新人と、新騒動
翌日。俺たちはコアルームに集まっていた。正直言えば、少々二日酔い。だがそれを表に出すわけにはいかない。何故なら、今はとても大事な行事の真っ最中だからだ。
俺は、ダンジョンコアを背にして立つ。そして、目の前の二人に厳かに告げる。
「偉大なる大海竜、ヤルヴェンパーに仕えし者の末、エドヴァルドの子セヴェリ」
黒髪の貴公子が背筋を伸ばす。
「猛々しき者たちの長、ブラントームの血に連なる者、クロードの子ダニエル」
人狼の青少年が気迫を放つ。
「二人を、我がダンジョンのガーディアンとして迎える。その武勇を存分にふるってくれ」
「「はい!」」
俺の手の中にあったダンジョンコイン、二十枚が光を放って浮かび上がる。それぞれ十枚づつ、二人の周囲を舞い踊る。そしてそれが赤光の玉となり、二人に吸い込まれる。ダンジョンコアが輝いて、契約完了となる。
「我らのガーディアンに祝福あれ! ダンジョンに、マスターに祝福あれ!」
「わんわんわおーん!」
コボルトたちが祝福の咆哮を上げる。……何故、後援者の後継者二人をガーディアンとすることになったのか。まあ、当然のことながら保護者からの依頼である。
思い出される、この間のキャンプ騒動の最後。皆さんの帰り際。
『家のセヴェリを、ガーディアンとしてしばらく預かっていただけませんか?』
と、唐突にエドヴァルド殿が言い出して。
『おお。それでしたらダニエルもお願いしますぞ!』
などと、クロード殿が乗っかった。
『いや。何でですか。跡取り二人をお預かりとか無理を言わんでください』
俺がこのように悲鳴を上げるのを、一体だれが非難できようか。
『第一、なんで家なんですか。クロード殿は分かりますよ? でも、エドヴァルド殿はヤルヴェンパー様にお頼みしないんですか?』
と、俺が疑問を呈するとエドヴァルド殿はやおら遠い目をされた。
『寄子や家臣の目がありまして……。儀礼的な物は終わっています。でも、実践的な修行という事まではとてもとても……』
『ああ、この間も言ってたやつ……。というかそもそも、ダンジョンでガーディアンとか何の意味が?』
『同世代の貴族に名が通るのです。社交の場などでガーディアンやっていると話せばもう、話題の中心間違いなし。かく言う自分も、若いころそういう同世代がいた時は内心物凄く羨みつつも話を聞きに行ったものです』
かつてを思い出し、何やら複雑そうにノーブル狼男が唸った。向こうで読んだ物語の知識だが。初陣を済ませたかどうかで周囲の評価が変わるとかいうアレ。こちらの場合は、ガーディアンとして働いた経験が、名声に繋がるとかそういう話か。
『だけど……ガーディアンになるという事は、戦うってことですよ? いくら蘇生ができるからって危険であることには変わりないのですが』
『そうでなければ意味がありません。一人のハイロウとしてダンジョンに仕える。貴族の跡取りという立場では学べぬことが、多くあるのです』
と、公爵様に言われては俺も観念するしかない。責任は重い。万が一があったらただでは済まない。……が、その万が一という事態は蘇生不能の事。つまりダンジョン崩壊。で、そうなれば当然俺も死んでいる。死んで償うがオート進行である……というのは、流石に質の悪い冗談だが。
それに、悪い話ばかりではない。若いとはいえ、戦闘経験のあるハイロウ二人だ。ダンジョンの戦力は増強される。それ以上のメリットも考えられる。……であれば、後は俺が覚悟を決めるだけ。
と、以上のようなやり取りの後。俺は新たに二人のガーディアンを迎え入れることを了承して、今に至るというわけだ。
「さて、それじゃあ早速これからについて話をしたい所だが。かねてからの予定通り、今よりダンジョン組み換え作業に入る。全員、通路まで入ってるなー?」
「わおーん!」
最後尾のコボルトの遠吠えが響く。コボルト・シャーマンのトラヴァーを見やれば、大きく頷く。大丈夫のようだ。
「それでは、組み換え作業に入る。揺れるかもしれないから、一応しゃがんでいるように」
俺の合図で、一同が身をかがめる。一部コボルトが震え始めているが……ああ、周囲の同族が寄り添うのが見える。うん、仲間の助け合い素晴らしきかな。
俺は、ダンジョンカタログの上に十枚のコインを置く。これが組み換え代である。これだけの大作業をたった十枚でやってしまう。凄まじいものだ。……あるいは、デンジャラス&デラックス工務店のマージンがやはり高いとみるべきか。これ、ダンジョンコアの能力だからなぁ。
さて、今回の組み換え時に追加で入れる『階段』と『エレベーター』、『上級隠し扉』は購入済。それぞれ三枚、十枚、十五枚だった。エレベーターより隠し扉の方が高い……高性能品だからな。
あとは、本に触れながら組変わったダンジョンをイメージする。その為の補助具として、あの木札がある。テーブルの上に並べられたこれ自体は、ただの木片にすぎない。だけど、こういったものがあると事故無く組み替えられるというアドバイスをヨルマからもらっていた。時折いるらしいのだ、この組み換えをしくじって工務店に救出依頼を出すダンジョンマスターが。
「配置、変更」
俺の言葉が放たれたと同時に、コインが消えてダンジョンカタログが赤く輝いた。瞬間、ダンジョンが振動し始める。
「おお!?」
「キャインッ!」
「うはははは!」
「皆、動かない様に!」
みんながざわめく。俺も驚きがあるが、努めてイメージを保つ。ここで驚いた結果事故が起きるとあらかじめ聞かされていたから。……ちなみに笑っていたのはダリオである。流石元冒険者。この程度では愉快な部類になるらしい。お付きの人たちはコボルト並みにビビっている。
振動はそれほど激しいものではなかった。震度二程度。わずかに感じる程度だ。日本人なら、たいして騒がないだろう。もちろん、ここにいる日本人は俺一人だが。
そんな振動が、しばらく続いた。五分、いや三分程度。十分長い。終わった後も、皆しばらくは動けなかった。揺れが体に残っている感覚。船に長く乗ると、波の揺れが陸に上がった後も残るあの感じ。
「よし、そろそろいいか……?」
そう思って立ち上がった次の瞬間。足の下、地面の奥からとんでもない轟音が響いた。洞窟の中で大声を出すとよく響く。おそらくあれと同じ。大きく重い物が、高い所から落ちた。空洞の中で。そのせいでこんなに轟音となったのだろう。
コアルームに、皆の悲鳴があふれる。これはちょっとシャレにならない。何が起きた!? ……え? 崩落? 下の天井が一部抜けて繋がった? 何処と? ……もっと具体的なメッセージをよこせよダンジョンコア!
「ミヤマ様! 一時ダンジョンから避難した方がよろしいかと!」
「そ、そうかな。そうかもな! みんな! エラノールのいう通りに!」
思いっきり腰が引けているコボルト達を急かして外へと向かう。……そうだ、改装したのだから移動経路が変わる。ええと、左に曲がって居住区を抜ければエレベーターがあるからそれに乗ればいいのだな。
一同ひと固まりになってコアルームの通路を抜ける。そして自然洞窟部分へ出た俺たちは、異様な気配を肌で感じた。
「これ、は……?」
「おい不味いぞ大将! 幽霊だ!」
「幽霊!?」
ダリオの言葉に驚きを隠せない。事もあろうに幽霊とは。まあ、モンスターカタログにはアンデッドに関する項目があったから存在は知っていた。しかしよりにもよって俺のダンジョンに。なんでまたいきなり……。
そんな困惑を、状況は待ってくれなかった。俺たちが向かう先、エレベーターの方向から白いもやのような人影が次々と現れたからだ。
「あれが幽霊!?」
「おうよ。ありゃあ名残だな。怨念と瘴気の混ざりもの。魂は入ってねぇからザコだが、魔法か魔法の武器じゃねぇと通じないぞ!」
「魔法!? えーと、えーと……セヴェリ君!」
「お任せくださいミヤマ様!」
貴公子は、竜鱗の護符を取り出すと前方に掲げた。すると、壁より染み出た水がこぶし大の玉となって次々と打ち出されていく。リメンツに当たるとそれは霧散する。なるほど、効いている!
「よーしよし! エラノール! 刀いける!?」
「お任せを!」
「ミヤマ様! 自分にも奥の手があります!」
「お、おう?」
ここで、人狼の青少年ダニエル君が前に出る。そして大きく息を吸い込むと、
「ウォォォォォォォンッ!」
吠えた。ダンジョンに響き渡る、雄々しい咆哮だった。するとどうだろう、いくつもの名残がかき消えた。……古来、日本では犬の咆哮は魔除けの力があるといわれた。犬が妖怪を追い払ったという伝説もある。まさか人狼の咆哮にもそれがあるとは。
見事なものだと感心する。彼も自分の戦果に胸を張っている……のはいいが、どうして同僚を見ているのか。ともあれ。
「ダニエル君!」
「はい!」
「それは切り札として使おう! 敵の数が増えたらぶっ放せ!」
「か……畏まりました!」
むむ。連射して全部蹴散らすつもりだったのかな? 意気込みは大変素晴らしいが、敵の戦力がどれほどいるかわからんから、温存しておきたい。
……しかし、咆哮。吠え声か……試すだけならタダだよな。
「トラヴァー! 仲間と一緒にやつらに向かって吠えろ! 少しでも効果があったらめっけものだ!」
「おお! かしこまりましたぞ! みんな、やるぞ!」
怯えていたコボルトたちが、役割を与えられて気合を入れる。耳と尻尾を立てた。黒毛のコボルト、クロマルがトラヴァーやアルケミストのアミエーラと一緒に最前列に立った。
「よーし、いくぞ! せーのっ」
「「「ワンッ!!!」」」
三十二匹の大咆哮。ダンジョンによく響くそれが、『名残』に届く。かき消すまでには至らなかったが、その姿が大きく揺らいだ。効果あり!
「よーし、お前ら! 続行だぁ!」
「「「ワンッ!!!」」」
喧しいのが玉に瑕だが、手札が増えたのは素晴らしい。現在、前線を張っているのはエラノール。それと、ダニエル君も自分の剣を振り回してくれている。どうやら彼も魔法の武器を持ち込んでくれたらしい。さすが大貴族。
とはいえ、分厚いとはいいがたい。討ち漏らしが若干ある。セヴェリ君が上手い事処理してくれているが、負担を減らす必要があるだろう。そして幸いなことに、俺はアダマンタイト脇差を持ち歩いている。
鞘から抜き出す。恐ろしく鋭い刃に曇りなし。早速前線に加わろうと一歩踏み出した所で、ダリオに肩を掴まれた。
「大将、そいつをよこしな」
「いや、流石に今回は……」
「問答してる場合か。ちなみに俺は、幽霊退治の経験もばっちりだ」
「うぐぐ……お願いします」
「あいよ、任された」
というわけで、野性味あふれる笑みを浮かべながら、ダリオが前線に加わった。……一つの町の領主なんだから、もうちょっと自分を大事にしてくれないかなぁ。お付きの人たちもすげぇうろたえてるし。
さて、こうなってしまうと俺にできる事は限られる。ほかの戦力……エアルはダンジョンの外。呼び寄せるには少々時間がかかる。ここは地下一階になってしまったし。
ゴーレムとマッドマン。精霊と魔法の人形。多分効果はあると思う。前線に追加。ゴーレム・サーバントも効果あるかもしれないが、戦闘用ではないので待機。
……これ以上戦力になりそうなメンバーは思いつかない。ほかは待機。で、俺は……『名残』を観察する。
コボルトたちの咆哮のおかげか、はたまた元からそうなのか。輪郭が揺らめくその姿。背丈は人よりやや高く、細身。軽装ながらも鎧を身に纏っている、ように見える。こちら側に攻撃を仕掛けてくることから、敵意がある……のか?
ダリオは怨念と瘴気が混ざったものであるといっていた。残った意思が、瘴気というエネルギーを得て物理に作用している物ならば、さながらそれはかつての残影。プログラムのままに動くロボットのようなもの……などと、推察だけで決めるのは良くないな。
ほかに、何か特徴的な物はないか。目を凝らして……見つけた。何せ輪郭が曖昧になるから、二度三度と確認する。確信する。
「……あの名残は、エルフだ」
「エルフ、ですか?」
ノワールと名付けたゴーレム・サーバントが聞き返してくる。もう一体にはルージュと名付けた。さらに見分けがつきやすくするために、それぞれ黒と赤のリボンも贈った。それはさておき。
細身であの身長で笹耳。ほぼ間違いない……が、疑問の答えにはならない。そうこうしている間にも、名残は数を減らしていく。幸いなことに、それほど強敵というわけではなさそうだ。
いつのまにやら、アダマンタイト刀を引っ張り出してミーティアまで参戦していた。もちろん、彼女に刀を使う技術はない。だが、魔法の武器であれば名残を散らすことはできる。魔法さえかかっていれば、石だろうと棍棒だろうと変わりはないというわけだ。
なので、刀の握り方がひどくても振り回し方が雑の極みでも。ヒャッハーとか、ウリャーとかテンション高めの奇声を上げてエラノールに怒られても。刀が名残に当たりさえすればいいのだ。……楽しそうだなぁ、ミーティア。
ともあれ。攻め手の数が増え、弱体化の手立てがある。そして相手が弱いとあれば、後は敵の残量次第。あらゆる弱点を補えるほどの数の暴力があればこの状態でも負けはある。逆に言うと、それ位なければこちらの勝利は揺るがない。
しばらくして、名残は一体残らず姿を消した。煙のような相手だったから、死骸などは当然ない。うっすらと残った背筋の寒さだけが、異常なものを相手取っていたという証だった。
「全員、怪我はないかー?」
「はい! まったくございません! 自分は十四体を切り伏せました!」
ダニエル君、全力の報告である。分かりやすい。……しかし、また見ている。こうもあからさまだと相手もいい気分ではないだろう。注意するにしても、どうしたものか。ともかく。
「ナイスだダニエル君よくやってくれた!」
「はい! ありがとうございます!」
戦果は戦果。素直にほめておく。
「私は八体ほど。呪文はまだまだ使えます」
「セヴェリ君もありがとう。おかげでこっちまで来る奴は一体も無かったよ」
「恐縮です」
実際、セヴェリ君は細かく確実な仕事をしてくれた。期せずして新人ガーディアン二人の初仕事になってしまったが、頼れる仕事ぶりを見せてもらった。
「大将、連中が入ってきた場所、わかったぜ。今、エルフの姉さんが見張ってら」
ダリオが指さす先。そこには、設置したばかりのエレベーターの扉があった。