幕間 次への準備
サプライズ更新第二回。
イルマは、厳しい表情で手元の書類を押し戻した。
「安すぎます。お客様が納得しません」
「……それって普通逆じゃない?」
困惑した表情で、ミヤマはそれを受け取る。キャンプ計画。ミヤマダンジョンがモンスター襲撃以外での金銭収入を得るためのそれ。殺戮機械という最悪の客を迎えるトラブルもあったが、試験は終わった。
ならば、結果をまとめて次へ生かさなければならない。そんなわけで、準備段階からの支出やかかる手間などを踏まえて利用料金の素案を出した。それを見たイルマの一声が上記のものである。
相変わらず、応接間というものがないミヤマダンジョン。せめて衝立でも用意するべきかと周囲に提案するも、現状の方がいいとの言葉から延期している。……飾り立てた部屋には慣れ切っている貴族たちに相談したのも悪いのだが。
そんなわけで、二人が向き合っているのはミヤマが使うテントの前。彼が管理する焚火台の近くの小さなテーブル。ミヤマは、唸りながら改めて自分のまとめた書類を眺めた。
「普通のキャンプ場としては、ちょっと高いかなって設定なんですが」
「その認識から間違っています。ここの何処が普通のキャンプ場なんですか」
「う」
言葉に詰まる。確かに、その通りである。地球のそれとは比べ物にならない。一体どこに、モンスターが襲撃してくるキャンプ場があるというのか。挙句、防衛に参加させるまであるのだ。これを普通といったら、本来のキャンプ場という概念が助走をつけて殴りかかってくるだろう。
「ナツオ様。そもそもの利用客を考えてください。ここをキャンプ場として使用するのはどんな人々ですか?」
「えーと……ハイロウの、お貴族様」
「そうです。権力も財力もある、普通のレジャーなんて社交でやっているような人々です。そんな人たちが、どれほど望んでも縁がなければ入ることができない場所、それがダンジョンなんです。そんな所が、低料金だったらどう思われるか」
「あー……最高級レジャーと、考えろと? ……最高級ぅ?」
また、ミヤマは唸らざるを得なかった。手間暇はかかった。気苦労も多かった。だが、最高級といわれると首を横に振らざるを得ない。希少なものには価値がある。それはわかるがどうにも、自分が提供するサービスの値段を上げることに抵抗を覚えるのだ。
加えて、このダンジョンに価値があるかといわれると、またこれもミヤマを悩ませる。ミヤマとしては、はっきりと誇りを持てる場所だ。これまで手を入れた場所も、己の下に着く者達も大事にしている。
しかし他人から見たら、大したことはないだろう。帝国が始まって三千年。巨大で豪華で強固なダンジョンなどいくらでもあるに違いない。それらを差し置いて高級リゾートなど片腹痛いではないか、と。
……だが、この辺はただの言い訳である。彼自身、ダンジョンの資産的価値は理解している。なのに自分が提供するサービスに価値を高く設定したくないのは、彼自身が見ないふりをしている保身によるものだった。
高い値段にしてしまったら、それにふさわしいサービスをしなければならない。そんなすごいサービスなどできない、自信がない。ミヤマは、自己評価を低くする癖がある。その根幹は、今は思い出せない家族との記憶にあるのだが。
閑話休題。ともあれいまだ唸るだけで高額設定をできないミヤマに対し、イルマは丁寧に話を進める。
「理由はほかにもあります。安すぎると質が低い、という偏見が生まれます。ダンジョンの評判にも影響が出て、支援者に迷惑が掛かります」
「ああ……それは不味いね。よろしくない」
ミヤマの表情が変わる。世話になっている相手に迷惑をかけるのは、本人としても許せぬ所。そういう理由があれば、ミヤマは腹を決めることができる。
対するイルマも、その辺を理解し始めている。なので、この方面から説得を試みる。
「後援者、ナツオ様が伝手を作った三つの家にとってこのキャンプ場は大きな助けになります。家臣や縁者にとって最高の褒美として使えますから」
「福利厚生は大事だものね」
「……あと、ナツオ様にとっても当分そういった方々の方が都合がよいのでは? 完全に縁のないお客様を相手にするとなると、相応のトラブルも生まれますから……」
「ああ……そういやそうだ」
ミヤマダンジョンには敵がいる。商業派閥という巨大で、しかしその全ては敵ではないという曖昧模糊とした相手が。その手先が客としてやってきたら。敵を内側に入り込ませた状態で対応できるほどの能力はない。
「そんなわけで、お客様のため、後援者の為、このダンジョンの為。値段は高い方がよいという事になるのです」
「ううん……なる、ほど、なぁ……。とはいえ、幾らにしたものか」
「じゃあ、こんな感じで」
イルマ、雑にミヤマが用意した値段設定にゼロを二つ増やす。その蛮行に、ダンジョンマスターは戦慄した。
「ぼったくりどころの話じゃない……」
「まだまだ全然安い方だとおもいますけど。そもそも初期設定がありえませんでした」
「……この値段設定で、イルマさんたちの慰労会ってやれます?」
「ぜーんぜん、問題ありませんよ。こう見えて私、公爵令嬢ですし。ほかの人たちも、大体似たような立場ですし」
ぶるじょあじー、とミヤマは悲鳴を上げた。鎌とハンマーの赤い旗が脳裏で広がる。ともあれ、そのようにして値段は決まった。そして、キャンプで稼いだ資金は、ダンジョンのそれとは別に管理することにした。
金貨の山が積み上がる未来に恐れをなしたともいう。
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さて今更だがダンジョンマスターの副業相談が、モンスター配送センター従業員の仕事であるわけがない。現状確認という体裁を取って、イルマがダンジョンに遊びに来ただけである。
これについて上司同僚は気づいていたが、指摘するどころか協力して体裁を整えている。まあ、ハイロウ社会においては比較的よくある話だ。
ミヤマとしても、世話になってる相手である。顔を合わせて不快なわけではなく、むしろその逆。なので彼女が遊びに来ることを歓迎していた。
……だというのに、話題は仕事の話である。そのことに唐突に気付き、ミヤマは内心冷や汗を流した。
『シャーマンにあれだけ言っておいて、自分は出来てないって駄目じゃない……?』
何か、仕事以外の話をしなければ。しかし何を? 趣味? この流れで趣味の話をいきなり切り出すのはハードルが高い。では何を? 追いつめられるとよく動く、ミヤマの頭。今回も唐突に、解決策が稲妻のごとく閃いた。
『本人に直接的ではない、しかしかかわりのある話題……地元!』
思い付きに、思わず目を見開く。なお、懊悩からそこまでの奇行の一部始終をイルマは目撃しているのだが、あえて触れない。時々こんな感じな事も、彼女は理解し始めている。
「そ、そういえばイルマさん。ヤルヴェンパー領ってどんな所です?」
「寒くて海が荒いです。北海ですので」
「うわぁお、ハード」
「美味しい魚介類がたくさん取れます。農業に適した土地があまりないので、その辺は外から買い付けてますね。土地柄、大抵船にかかわりのあるものが集まってますし」
「ああ、この間のキャンプの時も魚類を焼きましたっけ」
「あーとーはー……時々、沖合でヤルヴェンパー様が大型モンスターと大決戦しますね。巻き込まれると戦艦も沈むので観戦しかできませんが」
「流石の大海竜……」
レスポンス良く答えながらも、イルマはこみ上げてくる可笑しさを苦労して押さえていた。話題振りが急すぎる。不器用にもほどがある。だけどまあ、不快ではない。
なので、この他愛のない会話を楽しむことにした。
「そういうナツオ様の故郷はどのような所なんです? ……もちろん、思い出せない部分があることは承知しておりますが」
「あー……うん。まあ、そういう所もあるけれど、そうだなぁ。とりあえず県の名産品はお茶。あとは……イチゴ? ミカン? んー、どんくらい生産していたか……」
牛の歩みよりなお遅く。互いに、意識し合うのも気恥ずかしい。小僧小娘でもないというのに、このありさま。だが、この二人にとってはこれがちょうどいい速度の歩みよりだった。
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