拝見、お宅のコボルトちゃん
居住区。お客様にテーブルや椅子を用意する。……ヨルマが椅子を固辞。コボルト凸凹コンビも固辞。ヨルマは俺の後ろに、凸凹は主の後ろに立つ事になった。
というわけで座るのは俺。両隣にイルマさんとロザリー殿。背後にヨルマとエラノール。若手二人は自分のテントに寝かせた。ミーティアは面倒事は御免だと逃げ出した。あいつはこういう時本当にもう。
「大したおもてなしもできなくて申し訳ありません」
「いえいえ、約束もなく押し掛けたのはこちらですから」
ソウマ領産の緑茶を出す。とっておきである。良い香りですねとの言葉をいただいたが、まあリップサービスなんだろうな。
……さて、さっさと用件を聞きたい所だがそれはマナー違反であると俺は知っている。何か、話を繋げねば。しかし、何を……あ。
「所でお恥ずかしながら自分、コボルトのブリーダーという方に初めてお会いしたのですが具体的にどのようなお仕事なのでしょう?」
「ふむ? まあ確かに、ダンジョンに縛り付けられては出会う機会もないでしょう。よろしい、ではモンスターブリーダーというのはいかなるものか」
オーナー殿が手をかざせば、後ろのノッポコボルトが漆塗りの扇子を渡す。それを指揮棒のように振りつつ、目の前の女性は軽快に話し出す。
「そもそも。野生のモンスターというのは個体差が激しい。食事も環境も経験も一定ではないから、強さがまちまち。それをとっ捕まえて調教して、自分のダンジョンで使うならまだしも。よそ様のダンジョンに出荷するのはちょっとはばかられる」
「まあ、何かしらのクレームの元になりそうですね」
「でしょう? なけなしのコインを支払って、送られてきたのが弱い個体ではダンジョンマスターもやってられない。そこで誕生したのがブリーダーという職業。環境を整えて成長させ、別の個体と掛け合わせ。能力を均一にしつつ伸ばす。個体を増やしつつ何世代も世話をするのがブリーダーなのです」
「なるほど。確かにそのような人たちがいなければ私たちダンジョンマスターは困りますね。モンスター配送センターも」
隣でイルマさんが頷いている。配送センターはこういう人たちの働きで良いモンスターを仕入れているんだなぁ。
「では、オーナー殿はコボルトを専門とされていると」
「いかにも。コボルト達をここまで伸ばすのは、手間暇がかかりましたとも。とにかく弱い! 力も知恵も心も弱い! ダンジョンに出荷されるコボルトはこんなにフカフカモフモフですが、野良のは本当酷いですよ? 痩せた野良犬を百倍情けなくしたような感じ」
「うわぁ」
呻かざるを得ない。え、今以上にアカンの? それ、生物としてやっていけるの?
「そこからスタートして、健康的に成長する個体を安定して増やせるようになるまでどれだけかかったか。ええ、ええ。時間も苦労もかかりましたが、充実した日々でしたとも」
苦々しそうに、しかし味わい深く。さぞかしいろんな思い出があるのだろう。トップブリーダーはそう語る。
「そこまで手間暇かけて育て増やしたコボルト! ……しかし、世間一般のダンジョンマスターの評価は厳しかったッ!」
「さ、左様で」
「蘇生費用が安いから囮として使うとか言われたあの日の事は忘れてませんよ私! 周囲に止められなかったらまとめて灰にしてましたよ!」
「オーナー! オーナー! 落ち着いてくださいまし! よそ様のダンジョンですぞ!」
「わんわん!」
「火に油注ぐようなこと言わない!」
主従、大変エキサイト。……まあ、気持ちはよくわかる。それだけ愛情注いで育てたコボルトを無碍に扱われたら、怒って当然だろう。
……そして、オーナー殿の怒気に当てられビビり倒しているのがロザリー殿。さっきからひぅ、とかはぅ、とか短い悲鳴を上げている。
「……しかし、蘇生費用の安さならゴブリンの方が上のような。なんでコボルトを使うのやら」
「それはですねナツオ様。ゴブリン、戦況が不利になるとダンジョンマスターの命令すら聞かなくなる事がありますので」
「……能動的に囮なんてやってくれんという事か」
イルマさんの解説に、思わず唸る。やっぱゴブリンは駄目だな。うちのダンジョンにはイランな。コボルトが一番だよ。
「ふう。……まあ、そんなわけで。現在はコボルト達に技術を仕込んで多様性を持たせております。ワーカーは、洞窟生活が野生の在り方だったので楽でした。シャーマンも、部族を率いるのがそういう輩だったので同じく。そこから幅を広げるのがまた苦労がありましたねぇ。現在進行形で楽しんでおりますとも」
「趣味と実益を兼ねたお仕事、というわけですか」
「正しく! いくらやっても飽きません。ほかのモンスターも一通り育ててみましたが、強いモンスターは方向性が定まっている分多様性の幅が狭いんですよね。ダンジョンマスターとしてはそれでいいんですが、ブリーダーとしては……おっと脱線してしまいました。さて、それでは本題」
ばしん、と扇子を手のひらに打ち付ける。
「ダンジョンマスター殿は、コボルトを大切にしてくれている様子。ブリーダーとしてとても嬉しいお話です。そこで、コボルトをよりよく成長させるためのアドバイスと営業にやってまいったという次第」
「なんと。コボルトをパワーアップできると?」
それは聞き逃せない。あいつらの献身に報いてやれるなら、多少の無理だってどんとこいだ。
「パワーアップ、というよりは手に職を付けさせるといった感じでしょうか。まあ、コインを追加しますから、ガーディアンの様にダンジョンからの強化を受けられるようにはなりますね。もっとも、あれらの様に劇的ではありませんが」
「十分です。で、具体的にどのようにすれば?」
「まずは、お宅のコボルトを見せていただきましょうか」
ぜひよろしくお願いしますとばかりに、全コボルトに集合をかける。近場にいたクロマルに遠吠えさせれば直ぐだった。
集まったコボルトはあっという間にオーナー殿に集まっていく。群がっていく。人見知りであるはずのコボルト達が、秒速で懐いていく。これが、トップブリーダーというものか。
で。コボルトを見てもらっている間に、両隣のお二人に小声で聞く。
「……とりあえず、俺はあのお客様を名乗った通りの人として対応しますが。それでよろしいですね?」
「はい。あちらがそう名乗った以上は、酷い無礼を働かない限りは大丈夫なはずです」
イルマさんが静かに答えてくれる。では、それを信じるとしよう。今の所、無体な事は言ってきてないしね。
「ナツオ様にはご負担をかけますが、何卒。……しかし、流石は『全コボルトの母』」
「ロザリー殿、何ですかそれ」
「もちろん、オリ……いえ、その。詳しくは後でご説明しますが、ただの尊称です」
何とも、トップブリーダー殿は相当な地位にいるらしい。皇族でも上のあたりか? まあ、顔を隠して身分も出してこない以上、俺の対応は変わらないが。
そうこうしているうちに、オーナー殿のチェックは終わったようだ。コボルト達、めっちゃくちゃ嬉しそうに尻尾振ってるなぁ。トラヴァーやアミエーラまで。
「お待たせしました。いやあ、皆良くしてもらっているようで。目の輝きが違いますね。外観はいくらでもとりつくろえますが、心はこれまでの経験で輝きも曇りもしますからね。ブリーダーとしては喜ばしい限り」
「自分も、こいつらには助けられていますから。相応にしています……というか、生活が安定してやっと労えるようになったというか」
「素晴らしい。ダンジョンも順調に強化されているようですし、先が楽しみです。さて、まずはトラヴァーとアミエーラの二匹から行きましょう」
というわけで、オーナー殿によるコボルト強化プランの説明を受けた。トラヴァーには自然系の呪文書を。アミエーラには錬金術の道具を買い与える。コインがいらないからこれは簡単に対応できそうだ。
次に、コボルトのランクアップについて。スリングを良く当てていた五匹は、コボルト・シューターに成れる。拡張工事で頑張っていた十匹はハイワーカーに成れて、さらにその中の一匹は統率者であるチーフワーカーにランクアップできるとの事。
これらは、コインを与えればすぐにというわけでは無いらしい。相応に勉強させねばならないらしく、ブリーダーに七日程度預ける必要があるのだとか。ダンジョンも広くなったし、コボルトを増員しつつ交代で勉強させに行くのはアリだな。
そして最後に、一匹のコボルトがオーナー殿の手によって前に出された。クロマルだ。
「最後のこの子ですが。大変珍しい資質を開花させています」
「珍しい、とは」
「勇気です!」
クロマル、えっへんと胸を張る。……でも、俺には伝わってるぞ。お前、何言われてるかわかってないだろ。
「コボルトが勇気を出すとき。それは、信頼できる何かがいるときです。自分より強い物とかですね。支えがなければ勇気が出せない。それが通常のコボルト」
オーナー殿はクロマルの耳の付け根をなでている。大変気持ちがよさそうだ。……やっぱ、自分が何言われているかわかってないなお前。
「ですが、この子たち。コボルト・ヒーローと呼ぶべき子らは違います。誰かのために自分から勇気を振り絞れる。めったにいませんよ、そういう子は」
「ふーむ、なるほど」
確かに。なんだかんだこいつは俺の周りにいた。そして俺は大体において先頭に立っていた。怖いならば遠くにいるべきだったのに。元々そうだったのか、それとも家に来て変わったのか。……まあ、どちらでも構わないか。それよりも。
「それで、コボルト・ヒーローはどんな事ができるのでしょう?」
「普通のコボルトと、一切変わりません!」
漫画の様に、がくりとすっ転んだ。そんな、威風堂々言わんでも……。そしてクロマル、お前も堂々としない。
「勇気一つで何かができるなら苦労はありません! ですが万知万能を持っていても、心が伴わなければ何もできません! すべてはここからだという事ですね」
「な、なるほど……ここから育てて行けと」
「育てたからといってコボルト以上にはなりませんが」
再び、漫画のようにすっ転んだ。立ち上がる。
「ブリーダーがそれを言いますか」
「ブリーダーだからこそ言うのですよ」
「コボルトを愛しているのか貶しているのかどっちなんですか」
「心外な。深く愛しているからこそ、その限界をしっかりと理解しているのです。その成長を喜び、しかして期待しすぎない。今後ともコボルトをよろしくお願いいたします」
かんらかんらと笑いながら、そうのたまう。……ああ、趣味人だ。他人にどう思われようと、自分の楽しい事を貫く。一歩間違えると大迷惑にもなる、筋金入りの趣味人だ。コボルトブリーダーだからこそ、まだマシなんだろうけど。
まあすったもんだあったが、コボルトの強化プランを教えてもらえたのは素直にありがたい話だった。
エレベーターからベルの音が鳴ったのは、そんな感じで一区切りついた頃だった。地下への延伸が完了した。