危険への前進
朦朧とする意識が徐々にはっきりとしていく。体中がしびれている。痛いかどうかもわからない。視界もぼやけている。幸いなことに、最近似たような経験がある。それを生かして何とか自分を取り戻す。
殺戮機械が、目の前にいた。丸ノコが付いた腕を、大きく振り上げていた。
「……ッ!」
声も出ない。だが、身体は動いてくれた。立ち上がる暇はない。だから転がった。ほんの数ミリ先に、丸ノコがかすめる。間一髪、運があったようだ。
「ハァァァァッ!」
……いや、運ではなかった。ヒルダさん。エドヴァルド殿の奥方がぶん投げた斧が、殺戮機械の腕にぶち当たっていた。あれが無ければ、俺は今頃血肉をまき散らしていたに違いない。後でお礼を言わなければ。
そんな思考を浮かべながら、どうにか立ち上がる。バリケードは崩壊していた。あともう少し手前に落ちてくれれば、落とし穴コースだったのだけどそこまで間抜けではないらしい。
戦力を確認する。ヒルダさんは、斧を手元に引き寄せている真っ最中。出血あり、でもひどくはない。ほかのハイロウ貴族。何人か倒れている。生死不明。コボルト、上手く逃げている、が腰が抜けている。例外はいつもの黒毛だけ。
俺。兜および短槍紛失。大盾全損。ケガは打ち身擦り傷のみ。動ける。なら行動は一つ。
「こっちだ、鉄くず野郎!」
囮になる。ここから離さなければ死人が出る。なら行動は一つだ。何より、俺は狙われている。俺以上の適役はいない。向かう先はマッドマンの沼。前回はあそこで勝てた。今回はどうだ? ……無理だ。今回は機械だ、溺れ死には期待できない。ある程度壊せば水もいけるらしいが、ヤツはまだピンピンしている。
俺の攻撃手段。石を投げる。無理、その時間も距離もない。アダマンタイト脇差。効果はおそらくある。だけど能力が足りない。アレの攻撃を避けながら、ダメージを与え続けるのはほぼ絶望的。
俺では勝てない。俺以外の力がいる。
「ワンッ! ワンワンワンッ!」
「バカーッ! 吠えるな! 付いてくるな! 巻き添えになる……」
こともあろうに俺の後ろにいた黒毛のコボルト。振り返って、そいつが抱えていたものを目にした時。一つの可能性が脳裏をよぎった。
『可能。目的のための情報開示』
グランドコアからのお墨付き。ならば、これにすべてをかける。重そうに抱えていたそれを、コボルトから受け取る。
「エラノーーーーール!」
吠える。半ば以上、無事であってくれと祈りも込めて。
「はいっ!」
声が聞こえた。大分後方。だけど声に張りがある。ならば、いけるか。俺は手に持ったそれを上に掲げる。脇差と対で受け取った刀を。
「付いてこい! 使えるようにする!」
目指すはコアルーム。そこに、ダンジョンメダルがある。そう、ガーディアンの強化だ。今は力が足りなくて振れないなら、ダンジョンの力を使えばいい。無理はあるだろう。短時間しか効果がないとも聞いたし、グランドコアも言っている。
だけど現状、ほかの手立てがない。やるしかないのだ。問題はいくつもある。近々としては、殺戮機械に俺が追い付かれそうだという事……。
「やらせるもんかっ!」
「ブリキ風情がっ!」
それを、止めてくれたのはミーティアとロザリー殿だった。ミーティアはその蛇体で。ロザリー殿は羽根と身体能力で飛び上がって。衝撃を加えて移動を邪魔する。その隙をついて、エルフ侍が駆け抜ける。
「助太刀感謝!」
「足止め以上はできないからね! 相性が悪いったらもう!」
「本当に。らぁぁぁぁぁっ!」
気合と共に、装甲板から派手な音が響く。流石の怪力。血が薄いなどと誰が言った。ロザリー・ブラントームは見事なスフィンクスだ。
とはいえ、ミーティアの言う通りあの二人と殺戮機械の相性は悪い。一方的に倒されることはないが、決め手もない。血が流れてないから必殺呪文も効果がない。謎かけも効果があるか極めて怪しい。ロザリー殿達が使ってない所を見るに、ない可能性が高い。
力を合わせて戦っても、勝ち目が薄い。やはり決め手を用意しなくては。追いついてきた彼女と、肩を並べて走る。遅れがちになる黒毛の首根っこをひっつかむ。
目の前には、マッドマンの沼。
「マッドマン! こいつを守れ!」
「わうーーーー!?」
ぶん投げる。放物線を書いて落ちる黒毛のコボルト。マッドマン、ナイスキャッチ。これで、戦闘に巻き込まれる心配はなくなった。
渡り板を走り抜ける。たとえ落ちてもマッドマンがいるという安心感がある。板がきしんでたわむ。落ちそうになる。今日までのトレーニングで培った筋肉が、辛うじてバランスを修正させる。エラノールは、危なげなく渡り切る。
本来ならば、マッドマンに渡り板の柱を崩させる所だが、どうせ奴にはロケットがある。無駄な労力だから指示はしない。ワンチャン、渡り板を踏み抜いて落ちてくれないものだろうか。そんな淡い期待を抱きつつ、コアルームへとひた走る。おっと、忘れてはいけない。
「奥に避難しろ! 絶対にこっちに来るんじゃないぞ!」
居住区に残っている非戦闘モンスターたちに指示を飛ばしておく。うっかり倒されてしまったら大損害だ。……正直言えば、それ以上のピンチではあるのだが。
コアルームへと続く道に入る。あと少し。ミーティア達はかなり頑張ってくれている。何としても、強化を間に合わせる。……遠くで、あの独特な轟音が響いた。皆、無事でいてくれよ。
そして、到着する。コアが淡い赤の光を放つ、ダンジョンの中枢部。台座に置かれたメダルの小箱を引っ掴む。
「エラノール! そこに直立!」
「は、はい!」
コインをまき散らす。必要分だけ消費されるから、足りればそれでいい。あとは、グランドコアの指示通りに事を成す。
「我、力を求める者なり。我、対価を支払うものなり。我、迷宮の支配者なり」
コインが赤く輝く。ダンジョンコアも輝きを増す。手をかざせば、エラノールの周囲を三十枚のコインが囲んでいく。十枚の輪が三つだ。
「汝、森の娘。汝、ダンジョンの末。汝、武技を修めし者よ!」
与える力は三つ。筋力、器用度、耐久力の強化。出し惜しみは無し。正直言えば、いきなり三つ搭載は彼女にも負担になるが生きるか死ぬかだ。耐えてもらう。
「我が守護者に新たな力を。我が守護者にダンジョンの加護を。我が守護者に無双の力を!」
コインとダンジョンコアが赤い光を放つ。コインの輝きはエラノールを包み、すぐに消えた。
「く、う……」
やはり、無茶だったか。ふらつく彼女を支える。とはいえ、事は成した。後はなんとか皆と合流すれば希望が見える。そのためには、最後の難所を超えなくてはいけない。
重たげな金属音を鳴らしながら、ヤツが近づいてくる。鋼の四つ足、二本の剛腕。そして背中のロケット。殺戮機械。狭い通路に陣取るこいつの脇を通り抜けなければ。
何、一瞬だ。コアからもらう力を全開で足にぶち込めば、オリンピック選手を超えるダッシュも跳躍も思いのままだ。代償は筋肉痛では済まないが。
……そして、唐突に気付いた。今まで、奴らは俺を見ていた。俺を目指していた。だけど、今のこいつは違う。何を、見ている?
その答えを思いつくよりも早く、殺戮機械は行動を起こした。よりにもよって、自分の胸部装甲を丸ノコで切り落としたのだ。そして現れるのは、真っ黒な鉱石。色違いだが、まるでダンジョンコアの縮小版のようなもの。
そして、ロケットを稼働させるための吸気音が唸り始めた。
「いけ、ない……」
「エラノール、さん?」
ふらつきながらも、彼女は立った。しかし、その表情は極めて険しかった。
「やつは、自爆する気です。自爆個体、です」
……しまった。やっちまった。
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なぜ、奴だけがロケットなんぞを背負っていたのか。何故、奴が最後尾にいたのか。何故、ほかの迎撃者にはほとんど目もくれず俺に突撃してきたのか。
その答えがこれだ。敵中枢を確実に仕留めるのを役割とした個体。障害物を丸ノコで除去し、ロケットで突き進む。そして奴は、目的まであと一歩に迫っている。だから自爆装置を起動した。
ああ畜生、やっちまった。なまじ俺が狙われるものだから、失念していた。そうだよ、コアを壊せばゲームセット。俺も死ぬ。だったら俺以上にコアを狙って当然じゃないか。俺が優先するべきは何を置いてもコアを守る事。契約しているモンスター達はコインで復活させられる。ガーディアンもだ。いざとなれば、死んでも守れというべきなのだ。
ここまで、上手くやってきた。犠牲なしで、やってきた。それがうぬぼれになったか。何たる無様。実に俺らしい。だけど、それじゃあいけないんだ。俺はダンジョンマスターなのだから。
アダマンタイト刀を、彼女に渡す。鞘に浮遊の魔法がかかっているからまだ能力を発動していない彼女でも持てるはず。
「隙を作る。何としてでも、ヤツを止めてくれ」
「――ご下命、承りました」
いつもなら止める彼女も、今回ばかりはそれを飲んだ。もはや、そんなこといってられる場面じゃないのだ。
脇差を抜く。こんなもんで、あんなデカブツに仕掛けるなんて正気の沙汰じゃない。しかし、やる。
息を吸う。吐く。体から力を抜く。相手を睨む。もう一度吸う。走る。
「ら、ああああああああああああ!」
声を出す理由は三つ。一つ、囮になるため。二つ、勇気を出すため。実はビビり散らしている自分自身をごまかすため。脇差の柄を両手で握り、殺戮機械へ向けてひた走る。
相手は……反応した。丸ノコの付いた腕を振り上げる。回転数が上がる。あんなもの受けたらひとたまりもない。いくらこの脇差がアダマンタイト製だからといっても無理がある。
鋼鉄の腕が振り下ろされる。凶器が唸りを上げる。気合と勢いだけではどうにもならない。
「おらぁぁっ!」
だが、今の俺はかつてとは違う。ダンジョンマスターになって、わずかながらも訓練を受けた身なのだ。戦いも、何度も経験した。その分だけの、知識と経験がある。
丸ノコが危険? 見ればわかる。だったらそこを受けなければいい。この図体だ、懐に入り込むなんて訳はない。コアの力をギリギリの所で使い、寸での所で踏み込んだ。脇差を、頭上に掲げて。
凄まじい衝撃が、全身に走った。甲高い金属音が、通路に響いた。
「お……おお、まじか」
脇差の刃が、鋼の腕に入っていた。油圧式だったのかそれともただの潤滑油か、黒い油が切り口から滴り落ちる。丸ノコを受けたら回転力で弾かれると思い、その根元をとダメ元でやってみたらまさかの結果。奴の腕の振りと重さ、刃の角度と俺の動き。どれか一つでも間違っていたらこうはならなかっただろう。
しかし、その状態も一瞬だった。殺戮機械は異常を理解すると、素早く対処に移った。とりあえず、腕を左右に振るという行動。
「……っ!」
当然、脇差を掴んでいる俺も振り回される。逆らわない。出力と質量が違うのだ。踏ん張ったところでどうにもならない。だけど、振り離されてもいけない。そうしたらもう身を守るすべがない。
壁に叩きつけられそうになる。壁を蹴って反動で逃げる。
鋼の足で蹴られそうになる。懸垂のように身を持ち上げて避ける。
上下に振られる。足でヤツの腕に絡んで耐える。
自分自身、今何をしているか半分理解していない。完全にその場その場の反射で動いている。耐えている。一秒先の事も考えられない。今に全力。
もちろん、すべてが上手くいくわけもない。一行動ごとに、体力が削れていく。無理な動きばかりだから、疲労ではなくダメージが蓄積する。コアの強化は万能ではない。無理をした分だけ肉体が傷つく。それでも、命がなくなるよりはましである。
そして、それは唐突に終わりを迎えた。がくり、と高さが下がったのだ。何事かと見やれば、そこに彼女がいた。
「……」
赤いオーラを漂わせ、額に汗を浮かべ。本来なら今だ扱えないその刀を、振りぬいていた。鋼の足が一本、音を立てて床に転がった。
「ふっ!」
続けてもう一閃。切り上げた刃が、むき出しになった内部構造に通った。殺戮機械の動きが、排除対象を俺から彼女へ変えた。無事な方の腕を振り回して、脅威を退けようと。
そう、こいつはもう退けるだけでいいのだ。背中の吸気音がいよいよ強くなる。機械の体から、異常な熱が吹きあがる。まずい、もう時間が。
「息を止めろーーー!」
領主さんの絶叫。重ねて響く、エルフ魔導士の詠唱。
「フーモ・フームス・ドゥイーム! 火蜥蜴の吐息、大地のくしゃみ、息の根止める黒! スモーク!」
唐突に、煙が周囲を覆った。危険とは思ったが、それでも目を閉じて息を止める。殺戮機械が、明らかにおかしい振動と音を立て始める。そして、吸気音が止まった。
「アドベンチャラーズ! アターック!」
高らかに響き渡る、領主さんの声。次々と衝撃が殺戮機械を襲う。剣、斧、魔法、奇跡。そして。
「いぃぃぃぃぃやっ!」
刀。そのころになると機械の腕から脇差が抜け落ち、俺もまた地面に叩きつけられた。周囲を覆った煙は消えていた。目を開けば、ボロボロになった殺戮機械があった。
煙を、ヤツに吸い込ませたのか。理屈はわからないが、異物混入で緊急停止と。流石は冒険者。
「無事か! ダンジョンマスター殿!」
「領主さん!」
その機械の向こうに、領主さんと冒険者達の姿があった。今もなお、手を休めることなく攻撃を続けている。
「何とか、間に合ったなぁ! なんだよあの沼! あの泥人形!」
「カーラが精霊語使えなきゃ終わってたぜ! ドルイド万歳!」
「おかげで間に合った! 発動、マジックアロー!」
領主さん、戦士君、大盾使い。鋼を叩く音に負けないようにと、大声を張り上げてくれている。俺も、ガタついた体に鞭を打つ。
と、傍らで金属音。彼女の手から、刀が抜け落ちていた。両腕だけでなく、全身が震えている。汗も、滝のようだ。無理に無理を重ねて、頑張ってくれた結果がそこにあった。
「申し訳、ありません。あともう少しなのですが」
「いや! よくやってくれた! 後は俺がやる」
ぶっ刺す程度なら、どうとでもなる。ずしりと重いアダマンタイト刀を拾い上げる。奇はてらわない。まっすぐ構える。……その俺の腕に、震える腕が添えられた。
「狙いは、吸気管です。動力は、なりません」
「……どこがどれやら」
「導きます。行きましょう」
走る。苦し紛れに振るわれる鋼鉄の腕。しかし、背面から攻撃を受けては上手くはできず。そんな有様だったから、疲労困憊の俺たちですら、懐に飛び込めた。
狙いは彼女が、勢いは俺が。鋼を貫く刃を叩き込む。
「と、ま、れぇぇぇぇぇ!」
恐ろしくなるほど、刃は手ごたえ無くするりと入った。次の瞬間、ガスボンベの弁を引っこ抜いたかのような空気(?)が噴き出した。たまらず、彼女を抱き上げて離れる。しばらくがくがくと震えていたが、ついに殺戮機械は動きを止めた。
「……やったか? ……あ、やっべぇ言っちゃいけないセリフをっ!」
「ミヤマ様?」
「いやいや、大丈夫。バラそう! 徹底的にバラせばいい!」
などと、俺が変に慌てている間にも冒険者達の手は止まっていなかった。彼らに油断はないようで、装甲をはがして内部パーツをどんどん引きちぎっている。殺戮機械はうんともすんとも言わないから、どうやら本当にやれたらしい。
「よう、危機一髪だったな」
「領主さん、本当に助かりました。よく来てくださいました」
「なあに、帝国貴族たちのおかげだよ。こいつがぶっ飛んであんたを追いかけ始めたろ? そしたらあのひょろい方の貴族が俺たちに追いかけろって言い出してなぁ」
領主さんの説明によれば。ハルヒコ殿とエルダンさん、エンナさんが中央の殺戮機械を受け持つと宣言。彼を含む冒険者を、俺への救援に回したとの事。
途中、バリケード跡でエドヴァルド殿達の救護のために司祭を一人その場に残した。手助けはコボルト達がいたのでそれでよしとしたらしい。
そして、マッドマン沼はそこの主に運んでもらい。見えたデカい背中に集中攻撃したとの事。いや本当、間一髪だった。
「あの呪文が無かったら、間に合わなかったと思う。よく、あんな手段を知っていたね」
「ああ。申し訳ない。勘で動きました」
……しれっと言ったよこのエルフ魔導士。
「ただまあ。あのブリキが、何かを欲していたのは確実。なので、それ以外を吸い込ませれば邪魔になると考えました。結果は御覧の通り」
「……そうだな! うん、よくやってくれた!」
「何。これでダンジョンマスター殿を落とし穴に放り込んだ無礼が軽くなるなら安い物」
「いやまあ、あの時は俺も全力で石投げてたし……」
「うぉっほん!」
領主さんの咳払い。そうだな、こんなところで長話もあれだ。殺戮機械も消えた。……ダンジョン、あんなの食って大丈夫なのか。ペインズ食ってるし今更か。ともかく。
「すみません、それじゃあみんなの所に……」
戻りましょうか、と言おうとしたら体から力が抜けた。どうやら体力の限界がきたらしい。ひっくり返る俺を、周囲が慌てて支えてくれた。
次回、二話更新。そして二巻分最終話となります。