物語の冒頭だが、ワイバーンだ!
新年あけましておめでとうございます。
第三章スタートです。
厄介な相手ほど、望まぬ時にやってくる。
「モンスター! 前方に出現! ワイバーンです!」
エラノールの声に、前方を見やる。ダンジョンの通路はそこそこの広さがある。大人三人が横に広がって、問題なく戦える程度には余裕がある。オーガや殺戮機械も移動できた。なので、羽根さえ閉じればワイバーンだって入ってこれる。
トカゲの顔、長い首、腕の代わりの翼、蹴爪のついた足、毒針を持つ尻尾。あれぞ正にワイバーン。初心者冒険者には荷が勝ちすぎる相手とされるモンスター。
「射撃よーーーい!」
俺は、バリケードの内側で声を張り上げる。コボルトたちがスリングを振り回す。エラノールが大弓を構える。そして俺は、最近買ったばかりの鉄球を振りかぶる。ソフトボール程度の大きさだが、鉄である。その威力は。
「ファイヤーーー!」
号令と共に、凶器が放たれる。鉛のつぶて、強弓の矢、そして俺の鉄球。鱗の薄い場所に当たった鉛は突き刺さる。矢も、鼻先に深く突き刺さる。鉄球はといえば、鱗を砕き血肉を飛び散らせた。我ながら、なんて凶悪な。
「はっは。ひっでぇ。ぞっとするわ」
隣にいた人物も、笑い半分引きつり半分で軽口を叩いた。打合せに来ていて巻き込まれたダリオ・アロンソ男爵である。
「とはいえ、下級とはいえ竜の端くれ。この程度じゃやられてくれませんね」
「ああ。冒険者だった頃やり合ったが、面倒だぞ奴は」
初耳だった。鍛えているとは思っていたがそこまでだったとは。どんな冒険をしたか興味はあるが、今はそんな余裕はない。
「ギギャァァァァ!!!」
怒りに燃えてワイバーンが吠える。あまりの大声に、周囲がビリビリと震えた。
「奴さん、お怒りだぞ?」
「俺目がけて突っ込んでくれれば儲けものですよ。ほら、例のあれ」
「ああ、アレね。確かにハマってくれれば一発だが、奴には……」
そんなやり取りの間に、ワイバーンは重々しい足音を鳴らしながらバリケードに迫ってきた。もちろん、俺たちは手を休めていない。次々と攻撃が命中し傷が入る。しかし、致命傷には程遠い。流石の体力、オーガ以上。
そして奴は、口を大きく開いた。長い喉が大きくうごめく様が見える。
「不味い! ブレスだ!」
男爵が焦った声を上げる。そう、ワイバーンは毒のブレスを吐くことができる。モンスターカタログで勉強済み。だから当然、その対策も準備してある。シルフの名を呼ぶ。新しく与えた名を。
「エアル!」
風が、背後より吹く。毒々しい色の液が放たれたが、俺たちに届く前に吹き散らされる。食らっていれば大惨事だろう。しかし、着実に力を付けた我がダンジョン。この程度はどうという事はない。
……とはいえ、エアルの力も無限ではない。あと、風の防御のせいでつぶてと矢が上手く届かない。俺の鉄球は問題ないが、手数が大きく減る。となればさっさとアレ、落とし穴にダイブしてほしい所なのだが。
「……近づいてこないな。気づかれたか? まさかな」
「本能でなんかある事感じ取ったとか?」
「無ぇとは言い切れないのが面倒臭ぇな」
男爵が唸る。俺の鉄球に対しても、頭にもらわない様に首を動かすなどの回避行動を取り始めている。これはちょっとまずいな。
「仕方がない。今回は出番なしで行けると思ったんだが。シュロム!」
石がこすれ合う音を体の各所から鳴らして、石の戦士が前進する。ストーン・ゴーレムにはシュロムという名を与えた。フランス語で超人の意味だ。その名の通り強くあってほしい。……強い事は強いのだけど、さっくり無力化されることもあったし、ね。
それはさておき、今回は相手に魔法無し。毒はゴーレムに効かない。安心して任せられる。
エアルの風が弱まった所で、シュロムが敵にたどり着いた。棍棒を大きく振り上げる。が、ここでワイバーンは驚くべき行動に出た。
飛び跳ねて、下がったのだ。棍棒が何もない所に振り下ろされる。巨体に見合わぬ動きの良さ! さらに!
「ギャァァッ!」
甲高い叫び声を上げながら、蹴爪でゴーレムに飛び掛かった! 流石に一撃でやられるという事はないが、あれは不味い。
「ミヤマ様、前に出ます」
エラノールが、抜き身の刀を携えてやってくる。すでにエンチャントを使っているらしく、うっすらと赤い光が体を覆っている。アダマンタイト刀よりも時間はあるだろうが、かといって悠長にしていられるほどでもない。
「ブッた斬ってこい!」
「お任せあれ!」
鋭い刃を携えて、エルフ侍が突進する。追加戦力として、マッドマン達も進撃させる。さて、こうなってくると射撃攻撃はもう不可能。コボルトたちに待機を命ずる。
「ボースー。私もー」
「お前はまだだ」
うねうねと不満を体で表現するラミアに待機指示。ミーティアの出番はもうちょっと先である。
前線では、我らがガーディアンが見事な働きをしていた。
「ハァァッ!」
気合一閃。刀が振るわれるごとに、鱗ごと肉が切り裂かれる。あの巨体を支える足だ、相応に頑丈に違いない。だが斬る。業物と、使用者の腕が合わさったからこその芸当だろう。
「はー、やるなあのエルフ。この間の時もそうだったけど」
「うちの自慢のガーディアンですからね」
「そのようだ。俺も、せめてもうちょっといい武器持ってきてればなぁ」
男爵は、腰に下げていた長剣を引き抜いて明かりにかざした。素人目だが、悪いものではないと思う。だが、ワイバーンを相手取るには足りないという事か。
俺は、傍らに置いてあった刀を手に取った。いざというときの切り札、アダマンタイト刀である。
「使います? これ」
「いやあ流石にそんな扱い辛そうなもの、ぶっつけ本番じゃ無理だぜ」
「ですよね」
使うって言ったらどうしようかと思った。流石にお客さんに突撃させる気はない。かといって、エラノール達任せというのもよろしくない。
戦況は有利とも不利とも言えない状態だ。とにかく、ワイバーンがよく動く。こちらの有効打が少ない。もう一押し必要だ。
となれば、やはり俺もいくしかないか。俺は腰に差していた脇差を引き抜いた。アダマンタイトの刃が怪しく光る。
「おう、いいもの持ってんじゃないの。大将、それ貸してくれよ」
……何言ってるのかなこの男爵様。
「いやいや、お客様にあそこに突っ込ませるわけには」
「何今更言ってんだよ。この間も今回もたいして違いやしねぇよ」
「いやまあそれを言われるとアレですけど。っていうかこんな短いのですよ? 行けるんです?」
「奴に傷が入ればいいんだろ? 行ける行ける。ほれ」
ひらひらと差し出される手。……良いのだろうか? 一応、交戦経験あるといっていたし、前回と違って今回は防具も付けている。ゴーレムやマッドマン達に援護もさせれば、いざというときの撤退も不可能ではないはず。
「時間、無いぞ?」
いまだ苦戦中の前線を男爵は指さす。……いたし方が無し。俺は、脇差の柄を男爵に差し出した。
彼はそれを握ると、手首を何度か返して重さを確かめた。
「見た目よりちょいと重いな。だがまあ、何とかなるわ」
「ご領主様! 我らもお供を!」
「邪魔になるからここにいろ。命令。じゃ、行ってくるわ」
お付きの兵士さんが悲鳴を上げるが聞き受けず、男爵はジョギングに行くような気楽さを見せつつ前線に向かう。
さて、ここからできる事は……。
「ミーティア。魔眼をいつでも使えるように。危なくなったら割り込め」
「りょーかい。って言っても、あの大きさじゃ一回が限度だよ?」
「構わない。十分だ」
保険が一枚あるだけでも十分違う。さて、対ワイバーン戦だが、戦士一人加わっただけで戦局が動くかどうか。その答えはすぐに見れた。
エラノールのような身軽な動きはない。ゴーレムのような力強さもない。マッドマン達のような再生力ももちろん、ない。しかし彼は、立ち回りが上手かった。
ゴレームやマッドマン達に気を取られている間に、近寄って刃を滑らせる。アダマンタイトの刃は、正しく使えば鉄にすら食い込む。するりと走った脇差が、鱗と皮を切り裂いた。
「ギャァァ!」
「おおっと! 食らってたまるか!」
うっとおしい物を払うように、ワイバーンの蹴爪が男爵へ向けられる。が、その動きに入った頃には、攻撃範囲から離れている。
そして、一人に気を取られるとどうなるか。我らがガーディアンとゴーレムは答えを教えてくれる。暴力で。
「はぁぁっ!」
熟練の鍛冶師による業物。ダンジョンからの身体強化。そして、練り上げられた本人の技量。三つ揃った刃が、大上段から振るわれた。背筋が寒くなるほど、刃は綺麗に抜けた。ワイバーンの腹が、開かれた。
「ギャァァァァァァ!?」
だめ押しとばかりに、ゴーレムの棍棒がド頭に叩き込まれる。よろめいた所をチャンスと見て、さらに男爵が攻撃を仕掛ける。
……よし、これはいける。
「ミーティア、出番だ」
「やっとだよ!」
ラミアが、バリケードから飛び出していく。彼女が今回のフィニッシャー。なので、できるだけ消耗させないように待機してもらっていた。……こういう戦い方ができるようになったのが、今の我がダンジョンなのだ。
「サングィス・フルーメン・マルディシオン!」
赤黒いオーラを放ちながら、ミーティアが呪文を紡ぐ。そう、出血の呪文である。下位であるとはいえ、竜。まともに倒そうと思ったら、こちらにも被害が出る。だから、身体に傷を作りまくってからこの呪文。出血死を狙うというわけだ。
「癒えぬ傷、穿たれた失敗、流れ出たものは戻らない! 枯れ果てよ命! ロスト・ブラッド!」
そして、それは目論見通りに成った。射撃から始まり、殴打、斬撃。様々な傷から一斉に血が噴き出す。エラノールと男爵は上手く離れられたようだが、ゴーレム達は血まみれだ。まあ、まとめてスライムに掃除させればいい。
「ギャァァ、ァ……」
洞窟の床を揺らして、ワイバーンが倒れた。こうして、無事に防衛は成功したのである。
話のタイトルでロ〇ニロスを発症したかもしれませんが、筆者も同じなのでイーブンです。