イベントエンカウント
「そのような事になっていたのですか!」
ダンジョン組み換えからの事件について、お客様方に説明した所ロザリー殿が飛び上がるほどに驚かれた。……まあ、支援しているダンジョンの真下が異常事態と聞けばそういう反応になるか。
オーナー殿は……完全に愉快なイベントに遭遇しましたといった体である。まあ、他人事ならそうだろうね。目の前で面白がられると流石に思う所があるが。それはともかく。
「ええ。ですので今から下の様子を確認するために偵察に行ってまいります。ので、申し訳ないのですが本日は……」
「はい! 早速準備いたしますので少々お待ちを!」
ロザリー殿、立ち上がるやゴーレム・サーバントのルージュからなにやら手荷物を受け取った。……んん? あれはロザリー殿の荷物? 着替え? え、いつの間にあんなのうちに置いてあったの?
「いやいや、ロザリー殿。流石に今回はご遠慮を。いつもの自己防衛うんぬん、って話は通らんでしょう今回は」
「では、ダンジョンキャンプのアトラクションの線で!」
「いやいやいや、流石にそれも……」
ちらり、とコボルト仮面のおねーさんを見る。イルマさんやロザリー殿達だけならともかく、今日あったばかりのお客様がいる状態ではちょっと世間様の目が厳しくならないか。そう思っていたのだが、視線の合ったそのお客様がにっこりと微笑まれた。あ、これアカンやつや。
「何やら面白そうな話ですね! なんですかそのアトラクションというやつは」
「ええっと、それはですね……」
俺は、ハイロウ向けのサービスとしてのキャンプ場をダンジョンでやり始めようとしている話を簡単に説明した。そう、簡単に。なるべく、興味を引かない様に。なのに。
「なるほど。つまりキャンプという体裁を取れば、ダンジョンではしゃいでもいいという事ですね! では一泊……は、準備がありませんね。代わりにお試し体験とか。そういうのさせていただきましょうか」
「イルマさーーーん! ロザリー殿ーーー! ちょっとーーー!」
ゴリ押してきたよこの推定権力者。これ突っぱねるのはかなり厳しい。求む援軍。……だが、頼れるはずのお二人は胸の前で×マークを作るのみ。
「オーナー殿がお望みであるならば、そのように……」
「ええ。ナツオ様、何卒一つ」
「そーは言うけどさー! 流石にこれで万が一があったら責任取れないんですけどー!?」
やだよ俺。飛空船が空を覆いつくして、兵隊たちがわんさか降りてくるとか。滅亡待ったなしじゃん。
渋る俺に対して、その問題の人物は己を扇であおぎながら笑う。
「私の事なら心配せずとも結構。そんじょそこいらの怪物程度に後れを取ることはありませんよ」
「いやまあ、そうおっしゃられましてもねぇ……」
「ふむ? 私の実力が分からないからそうもなりますか。よろしい! ではちょっと北海までいって某大海竜から鱗か爪でもはぎ取ってきて証にでも……」
「別の意味で大問題になりそうなんで勘弁してもらえませんかねぇ!?」
なんでこの人いきなり、下手すりゃヤルヴェンパー公爵家が帝国から離反しそうな事やらかそうとしてるの!? 正気か!? それとも無理を通そうとするためのブラフか!? そっちであってほしい。本当に。
「分かりました。わーかーりーまーしーたー。じゃあ、デイキャンプという事で。……自分の安全は自分で確保してくださいよ? 俺らにそんな余裕ありませんからね? 弱いんですから! 俺が一番!」
「はいはい、わかっておりますともダンジョンマスター殿」
深々と、ため息をつく。お客様の前で失礼だが、もう取り繕う気すら起きない。とりあえず、俺も準備をする。いつもの兜と皮鎧。ファウルカップ。大盾と短槍。アダマンタイト製脇差。あと、ランタンをベルトにセット。暗視能力を過信してはいけない。
ダンジョンからは俺とエラノールとミーティア。トラヴァーとクロマル。水ぶっかけて叩き起こしたセヴェリ君とダニエル君。以上である。
ゲスト枠はロザリー殿と、(何故か彼女までうちに装備を用意していた)イルマさん。オーナー殿とお付きのコボルト二匹。それから。
「……付いてきてくれるの?」
「勿論ですとも」
「すまん、助かる」
当たり前のように戦闘準備していたヨルマ。合計九名と四匹という大所帯。エレベーターは全員乗ってもなお余裕がある。荷物の搬送があるから大きいタイプを選んでおいてよかった。
と、いうわけで全員乗っていよいよ下へのボタンを押そうとしたのだが。
「……んんん?」
「どうされましたか主様?」
「いやなトラヴァー、ほらこれ」
俺は、階数選択ボタンを指さす。そこには『地上階』『地下一階』『地下五階』『地下十一階』となっていた。地下十一階はいい。そこが目的地だ。問題は、地下五階である。なんでそんな階層があるんだ?
「自然洞窟と繋がったのでは? そもそもからして、地下に空洞があるような場所なのです。横穴があっても不思議はないでしょう」
「言われてみれば、たしかに」
オーナー殿の言葉に頷く。自然洞窟か。うちのダンジョンだって、元はそういうものだ。横穴があったか、はたまた別の要因か。……非常に困った。いきなり出だしから躓いた。
スルーするのは危険すぎる。もし、この地下五階にエレベーターを使用できる何かがいた場合、いきなりダンジョン中枢に乗り込まれてしまう。調べないという選択肢は、ない。
「えー、まず地下五階を調べます。何がいるかわからないので、前衛は準備を」
「お任せを」
「あいよー」
我がダンジョンのツートップ、エラノールとミーティアが答える。ダニエル君? セヴェリ君と一緒に後ろ。だって、なんかめちゃくちゃ緊張してるんだもの。前衛任せるのはちょっと厳しい。
というわけで、ぽちっと目的地のボタンを押す。エレベーター独特の降下する感覚が体にかかる。コボルト達はこれに慣れていないため、毎回やたらとうろたえる。
エレベーターは順調に降りていく。地下三……四……五。小さなベルの音が、到着を示した。
ドアが開く。
「!? ラァ!」
「シッ!」
一瞬の攻防。飛び散る火花。短剣と脇差が交差する。脇差はもちろん、エラノール。では短剣は誰のものか。地下五階のエレベーターの正面に立っていた不確定存在。
その肌は闇のような黒。細身ながらも必要な筋肉はしっかりと備えている。身に纏うのは動きやすさ優先の皮鎧。そして動きの邪魔にならない上で、身に着けられるだけの術具。
ダークエルフの、戦士。性別男。そこまで確認する時間で、攻防は三度。さらに速度を上げていく。
「攻撃を止めろ! こっちの数は多いぞ! 吹き飛ばされたいか!」
最悪、ミーティアの魔眼を使う。そのつもりだったが、相手側が背後に飛び跳ねて距離を取った。
「貴様ら、何者だ! これはなんだ!」
「俺はダンジョンマスター! これはエレベーター! そちらは何者か!」
問われたことをあえて答える。考えなしの事ではない。会話のペースをこちらでつかみたいが故だ。
「……何でこんなものをここに作った!」
「そちらが何者か答えるのが先だ! 俺はさっきの質問に答えたぞ!」
「お前が勝手に答えただけだ! 俺が答える必要はない!」
「他人に要求して自分は渡さない。盗人のやり方だな! お前には誇りがないらしい」
笑え、と小声でつぶやく。一瞬の間の後、なんと真っ先にオーナー殿が呵々大笑。釣られてコボルトたちが、最後にほかの者達が引きつり気味に笑いだす。
「わ、笑うな! 貴様らごときが、私を笑うな!」
「器の小さい盗人を笑って何が悪い!」
「誰が! 私はペレン! 誇り高き燻る熾火氏族の戦士だ!」
「なるほど。では笑ったことを代表してお詫びする。ごめんなさい」
さっくりと頭を下げる。相手がたじろぐ気配がある。うん、いきなり行動を変えられると対応が大変だよね。狙ってやってる。そして押し込む。
「次の質問に答える。現在我々は、ここより地下から湧き出たアンデッドの調査に赴く最中にある。エレベーターがここに通じてしまったのは意図したものではない」
「アンデッド……? まさか! 貴様ら、廃都の封印を解いたのか!?」
はい、新情報いただきましたー。そして、情報源発見でーす。が、ここでそれを出してはいけない。
「事故にすぎない! むしろこちらは被害者だ! そして、その廃都とやらはそちらのものか」
「違う! 古き時代に争いがあった名残だとは聞いたが……兎も角! 我らは無関係! 勝手に自滅しろ! こちらに立ち入れば容赦はせんぞ!」
そう言い捨ててペレン氏は走り去ってしまった。後に残るのは洞窟の暗闇と冷たい空気のみ。
「追いますか?」
「いや、この先どうなっているかわからん。当初の目的を果たす方が先決だ」
ヨルマにそういって、エレベーターの入り口を閉じる。やれやれ、疲れた。いきなり脳をフル活動させた気分。色々あったが、とりあえずするべきことをしよう。
「エラノール、よく防いでくれた」
「もったいないお言葉。訓練はしていたようですが、手練れではありませんでした」
何とも頼もしい。……あと、俺の目から見れば十分すごかったけどねあのダークエルフ。まあ、基準が何百年も修行しているようなエルフ武芸者だろうからしょうがないのかもしれないが。
続いて、楽しげに微笑んでいるお方に頭を下げる。
「オーナー殿、ご助力感謝します。おかげで話をうまく転がせました」
「いえいえ。そしてダンジョンマスター殿はなかなか口が達者でいらっしゃる。元の世界ではそのようなお仕事を?」
「ただの店員でした。これだけになったのはまあ、こちらで鍛えられた感じで」
お貴族様とか、お貴族様とか、お貴族様とか。あと目の前の人とか。もちろん、下地としてクソクレーマーの数々とやり合った経験が効いているのは間違いない。
それにしても。
「よもや、ドアを開けたら即ダークエルフとは。なんで地下なんかに……」
「地下世界には様々な種族が覇権を争っていると聞きます。侵略種族の被害から地下に逃れた人々も多いとか。あのダークエルフは、この辺りの地下を縄張りにしているのでは?」
エラノールの言葉に、唸る。今後は、そういった怪物を警戒しなければならないのだろうか。進入路が複数あると、戦力を分散しなければならない。これは不味いぞ。
「心配でしたら、後で閉じてしまえばよろしい。ここいら一帯はすでにダンジョンの支配領域なのでしょう? 埋めるも掘るも自由自在かと。まあ、コインはいりますが」
「ああ、なるほど。たしかに」
オーナー殿の提案は、気を楽にしてくれた。大きなトラブルを抱えている現状、これ以上の問題は勘弁。後で塞いでしまおう。
「しかし、廃都に封印と来ましたよ」
「なかなか愉快な単語ですねぇ。下にあるものへの期待が高まります」
オーナー殿は楽しそうである。まあ他人事だし、せやろなって。……さて、いつまでもこうしているわけにもいかない。
「それじゃあ、下に降りますが各々準備はよろしいか?」
全員、無言で頷く。俺は、地下十一階へのボタンを押した。