ウェルカム・トゥ・アドベンチャラーズ
準備を開始して数日。エアルに呼ばれてダンジョン入り口に来てみれば、疲労困憊という体でぶっ倒れる五人の冒険者がいた。あの、元気な戦士君とその仲間たちである。
確か名前は戦士君が、ヘルム。ナイスバディハーフエルフのドルイド、カーラさん。斥候のお嬢さん、ネピス。ドワーフの僧侶、デルク。そしてセクシーなダークエルフの妖術師、ナイヴァラさんだったか。……我ながら、女性の覚え方がセクハラだな。反省。
しかしまあ、凄まじい有様である。怪我こそないが、擦り傷は多数。服や鎧のあちこちに枝や葉っぱがくっついている。道なき道、藪や雑木林を抜けてきた証だ。……はて? 舗装こそされてはいないが、最低限の道は切り開かれているはずなのだが。でなければ、ダリオたちがやってこれない。
「いらっしゃい。どうしたのヘルム君、その有様は」
「突っ切ってきたんだよ。真っすぐな」
そのうんざりという気持ちたっぷりの返答に、ちょっと理解が及ばない。真っすぐ? どこから? ……ダリオの町であるグルージャからここまで!?
「まじで? なんでまた。たしか、西だかにある川沿いの道を南下して、そこからこのダンジョンへ向かうってルートじゃなかったっけ?」
「それだと時間がかかりますからな。ご領主様からなるべく急げとお達しがありましたので、最短距離を突っ切った次第で」
デルクさんの言葉に絶句する。無茶が過ぎる。人工衛星からナビしてもらえるシステムなんてこの世界にはないんだ。目印の全くない森の中を、まっすぐ目的地に向かうなんて至難の業。モンスターだってこの森には居るのに。
「ふつーは無理。不可能の極みって感じですけど、風の精霊様に導かれましたから」
カーラさんが指さす先で踊るのは我らがダンジョンのシルフ、エアル。なーるほど。それなら納得だ。彼女の力ならモンスターの居場所だって伝えることができるだろう。真っすぐここまで導くのも問題ない。
「お手柄だな、エアル」
そう誉めれば、いつもより余計にぐるぐる踊る。ご機嫌だ。後で何かご褒美を上げたい所だが、シルフには何が良いのだろうね?
「で? 大将さんよ。アンデッドが湧いたって聞いたけど?」
「ヘルム! お前は毎度毎度……」
「まあまあデルクさん。しかし、大将って。……ダリオから聞いたの?」
「ご領主様がそう呼んでたし。ダンジョンの大将って。でー、アンデッドが湧く何かが地下にあるって感じで聞いたけどそれ調べりゃいいんだろ?」
「いやーそれがねー、軽く偵察してみたらとんでもなくてねぇ。まあ、詳しい話は中でしよう。休むのもその方がいいだろうし」
俺の言葉に、のろのろと冒険者一行が立ち上がる。やはり疲れ切っている。作戦決行までまだ日数があることだし、十分休む時間はあるだろう。……ああ、そうだ。
「ナイヴァラさん。後でちょっと相談に乗ってほしいことがある。実は地下でダークエルフに出会ったんだ」
「……ほう。それは、私からも詳しく聞かせてもらいたい話だ」
疲労で鈍っていた紫色の瞳に、鋭い輝きが戻る。……のだが。
「ナイヴァラー。カッコつけてるつもりだろうけど、髪に木の枝刺さってるよ」
「……ッ! もっと早く言え!」
パーティ最年少斥候の言葉に、慌てて枝を掃う最年長。そんな彼ら彼女らを、新しくなったダンジョンへ招き入れた。
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ミヤマダンジョン名物マッドマン風呂。温かい食事と安全な寝床。少々の酒。提供したのはそれだけだが、冒険者たちは翌日見事に復活した。流石身体が資本の職業である。
元気になったところで、現状の説明をする。山のようなスケルトンという話にはさすがに悲鳴を上げていたが、対応策をざっと説明。ダンジョン設備を使った防御の手伝いと聞けば、納得の表情を浮かべてくれた。
「私たちの仕事って、むしろアンデッドが全部いなくなった後だよね」
「んん? というと?」
俺が問えば、ネピスさんは皮鎧に包まれた胸を張って答えてくれる。……成長に期待しよう(セクハラ)。
「だって、大きな廃墟があるんでしょ? それも、誰も手を付けてないやつが。そういう場所の探索こそ、冒険者の仕事じゃん!」
「宝探し! もしかしたらマジックアイテムだってあるかもしれねぇぜ!」
マジックアイテム。ヘルム君の言葉には、確かに心が動かされる。俺だってほしい。ダンジョンの強化、仲間の強化に使えるのだから。……だが、どうにも気が乗らない。
アンデッドという、明確な死者の名残がいるせいか。死んでもなお、街を守ろうとする姿を見ているせいか。墓荒らしを、後ろめたく思えてしまう。殴りかかってきているのはあっちなのだから、という気持ちもなくはないがアンデッドに正常な思考などないだろうしなぁ……。
「まあ、それについては現状が解決した後の話という事で」
「うむ。竜を討たずに財宝の話をするものではない、というアレだな。それよりも、ミヤマ様が出会ったというダークエルフが気になるな」
ドワーフ僧侶の一言を利用させてもらって、話を逸らす。話を振られたナイヴァラさんは、少々思案した後に口を開いた。
「燻る熾火、などという氏族は知らん。が、十中八九取るに足らん小勢力だな」
「その根拠は?」
「少しでも余裕があるなら、自分たちを大きく見せる努力をするのがダークエルフだ。それすらしていないのだから、こんな結論になる」
ナイヴァラさん曰く。ダークエルフという種族は神話の時代、エルフの始祖神アラニオスと同胞を裏切った者たちが始まりであるという。裏切りの原因は、欺瞞と策謀の神レヴァランスにそそのかされた為だとか。
その後、永劫の長きにわたり両方の神の陣営に分かれて争っていたと伝わっている。が、侵略存在がこの世界に現れ始めた頃レヴァランスがすっかりその力を弱めてしまった。理由は伝わっていない。神々の争いがあったとも言われていない。
ともあれそれ以降ダークエルフは衰退を始め、現在はエルフとの争いも自然休戦であるとか。エルフの方も、侵略存在に森を追われることが多くダークエルフと争ってる場合ではないらしい。
「かく言う私も、いつまでたっても神託一つよこさない死にかけ神なぞ拝んでいるからこのざまなんだ。と長老にぶちまけた結果氏族から追放された口でな」
「正直すぎる」
俺の感想もストレートすぎるかもしれない。だがナイヴァラさんは深く頷く。
「うむ。私も若かったと反省している。思うだけにしておいて、警戒されないうちに宝の一つも盗み出して出奔すればよかったと」
「だよね!」
「こらネピス。そこに同調するんじゃない」
……デルクさんってこのパーティのストッパーというか説教係というか。苦労ポジションだなぁ。
「ともかく。仮に余裕があった場合はオーガやトロル、最低でもゴブリン十数匹と同族数人連れて数や力を見せつけてくる。そして友好的なそぶりを見せて背中を刺してくる。それがダークエルフというものだ」
「なるほど」
「神話の時代からそんなんばっかやってっから、全方位に嫌われて今の没落があるわけだ」
「喧しいぞドワーフ」
ぎゃいぎゃい、と言い合いを始めた二人を眺めつつ思う。そういう話なら、ダークエルフから攻撃を受ける可能性は低いと見ていいか。油断は禁物だろうけど、朗報には違いない。
……こうなってくると、欲も出てくる。
「ナイヴァラさん。ダークエルフと交渉できないだろうか。どうもあの人、廃都の事を多少なりとも知ってるっぽかったんだよね」
「あー……望みは、薄いな」
言い合いを止めて、難しい顔をされる。
「こちらから動いた場合、まず間違いなく法外な要求をされる。足元をこれでもかと見てくるぞ。腕力で締め上げる、という手もなくはないが難しい。そうなれば全力で逃げるからな」
「ダークエルフって、もっと容赦なく襲ってくるって話じゃなかったっけ?」
「ヘルム。そういうのはダークエルフが流す噂にすぎん。実際にそういうものたちは居たが、全員とっくの昔に死骸を野に晒している」
うーん、兵どもが夢のあと。しかし、ダークエルフがそう動くと言われてしまえば、地下の氏族からの情報収集は諦めるしかないか。
「所でダンジョンマスター様? 防衛を任されるのはここの人たちと私たちだけなのでしょうか?」
カーラさんの質問を、俺は手を振って否定する。
「今回の敵は数が多い。なので、できうる限りの援軍を求めてある。まあ、名目はダンジョンキャンプのレクリエーションなんだが」
「帝国貴族ってめんどくさいな」
「ヘルム!」
「本当にね」
「ダンジョンマスター様!」
デルクさんのツッコミが冴えわたる。と、このようなやり取りの後。冒険者たちにはエラノールと打ち合わせに入ってもらった。今回の防衛は彼女に指揮を執ってもらう。俺は儀式の方に参加する手はずになっているから、防衛の方に手が回らないのだ。
忙しいと、時間は瞬く間に過ぎる。あっという間に、儀式決行前日となった。追加戦力受け入れの日だ。