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【完結】決戦世界のダンジョンマスター【書籍一巻発売中】  作者: 鋼我
二章 迷路なくばダンジョンにあらじ
50/207

幕間 モンスター慰労会

サプライズ更新 今回最後の幕間。


 ミヤマは、目を見張った。目の前に広がった魔法の窓。そこに映し出された相手は、コボルトだった。ただのコボルトでは、ミヤマもここまで驚かない。まず、毛並みがいい。ツヤもある。美容師の手によるものだろう、奇麗に整えられている。


 着ているものが違う。極めて上等なチュニック。それこそ、貴族が着ているかのような仕立ての良さ。細やかな刺繍まであり、相当値の張る一品だとわかる。


 この世界、帝国中央に近づくほど技術力が跳ね上がる。縫製技術も当然上がる。帝都であれば、工場での大量生産すら可能である。しかし、このコボルトが着ているものは職人のハンドメイドだ。


 流石にそれを見抜けるほどの目をミヤマは持っていなかったが、それでもその服に金がかかっている事は理解できた。


 そのコボルト……標準の同族より、やや背が高くひょろりとした受付は、丁寧に一礼した。その後ろに控えている、逆にやや背の低いコボルトも同じように。


「こちら、『コボルト幸せ商会』でございます。ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか、ダンジョンマスター様」

「あ、ああ。申し訳ない。はじめまして、ミヤマダンジョンのマスター、ナツオ・ミヤマと申します。えーと……こちらで、コボルト用のお酒と宴会用のごちそうが注文できると聞いたのですが」


 そう。先日の騒動がひと段落ついたため、ミヤマはコボルトおよびダンジョンのモンスターたちの慰労会を計画していた。それをゴーレム・サーバントに伝えたところ、帝都にはコボルト専用の酒および食事を売っている店があるという話を聞かされた。


 コボルトたちの舌は、人のそれとは違う。味の好みも違う。せっかくだからコボルト達が喜ぶものを出してやりたい。残念なことにサーバントは店の連絡方法を知らなかった。だが、帝都の事ならイルマに聞けばいい。かくして、冒頭に至ったのである。


 そして、ミヤマの言葉に受付コボルトは目をきらめかせた。後ろのコボルトなどは尻尾が取れんばかりに振れている。


「おお! そちらで働く同胞たちは何と果報者でしょう! もちろん、我が商会で取り扱っていますとも! 何匹分をご用意いたしましょうか?」

「三十匹……違った、三十二匹分でお願いします」


 コボルト・ワーカー三十匹。シャーマンとアルケミストで追加二匹である。


「かしこまりました! お届けはいつがよろしいでしょうか?」

「早いほうが嬉しいのですけど……何日後が最速ですかね?」

「今夜でも間に合わせることは可能です!」

「早! あー……では、明日でお願いしてもよろしいですか?」

「勿論ですともダンジョンマスター様! しっかりご用意させていただきます!」


 受付コボルトは、まるで我が事のように喜ぶ。後ろのコボルトはわんわんはしゃぎ、同僚からお客様の前ですよとたしなめられる。


 そんな二匹を見ていたミヤマは、ふととある物が目に付いた。二匹の首元で揺れる板。竜語の刻まれたそれを見て、ダンジョンマスターはさらなるものを思いついた。


/*/


 翌日、夕暮れ時。ミヤマのダンジョン前に、一同がそろっていた。せっかくの宴会を、いつもの居住区で行うのも味気ない。せっかくだから月見酒と、外に出られるようになったミヤマが言い出したのだ。


 周囲には照明、焚火台、そして宴会の料理。コボルトたちは今にもかぶりつきたいのを必死になって我慢している。彼ら彼女らは味覚が弱い。代わりに嗅覚が優れている。そう、コボルトのごちそうというのは美味しそうな香りのするものである。


 今のコボルト達の状況は、空腹状態でカレーの香りをかがされているに等しい。ある意味拷問であった。くぅーん、と鼻を鳴らすコボルト多数。


 それを見て、ミヤマは苦笑を押さえられなかった。予定を繰り上げて、先に宴会を始めることにする。


「よし! それじゃあ、みんなコップを持て。短く終わらせるから最後の辛抱だぞ?」


 わんわんと喜ぶコボルト達。居並ぶのはダンジョンのモンスター。コボルト、シルフ・エリート、スライム・クリーナー、マッドマン、ストーン・ゴーレム、ゴーレム・サーバント。そしてラミアのミーティアとガーディアンのエラノール。


 飲み食いできないモンスターも多いが、せっかくの慰労会で呼ばないのも寂しいという事で全員参加である。


「えー。今日まで本当によく頑張ってくれた! 始まったばかりのダンジョンには荷が重いような襲撃がいくつもあった! だが、お前たちが支えてくれたおかげで今日までやってこれた! 本当にありがとう! 今日はささやかながら宴を用意した。存分に楽しんでほしい。それでは、乾杯!」

「乾杯ー!」


 わおーんおんおん、とコボルトたちが吠え酒を飲みごちそうにかぶりつく。シルフやマッドマンは陽気に誘われ踊り出す。サーバントたちはいつも通り給仕。ただしコボルトたちの手で飾り立てられている。ストーン・ゴーレムなどはコボルト・シャーマン渾身の飾り立てによって大変ソウルフルになっていた。


 ミーティア、エラノールもミヤマの隣に座り祝杯を挙げる。ダンジョンマスターもまた、とっておきの酒を口に含んだ。貴族たちから贈られた高級品の蒸留酒。芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。


 そんなダンジョンマスターの前に、二匹のコボルトがやってきた。


「主様、この度は我らの為にこのような宴を開いていただき誠にありがとうございます。我らコボルト一同、これからも変わらぬ忠義に尽くさせていただきます」

「我ら一同、ダンジョンの為にお使いください。全身全霊で働かせていただきます」


 シャーマンとアルケミスト。二匹がそろってミヤマの前でひざを折った。含んでいた酒を飲み込んで、手で立ち上がることを促す。


「今日は宴だ。かたっ苦しくするな。たくさん食べて飲め。お前たちにも苦労を掛けているからな。今日はたっぷり楽しんでくれ」

「もったいないお言葉にございます」


 平伏せんばかりの恐縮ぶり。これは話題を変えた方がいいな、とミヤマは傍らに用意してあった小箱を取り出す。ネタはここにある。


「お前たちー。そのままでいいからちょっと聞けー」


 立ち上がって、注目を集める。各々が視線をミヤマに集めた。両隣の二人も、何事かと訝しむ。当然である。この事をミヤマはダンジョンのメンバーに知らせていないのだから。


「お前たちへの褒美は、この宴だけではなーい! 今回は特別にもうひとーつ! 一匹一匹それぞれにー、名前を付けてやーーーる!」


 一瞬、宴会場が静まり返った。森の虫たちの声がやけに響く。ミヤマは、焦った。あれ、しくじったか? と。次の瞬間、爆発するかのような大騒ぎとなった。


 わんわん! ばうばう! コボルトたちが興奮して吠え合う。スライムが跳ねる。マッドマンがお互いぶつかり合ってバラバラになる。ゴーレム・サーバント達は互いを見つめ合う。ストーン・ゴーレムは動かない。否、飾りが壊れるので動けない。


 ミヤマの前でシルフが興奮気味に自分を指さす。


「おう、もちろんシルフにも、だ。マッドマンもゴーレムもスライムも」


 シルフ、小さな竜巻になるほど喜びの大回転。物が舞って周囲から大ひんしゅく。清掃はいつものごとくスライムがやってくれた。


「よーし、それじゃあ一列に並べー! 名札を配るぞー」


 小箱から、ひも付きの札を取り出す。そう、『コボルト幸せ商会』の二匹が付けていたのは名札、ドッグタグだった。それを見て、この褒美を思いついたのだ。酒と料理のほかに、これを購入。受付コボルトはサービスでコボルト名前辞典を付けてくれた。ミヤマは絶対ひいきにすると誓った。


 名前を刻む作業は、ミヤマ一人で行った。サプライズにするのだからしょうがない。この宴会に間に合わせるため、半日コアルームにこもった。


「まずは、コボルト・シャーマン。お前の名前はトラヴァーだ。どうだ? 悪くないと思うんだが」

「トラヴァー! 私の名前! トラヴァー!」


 普段は落ち着いた振る舞いを心がけているシャーマンも、こればかりは我慢できず。飛び跳ねて喜ぶ。隣のアルケミストも手を叩いて祝福する。


「で、アルケミスト。お前はアミエーラだ。女の子っぽいと思うがどうだ?」

「アミエーラ! なんて素敵! ありがとうございますミヤマ様!」

「アミエーラ! 可憐だ! とっても素敵だ!」


 シャーマン、トラヴァーが我がごとのように喜ぶ。ほかのコボルト達も大喜びで吠える。走る。回る。転ぶ。酒が入っているからいつも以上にハイテンションだ。


「さー、それじゃどんどんいくぞー。黒毛の。お前はクロマルな。それからお前は……」

/*/


「だー……疲れた。ウチもずいぶん増えたもんだ」

「お疲れ様です、ミヤマ様」


 ぐったりと椅子に座りこんだダンジョンマスターを、エラノールが労わる。なまじ、酒が入ったものだからどいつもこいつも大はしゃぎ。それをなだめながらの授与だっただけに手間が相応にかかったのだ。


 喉を潤し、すきっ腹にやや冷めてしまった料理を放り込む。そんなミヤマに、ラミアがゆらりと近寄ってきた。


「ボ~ス~? 私のは~?」

「あー? お前はいらんだろ? 最初っから名前があるんだから」

「そうじゃなくてー。なーふーだー!」

「それもいらんだろぉ? ラミアはお前しかい無し」

「ほしいほしいほーしーいーーー! 私も名札ー! 首輪ー!」

「駄々っ子か」


 身体をうねうねと揺らす。尻尾で地面を何度も叩く。ついでに豊満な胸も揺れる。蠱惑的な光景だが、それ以外が駄々っ子なので台無しである。


「わがままをいうな。貴様、自分がダンジョンの中でも上位のモンスターであることをもっと自覚をもってだな……」

「あんただってほしいだろーう? ボスから首輪ー!」

「くびっ!? 何でそうなる! 名札だろう、名札!」

「コボルトたちは首輪付きじゃーん! あれが欲しい、あれがっ! ボスの所有物っぽさが出て最高じゃん!」

「しょ!?」


 アダルトな話題に、目を白黒させるエラノール。この娘、故郷ではまじめ一辺倒。修行にかまけてばかりいたため、恋愛事には大変疎い。当然、それ以上の話になると免疫がほとんどない。一応、教育も受けたしその手の話を耳にした経験くらいはあるのだが。


 対して、男を捕まえて血を吸うのが生態のラミア。そちら関係の話は大得意。話どころかその先まで全然大丈夫。戦力差は明らかであった。


 そんな話を目の前でされるミヤマ。巻き込まれまいと二杯目の蒸留酒を傾ける。


「ミヤマ様! この破廉恥に何とか言ってやってください!」

「ボス! 首輪!」


 もちろん、そうは問屋が卸さない。詰め寄られてしまえば、対応せざるを得ない。ミヤマ、一つ唸って答えを出す。


「……今度チョーカーみたいなアクセサリー買ってやるから。流石に首輪は外聞が悪い」

「やった!」


 ミーティア、渾身のガッツポーズ。


「ミヤマ様! 甘すぎます!」

「エラノールにもなにかアクセサリーを用意するよ」

「はい!? よろしいのですか?」

「うん、世話になってるのはみんな一緒だし」

「そうですか……では、楽しみにさせていただきます」


 エラノール、優雅に一礼しつつ誰にも見えない位置で小さくガッツポーズ。


 とりあえず何とか治まったと、胸をなでおろして酒を飲む。深山夏生みやまなつお、異世界生活初の月見酒。地球のそれとよく似た光を眺めながら、宴の喧騒を楽しんだ。


/*/


 帝都アイアンフォート。帝国開闢からの老舗、コボルト幸せ商会。名前と裏腹にその本社は過ごしてきた年月相応に巨大なビルディングである。


 その屋上にあるペントハウス。そのベランダで、月見酒をする一人の女の姿があった。足首まで届くほどの長い銀の髪。完璧なまでに整った肢体を、クッションだらけの椅子に沈めている。肌が透けるほどに薄い布を一枚纏っただけの姿。そしてその顔には、なぜかデフォルメされたコボルトの仮面がかけられていた。


「……と、いう次第でございます、オーナー」

「わんっ!」


 女の周囲には、二匹のコボルトがいた。ミヤマと通信で受け答えをした、あの凸凹コボルトである。


「ふうむ、それは重畳。今回は当たりを引きましたか」


 器を満たす酒は、それだけで屋敷が建つほどの高級品。上位貴族ですらめったに口にすることのできない逸品。それを女は無造作に飲み干す。長身のコボルトが、その杯に新たな酒を注ぐ。


「そのようで。モンスターたちの名前を手ずから彫り込むと。苦労が想像できないはずもありませんから、それだけの情をお持ちなのでしょう」

「その情に潰されなければ……ま、それは今後次第ですか」


 女は杯を月に重ねる。酒の向こうの月をしばし眺めて、目を閉じる。


「ふむ……ダンジョンに縛り付けられて間もないのに、苦痛軍アーミー・オヴ・ペインズ殺戮機械バーサーカーを退治しましたか。少しは期待してもいいかもしれませんね」


 ミヤマの戦闘記録。女はそれを参照することができた。この世で唯一、なんの障害もなしに女はそれができる存在だった。


 立ち上がる。一般的な女性よりも、背が高い。地球のトップモデルも超えるような立ち姿の女は、杯を掲げた。


「それでは、新たなダンジョンマスターの幸運を祈って」


 乾杯。美しく優雅さすら感じられる仕草で、酒を飲み干す。長身のコボルトはそれを嬉しそうに眺める。


「オリジン様の祝福を受けるとは。あのダンジョンマスター様の前途は保証されたも同然ですね!」

「わん! わんわん!」

「なんでそんな縁起でもないことを言うの」


 一人と二匹の月見酒は、ほんの少し騒がしく続いていく。


二巻分に入りきらなかったエピソードシリーズ、とりあえずこれにて。

さて、皆さまのおかげで評価ポイントが5200を突破いたしました。ありがとうございます。

ブックマークも2100人を突破。ありがたい事でございます。

次回は12月頭に更新開始したいなぁと思っております。それでは、また。

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― 新着の感想 ―
[一言] あ、皆名前つくんですね しかしコボルト幸せ商会…直球すぎる…かわいいが…
[気になる点] 黒毛ことクロマルくん、もしかして、他犬と違いユニークモンスターぽいので名付けとともに進化するかと少し期待したがやはり進化なしか┐(‘~`;)┌
[一言] ページ50まで読了。次の更新を待ってます。 オリジン≒ろくでなし、関係者一同の常識なのか……?
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