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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
一章 ダンジョンはコボルトからはじめよ
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デンジャラス&デラックス工務店

 最初の防衛戦が終わった後。一部例外を除いて、皆ダウンしていた。例外というのはスライム・クリーナーの事。あいつらは今もまき散らした砂を清掃している。


 かくいう俺も疲労の極致。コアルームの例の椅子を使って回復中だ。とにかく体は重く、頭は痛い。冷たい石の椅子が、疲れからくる熱を抜いてくれる。コボルトたちが作ってくれた座布団が、なんとも尻にありがたい。柔らかいツタを編んで作ったもので、堅さはあるが石ほどではない。


 今度、狩りで手に入れた毛皮で背もたれのカバーも作ってくれるらしい。とてもうれしいが、正直蛮族王の椅子っぽくなる気がする。獣の頭骨でも頂点に飾れば完璧だな。


 そのコボルトたちも、今は寝ている。怪我をしたものはシャーマンの治療を受けた。刺されたり斬られたり殴られたり。致命傷がいなかったのは幸いだった。襲撃前に作った夕飯も食べた。呪文も使った。明日にはある程度元気になってくれる、と思いたい。


 最大の戦果をあげたシルフだが、現在は見張りに戻っている。コアとの契約と自然の風さえあれば体力も魔力も回復するらしい。……索敵、迎撃、維持コストの少なさ。コイン十枚は安かったのではないかと思い始めている俺だ。


 手を広げる。そこにあるのは、二枚のダンジョンコイン。今回の戦いで得たものだ。あれだけ苦労して、たったの二枚だ。泣けてくる。ゴブリンたちから奪ったゴミのような武器や物資を加えても、命の危険とは全く釣り合わない。


「戦力の、拡充をしよう」


 暴力はすべてを解決する、などと寝言はいわないが。もっと戦力があれば、こんなに苦労はしなかったのだ。最低限、壁役と攻撃役を一枚ずつほしい。ヤルヴェンパー女史に相談しよう。……もしかしたらもう勤務時間外かもしれない。そのうち時計も買わないと。


 ともあれ連絡だ、と立ち上がろうとした刹那。小さなベルのような音が、背後から鳴り始めた。コアと、本を乗せた台座がある場所だ。


 振り返る。台座に乗せた本のうちの一冊が、淡い光を放ちながらベルを鳴らしていた。……クソカタログの方が。


「えええ……」


 うめく。ウルトラ関わりたくない。厄介事の匂いしかしない。本当はとっくに処分したかった。焚き付けにしようと一番後ろのページを千切ろうとしたが、どれだけ引っ張っても無理だった。しわすらつかなかった。


 ほっといたら鳴り止まないかな。そう思って、無視してみる。ベルが鳴る。ベルが鳴る。ベルが鳴る。目を閉じて耐える。


「わうん?」


 なんということか。コボルトが一匹、起きてきてしまった。黒毛のコボルトだ。安眠妨害とは許しがたい。とりあえずコボルトには手を振って戻るように伝える。


 ため息をついて、台座の前に立つ。本を開く。光り輝く窓が現れ、人が映し出された。美形である。銀色の短髪。カミソリのような鋭い印象を、整った礼服が強めている。その男が、微笑みながら話しかけてきた。


「初めまして。デンジャラス&デラックス工務店のヨルマ・ハーカナと申します。新たなダンジョンマスター様でいらっしゃいますか?」

「……どうも。ダンジョンマスターのミヤマです。ご用件を伺います」

「はい! 当工務店は開店以来三千年、各ダンジョンマスター様に様々な設備を提供させていただいております。生活、防衛だけに止まらずダンジョン周辺の資源活用。さらには経済活動のサポートなどなど! ご苦労の多いダンジョンマスター様に少しでもお手伝いをさせていただけないかと、このようにご連絡させていただきました」


 快活に、丁寧に。慣れているのだろう、流れるように出てくる言葉の数々。なるほど、やり手のようだ。つまり、俺のやることは一つ。


「うちは間に合ってますので」


 電話セールスにはこの手に限る。本を閉じようと手をかける。


「お、おまちください! えー、その、生活でお困りごとはありませんか? トイレ、お風呂、ベット。衣食住、足りないものが多いと思うのですが!」


 イケメン、慌てる。かなり慌てる。さっきまでの余裕がぶっ飛んでいる。この返しをやられたことはなかったか。


「ないことはないですが、まあなんとかやってますので」


 ともあれ、話すことはない。本を閉じようと手をかける。


「もっと便利を目指しませんか!? 最新技術の粋を尽くした我が社の製品は、きっとご満足してもらえると確信しております! 防衛設備の種類も豊富ですよ。 単純な足止めから一撃必殺のトラップまで。どうぞ、カタログをおめくりください!」

「金がないので結構です」


 問答無用の札を出す。これで黙ると思いきや、イケメンここで表情に余裕を取り戻す。おおっと、何か新しい札が出せるようだ。


「なるほど、そういうことでしたか! いやあ、強いモンスターはお高いですからね。ダンジョンメイカー様からの初期資金もあっという間に底をつくというもの。ご安心ください。通常の業務外ではありますが、マスター様のサポートこそ我らの使命! 様々な副業プランをご提案できます」

「副業」


 さすがに、これは聞かないと断りを入れるのは難しいか。閉じる動作を止めたせいか、イケメンは我が意を得たりとばかりにしゃべり出す。


「はい。ダンジョンマスター様ならではの副業。最も簡単で、手間いらず。安定でスタンダード。ゴブリン養殖などはいかがでしょうか」

「ゴブリン……養殖?」

「ええ。初期投資は一コインと少々ですみます。普通にゴブリンを契約雇用。私どもで用意しました人間奴隷を購入していただいて、これを与えます。後は勝手に増えるので、数がそろったらゴブリンを売る。儲けは正直たいしたことありませんが、管理の手間がいらないのが素晴らしい。防衛には不向きですがおとりには十分。外に放って撒き餌にするなり周辺勢力を害するなり。役立たずは役立たずなりに使い道はあるものです」


 ……こいつは、何を、言っている?


「ある程度使っていると奴隷も壊れますが、ここでセット運用をおすすめするモンスターがおりまして。ゼノスライムというスライムの一種なのですが。こいつらは人間に卵を産み付け、それを苗床にして増殖するんですね。まあ、餌の状態で最初の体格が決まってしまいますが成長しますし。こいつらはなかなかの攻撃性を持っています。初期投資のコストが増えますが、二匹目以降は低コストで増やせるという。いかがでしょうか?」


 いかがもクソも。このヘラヘラ笑うろくでなしに、俺はどんな表情を向けているのだろう。頭が煮えてよくわからない。


「……あんた、正気か? なんでそんなひどいことを言える」

「はい? ……えー、何かおかしなことでも申し上げましたでしょうか?」


 心底わからないというツラをするイケメン、いや、クソ野郎。


「あんたも、人間だろうに」

「御冗談を! ……ああ、そうですね。ミヤマ様は我々の事をご存じない。勘違いされるのも無理はない。我々はハイロウ! ダンジョンの子! 資質が違う、能力が違う、保有する何もかもが低俗な者どもを凌駕している! ……それをわからぬ愚者たちは、我らを魔族などと呼びますが。まあ、すぐにミヤマ様もご理解なさるでしょう。ダンジョンマスターになったことがどういうことか。そしてそれに対して人間どもが何をするか」


 ……もはや言葉が出てこない。思い出せない部分はさておくとしても、今までの人生でこれほどまでのモンスターと出会ったことはなかった。異質、怪物という意味でのモンスター。話が通じない、こちらの言葉を聞こうとしない。そういうレベルではない。


 価値観が違う。常識が違う。環境が違う。つまり、生きている世界が違う。これこそ、本当の意味で異世界というべきだろう。


「ミヤマ様。我らハイロウも、このアルクス帝国もダンジョンの恩恵で生まれ強大に育ちました。ゆえに帝国はダンジョンのために存在する。マスターを縛る法などないのです。マスター間での約束事はありますが、互いに迷惑をかけないとかそういう些細なものにすぎません。お好きにふるまえばよろしいのです! ……ですので、何かご要望がございましたら何なりと。可能な限り対応させていただきます」


 これ以上、こいつの話を聞いていたらどうにかなってしまいそうだ。問答無用で本を閉じようとした刹那。


「……どうやら、ミヤマ様はダンジョンマスターであることがお辛いようで」


 などと、いまさらなことを言ってきた。


「……あ”?」


 は? と声だしたつもりだったが、過去最高に不機嫌を形にした音が出た。だが、ヤツは構わず寝言を吐き出す。


「わかります。ええ、わかりますとも! 平和な世界から無理やり連れてこられ、殺し合いを強要され。挙句の果てにダンジョンからは出られない。住居環境は最悪を通り越して人の住めるような状態じゃなく。外は怪物だらけで襲撃までしてくる。さらに自分はモンスターからパワーアップ用餌として見られるとあっては! めげるのも無理はありません」


 痛ましい。心中お察しします。私は心底そう思っております。親身になっていますよと、そういう演技をして見せる。大根だ。目が笑っている。見下している。


「なればこそ、せめてもの癒しになればとお勧めしているのです。それに、ええ。もしダンジョンマスターであることに耐えられないのであれば。辞めることが、できるのです。自分の子孫に譲渡することで……」


 力いっぱい本を閉じた。光の窓が消え、耳障りな話も止まった。本を両手でひっ掴み、全力で壁に叩き付けた。


「やっかましいんじゃこのクソボケがぁーーー!」


 踏む。蹴る。蹴っ飛ばす。追いかけてさらに蹴る。踏む。踏みにじる。


「人が必死で我慢しているもんをズケズケと! ああそうだよその通りだよ! 誰が好き好んでこんなことやってるかボケがぁ!」


 もう一回持ち上げて反対側の壁にぶち当てる。


「でもしょうがねぇだろ! やるしかねぇんだよ! こんなとんでもねぇもんを、ポンと押し付けられるようなやつが黒幕だぞ! コアがなきゃ無能の俺が、ちょいとあらがった程度でどうにかなるか!」


 壁を殴る。椅子を蹴る。手が痛い、足が痛い。構わず殴る、さらに蹴る。


「何よりてめぇら信用ならねぇんだよ! 値段はぼったくり! クソ怪しい裏ビジネス! 金利不明の金貸し! 人間は消費資源扱い! そんなてめぇらの口車にのって、その後無事でいられるなんて思うほど馬鹿じゃねぇぞこっちは!」


 ダンジョンマスターであるからこそ、人間を見下すあいつは俺を(内心どうあれ)丁寧に対応した。じゃあ、ダンジョンマスターじゃなくなった俺を、あいつはどうする?


「あーもう、あーもう、二度と電話してくるんじゃねぇぞクソが……」


 戦闘の疲労がぶり返してきたようで、頭がふらつく。石の椅子に座る。そう、結局俺はこの状況に流されるしかない。このレールは強固だ。三千年。ふかしにしては数字がでかい。……あのクソカタログ、焚き付けにするとき、奥付をみた。たしかに、そんなけったいな数字が並んでいたことを覚えている。


 確かめるすべはほとんどないが、連中が出す情報は基本的に嘘も矛盾もないように思う。この体に起きていることは間違いなく事実だ。ちょっとやそっと、思い悩んで一発逆転できるようなものなら、とっくの昔に誰かが全部ぶっ壊していることだろう。


 思考を放棄し、レールの上をただ走れば楽になれるだろうか。いっそあのクソの言うとおりにやっていれば、バカで便利な道具として生きていけるかもしれない……いや無理だ、やっぱあいつは信じられない。


 ヤツが信じられないなら、ヤルヴェンパー女史は? ……少なくとも、見下されたことはない。相談も真摯に対応してくれた。彼女自身は信じよう。信じたい。……ただ、人間に対するスタンスだけは確認しておきたい。彼女も、あのハイロウとかいう種族? かもしれないし。


 眉根にしわ寄せてうなっていると、前方から気配がした。


「わう……」


 さっき起きてきた、あのコボルトだ。……そうか、俺が騒いだからまた様子を見に来たのか。耳が伏せている。怯えさせてしまったか。


「騒いで悪かったな。もう大丈夫だ、戻って寝ろ」


 手で戻るように促すが、今度はその場から動こうとしない。再度促しても、同じ。ううむ……。しばらくお見合いしたのちに、今度は手招きしてみる。恐る恐る、近づいてきた。


 頭を撫でてやる。なお、この時に耳を触ってはいけない。シャーマンからこそばゆいのでできれば触らないでほしいといわれたのだ。くぅんくぅんと鳴くコボルトを見て、思う。こいつらを見捨てるなんてできない。たかが一週間、されど一週間。かなり追い詰められていた俺だが、こいつらの存在にずいぶん助けられた。


 一緒に働き、メシを食べ、水を浴びて、雑魚寝の毎日。さらに今日は命がけで一緒に戦った。こいつらは家族だ。家族を見捨てることはできない。思い出せない日本の家族だって、こいつらを見捨てたらきっと怒るだろう。


「ダンジョンはコボルトから始めよ、か。この世界の昔の人はいいこと言ったもんだ」

「わう?」

「気にするな」


 わしゃわしゃわしゃ、と頭をなでる。……椅子の力でだいぶ疲れは取れたが、それでも今日は限界だ。色々ありすぎた。戦力増強は明日だな。立ち上がって、コボルトと共にコアルームを後にする。


 俺は、ダンジョンマスターを続ける。


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― 新着の感想 ―
[一言] 人間奴隷を買う必要なんてない! ゴブリン達にご近所さんから調達してきて貰えば良いのだ!
[一言] 現代でも人間は消費資源扱いなのに、何を怒るの? 人間至上主義? やはり値段がな?奴隷によってもたらしたコインより、出費が嵩張る気がする。
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