スクラップバトル
しかしまあ、毎回毎回入り口からのダッシュばかりしている気がする。今回は状況が状況だからしょうがないが、何か手はないだろうか。ダンジョンメンバー専用トロッコとかそんなの。あるいはテレポーターとか。……高そうだ。
そんな雑念が頭をよぎっているうちに、十字路を通過し泥道に到着。移動用に木板が渡してあるのだが……。
「もっと急げんのか! 帝国の方々はもう先へ行ってしまったぞ!」
「そうは言いますけどご領主様。こりゃ結構大変ですよ」
渋滞が起きていた。まあ、確かに。仕方のない面はあると思う。侵入者の足場になっても困るからという事で、沼の中に支えはない。木板を、左側の壁に引っかけるようにして設置した。おかげで手をかけるところには困らないが、変に強く踏み込むと木板がきしむ。不安定な足場で急ぐのは困難だろう。
帝国貴族がさっさと渡れたのは……まあ、魔法や身体能力が高いからなあ。とはいえ、のんびりもしていられない。蜘蛛糸の壁なんて、時間稼ぎとしてはほんのわずかにしか役に立たないだろう。
どうやれば、彼らを早く渡せるだろうか。問題は足場だ。かといって、ハイロウ貴族はもう移動後。魔法でどうにかは期待できない。彼らの能力でやっているんだったら、とっくに……。
「ええいっ!」
両手で自分の顔を叩く。すっかり人様に頼る癖がついている! まずは自分でできる事から! ……よし、もうこれで行こう!
木板が渡してある逆側の壁に向けてダッシュ。俺はエルダンさんの様にウォールランを敢行した。と、いってもコツも何も知らない、練習もしたことがない俺が成功するはずもない。でもいいのだ、大事なのは素早く泥沼の真ん中まで到達することだ。
案の定、そして目論見通り俺は泥道に落ちた。服が泥まみれになるが構わず、かきわけて進む。木板の真ん中に到達、これを支えた。これなら皆早く渡れる。
「お、おい、あんた……」
「いいから早く渡って! 時間がないんだ! 俺は力持ちだからどうってことない! 急げ!」
ご領主さんが何か言いたげだが、聞いている暇はない。とにかく急がせる。渡らせる。……武装を整えた人間を十人以上。その重量を支えるというのは正直かなり無理があった。が、俺はコアのパワーを得た改造人間である。この程度頑張れずして何がダンジョンマスターか。
「ふぬぐぐぐぐぐぐ……」
みっともないほど顔を真っ赤にして、耐える。衝撃を出さないように足を緩めそうになる一同を叱咤する。元々、それほど距離があるわけでもない。ほどなくして、全員、渡り切った。それと前後して、入り口から、繊維を引きちぎる音が響いてきた。入り口を突破したか。
「木板に乗れー! こっちで引っ張れば早い!」
ご領主さんと冒険者達が板を掴んでいる。意図は分かった。俺は身体を泥道から引き上げて木板に乗せた。ずるずると、結構な速さで引っ張られていく。たしかに、渡るより早かった。
「どうも、助かりました」
「そりゃこっちの話で……ええい、全部後な!」
「ですね。入り口が騒がしい」
全員ひと固まりになってまっすぐ進む。俺を追いかけているなら、すぐに追いつかれるだろう。やはり、迷路が必要だ。そして、泥まみれの俺は一歩走るたびに汚れをまき散らすひどい有様。流石に人にかけるのはよろしくないとペースを落とそうとしたら、戦士君に背中から押された。
「おいおい、汚れるよ?」
「気にしねぇよバーカ! あんた本当バカだな!」
「ヘルム!」
「うははははは!」
愉快な気分が、思わず腹の底からあふれ出た。
「ダンジョンマスター殿もぉ!」
ドワーフさんが悲鳴じみた批難を上げているが、まあ気にしない気にしない。流石に少しは距離があるため、爆笑空間の罠部屋を抜ける頃には息も乱れ始める。しかし、背中ら聞こえてくるド派手な足音に追いつかれないためには急ぐほかなかった。
そしてついにひとまずのゴール、バリケード前に到着する。
「イルマさーん! 氷の壁ー!」
「はい、すぐにって何で泥だらけなんですかぁ!?」
「いいから! 壁ぇ!」
「後で聞かせてもらいますからね! グラキエース・パリエース・ファケレ! 立ち上がれ霜の柱、閉じられた棺、とこしえの冬の国よ! 停滞をここに! ウィンター・ウォール!」
素早く正確に。あの時と同じように氷の壁が入り口を覆う。今回はバリケードの補強ではなく入り口の封鎖だ。やはりそれほど時間は稼げないだろうが、俺たちがバリケードの中に入る分はなんとかなるだろう。
「ナツオ殿、ご無事か!」
「おかげさまで何とか。スライム・クリーナー!」
流石に大鎧を着こむことは無理だったのか、手甲と脚甲を装備したハルヒコ殿に迎えられる。俺は飛びついてきたスライムに、最低限の泥を落とさせる。汚れはともかく、泥があったのではまともに脱げない、鎧も装備できない。
ご領主さんとお付きの人々、および冒険者たちは息を整えている最中。普段から鍛えていてもこの状況は辛かっただろう。コボルト達から水をもらう姿が見える。
「私どもは準備万端。問題ありません。いかようにも」
ヤルヴェンパー家は重装備でないおかげか、防具を身に纏うのが間に合った模様。まあ、ソウマ家も初めからフル装備だったご家族がいるから見劣りするわけでは決してないのだけど。
俺はエドヴァルド殿に頷くと、今回の作戦を考える。……といっても、難しいことはできない。ハイロウ貴族は何ができるか前回で大体知ったがその程度。連携などとても無理。……であれば、シンプルにやった方がいい。
「助かります。ともかく、一体ずつ片付けましょう。幸いにも、手の当てがあります。――エルフ魔導士!」
「……は! 私ですか!」
最初の冒険者グループにいた、エルフ魔導士を呼びつける。お前の事は忘れていないぞ。……殺意を持って石投げた自分の事も。
「落とし穴の呪文、たしか三回は使えたな?」
「……よく覚えていらっしゃる」
「煮え湯をたっぷり飲まされたからな。というわけで、使ってもらうぞ?」
「力の限り、働かせていただく」
「よし! というわけで、随時落とし穴に落としていく! 呪文はダメージよりも行動阻害を優先! 連中を自由にさせるな! 物理攻撃は打撃を優先! 奴らは壊すものと考えろ!」
スライムが離れる。装備を阻害する泥は取れた。コボルト達が俺の装備を着せてくれる。そして、入り口から打撃音が響き始めた。
「殺戮機械、バリケード前に侵入!」
シャーマンの声を受けて入り口を見やれば、三体の機械が見えた。ありがたい、クロード殿達は二体も止めてくれたのか。
「エルフ魔導士! 落とすのは後ろの二体だ!」
「承知! が、術が間に合わん。落とせるのは一体だ!」
「もう一体はこちらで請け負おう。順番はどうする?」
ダークエルフの言葉に、一瞬だけ考える。答えはすぐに出た。
「落とすのは一番後ろ! 一番前はそのまま通せ、策がある!」
「では、真ん中のは私が。場所はどこにいたしますか?」
「中央!」
最低限の装備は身に纏った。流石にファウルカップは付けられていない。正直かなり不安がある。だがそうも言ってられない。いつも通り、ノーズガード付きの兜をかぶりバリケード中央に陣取る。
殺戮機械はひどく不格好に身体を揺らしながら、しかし一切の躊躇いもなく進軍してくる。その目標は、俺。そしてダンジョン奥のコアを目指している。分かる。今も俺に接続して状況を見ているグランドコアから。そして奴らから狙われているという事を、肌で感じ取れている。
「おいおい、あんた狙われてるんだろ。もっと下がらないと……」
「いや、ここだ。ここがベストなんだ」
心配してくれるご領主さんに答える。ほどなくして、エルフ魔導士の呪文が完成した。
「トンベ・ファレン・カデーレ! 直下の危機、底なしの洞、不可視の腕! 墓穴はそこだ、サモン・ピット!」
凄まじい金属音が、ダンジョンに響く。見事に、最後尾の殺戮機械が穴の中に消えた。
「発動! スパイダーネスト!」
そしてなんと。大盾使いが短杖を使って蜘蛛糸で縦穴を塞いだのだ。その発想はなかった。……戦士君たちと比較すると、この冒険者達かなりの手練れなのでは? うちのダンジョン、いきなりそんなベテランに襲われたの? ……いや、今はどうでもいい事だった。
ともあれ、素晴らしい手だった。なら誉めなくては。
「ナイス! グッド! よくやってくれた!」
「……お、おう、どうも!」
照れ気味の大盾使いの返事と共に、ダークエルフの術が放たれる。
「モルス・マナス・マルディシオン! 墓場の風、断末魔の残響、死者の爪! 道連れにせよ! デッドハンド!」
「000ooo000oo00000ooo!!!」
暗闇を手の形にすれば、ああなるのだろう。殺戮機械の足元から飛び出たそれが、機体に絡みつく。縋りつく。爪を立て、引っかいて。一本や二本ではない。数十もの手が影より現れ、まとわりついている。
それにしても、アレから聞こえてくる声は一体何なんだ。鳥肌が立つ。背筋が寒くなる。殺戮機械は止まったが、俺も思わず言葉を失う。
「ねえ、ナイヴァラ? あれ、いつもよりすごくない? すごいっていうか、ヒドくない?」
「……おそらく、この土地に理由があるな」
首に蛇巻き付けたハーフエルフのドルイドと、ダークエルフが何やら聞き捨てならない会話をしている。だがそれどころじゃない。
いよいよ、先頭の殺戮機械が目の前まで迫っていた。ダニエル君や大盾使いが俺の前に出ようとするが、手で押さえる。結果はすぐに出た。
落とし穴、発動。雑多な部品の集合体が、穴の底へと消えていった。そう、俺を狙うなら罠に誘導するのもとっても簡単!
「おっしゃらー! してやったぜ!」
「こ、こいつを狙っていたのか……」
「そのとおり! 説明する時間が無くてすみませんね!」
慄く領主さんを横に置き、俺は一抱えの岩に張り付く。さあ、いってみよう。フルパワー! コア、ここが俺とお前の踏ん張りどころだっ!
「せーのっ、どぉらっ!」
俺のぶん投げた岩は柵を超え、落とし穴にホールイン。そして、ドラム缶をぶっ叩いたような派手な音が響いた。
「おっしゃ、命中!」
「無茶苦茶するなあんた……」
「お見事ですミヤマ様! 初期計画は完遂されました!」
領主さんの呆れた声と、ダニエル君の歓声。俺は周囲に聞こえるよう声を張り上げる。
「よーし! 全員攻撃開始!」
正直な所、この人数に細かく戦闘方法を指示するなんてできない。事前計画があったならともかく、ほぼ烏合の衆だものな。個々の実力は高いけど。だったらもう、それぞれの判断でやってもらうしかない。
そして、この場にいるのはハイロウ貴族と冒険者。戦いの素人では決してない。領主さんの実力は未知数だけど、この状況で怯えている様子はない。相応に訓練や実戦を積んでいるのだろう。
「姉上、ここは任せる」
「……かしこまりました。まったく、それを振れるようになってから前線ではしゃぐのですから。父親になるのですからもうちょっと……」
「姉上、小言は後!」
ハルヒコ殿はアダマンタイト刀を構えると、中央の目標へ向けて飛び出していく。エラノールさん含めソウマ家の人々は弓で援護をする模様。流石に、機械に矢は効かないのでは、とも思ったのだがさすが達人。装甲の隙間や駆動部をどんどん射抜いていく。異物を差し込まれては稼働に邪魔になる。お見事。
「では、私たちはこちらのお手伝いを」
イルマさんが短杖を振るうと、後方に積み上げてあった岩が浮かび上がる。そのままバリケードまで運んでくれるので、受け取ってぶん投げる。喧しい音が、とても心地よい。
「ナツオ殿。ある程度破損しましたら、我らで止めを刺します」
「何か、手が?」
エドヴァルド殿が、竜鱗の護符を片手に落とし穴を見やる。
「ええ。あれらはある程度壊れますと守りが弱まります。そこに雷を叩き込みますとあっさりと壊れるのです。完全な状態ですと耐えるのですがね」
「なるほど。今、どんなもの……」
と、俺は落とし穴をのぞき込んだ。奥底では、殺戮機械が落石によって何か所も破損を作っていた。そして、背負った筒を上に向けた。火が、溢れた。
俺は全く反応できず、目前に迫るそれを成すがまま……
「ミヤマ様ぁ!!」
浴びる寸前、ダニエル君が首根っこを掴んで引き込んでくれた。目の前で立ち上る炎の柱。それが力を失って四方に飛び散る。床やらバリケードやらにかかり、そのまま延焼を続ける。
……そういえば、火炎放射器というのは炎を浴びせるのではなく、燃料をぶっかける武器だったか。それに火が付くのだから、燃料が燃え尽きるまで火が消えない。当たっていたらと思うと、ゾッとする。
「た、助かったよダニエル君。ありがとう。本当、ありがとう」
「お役に立てられたのなら何よりです。どうか、お気をつけて」
尻もちをついた状態から立ち上がる。イルマさんたちが卒なく消火活動をしてくれているおかげで、燃え広がるという事はなさそうだ。本当にありがたい。
派手な水音が、落とし穴から響く。エドヴァルド殿が大きな水玉を作っては穴に放り込んでいた。
「あれは油に火をつける武器です。火だねが無ければただの油。こうやってしばらく水を浴びせ続ければ、脅威ではなくなります」
「おお、なるほど」
「そして、破損を負ったやつらは水にも弱い……そろそろよいでしょう。セヴェリ!」
「はい、父上! ポース・ロンヒ・ブロンテー! 大気のうねり、光の疾走、轟く叫び! 神鳴れ雷! サンダーボルト!」
稲妻の槍が、落ちた。ほんの一瞬、網膜に焼き付いた一条の光。落雷の音を響かせて、落とし穴の奥に。脱出するために起きていた騒音が、ピタリと止まった。そして、真っ黒な煙が穴底から大量に立ち上がってきた。……残っていた燃料が、雷で着火したか。
「シルフ、いるかシルフ。たのむ」
俺の言葉に、精霊はしっかり答えてくれた。視界不良と呼吸困難をもたらすだろう煙は、シルフの力で外へと運び出されていく。本当は外の状況も教えてもらいたかったが、そこまで手が回らないだろう。クロード殿を信じよう。
ともあれ、まずは一機撃破である。
「エドヴァルド殿、セヴェリ君、ありがとう。おかげで一つ片付いた」
「いえいえ。それにまだまだ残っております。油断されませんように」
「中央の援護に回ります!」
セヴェリ君の威勢の良い言葉に促され、中央を見る。ダークエルフの呪文による真っ黒い手はもう消えていた。つまりガチンコ真っ向勝負状態。
正面に立つのはハーフエルフ侍領主、ハルヒコ殿。さらにいつの間に攻め上がったのか、冒険者二チームもそこに加わっていた。
「イィヤッ!」
気合一閃。振るわれるアダマンタイト刀。およそ、金属同士が奏でるそれとはとても思えない音がダンジョンに響き渡る。そして、殺戮機械の足が一本、切り落とされた。この世に切れぬものは無し。こんなものを自在に使えるなら、前線に立ちたくなるのもわかる気がする。
「おらぁ!」
そしてハルヒコ殿の隣にいた戦士君、剣で斬るのではなく全力での蹴り飛ばしを敢行。自分の方に敵の注意が行っていないからって無茶をする。そしてその無茶の成果は、敵のバランスを崩すという形で現れた。足が一本なくなったから、ただでさえ悪いバランスがさらに酷くなったのだ。あの一瞬でそれを見抜いて行動するあたり、見事なものだ。……なんとなく、直感でやっている気がするが。
「ぬるいぜ!」
大盾使いが、攻撃を弾く。受け止めるのではなく、自分から盾をぶつけに行って動きを阻害している。鋼の腕、武器付きの手。確かに強力だが、まともに当たらなければ意味がない。しかも相手がバランスを崩しているとなればなおさらだ。
生き物でない相手に対してメイン装備が刃物の人たちは戦い辛いだろう。だから、行動阻害に徹することでダメージ生産を仲間に任せる。パーティならではの立ち回りといえるだろう。
おかげで、あの恐るべき敵と真正面から戦っているのに、大けがを負ったものはいない。正確に言えば、直撃をもらったメンバーもいるようだが神官によって癒されている。いいなあ、ヒーラー。うちのダンジョンにまだいないから。
これに加えて、魔法使いたちの呪文やドワーフの打撃、そしてソウマ家による弓が加わる。忘れてはいけない、我がダンジョンのストーン・ゴーレム。棍棒で容赦なくぶっ叩いている。時間はもう少しかかるだろうが、あの殺戮機械も倒しきれるだろう。
これなら、何とかなる。……などと、思ってしまったのはフラグだったのだろうか。一番奥の落とし穴が、爆発したのだ。
「なぁ!?」
爆発、というのは正確ではない。事もあろうに、一番最後の殺戮機械は背中にジャンプロケットを装備していたのだ。その推進力で無理やり蜘蛛糸を突破してきた。
一回目のジャンプで落とし穴から脱出。穴の淵に着地すると、その場で停止……いや、違う。音がする。何かを吸い込んでいる音。あれか? 空気か魔力かをため込んで、爆発させて推進力に……だから脱出まで時間がかかった?
「いかん! 総員、至急あの目標に全力攻撃を……ッ」
俺と同じ結論に至ったのか、エドヴァルド殿が号令をかける。反応できた呪文使いや弓兵が対応しようとするが、一手遅かった。
再度、爆発。中央の戦場を飛び越えて、着弾点は……ここ。
「離れろーーーー!」
咄嗟に出来たことは、そう叫ぶことと盾を構えることぐらいだった。衝撃に、意識が飛んだ。