して成せば奉納になりうるとか。歌や踊りも奉納演舞とされているのだから、一心不乱に練習して技を競う相撲が神々に認められないはずがない。そのように説明されれば、俺もなるほどなと納得してしまう。
まあ俺が納得しようとそうでなかろうと、事実この世界の神々は相撲を神聖なる奉納として認めた。そしてそれが聖なる力を生み出し、アンデッドを払う儀式となっている。そしてそれが今回の件に利用できるならば、俺に四の五の言う権利はない。只々ありがとうございますと頭を下げるのみである。
と、いうわけで。ここ数日、相撲の準備をしていた。具体的には土俵の作成である。ダンジョン前の広場に作ったこれを、当日トラップや防衛設備と一緒に地下に設置する。ダンジョンの配置能力を利用した、電撃的防衛陣地構築術である。
ダンジョン内部だからこそ許されるが、外でこれやったらチートどころの話じゃない。目の間にいきなり要塞を作るやつがいたら、何が何でも仕留めねばならぬ。俺だったらそうする。
防衛陣地の配置は敵側を含めてこのようになる。
『エレベーター』『土俵』『バリケード』『トラップ』『スケルトン陣地』
トラップとバリケード。そしてバリケードを守る戦力でスケルトンたちを押さえる。そしてその間に相撲を執り行う。取り組みが進めば進むほど、聖なる力が生まれてアンデッドが弱まる……という話である。
実績があるとエラノールが言うからこそ実行するが……いや、言うまい。ともあれ、これが作戦の全てである。件の精霊が現れた時の対応は『手の空いているやつが、臨機応変に対応する』である。
これで大丈夫か、と心配になる。が、魔法使いもいれば魔剣持ちもいる。やってやれないことはないと各員が言えば信じるしかない俺である。
さて。ソウマ領ご一行様を連れて居住区に向かう。タイミングを見て、もうひとりのエルフに話しかける。
「今回もお世話になります、エルダンさん」
「いえ、どうぞお気遣いなく。娘の様子を見に来ただけの父親ですので」
などとおっしゃるが、その背にあるのは今まで見たことのない弓である。……こちらでダンジョンマスターをするようになって、いくつか地球では絶対にお目にかからない代物を目にしてきた。
ダンジョンコア、大海竜の鱗、アダマンタイト刀。そういった特別な一品と同等の気配を漂わせる弓。今は弦が張られていないため、一見一本の棒のように見えるが……。
「気になりますか」
「……やっぱり、すごい武器だったりするんですか?」
「ええまあ。うちの一族の秘宝です。アンデッドに特別効果がありまして、今回族長に頼み込んで借り受けてきました」
わぁお、思った通り。そして、そんなものを持ち出させてしまったのか俺は。そんな自責の念が浮かんだ。が、そこにハガネヤマ親方が声を張り上げた。……いや、そう聞こえるだけでたぶんこれが通常の音声出力か。
「何言ってんだエルダン。聞いてるぜ? その弓の使い手はお前だっていうじゃないか。お前が使うっていえば、族長殿も文句は言わんだろ? 一族の連中も」
「いえ、親方。やはり一族の宝は大事にせねばなりませんので」
「お前は本当、威張ったところがねぇなぁ。英雄様だろう、しゃっきりせい!」
勢いよく、親方がエルダンさんの背を叩く。軽く、一メートルほど前方にエルダンさんが移動した。……親方の張り手がすごいのと、エルダンさんの身のこなしが見事なのと両方だなこれ。仮に俺がもらったら、背中に大ダメージ&床にダウンとなるな。
そんなやり取りを見て、リンタロウ行司がため息をつく。
「あるがままに生きているだけだ。粗雑なお前にはわからんだろうがな」
「ああん!? 俺が粗雑ならお前は朴念仁だっての!」
「まあまあ、お二人とも」
ある種テンプレ的にエルフとドワーフのケンカが始まりそうになる。そこをエルダンさんがやんわりと止めに入る……所でさっき、聞き逃せない単語が出なかった?。
「エルダンさんが、英雄?」
「ああん? ダンジョンマスター殿は知らなかったのかよ? こう見えてこいつ、竜殺しを成してるんだぜ? 二回も」
「……マジすか」
「若いころ、仲間たちと若い竜を退治しただけです。仲間たちと協力した結果であり、私自身はちょっと弓が使えるだけのエルフですとも」
ゆるゆると、手を振って否定なさるエルダンさん。
「……竜ってちょっと弓が使えるだけのエルフが戦って勝てるものなんです?」
「ンな訳あるかい。空飛ぶ大迷惑。生きている災害。ちょっとした村ならさっくり滅ぼすような怪物だぞ? そんなのエルフが百人いたって倒せるもんかい」
「ちょっとハンマーが振るえるドワーフが百人いても同じだな」
また行司と親方がバチバチやり合うので皆で止める。しかしまあ、ある意味で納得である。軽やかな身のこなし。見事な弓の腕。モンスターをけん引してきたあの度胸。今まで目にしたどれもが只者でないと思わせる事ばかりだった。そりゃ、貴族の娘さんを嫁に出来るはずである。
……しかし、本当に英雄っぽくないんだよなぁ。ひょうひょうと、自然体である。
「おう、ダンジョンマスター殿。この際だからあんたからもこいつに言ってやってくれんかね。いい加減森の番人なんてやってないで、もっと要職につけってな」
「エルフの前で森の番人が要職でないとよく言った」
「まあまあ、まあまあ」
……貴族の娘を嫁に取り。森の番人をして一日を過ごし。娘はよそのダンジョンでガーディアンという要職に就く。エルダンさん、圧倒的勝ち組人生……ッ!
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「かーんぱーい! わははははは!」
そろそろ十回目を数えそうな乾杯の声が、どこからか聞こえてくる。一応、名目上はキャンプである。なので、明日の作戦の為もあって親睦会を兼ねたバーベキューを開催した。そこまでは良かった。計算外の事は、すぐに表れた。
みんな、すごくよく食べる。みんな、すごくよく飲む。なんせ今回、肉体派ばかりがそろっている。冒険者たちは言わずもがな。イルマさんの上司は、鍛えあがったローマ戦士。ロザリー殿の連れは、バリバリの前衛戦闘モンスター。そして、ドワーフの力士……ッ!
これで食わないはずがない。飲まないはずがない。肉だろうと野菜だろうと焼き上がればすぐに誰かの口に入る。酒の空樽空ビンが量産される。音量マキシマムな笑い声、歌い声、時々ケンカ。
静かにしているのはエルフぐらいなものである。静かすぎて楽しめているか不安になるが、エラノールさんも含めてゆったりとやっているようである。イルマさんやセヴェリ君もそこで楽しくやっているようだ。
飲み食いしない鎧と剣、ブッチャー&クラッシャー。この二人はつまらない時間になっていないかなと思いきや、うちのダンジョンの同類たちを集めて楽しくやっている様子。
周囲に集まっているのはシュロムにエアル、マッドマン達。彼らを集めて語る内容は、ダンジョンモンスターとしての心得。
なんでもあのリビングアーマーとインテリジェンスソード、元はダンジョンで働いていたらしい。しかし、よそで仕事をしている最中に仕えていたダンジョンが崩壊。以後長く放浪生活を送っていたとの事。
それがいったいどんな年月を経て、大商会の会長なんてポジションに収まることになったのか。興味は尽きないが、彼らが語るのは別の事。
「いいかー? ダンジョンは、マスターは自分が死んでも守れ。何が何でも守れ。絶対絶対守れ。残されると、辛いぞ」
……かなり重い内容が漏れ聞こえてくる。うちのモンスターたちはそれを真剣な表情(エアル以外表情がないとか気にしない)で聞いている。大先輩の言葉に、うちの連中は何を思うのか。
ともあれ、そんな感じで時間は過ぎているわけなのだが。
「ぼーすー? 飲んでるーぅ?」
俺の右側に寄り添う、否。俺に絡みつくラミアがいる。
「ミヤマ様ぁ? 食べたいものはございますかぁ?」
俺の左側に寄り添う、否。俺を捕獲するスフィンクスがいる。
「二人とも、ちょっとペース早すぎじゃない? 飲みすぎじゃない?」
「「ぜーんぜん!」」
ミーティアとロザリー殿が、声をそろえる。ああ、どうしてこうなったのか。最初は、各テーブルをホストとして周回していたのだ。だが、どこでも乾杯で飲まされるものだから、流石にきつくなってきた。
元々そんなに飲む方ではない。正直言えば飲み会とか嫌いなのだ。だが、これは俺がホスト。好き嫌い言っている場合じゃない。だから頑張って付き合った。
そしてきつくなったからとちょっと離れて水を飲んでいた所に、この二人に取っ捕まったのである。……経緯は思い出した。なんで捕まることになったのかがわからない。
「明日の事は気にしないでぇ! ボスはもっと気楽にしたほうがいい!」
「いい事言いました! よく言いました! ええ、気苦労は投げ捨てるものです!」
ぐびーっと酒を飲み干す二人。いやまあ、ミーティアはいいんだ。こいつウワバミだし。酒が飲める機会があるといつもこんな感じだし。普段はそんなに飲ませないけど。
ロザリー殿、前回と明らかにペース違いませんか? 何か嫌な事でもあったの? あるいはストレスを感じる事とか。
面と向かって聞くわけにもいかず、只々たしなめるしかできない。というか、うん、辛い。だって、二人ともボインボインだもの。そんな二人ががっつり俺をホールドしてるんだもの。そりゃもう、腕の幸せ度がマキシマムだよ。そして、その分理性がゴリゴリ削られるんだよ。
俺だって男だ。助平心はしっかりある。だけど、ダンジョンマスターだ。自分の命を危険にさらす仕事だ。仲間の命を預かる仕事だ。色事にかまける余裕はない。
だからこそ、この天国のような状況は地獄だ。あー……高校生ぐらいだったらなー。理性なんぞポイっとできたんだけどなー。社会人になっていろいろ勉強したからなー。投げられないなー。
さて、どうやって脱出したものか。物理。無理、二人とも筋力値が俺より高い。力で対抗したら負ける。呪文。セヴェリ君! セヴェリ君助けて! ……だめだ、こっちに全然気づいてくれない! むしろなんか、意識してこっちを見ないようにしてるっぽい!
セヴェリ君がだめならダニエル君! ……ああ、ドワーフ力士に捕まってる! だめだ、いくら君が将来有望な人狼でも連中の酒のペースにはついていけるはずがない!
こうなれば……こうなれば……最後の手段! 酒に、薬物混入! ふはは、我がダンジョンにはコボルト・アルケミストがいるのだ! 眠り薬など簡単に用意できる! はず!
というわけで、アルケミストのアミエーラを探す……あれ? いない。どこに行った? ……んん? トラヴァーも見えない? ……あいつ! 上手くやったというのか!? グッジョブ! よくやった! よもやこんな所で進展するとは! でも俺のピンチは変わらない。誰ぞ、誰ぞあるか! と視線をさまよわせる。いた。
「わう?」
クロマルー! 真っ黒なコボルトと目が合った。こっちだ、こっちに来るんだ。ヒーローなんだろ。おれのピンチを救ってくれ!
「……」
「……」
「きゃいんっきゃいんっ!」
クロマルー!? 何で逃げるのか。いや、逃げて当然か。ラミアとスフィンクスが睨んでくればそうなって当然。俺でも逃げるわ。やはりヒーローであってもコボルトでしかない。オーナー殿は正しかった……。
とか言ってる場合じゃない。さあ、そろそろ理性も限界だぞぅ。でも、お客さんいっぱいなこの状況で大怪盗の三代目のごときダイブを決めるわけにはいかない。起死回生の一手が必要だ。この状態をぶっ壊してくれる空気の読めない酔っ払いはどこかに居ないか。
「ほう、面白い状態になっているな。ダンジョンマスター殿?」
ゲェー!? ダークエルフ!? 獲物を見つけた猫のような微笑を浮かべてナイヴァラさんがエントリー! さらに隣にはかなり酔っ払った感じのカーラさんまで! 鎧着てないし上着も脱いでるからまあすごい。ボリュームがすごい。山脈がダブルでやってくる。
「楽しそうですねぇー。私たちも混ぜてくださーい」
「ええ、ええ。どうぞどうぞ」
「いいよー。酒も肴もいっぱいあるよー?」
そして、二人を招き入れるモンスター娘ズ。何でだ、クロマルは追い払ったのになぜ女性を招き入れる! ええい、ヘルム君やデルクさんはどうした! 特にデルクさん! ストッパーだろうに、仕事放棄か!?
「がははははは! よーし、若いの、もう一杯だ!」
「おっす! いただきます!」
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……」
「あああああああああ……」
ドワーフ酒盛りに飲まれてる……。デルクさんはハガネヤマ親方に捕まってるし、若い二人は酒でダウンしてる……。だめだ、援軍は期待できない。
「いかんなぁ、ダンジョンマスター殿? これだけ綺麗所が集まっているのに、よそ見とは」
「わーい、高いお酒ばっかりー♪」
「ほーら、こいつなんか美味いよー。ボスのお気に入りさぁ」
ミーティアお前、それはエドヴァルド殿から貰った高いやつぅーーー! 隠してあったのにいつの間に持ち出しやがったのか。あーあーあー、カーラさんもそんなぐびぐび飲んで! というか明らかにテンションが高い。そんなキャラじゃなかったですよね貴女。
「楽しんでいらっしゃいますかーミヤマ様? お酒が進んでいませんよー?」
「いやあその、皆さんちょっと飛ばしすぎでは? 明日大仕事なんですよ?」
「この程度で戦えなくなるほど、帝国女子は弱くありませーーーん!」
いえーーい! と大盛り上がり。やめてー、抱き着かないでー。ロザリー殿、俺の理性をやすり掛けしないでー。
いっぱいいっぱいで周囲に気を配る余裕などなく。だから彼女が目の前に現れるまで気が付かなかった。
「ミヤマさまーーーーー!」
「うぉう! びっくりした!」
我らがガーディアン、エラノールである。そして隣には、これ以上にないほどに困り顔のドワーフ神官力士。えーと、ハガネヤマ親方のお弟子さんの一人だよな。親方と同じ赤髪赤髭だが、彼の方が色がはっきりしている。
「聞いてくださいミヤマ様!」
「うん。聞く、聞く」
驚いて周囲の子らも離れてくれたし。セーフ。
「この子! 近所に住んでたブルーノー君っていうんですが!」
「エラノール姉さん、今はオオツルギです」
「このブルーノー君。それこそ赤ちゃんの頃から知っておりまして。ええ、おしめも変えたことがあるくらいの」
「うん、立派に成人した男子に言わないで上げてねそれ。わりと厳しいから」
四股名オオツルギ君、地獄に仏を見たとばかりにこっちを見てくる。だが悲しいかな、相手は酔っ払い。こっちの話など聞きやしない。
「子供の頃はほんとーに可愛くて。ヒトもドワーフもエルフもハーフリングもそういった時期は大して変わりがないので、近所みんなで面倒見たものです。……だというのに、成長するにつれてもりもり筋肉つくわヒゲがモジャるわ」
「ドワーフだからね、仕方ないね」
「ええ! そこは当然当たり前。むしろ安心、立派なものです。が! 子供の遊びレベルの相撲を始めるや、連戦連勝! 挙句、ガドゴルンの奇跡を授かりあっという間に神殿兼相撲部屋に入信入門する大出世!」
「……おめでたい事では?」
「もちろん! ご近所一同大喜び。誉れ高いと大騒ぎ! 私も我が事の様に喜びました……ですが。彼が大舞台に立てばたつほど、我が身の不甲斐なさに身もだえる日々……」
「えー? 何で?」
俺が問えば、大きなため息が一つ。
「武芸を磨き、学問を修める。母に指導されるがままに、そのように過ごしてまいりました。しかし、当時の私は先を全く定めておりませんでした。順当にいけば婿を迎えるものなのでしょうが、そういった話も全く無く……」
「どういう事なんです? エルダンさん」
酔っぱらって暴走した娘を心配してか、ひょいと現れた父親に話を振る。
「いやまあ、当時はまだ百歳にもなっておりませんでしたし。そういうのは大人になってからのんびりと自分で探せばいいと思っておりましたが」
「うーん、この長命種」
「せめて高い目標を、と思いガーディアンを志しましたが時間は無為に過ぎていく……。かたや、順調に番付を上げていく地元の星。かたや、奉公先も見つからず家で燻る私」
「いやまあ、気持ちは分かるけどオオツルギ君はどーかんがえても悪くないから。はっきり言うけどただの嫉妬だからね?」
「それは私もわかっているのです!」
くわっと叫ぶ酔っ払いエルフ侍。とりあえず、被害者なオオツルギ君をこちらに確保しておく。
「でも、後輩の幼馴染が地元の星になって! 自分は何もできていなければこういう気持ちに誰しもなると思うのです! どうですか!」
「分かるよ。良ーくわかる。うん、とりあえずオオツルギ君には謝ろうね」
「ごめんねブルーノー君!」
「オオツルギです、姉さん……」
飲んで吠えれば酒も回る。すっかり真っ赤なエラノールは、足元もおぼつかなくなってきた。これはいかんな。
「はいはい、とりあえず明日もあるからそろそろ休もうね。うちのガーディアンなんだから、しっかりしてもらわないと」
「もちろんですとも!」
「はーい、それじゃみんな。そろそろお開きー! 明日に備えてねー! 全部終わったらまた開くからねー!」
といった感じに声をかけて、エラノールを送っていく。……そして、やばい空気だった場所から撤退する! ありがとうエラノール! 酔っぱらってくれてありがとう! たぶん明日思い出して悲鳴上げそうだけど!
……しかし。彼女がここまで深酒するのは珍しい。ましてや、明日を控えているのだから普段なら絶対やらないはずだ。一体どうしてこんなに飲んだのか。
その答えは、あっさりと現れた。イルマさんがとってもいい笑顔で親指立ててた。あんたの仕業か。恐ろしい人! でもグッジョブ!
エルダンさんの実績
ファン〇ルヴァーの失われた鉱山
魂を〇らう墓




