来ても来なくても困るもの
火は、育てるものである。まず、最初に燃えやすいものを用意する。薪から剥がした薄い木の皮。乾いた草。ポケットの中の綿ゴミ。
次に、火口箱から火打石と火打金を取り出す。石はともかく、火打金はあまり見ないものだ。握りやすくメリケンサックみたいに四角い輪になったこれに、石をぶつけると火花が出る。出た火花を用意した可燃物にぶつけて火種にするのだ。
叩く、叩く、叩く。火花が出る。可燃物に当たる。すぐに消える。続ける。叩く。消える。ああもう、俺のファイアスターターがあればなぁ。あれはマグネシウムでできてたから比べ物にならないほど火花が出た。
金属が削れ、火花が飛ぶ。可燃物に飛び散った火花に、消えない程度に息を吹きかける。何度も何度もチャレンジして、やっと煙が上がる。うっかり昨日、火を絶やさなければこんな苦労しなくてよかったのに。
コボルトたちにやらせてもいいが、時間がかかってしょうがない。自分でやるのが今は早い。なんとか、火がともる。細い薪を少しづつ増やして、火を大きくする。薪は、外でコボルトたちが拾ってきた。生木ではもちろんない。何年も放置された倒木なら、直近で雨に濡れでもしない限り十分乾いている。それを運ばせたのだ。
なんとか、かまどに火が入った。大鍋をかける。なにせ31匹のコボルトと俺のための料理だ。一度に料理するには相応の鍋がいる。中には水と皮をむいた野菜が入っている。 料理は俺の仕事だ。コボルトたちもできるが、やらせると毛が入る。俺がやった方がいい。ぱちぱちと薪がはせる。火のとなりに小さなヤカンを置く。温める分にはこれで十分だ。
「ふう……」
一息つく。ダンジョンに住みだして、一週間がたった。工事は順調だ。まず、スライムたちが頑張った。洞窟内を隅々まで這いずって、虫や苔や小動物を掃除した。入り口付近の蝙蝠もいなくなり、フンもすっかりなくなった。
次に、仮通路を設置した。石をどかし、渡し板を敷いた。たったこれだけで、出入り口からコアの通路までの移動が格段に楽になった。
現在の作業は、入り口付近からの仮整地。つるはしやスコップ、運搬用一輪車を使って邪魔な石を除去して通路を均している。あくまで仮なので、雨が降ると水浸しになる。まあ、スライムが頑張ればあっという間に水は捌けるが。
洞窟から出たすぐ先の草むらも、鎌で切り払っている。森にいって薪や食料を得るためには邪魔なのだ。意図したことではなかったが、狩りにはシルフが大活躍している。ちょいと動物にいたずらするだけで、容易く獲物をコボルトたちに向かって誘導できるらしい。洞窟から出られない俺はそれを見ることがかなわないが、シャーマンがそのように教えてくれた。シルフは竜語が使えない。だが精霊語は話せる。そしてシャーマンはそれを理解できるとの事。優秀である。
おかげで肉が定期的に手に入っている。これはかなり助かっている。毛皮も手に入っており、コボルトたちがなめし作業を行っている。正直その辺は完全にコボルト任せ。使用方法も連中に一任する気である。
よっこいしょ、と立ち上がって周囲を見回す。ここは、居住区と定めた場所だ。俺のダンジョンは、ぐねぐねと曲がりくねった一本道の自然洞窟部分とコアルームへと続く一本道。この二つからなっている。変形したTの字といえばわかるだろうか。Tの上辺部分が自然洞窟。下部分がコアへの道というわけだ。
この居住区は自然洞窟の奥部分。行き止まりになっている場所を使っている。防衛には使わない。戦闘になったら何かしらの手段でふさぐ予定だ。予定なので具体的方法は決まっていない。
ここには寝床、道具置き場、かまどなど、この一週間でいろいろ設置してある。様々な道具はヤルヴェンパー女史に紹介してもらった『ケトル商店』という店で購入した。異世界でもテレビ電話にオンラインショッピングである。外に出られないからしょうがないのだ。
重要な日用品もそろえることができた。特に着替え。ジャージではいろいろ不都合があったので、作業服……に使える頑丈な生地の服を仕入れた。それから明かり。いくら暗視能力があっても、見やすいというわけではない。やはり明かりがあった方がいいのだ。持ち運びできるランタンを自分専用に一つ、コボルトたちの共用に複数用意した。
コボルトお手製の棚から、今日使う肉を取り出す。熟成、というのがどれほどの時間が必要なのかいまいちわからない。すぐに食べるよりおいしくなるはずなのだが、いかんせん素人知識には限界がある。埃をかぶらないようにかけておいた布を取り、樽にため込んだ水で軽く洗う。一口サイズに切り分けて、沸騰した鍋に放り込んでいく。
「ふう……」
また、ため息が出た。一週間。一度も襲撃を受けていない。初日、二日目はビビっていた。三日、四日目は備えていた。四、五、六ときて今日で七日目。ダレている自分がある。まずいとはわかっている。必ず来る。そういうものだと聞いたからだ。
『ダンジョンコアとダンジョンメダル、そしてダンジョンマスターたるミヤマ様。あらゆるモンスター、亜人、邪妖精、悪魔、果ては神々までそれを狙っています。コアは育ち切れば神授のアーティファクトに匹敵する力を得ます。メダル一枚だけでも呪文や異能の力を高めます。そして、コアの力を受けたマスター。それを食べれば力が手に入ると、多くのモンスターが本能で理解しています』
とまあ、ヤルヴェンパー女史が真剣な表情で言っていたのだ。……現在、俺の情報を持っているのはモンスター配送センターとケトル商会のみ。その二つから情報は漏れない(と思いたい)ので、あとは本能で突っ込んでくるモンスターだけ。
ダンジョン周辺の森にはモンスターが多いと聞く。周辺地域の風であるシルフ・エリートの力でかなり広域を警戒できている。さらに、コボルトたちの鼻もある。食料や木材調達の合間に襲われないのはそういう能力があるからだが、襲撃への警戒にも生きている。
……とはいえ、七日である。いつ来てもおかしくはない、と思い続けて七日である。ダレるのも無理はないのではなかろうか。
「来ないは来ないで、困るんだよなぁ」
独り言が出る。襲撃してきた敵をダンジョン内で倒すこと。これが、ダンジョンコインの基本的な稼ぎ方らしいのだ。ダンジョンは倒された敵を食らい成長する。そしてコインを生産する。
コアが成長すれば俺もパワーアップ。コインを使ってモンスターを配備。ダンジョンの設備も拡充。襲撃は命の危険があるが、成長のために必要な要素。襲撃者は財宝のため。ダンジョンは獲物を食らうため。互いを食らい合う間柄というわけだ。
なお、コアにコインをささげることによって、ダンジョン内で死んだ自分のモンスターを蘇らせることができる、とも聞いた。とんでもない話だ。たとえ召喚で使ったコインの五倍を使用するとしても、死からの復活とかとんでもなさすぎる。とはいえ、死なないに越したことはない。というか、今は復活コスト支払えるほどの余裕がない。死なないように戦うのが一番だ。
準備はしている。我がダンジョン最大戦力のシルフ。彼女の風を凶悪にするために、砂を混ぜる「砂嵐作戦」。弱いコボルトたちでも戦力になるようにバリケードも設置してある。が、それでも不安がある。戦闘用モンスターはまだ雇っていない。……最低限の生活空間はできたのだし、もう雇っていい気もしている。
「……よし、雇うか」
うだうだしていてもしょうがない。さらなる出費になってしまうが、不安を抱えたまま生活するのは精神がつらい。問題は、いくらかかるかだ。
生活物資および工事道具購入のためにコイン1枚をこちらの通貨と両替した。さらに、魔力で動くという触れ込みの大型冷蔵庫、中古品をコイン1枚で購入してしまった。この大人数で生活するために、これは必要だと思ったのだ。
コボルトたちを呼ぶために二十四枚。物資に二枚。すでに半分使ってしまった。あと半分でどれだけのモンスターが呼べるのか。出来れば蓄えは残しておきたい。
「メシが終わったら、相談だな」
よし、肉に火が通った。よもや、趣味の一人キャンプがこんな所で役に立つとは思ってなかった。俺が、あのクソカタログの世話にならなくてすんでいるのもキャンプで培った知識と技術のおかげである。まあ正直、料理のレパートリーは少ない。焼くか煮るかして、塩と酢で味付けしておしまいである。胡椒も売ってたが、ほかの調味料と違って値段がとんでもなかった。
一般市民が使えるぐらいに流通されるようになっただけ昔よりマシと店主は言っていたが、さすがに買い控えた。もっと稼げるようになったら……と心に決めたのを覚えている。
米と味噌と醤油が、かなり恋しい。記憶が歯抜けになっていても、日本の食生活は体と魂に刻まれているようだ。
鍋をかまどから降ろす。さて、腹ペコどもを呼ぶとするか。そう思ってシルフを呼ぼうとした瞬間。
「ワォーーーーーーーーーーーーオオオン!」
普段聞かない、力いっぱいの遠吠えが聞こえた。
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「ゴブリンの部隊!?」
「はい。シルフが確認したと」
シャーマンが頷く。シルフが頭の上をせわしなく飛び回る。コボルトたちも右往左往しそうになっているが、命令して整列させている。そうしないと全員いるか確認が取れないからだ。子供のころの体育の授業って、こういう意味もあったんだろうな……。
ともあれ、ゴブリンだ。森から現れて、こっちに直進してきているらしい。
「シャーマン、術でどんな部隊か見ることができるか?」
「お任せください主様。シルフ殿、臭いをくだされ」
曰く、呪文というのは相手がどこにいるかわからないとかけられない。射程距離内であっても、見えないと使えない。が、コボルト・シャーマンは見えなくても臭いさえわかれば使える、という申告を受けている。たぶん、人類に同じことは無理だろう。
そして、シルフに臭いを運んでもらうことによってシャーマンの遠視の術は呪文有効距離限界ぎりぎりまで運用可能なのだとか。全く意図していなかったが、なかなか有効なコンボが生まれてしまった。
「小さな輪と大きな輪。覗いてみればあら不思議。遠くのあなたよこんにちわ。クレアヴォイアンス!」
歌のような呪文を唱えるシャーマン。ほんのりと、両目に光が宿った。
「ほーむ、ふむ。見えますぞ。間違いなくゴブリンです。装備は……うん、普通に悪いですな。拾ったか奪ったか。変に良い感じはしませんぞ」
「ゴブリン以外に何かいるか?」
「いいえ、特には……おおっと、ガタイのいいのが一匹おりますな。もしかしたらホブ・ゴブリンかもしれませぬ」
「ホブ、かー」
ゴブリンとコボルトはほぼ互角。指揮とバリケードがあれば行ける、と思う。問題はホブだが、シルフの砂嵐作戦とあとは……俺。できる、だろうか。ケンカはしたが、殺し合いなど一度もしたことがない。日本人なら当然だ。そういう時代に生まれて育った。
だが、やらなければこいつらが死ぬ。たった一週間。されど一週間。こいつらを見捨てるなんてとんでもない。
「よし、全員、武装! バリケードで防衛準備!」
「わんっ!」
コボルトたちが道具を取りに動き出す。俺も準備をしなければ。……俺のバカ。こんなことなら武器防具も買っておけばよかった。
「ところで主様。バリケードでの防衛なのですが」
「ん? どうした」
「はい。ゴブリンたちは臆病で怠け者です。おそらく、何匹かを偵察兼死に役としてダンジョンに送り込んでくるかと」
「各個撃破できて何よりじゃないか?」
「戻ってこないと、警戒します。ダンジョンに入り込んでこなくなるやも」
「あー……それは困るな」
砂嵐は一回しかできないとシルフから自己申告を受けている。一網打尽にしないと、負けかねない。何とかして、全部のゴブリンをダンジョン内に引き込まねばならない。
「どうするか……全部のゴブリンが飛び込むような状況……臆病……」
「簡単なことですぞ。少数で連中の前に出て、しっぽを巻いて逃げるのです」
俺の悩みに、スパンと回答を出して見せるシャーマン。
「……それでいけるの?」
「奴らは臆病で怠け者で、弱い者いじめが大好きですからな。逃げたら面白がって追いかけてくるのですよ」
「割と最悪だな。性根」
「まさしく」
つまり、釣りをやればいい、と。餌は誰がやるか。……コボルトは無理だ。みんな怖がりだから。スライムは、論外。足が遅いバリケードまで逃げ切れないだろう。シルフは砂嵐のために消耗してほしくない。というか、ゴブリンが追いかけてくれるか微妙である。強いし。となれば、消去法として。
「俺が、餌になるのが一番か……」
「なんと! 主様が囮などとんでもない! この私めにおまかせを!」
「だめだ。お前はバリケードで指揮をとれ。回復役がケガされたら困るんだよ」
「しかし、主様に万が一があれば!」
「それはわかる。だがほかに適役がいない。大丈夫、俺だって死ぬつもりも怪我するつもりもない。さっさと逃げて引き込むさ」
シャーマンの頭をなでる。くぅんと鳴かれるが、意見を変えるつもりはない。
「……どうか、ご無事で」
「ああ、みんなを頼むぞ」
足早に去って行くシャーマンの背を見送って、俺も準備に入る。さすがに俺一人では足りないだろう。餌役の同伴を選ばねば。
こうして、俺たちの最初の防衛戦は始まった。