名目はキャンプです
当日、まず最初にやってきたのはイルマさんともう一人。ヤルヴェンパー公爵家当主、エドヴァルド氏……ではない。極めて残念なことに、今回ヤルヴェンパー家からの援軍はイルマさんのみである。というのもお家内の話し合いが難航しており、うちにレジャーに来る順番がまだ決まってないとか。
今回はうちがピンチだからと何とか人を送れるようギリギリまで話し合いを続けてくれたそうだが、残念ながらタイムアウト。間に合わなかった事を通信ですげぇ謝られた。まあ、すでにセヴェリ君という戦力をお借りしているのだし、お家を困らせるのもよろしく無い。お気になさらずと返しておいた。
で、イルマさんと一緒にやって来たのは誰かというと。
「改めてご挨拶させていただきます。ヤルヴェンパーの上司をしております、モンスター配送センターのマニウス・ポンペイウス・ルフスと申します。本日は有給消化を兼ねて、慰労会会場の下見に参りました。どうぞ、マニウスとお呼びください」
以前通信でちらりと見た、イルマさんの上司。その人がやって来たわけだが、こうやって対面してみるとずいぶん印象が違う。
まず、背が高い。百九十センチはいっていると思う。体格もいい。しっかり筋肉がついている。特に首回りが見事だ。この人が制服着て事務仕事しているというのは何ともミスマッチ。あれだ、変身前のスーパーマン。新聞社で働くクラーク・ケントを思い出す。この人の髪は白に近い銀髪だけど。
一応キャンプという事でそれ用の装いだ。が、持ち込んだ荷物はしっかりと戦闘の準備がされている。鎧兜一式に盾に槍にショートソード、いや、あの長さと形は……。ともあれ、まずは挨拶だ。
「本日はようこそおいでくださいました。色々と騒がしいですが、楽しんでいただけたら幸いです」
「ええ、よろしくお願いします」
早速、居住区に案内する。荷物の運搬はコボルト任せだ。それにしても、背が高いだけあって足も長い。ちょっと気を付けて歩かないと置いていかれそうになるな。
「しかし、有休消化ですか。こっちにもあるんですね、有休制度」
「帝都の一部商家や我々のようなダンジョンに係る特別な組織だけですが。特に後者は、皆中々休みを取りませんので」
ああ……ダンジョンとの縁繋ぎの為か。帝都で休みなく働いてダンジョンとの出会いを求めるのは間違いだと思うなぁ。主に健康維持の面において。
「今回も、私が率先して取ることで下の者達に続いてもらおうという次第で」
「……という建前です。ええ、実際は今回の事で物凄い争いが」
「おっほんっ!」
わーお、かつてこんなにわざとらしい咳払いがあっただろうか。まあ、上司と部下のやり取りはさておいて。
「所で、あちらの武装やお名前の事で思ったのですが。マニウスさんは、地球のローマと何かご縁が?」
そう。形はだいぶ違うが、意匠は古代ローマ帝国の武装のそれなのだ。俺が使用している武装もそういう感じだし。
俺の問いかけに、彼はしっかりと頷いた。
「いかにも。我がルフス家の初代は、約二千年前にダンジョンマスターとして招かれました。初代は見事にダンジョンマスターとしての責任を果たし、子孫は帝国発展の為に尽くしております。初代と同じ時期に招かれたものは多く、その知識と技術は帝国の躍進に大きく貢献したと伝えられております」
家の在り方、やってきたことに誇りを持っているのだろう。声にそれが満ちていた。しかし、やはり古代ローマの血統だったか。前々から、アルクス帝国の文化や技術にはそれが見えていたが、こうやってある種の生き証人と出会うことになるとは。
さらに言えば、二千年前から家を絶やさず続けているというのはすさまじいの一言に尽きる。まあハイロウとなれば寿命も延びるから人間のそれと比べるのは違うのかもしれないが、それでもすごい事だと思う。
色々聞きたいことは多いが、そうも言っていられない。今回の騒動が終わってから、ゆっくりと話をさせてもらいたいものだ。
マニウスさん達の対応をセヴェリ君に任せて、俺は転送室に取って返した。今日は三組のお客様がやってくるのだから。
ほどなくして、二組目のお客様がいらっしゃった。こちらは大変個性的。スフィンクス、人狼、リザードマン、そしてグレートソードを背負ったプレートメイル。ロザリー殿率いるブラントーム家ご一行様である。
「本日はよろしくお願いします、ナツオ様」
「こちらこそロザリー殿。ブレーズさんとアラモさんも」
そう。クロード殿の弟さんと巨漢のリザードマン。この間の騒動の時にダンジョン前で殺戮機械と戦ってくれたお二人が来てくれたのだ。これは心強い。
「今回、クロード殿はお留守番なんですね」
「ええ。なので今帝都は機嫌の悪い人狼が出没しています。間違っても近づいてはなりませんよ?」
「わあ怖い」
わはは、と笑うブレーズさんと俺。彼はクロード殿と比べると若干細身である。だが、かなりの部分でクロードさんと似通っている。流石兄弟。こうなると、亡くなったロザリー殿の父親、クロード殿達の兄はどのような人物だったのかと思いをはせてしまう。
「今回お二人は、前回の慰労って形になってると聞きましたが」
「いかにも。我ら二人、褒美として慰労に参った。そして今回、顔合わせとしてこやつらを連れてまいりました」
アラモさんが、プレートメイルの人の背中を押す。……こいつら?
「お初にお目にかかります、ダンジョンマスター様。俺はインテリジェンスソードのブッチャー(肉屋)、こいつはリビングメイルのクラッシャー(解体屋)。踊る金貨商会の会長をやっております。今後ともよろしく」
……すげぇキャラの濃いのが来たな。バリバリの戦闘屋の見た目と名前なのに商人なのかこの二人。
「我がブラントーム家に長く出入りしている商人です。幅広い商品を取り扱っておりますし、戦闘力もかなりのもの。今回の事のついでにと、連れてまいりました。領地の武術大会では毎回上位入賞しているんですよ?」
「まだまだ若い物には負けませんぜ。俺ら歳とりませんけど」
大商会の会長で武術大会の常連。すごい、情報量が多い。リビングメイルのクラッシャー氏、力こぶを見せるようなポーズでアピール。あなた、筋肉ないでしょうに。
「えー……よろしくお願いします。……ブッチャーさんは、魔剣なんですよね?」
「気軽にブッチャーと呼んでくれ。そしてその通り、幽霊だろうと骨だろうと一刀両断にして見せるぜ。クラッシャーの方も大体同じ属性なんで、アンデッドなんて一ひねりだ」
「ブッチャー! もう。申し訳ありませんナツオ様。これ、それなりの立場になったにもかかわらず、言葉遣いが……」
「お気になさらず。自分も気楽なので。よろしく、ブッチャー&クラッシャー」
「ウッス!」
ダニエル君を呼び寄せて、案内を任せる。早速色々話がはずんでいるようだ。全く緊張した様子がないのは、歴戦の勇士らしさを感じさせる。
荷物運びのコボルト達を引き連れて、ロザリー殿ご一行が居住区に向かうのを見送る。そのまま、転送室の前でクロマル達と一緒に待つ。最後の一団が一番人が多い予定だ。色々と調整が大変だった。キャンプ場の収容人数ギリギリ。居住区を地道に広げ続けて本当に良かった。
ほどなくして、転送のサインが灯る。許可を出せば、大きな輝きが部屋を満たす。そして現れたのは、総勢九名の大所帯。恰好も独特だ。着物一名、浴衣七名、野外服一名。
その中の、着物姿のエルフが一歩前に出た。
「ソウマ領、フガク相撲部屋一行到着致した。そちら、ダンジョンマスター殿か」
「はい。ダンジョンマスターのミヤマナツオです。ようこそいらっしゃいました」
「これは、わざわざご丁寧に痛み入る。ソウマ領アラニオス神殿の神殿長兼行司のリンタロウ・ソウマと申す。一族のものが世話になっていると聞き及んでいる。改めて、よろしくお願い申し上げる」
古風な言い回しで、深々と頭を下げる行司殿。ほかの方々も同じようになさるので、俺も頭を下げてご挨拶。
続いて、赤毛のドワーフが一歩前に出る。
「三代目フガク相撲部屋親方、ハガネヤマだ。鍛冶の神ガドゴルンのソウマ神殿神殿長兼鍛冶場の親方もやっている。後ろの連中は俺の弟子。鍛え上げた神官力士どもだ。一同よろしく頼むぜ!」
ダンジョン内に響き渡りそうな大声で、親方がご挨拶。よろしくお願いします! と、ドワーフのお相撲さんたちも続かれる。そう、彼らこそアンデッド払いの儀式をやってくださる方々。
神官力士のアンデッド払い。その方法は一つ。相撲である。
寄せ太鼓が鳴り響く。