後始末
本日二話更新。こちらは一回目になります。
コアルーム。毛皮もついて、蛮族王デコレーションが完成した石の椅子。回復効果のあるここに、俺は座らせてもらった。寝床で休めとも言われたが、最低限やらねばならないことがある。
対面には、領主さんが座っている。その後ろに家臣の人たち。大盾使いが、冒険者代表として参加。俺の方だが、本来右側に立ってくれるはずのエルフ侍は疲労でダウン。現在両親に連れられて居住区に行っている。もちろん、責めるつもりはない。
なのでイルマさんに代理を務めてもらっている。左側はコボルト・シャーマンである。戦力から言うとミーティアだが、難しい話があると気づいて速攻逃げた。おのれ。
そうそう、今回の防衛に参加してくれた全員だが何とか無事だった。ケガはもちろんあったが、そこは神様の癒しの奇跡があるわけで。クロード殿達も、元気いっぱいダンジョンに戻ってきた。弟さんやリザードマンも、もちろん。
というわけで、お貴族様方は領主さんたちのさらに後ろにいらっしゃる。今回は、ダンジョンと地元領主の話し合いだから。
「それでは、これよりミヤマダンジョンとアロンソ男爵家の会談を始めさせていただきます」
イルマさんの宣言に、背筋を伸ばす。
「改めて。ダリオ・アロンソ男爵だ。グルージャの町、および周囲の領主をやっている」
「ダンジョンマスターのナツオ・ミヤマです。このダンジョンを任されています」
互いに、会釈を交わす。
「まずは、謝罪をさせていただく。商業派閥の口車に乗って、貴方のダンジョンに冒険者をけしかけたのは俺だ。謹んで、お詫びさせていただく」
家臣ともども、頭を下げてくる。大盾使いもだ。俺は頷く。
「謝罪を受け入れます。私からも、ご領地を騒がせたことをお詫びさせていただきます」
「謝罪、たしかに」
領主さん……アロンソ男爵が頷く。もちろん、これで何もかもわだかまりなしというわけでは無いけれど、互いに謝ったという形は大事だ。
「それから。ダンジョン防衛に参加していただき、加えてそれに大きく貢献していただいた事に深く感謝申し上げます。本当に、ありがとうございました」
「帝国はダンジョンの為にある。ならば帝国貴族として当然のことをしたまでの事。御役に立てられたのならこの上のない誉れ」
この話し合い、言い方は悪いがお貴族様方への見世物としての面があるように思う。俺が、そしてアロンソ男爵がこういう場でうまくやれるかどうか。なのでどうしても互いに演技じみた言い合いになる。でもまあ、これもマナーだろう。やり切るだけだ。
「良きダンジョンマスターが隣人であることは神々に感謝すべき幸運と考える。よろしければ、これからも良きお付き合いをしていきたい。いかがか」
「もちろんです。今後ともよろしくお願いします」
俺が手を差し伸べる。アロンソ男爵がそれを取る。しっかりと、握手。周囲から拍手が沸き上がる。……若干学芸会じみていた気がするが、ともあれ何とか謝罪と挨拶は形になった。
「モンスター配送センター職員、イルマタル・ヤルヴェンパー。会談がつつがなく終了したことを見届けさせていただきました。皆さまも、よろしいですね?」
イルマさんの言葉に、お貴族様方も頷く。物言いとかされたらどうしようかと思った。ふはあ、とアロンソ男爵が息を吐く。
「……初めから、俺がここに来れればこんなに苦労することもなかったのになぁ」
「あー……お疲れ様です」
「いや、あり得ない話をした。忘れてほしい」
疲れ切ったように首を振る。ここに来るまでも、来てからも大変だったろうなぁ。
「色々どったんばったんしたもんだが、結果だけ見れば良かったといえる。あんたって人の根っこが見れたしな」
「……そんな大層なことしましたかね、俺」
「あの時、あの状態で泥の中に飛び込める人間。それをこの目で見れた。そいつが何よりの事だったのさ。じゃなきゃ、自分から頭下げたりできるもんかよ」
「……そういうものです?」
「そういうものなんだよ。貴族って生き方は」
苦笑いを浮かべているが、気持ちは晴れているらしい。何はともあれ、ひと段落か。
「お疲れ様でしたミヤマ様。アロンソ男爵も。改めて私もご挨拶させていただきますね。ロザリー・ブラントームです。先日は部下がお騒がせしたそうで」
「ああ、いや! どうぞお気になさらず! ダリオ・アロンソです。伯爵閣下!」
……と思ったら、飛び跳ねるように椅子から立ち上がった。男爵と、伯爵かぁ……これはやばいやつでは?
「私も挨拶させてもらっていいかな? ハルヒコ・ソウマだ。私も伯爵の位を受けている。先ほどは良い戦いぶりだったな」
「こ、こちらこそ。恐縮です」
「ヤルヴェンパー公爵をやっている、エドヴァルドだ。アロンソ男爵、あとでちょっとそちらの河川港について話をさせてほしいのだけど……」
「はい! 公爵閣下! なんなりと!」
「あ。そういう話でしたら、私もぜひ陸港建設のお話をですね……」
わいわいがやがや。うーん、すっごい物を見ている気がする。下手するとパワハラでは? 偉い人が自分から名乗ってくるって、もう暴力だよね。俺、枠の外で良かった……。とか思っていたら、すっと意識が抜けてしまった。
寝たわけじゃない。外から引っ張り出されたのだ。そして、そんなことができるのはただ一人。今の今まで俺に接続していたグランドコアによるものだった。
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見える。世界と世界のはざま。機械化惑星によって作り出された、超時空迷宮が。侵略存在がこの世界へ向かうとき、必ずこの迷宮に引っかかる。超巨大迷路に、数々のトラップ。機械人形による迎撃。そうやって削られた戦力が行き着く先がこの星。
今回の事もそう。本体からはぐれて、かつ家で処理できる分が送りつけられた。無茶苦茶だが、こんな事をやっていかないといつまでたっても終わらない。そもそも、三千年続けているのだから、いまさらかもしれないが。
いまさらといえば。殺戮機械って、現地で増えるとかいう話じゃなかったっけ?
『回答。今回の個体は攻撃および特攻機体のみの編成。指揮官機がいればそのような動きをしていた』
なるほど。家のダンジョンに送り付けて、いきなり回れ右して森に消えられたらグランドコアの目的が達成されないものな。木と石でできた殺戮機械(できるのか?)がわんさか量産された日にはこの辺りが壊滅する。
『回答。木材、石材による複製は確認済。鉄材その他に比べて耐久力および機動力が低い。なお、量産にはエネルギーが必要。その為レイラインの確保を目的としてダンジョンを襲撃する』
そういう思考をしていたのか。……指揮官機送ってくるなよ、絶対。今回みたいに戦力があるとは限らないんだからな!
『回答。戦力を把握し、適切な敵勢力を分配する。排除せよ』
……。まあ、ダンジョンを壊したいわけじゃなく、敵戦力の削減させるのが目的だものな。わかったよ、やるよ。地球を守る為でもあるしな。……しかし、今回は俺を見ているのな。前回は家のダンジョンコアに指示を出していたようだけど。
『……状況の終了を確認。殺戮機械三体の撃破に対する報酬を』
ちょっと待てい。なんで三体なんだよ。五体来たじゃん!
『ダンジョンコアの支配レイライン範囲内で確認できる殺戮機械の残骸は三体である』
でも五体だったじゃん! 三体だったら入り口で頑張ったクロードさんたちがこっちに来てくれて、もっと楽に戦えたわ! 五体分の報酬くれよ!
『……検討終了。今回の特別報酬はそれとする。では、五体分の報酬を供給する。引き続き、戦力の拡充に努めよ。我らが決戦世界を強化せよ』
……え? 特別報酬? 待て、待てコラ! 記憶返せーーー!
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グルージャの町。住人達が寝静まった頃。一人の男が衛兵の目をかいくぐって、町の外に脱出していた。商業派閥の商人である。その姿は旅装であり、一張羅は背負ったバックに入れていた。
「領主も冒険者も、何と役に立たないことか! ……それにしてもなんだってブラントーム伯爵家なんて大物が出てくるんだ」
小声で泣き言をいいつつ、街道を北へと歩く。ひどく暗いが、男は明かりも付けずに進んでいる。一応これでも帝国の住人である。夜を見通したり、魔物から隠れたりするマジックアイテムは持ち合わせていた。それを応用したからこそ、町から逃げ出せたわけだが。
「そうだ。私は悪くない。何も悪くない。しいて言うなら運が悪かっただけ。ミスはしていない……」
「ええ、全くその通り。運がない」
唐突に、足に何かが絡まった。次に、身体に同じものが。どうしようもなくて、商人は地べたに転がる羽目になった。
「な、ななな!? だ、誰だ!?」
「はいはい、お静かに。まだそんなに離れてないから、騒ぎを聞きつけて衛兵が来ますよ? それだとそちらも都合が悪いでしょう?」
そうやって現れたのは、これまた旅装の男。ヨルマ・ハカーナだった。彼がここにいる理由はもちろん、商人を捕まえる為だった。流石に領主の館に侵入して確保するのは彼とて厳しい事である。
しかし、ここまで状況が変わればいつまでもそこに留まるとは考えられず。なので待ち伏せしていたというわけだ。なお、移動手段はブラントーム家の飛行船。あれに便乗してきたのだ。
「こんばんは、ご同輩。ミヤマダンジョンへの工作失敗、お疲れ様でした」
「なー!? わ、私が悪いわけじゃないんだ! あれはもう、冒険者と貴族がー」
「それは分かってますし、咎める立場でもありませんので。それよりも、貴方これからどちらへ向かうつもりでした?」
「は? そ、そりゃもちろん雇い主の元へ……」
「旧セルバ国地域の実質的まとめ役。サイゴウダンジョンのマジナ伯爵、でしょう?」
その名前が出たとたん、商人の顔色は赤から青へ。
「ば、バカを言っちゃいけない! あの家はダンジョン派閥だ! 私は商業派閥! 閥がちがうだろうに!」
「ええ、今は。ですが、それ以前は貴族派閥の中でもかなりの商業派閥寄り。しかも、金策にずいぶんしくじったとか。だというのに今はダンジョンのパトロン。さらには旧セルバ国を丸々世話できるほどの大貴族。おかしな話じゃありませんか」
自分の上役について、ヨルマは良く調べ上げていた。もちろん、容易いことではない。だが帝国でも指折りの狭き門、工務店に実力で入った男である。情報収集の伝手も広く、危ない橋も渡ったが必要なものを手にしていた。
一方で、商人は芋虫の様にもがく。この男とて決して無能というわけでは無い。そして、世の中には知ってしまうと命が危ない情報があるという事を理解していた。
「ぶっちゃけ、十年前の前後で中身がほとんど変わってますよねあそこ」
「やめろー! 聞きたくない! 聞きたくないー!」
「はいはい、騒がない騒がない。それで、さっくり言いますけど殺されますよ貴方」
「……はーーー!?」
転がったまま、愕然と叫ぶ。ヨルマはしゃがんで首を振った。なお、もちろん彼も暗視の道具を使用中である。
「過度な干渉はグレーゾーン。とはいえ今回は冒険者を使っての妨害です。さらに、貴族派閥をそそのかしたわけでなく、直接の干渉でしょう? 後ろ暗い話になるから、消されます。思い当たる節は、あるでしょう?」
「そんな! わ、私は指示を受けただけで!」
「うん、尻尾切りに使うにはちょうど良い感じですね」
ほかならぬ、ヨルマ自身がそうなりかけていたのだ。だからこそ、この男を回収にきた。
「あ、あああー!? い、いやだ。死にたくない! 助けてくれぇ!」
「はいはい、もちろんですとも。ですから暴れないでくださいね。縄も解きますから」
たいして手間も取らず。狩猟紐をほどいていく。そして、雑談そのものといった口調でさらに危険なことを口にする。
「ところで貴方、南のバルコ国についてはどの程度関わっています?」
「はあ!? バ、バルコ!? お前、どこまで知って……は! し、知らん! 私は知らんぞ!」
「ああ、じゃあやっぱりバルコの王位継承内乱をぐっだぐだにしたの、マジナ伯爵関係ですか」
「知らんと言ってるだろうが―!」
縄がほどけて自由になった腕で暴れようとするが、それよりも早くヨルマのナイフが喉元に付きつけられる。
「ひっ」
「だーかーらー。騒がない方がいいって言ってるでしょうが。貴方を処分する追っ手はまだ旧王都あたりでしょうけど、グルージャに監視役がいないって保証無いんですからね?」
ヨルマはナイフを仕舞うと、狩猟紐を片付ける。そして、よろよろと立ち上がる商人を促す。
「それじゃあ、急ぎますよ。ミヤマダンジョンの転送室を借りれば、追っ手は撒けます。後はどうとでもなりますから」
「お、おい。その、旧王都には家族が……」
「はい勿論。そっちにも友人が行ってますから、ご心配なく」
暗い夜道を歩きだす。一人の足取りは軽く、もう一人は逆に遅く。
「しかしまあ、あれですね。十年前の雑な併呑。そして旧セルバ国のここ十年の状態。さらに南のバルコ国内乱。……マジナ伯爵ってもしかして」
「だから! ……そういう危ない話は聞きたくないといっているだろう」
言葉が荒くなるが、周囲を見渡して商人は弱々しくつぶやく。しかし、ヨルマは止まらない。この男を助けるつもりはある。同時に、逃がすつもりもないのだから。
「マジナ伯爵は、独立復権派……いえ、ダンジョン背信者、じゃあないかと思うのですがどうですかね?」
「だーかーらー……」
商人の嘆きは、夜の闇に消えていった。
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アルクス帝国。帝都アイアンフォート。始祖オリジンのダンジョンにほど近い、デンジャラス&デラックス工務店本店ビル。上階の一室で、一人の老人がため息をついていた。彼の机の上にあるのは、無骨な旅行カバン。その中にぎっしりと一つの機械が仕込まれていた。魔法に頼らぬ通信機器。携帯電話というのだと、彼は部下から聞いていた。
白髪の、痩せた老人である。モーガン・クローズ子爵。位は低いものの商業派閥の重鎮であり、工務店の同派閥のまとめ役である。
彼は教えられた通りの順番で操作し、携帯電話の電源を落としてふたを閉じた。そして、窓際に立つ。そこから見えるのは、オリジンダンジョン。ハイロウたちは、ダンジョンが見える部屋を欲する。派閥の力関係からこの部屋を押さえているが……モーガンは、ハイロウではない。
「まったく、厄介な場所にダンジョンができたものだ。しかも、ヤルヴェンパー、ブラントームの介入を許すなどと」
モーガンは、窓の外の光景を睨む。ほかの国では見られぬ高層建築。優れた交通網と物流網。
「まだ足りん。もっと不幸が必要だ。だが……」
しばし、目を閉じる。皺だらけの手で眉間をもむ。そしてやおら目を開くと、再び席について携帯電話の電源を入れた。
「私だ。バルコ国の担当者に繋げ」