下の問題、中の問題
エレベーターのある建物に住んでいる、または勤めていたり学んでいたりすれば分かるだろう。定期的なメンテナンスが必要なものであると。一定期間で業者さんが来て点検するから、使用中止の看板が置かれていたりするのを目にしたことがあるだろう。
ダンジョンに設置されたエレベーターにも、点検は必要であるらしい。大概の事はダンジョンがやってくれるらしいが大きく破損した場合は工務店による修理工事が必要だとか。
ともあれ、点検モードというのが存在する。カタログにいつの間にやら添付されていた説明書片手に操作する。まず、エレベーターの「箱」を上階に移動させる。危ないのでそこで停止、ロックしておく。次に、手で自動扉を開く。簡単な操作でロックが外れ、普段は動かないそれが開いていく。
そして見る。本来なら床が見えるはずの底に、真っ暗な穴が開いている事を。
「こーれーかー……」
「かなり深いですね。エルフの目でも見通せません」
エラノールの言葉に、俺も暗視モードを起動する。ダンジョンコアによる特殊能力、暗闇を見通す目でも、底が見えない。
ダンジョン組み換え時の振動。あれで、下にあったと思われる空洞の天井が一部崩落。このエレベーターの底に穴が開いた。そして名残が昇ってきた。先ほどの騒動は、こういう流れで起きたのだろう。
ダンジョンの下といえば、以前トラヴァーに占ってもらった強い水精霊とやらがいるといわれた場所。そこと、あのエルフ姿の名残にいったいどんな繋がりがあるのか。調べないことにはわからない。が。
「とりあえず。また昇ってこられても厄介だ。ダニエル君、フルパワーで一発頼めるかな?」
「分かりました。じゃあ、ちょっとお時間をもらって、タメます」
チャージショットであったか。ダニエル君、上着を脱いでモフモフの上半身を露出。筋肉をバンプアップさせると、何度も深呼吸を繰り返す。そして、大きく息を吸い込んで。
「ウォォォォォォォォォォォンッ!!!」
とびっきりの咆哮を、穴に向かってぶち込んだ。響く。とてつもなく響く。反響音でかなりの広さがあると感じ取れる。……あくまで感覚だが、これは本当に巨大な空洞かもしれない。
「……ふぅぅ、どうでしょう?」
「んー……見えないから何とも言えないけど」
「ほいほい、ちょいと退きな」
穴を覗いていた俺たちの後ろから、ダリオがやってくる。エレベーターの中に手を入れて、しばらく瞑目する。
「んー……近場には、居ねぇ感じだな。奥までは流石にわからんが」
「そんなんで分かるものなの?」
「経験則だ。アンデッドが近くに来ると、ゾワッてくるもんなんだよ。さっき自分らも感じただろう?」
いわれてみれば確かに。さながら風邪を引いたような、不快感のある背筋の寒さがあった。あれがアンデッドの気配なのか。
「で。これからどうするよ大将」
「んー……まあ、調べないとだめというのは間違いない」
穴塞いでおしまい、にはできない。自分たちの生活する場の下にアンデッドがいるなんて、安心できない事この上ない。
とはいえ、かなりの深さがあるらしいので、さあさあと乗り込んでいくわけにもかない。また、その深さのおかげで名残のような浮かぶ事ができる相手でもない限り、すぐに新手は来ないだろうという目算ができる。
つまり、準備する時間が持てるという事。とりあえず、エレベーターの扉は閉める。メンテナンスモードも終わらせ通常稼働させる。それでもって。
「ダリオ。そろそろ帰らないとまずいでしょう」
ダリオ・アロンソ男爵の本日のご予定。朝食後、ガーディアン着任式に出席。ダンジョン組み換えに立ち会い。その後、自分の街に帰るために出発、である。なんでも、近日中に周辺領主が集まる会合があるんだとか。
「いやまあ、そうだったけどよ。流石にこれほったらかしにして帰れねぇって。連中にどう説明しろってんだ」
連中、というのは今回連れてきたメンバーである。ほとんどは護衛だけど、若干名町の有力者という人達がいた。男爵がダンジョンマスターと友好を結んだ、という事を住民たちに知らしめるために。今回の訪問にはそういう意味もあったのだ。
……なるほど。確かに仲良くなった相手がトラブってるのに予定だから帰る、は薄情な話になってしまう。かといって、ダリオたちが残っていても正直どうにかなるわけでもない。ダリオ個人は大変頼れるのだが。元冒険者としての経験がとても助かっている。……あ。
「そうだ、冒険者。ダリオ、町から冒険者送ってほしい」
「冒険者。……そうだな、今回みたいなわけわからん所に突っ込ませるなら冒険者だ。冴えてるな大将!」
ばしん、と背を叩かれる。とてもいたい。ともあれ、これで名目は立った。援軍派兵の為の帰還なら、文句も出ない。非戦闘員を避難させるというのも、十分な理由になるだろう。本人たちの事でもあるし。
というわけで男爵ご一行、予定通りのご帰還となった。護衛はともかく、件の有力者たちが露骨に安堵した表情である。まあ、さもありなん。
なお、エレベーター使って上に昇るか遠回りになってもダンジョン通るかでもめた。もめたが、いつものごとくダリオが男気を発揮してエレベーター使用。お付きの人たちが慌ててついていけば、置き去りにされては困ると有力者も飛び込むなどというひと騒動があった。
「それじゃあな大将。無茶するんじゃねぇぞ」
「それで済むなら、しないんだけどね」
というやり取りの後、ダリオ一行は帰路についた。険しい森を抜けていく行程である。行きはよいよい帰りは……などという事にならず、無事帰りついてくれることを祈る。
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送り出した後、一休みしてから主要メンバーに集まってもらった。ひと戦闘こなした後だ。休まないと頭が回らない。主に俺の。
集まったのは、俺、トラヴァー、エラノール、ミーティア、セヴェリ君とダニエル君。アミエーラはコボルトたちの指揮に入ってもらった。組み替えたばかりで混乱する者もいたから。
テーブルと椅子。各々が座ったところで会議を始める。
「とりあえず、下がどうなっているか調べなきゃいけないわけだが……現状の状態で、調べられる人ー」
ぐるりと見渡すと、なんとトラヴァーが手を上げた。
「エアル殿にお手伝いいただいて、臭いを調べることが可能です」
「おお。そういやそんなコンビ技があったな。……リスクは何か考えられるか?」
「前回の調査で分かっている通り、下には水の精霊がいらっしゃいます。風の精霊が近づけば、気づかれるのは確実かと」
こちら側の動きを、相手に知られるリスクがあると。確かにそれは……と悩む。
「でも、それって今更じゃない? そっちの坊やが思いっきり下に向かって吠えたじゃない」
「坊や……」
俺の悩みを、ミーティアが直球で吹き飛ばす。あと、ダニエル君が地味にショックを受けている。貴族の御曹司だから、ぞんざいな扱いに慣れていないのだな。
「ミーティアのいう通りだった。こちらの存在はバレている。なら、エアルにやってもらうぐらいはアリだろう。ほかに、何か手がある人」
「私は、落下速度を操作する術を覚えています。短時間ですが飛行する術も。これで、直接見に行くことが可能ですが」
魔法使いのセヴェリ君。便利な術を学んでいらっしゃる。大事だよね、落下制御の呪文。冒険者は落とし穴で死ぬこともあるんだ。……俺も最近、落とし穴で死にそうになったっけ。ああ怖い。
しかし、懸念がある。
「その呪文だけど。何人にかけられる?」
「落下制御なら一度に十人ほど。飛行は……一回で一人です」
「ううん……複数人で行こうとすると、セヴェリ君は移動係以上の事ができなくなる感じかな?」
「それは……はい。私一人ならともかく、人数が増えると脱出が厳しく……」
「安全面を考慮すると、ちょっと難しいかな」
と、俺の発言を受けてセヴェリ君が椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「私は! ガーディアンとしてこのダンジョンにいます! 特別扱いはやめてください!」
ちょっと面食らった。……気持ちを察した。なるほど。とりあえず、両手を見せて落ち着くように促す。
「特別扱いじゃない。あくまで、君という大事な戦力を雑な偵察で損耗させたくない。それだけだから」
「ですが!」
「我がダンジョン、まだコインが少ない。復活費用の捻出もなかなか厳しい。いざとなったら借金も辞さないが、避けられる出費はしたくない。という経済的理由が一点」
激情のこもった瞳が俺を見ている。ゆっくりと、理解してもらえるように話を続ける。
「現状、油断ならない状態だけど決して致命的でも切羽詰まっているわけでもない。これが何が何でもダンジョンコアを守らなきゃいけない戦いなら、俺も非情な命令を下すだろう。だけど今はそうじゃない。君たちに決死の戦いをしてもらう場面じゃない。というのがもう一点」
まだ、納得のいっていない表情だ。こちらも、貴族の御曹司。しかも公爵家だ。今まで大事にされてきたのだろう。それは当然の話だ。
だが、ここは今までとは違う新天地。今までとは違う……はずなのに、特別扱いされているように感じてしまった。だから癇癪を起した。うーん、若い。そういうものだろう。俺のガキの頃に比べれば、はるかに成熟しているようにも思えるが。
ともあれ、ちょっと厳しくいこう。伝わるかどうかはわからない。俺がガキだった頃はどうだったろうか。
「最後に。……そんなに特別扱いが嫌なら、ほかの者と一緒であることを体感してもらおう。コボルトと一緒に薪拾いに行ってこい」
「は……?」
「うちは手が足りてないんだ。ガーディアンだろうと雑用もやってもらう。どうした? やっぱり特別扱いがお望みかセヴェリ・ヤルヴェンパー殿?」
「……ッ! い、行ってまいります」
「クロマルー。一緒に行ってやってー」
「ワンッ!」
というわけで、一人と一匹はそろわぬ足並みでエレベーターへと向かっていく。その背を、鼻で笑う青少年に対して声をかける。
「ダニエル君。君も行ってきなさい」
「は!? じ、自分もですか!?」
「ダニエル君さぁ……初日早々、色々頑張ってくれた。活躍もしてくれた。そこは大いに評価する。頼もしいと思えたよ? でもさ、何かするたびにセヴェリ君を煽ってたよね? チラッチラ見てたよね?」
「うっ!」
そうなのである。セヴェリ君が今回唐突に暴発した理由は、二人のライバル意識にあると見て間違いないと思う。キャンプの時から意識し合っていたようだが、今回は結構露骨にやり合っていた。それでいて、ダニエル君が結構活躍したからこのありさまとなったのだろう。
「張り切ってくれるのはうれしい。だからってダンジョン内のチームワークを乱されては困る。一人でできる事なんて限られている。君がどんなにスーパーなワーウルフであったとしても、苦痛軍や殺戮機械の大軍をどうにかできるわけじゃないだろう?」
「……はい」
「では、行ってきなさい。三人で」
「……わかりました」
とぼとぼと、肩を落として人狼が行く。その姿が見えなくなったのを確認して、深々とため息をつく。
「若者、難しいーーー」
「お疲れ様です、ミヤマ様」
今まで黙っていたエラノールが苦笑いを浮かべて労ってくれる。ゴーレム・サーバントのルージュが無言でお茶のお代わりを入れてくれた。
「あんなんでやっていけるのかい?」
ミーティアがため息つきながら彼らが向かった先を見やる。
「いや、全然マシというか良い方だと思うよ? 挨拶はできる。指示は聞く。礼儀正しい。新人社会人なんてこれさえできないのが山ほどいるんだから」
ああ懐かしい。社会人時代。俺と一緒に入った同期は一週間で職場に来なくなった。一つ下の後輩のうち一人は二日目から出社しなくなった。先輩や上司にタメ口使ってド叱られてそれっきりなんてのもちらほら。
しっかりとした上下関係をろくに経験してこなかった学生が、いきなりまともな社会人になれるわけがない。経験と意識の変化が必要なんだ。
「実力もある。経験もある。こんなのミスですらない。ちょっと意識が切り替われば、何度も繰り返すこともないさ。心配はいらない……けど、やっぱりよそ様の子を預かるって大変だわ」
「よろしければ、私の方で受け持ちますが」
エラノールの言葉に、ちょっと考える。確かに彼女が先輩となるわけだから、指導員になってもらうのは悪くはない。……が。
「エラノール。お母さんの指導をちょっと思い出して」
「……はい」
すっと目のハイライトがオフになるあたり、どんだけトラウマなのやら。
「その半分ぐらいの厳しさで」
「……彼らがついてこれるか不安です。十分の一程度で、いかがでしょう」
「じゃあそれで」
俺の中でエンナさんへの指導者としての評価がじりじり下がるがそれはさておき。
「それでー? 結局どうすんの?」
ミーティアの言葉に話を修正する。……というか、眠そうだな。ちょっと修羅場だったのに。豪胆なのか興味がないのか。多分両方だな。
「とりあえず、トラヴァーとエアルに調べてもらってから、かな。個人技能ではあまり大きな事は出来そうにない」
高さ。上から下に降りるだけ。ただそれだけなのに、難解な壁となっている。