望まぬ来訪 望まぬ敵
キャンプ二日目。朝食を終えたお客様一同は、昨日の活動的な服ではなく貴族としての装いを身に纏った。俺も一張羅に着替え、皆と一緒にダンジョン入り口へと向かう。武装をしているのはガーディアンであるエラノールさんと、貴族ではないエルダンさん夫妻ぐらい。後はコボルト達だ。
会談の場所は、ダンジョン入り口となる。なのでテーブルやら何やらを準備する。地元の領主を迎えるのだ、飾り気の一つもなければ失礼にあたる。真っ白なテーブルクロスに花瓶。季節の花。ゴーレム・サーバントがお茶の準備。
「じゃあ、やっぱりその領主が商業派閥と手を組んでいましたか」
「どのような約束事がされていたかはともかく、商人をかくまっているので間違いないかと」
で、その合間にロザリー殿からグルージャという町とそこの領主について話を聞いていた。
「……そんな状態で、飛行船に乗せられてやってくるのか。内心たまらないだろうなぁ」
「悪心をもつなら、移動中はもう生きた心地がしないでしょう。ですが、町のうわさを聞く限り良き領主との事なので……」
「話し合いには期待が持てる、か」
もちろん、冒険者をけしかけられたことは愉快ではない。だけど、先だっての戦士君パーティが話してくれた、この国の歴史もある。俺が頼っている帝国のやらかしもある。俺も個人的な怒りは腹に収めて、建設的な話し合いをするべきだろう。ロザリー殿からも、そうお願いされたわけだし。
そう。地元領主が受けたなら、話し合いに応じてほしい。ロザリー殿がこの件を手伝ってくれると請け負ってくれた時に、俺に頼まれたのはこれだった。ある意味、試されたのかもしれないと思っている。自分の感情を優先させて、話し合いにも応じないようなダンジョンマスター。ブラントーム家が援助するに足る器かどうかを。
まあ、それはともかく。後は待つだけなのだが。
「しかし、あれですね。領主の館にかくまわれていたってよく分かりましたね」
「はっはっは。ナツオ殿。手品のコツをご存じですかな?」
ひょい、とやってきたダンディ人狼。クロード殿はその大きな両手を俺に見せた。
「手品、ですか?」
「左様。気を引かせるために大きな動きを見せて……」
右手を仰々しく上下に振って見せる。
「そして、こっそりと仕掛けるのです」
す、と何もなかったはずの左手の中に、金貨を現して見せた。
「おお、なるほど。そして手品すごい」
「はっはっは。子供の気を引くために昔はよくやったものです。ご当主様にも、よく披露しましたな」
「ええ。その手品、アンナの気を引くために習得したことも覚えていますよ?」
「おおっと、それは息子には内緒でお願いしますぞ」
朗らかに笑う二人。リラックスできているようで何よりだ。これからちょっと面倒な場面だけど。というか、休暇中なのにこういう事に巻き込んでしまっているのは主催者として不味い気がしてきた。埋め合わせを考えなければなぁ。
「ともあれ。飛行船という大仕掛けで乗り込んだのです。町は大騒ぎでした。……併呑から十年もたてば人は落ち着くかと思っていたのですが、予想以上に騒がれてしまいましたが」
「クロード殿。たぶんね? 町の人、飛行船見たことなかったんじゃないかなぁ」
「まさしくその通りで。悪評も合わさった結果、あわや暴動一歩手前でした。領主が手練れだったのが幸いでした。……我らも、何かしら埋め合わせを考えねばなりませんな」
ううむ、と顎を撫でる狼男。小さな町で暴動とか、壊滅してもおかしくないよな。おまけにこんな世界だ、混乱状態でモンスターなんて攻めてきたら……本当、シャレにならない。
「まあともかく。そのように目くらましの上、色々探らせました。最終的には使者として送り込んだ我が弟が確認してくれましたよ。あいつは、私以上に鼻が利くので」
クロード殿は自らの鼻を指さしてドヤ顔をしてくれる。この場合の鼻が利く、は文字通りの意味なんだろうなぁ。
「お骨折り、感謝します。後は向こうの出方次第……」
そんな話をしていたら、遠くの空が騒がしくなってきた。久しく聞いていなかった機械音。それがゆっくりと近づいてくる。
「飛行船、来たようですね」
「では、打合せ通りに」
クロード殿が手を上げると、うちのコボルトが用意していた松明に火をつける。通常のソレに色々混ぜこんだ松明で、特徴としては良く煙がでる。これを目印にしてもらうわけだ。
一つの松明からとは思えぬほど立ち上る煙。上手く確認してもらえたのか、機械の音はどんどん近寄ってきた。
そして、騒がしさはダンジョン上空に到達した。一体どんな機構でうごいているやら。少なくとも、航空力学は半分ぐらい無視しているに違いない。
そして、乗員が降りてきた。飛行船が降りる広さがないため、生身で。もちろん、自由落下ではない。魔法の力でゆっくりと、だ。最初に降りてきたのは、大変目立つ御仁。身長二メートルはあろうかという、緑鱗のリザードマンだ。鎧姿に、ポールウェポンをしっかりと握る武人。
彼が持っている武器。……ハルバードっぽいけど、刃物の部分がハンマーになっている。あれは何という武器だったか……思い出した! ルッツエルンだ! ハンマー部分が強力で、板金鎧すらぶち抜いたとかどこかで読んだ覚えがある。重くて扱い辛かったと読んだが、あの体躯ならきっと問題ないのだろう。
次に降りてきたのは、貴族服を着た狼男。……クロード殿の弟さんかな。割と似ているし。こちらは特に武装はない。まあ、狼男の恐ろしさは昨日クロード殿が証明してくれたが。
そして、かなり身体を緊張させて降りてきたのは俺と同い年ぐらいの男性だった。貴族服を着ているが、周囲の人々のそれと比べると大分見劣りする。腰には剣を帯びている。服を着ていてもわかるぐらいに鍛えているようだから、それなりに使うのだろう。
おそらく、彼が件の領主だ。彼の後に、溺れるかのように足をばたつかせながら複数人が落ちてきた。泣きそうな悲鳴をあげていた。まあ一般人ならしょうがない。むしろ領主の人はおそらく初めてだろうよく根性を見せたものである。
そして、最後の集団が降りてきたのだが……。
「あ。あの時の冒険者たち。戦士君たちもいるぞ?」
そう。忘れもしない。我がダンジョンに一勝したあの冒険者たちだ。落とし穴に落とされた時の恐怖は今でもはっきり覚えている。その一党に加え、この間の戦士君たちも降りてきた。また雇われたという事か? ……雇った事が露見してもいいと判断した? まあ、その辺は話せば済む事か。
どうやら冒険者たちが最後だったらしく、一同そろって入り口まで歩き始めた。よし、いよいよ会談だ。気を引き締めて……。
『戦力の一時的上昇を確認。第二百十八次元トラップを開放。殺戮機械の撃滅を命ずる』
感情を感じさせない、機械的な少年の声が脳裏に響いた。次の瞬間、客人たちの背後に、巨大な扉が現れた。
……おい。おいおいおい。おい、グランドコア! てめえ!? やりやがったなぁぁぁぁ!? よりにもよって、こんな時にぃ!? まずい、まずいまずいまずぅい!
「走れぇぇぇぇぇ! 殺戮機械が来るぞぉぉぉ! ダンジョンに逃げ込めぇぇぇぇ!」
あらん限りの声を張り上げて、領主たちを呼び寄せる。驚いて足が止まっていた彼らも、俺が騒ぎ立てたおかげか動き出した。よし!
「総員! 全力防衛準備! 本当に申し訳ないがもう一回手伝ってください!」
「皆まで申されるな! 三大侵略存在、恐れるに足りず! ダンジョンで戦うはハイロウの本懐なり!」
ハルヒコ殿が力強く請け負ってくれる。ほかのお客様も同じく、だ。
「ともかく全員、装備整える為にダンジョンへ! シャーマン! ひと吠えして中のコボルトに状況知らせろ! 装備もバリケードまで運搬だ!」
「かしこまりました!」
ワオーン、ワオーンとふた吠え。竜語はこういう時便利だ。音さえ伝われば後は大体何とかなる。
「ナツオ殿! 我らはここで戦います! 装備いりませぬ故!」
クロード殿が上着を脱ぎ棄てて宣言する。ダニエル君もそれに倣う。女性二人は流石に簡単にはいかず手間取っているようだが。
「無茶だ! ここは開けすぎだ、守りに使えるものが何もない!」
「なあに、代わりに上からの支援が受けられます! 殺戮機械と戦うのはこれが初めてというわけでもありませぬ! アンナ! 上に昇って飛行船の指揮を!」
「かしこまりました。皆さま、ご武運を!」
何とか準備を整えたアンナさんが羽根を羽ばたかせ舞い上がる。グランドコアが出現させた門は、もう開き始めている。問答をしている時間はない。
「安全第一、生存最優先で!」
「ふはは、承りましたぞ! ご当主、ダニエル。二人ともナツオ殿の助けに」
「ご無事で、叔父様!」
「使命を果たします、父上!」
クロード殿は疾風のごとく駆け出していく。ほぼ同時に、ご領主一同が走りこんでくる。リザードマンとクロード殿の弟さんは広場で戦う事にしたようだ。
「お初にお目にかかるが、こんな時だから全部後で!」
「もちろん! まっすぐ奥へ走って! シャーマン、先導しろ!」
「はい、主様!」
ご領主さんと一緒にやってきた冒険者達には、一仕事頼むために手で制す。
「呪文使い! 壁の呪文はあるか!? 蜘蛛糸でもいい!」
「蜘蛛糸なら私が使える」
戦士君のパーティーメンバーだったダークエルフだ。俺は入り口を指さす。
「入り口をふさげ! ちょっとでも時間を稼ぎたい! ほかの者は奥に走れ!」
「あの笑いトラップはどうすんだよ!」
「起動させてない! 問題ないからさっさと走る!」
戦士君と問答しているうちに、ついに門が開ききった。現れたのは、異形の機械兵だった。まず、パーツがあまりにも不揃いだった。鉄、木、石、さらには骨まで。いろんなものを無理やり加工して部品としている。両腕と、四つ足。どれも長さと材料が違うから、歩くことはできるようだが効率的とはとてもいいがたい。
しかし、それは間違いなく脅威だった。まず、大きさ。高さはリザードマンさんと同じほど。しかし、質量は二倍ほど。大雑把に分厚い。次に、武装。腕がハンマーや剣になっているのはまだわかる。丸ノコそのものというのも。腹から分かりやすく可動式の槍が搭載されているのが二体ほどいるのもギリ許容範囲。問題は、筒のようなものを背負ってたり腹から突き出してたりするのがいるという事だ。あれは、つまりそういう事だろうか。それは反則だろうが。
そんなのがぞろぞろ、ぎくしゃくと門から合計五体。こんなの、普通の町じゃあ石の壁があっても守り切れるか怪しい。これらを相手取るには普通じゃ厳しい。特別な力が必要だ。ダンジョンの力が。
「シルフ! クロード殿の援護を! できうる限り敵の邪魔をしろ!」
花瓶をひっつかみ、テーブルクロスを引っぺがして中空へ投げる。俺の考えを読み取って、シルフが真っ白な布を掴んで戦場へ飛び込んでいく。
さあ、開戦の合図だ。俺は花を引っこ抜き水を捨て、花瓶を大きく振りかぶった。
「これでも……くらえっ!」
投擲に全く適さぬ形状の花瓶は、ダンジョンマスターになってから与えられた能力により狙い通りの所へ。今まさに、リザードマンへ襲い掛かろうとしている殺戮機械の顔らしき部品に当たって砕け散った。
所詮は陶器。ダメージになるはずもない。だけど、ほんのわずかに生まれたタイムラグ。その隙を熟練の戦士が見逃すはずがなかった。
「グラァァァァァァァッ!」
咆哮一発、振るわれるルッツエルン。ハンマー部分が胴中央に叩き込まれ、凄まじい音を響かせた。すぐさま武器が引っこ抜かれる。元から素材が柔だったのか、リザードマンの剛力がすさまじかったのか。装甲が陥没、貫通していた。
反撃に転じようとする殺戮機械に、シルフがテーブルクロスを翻す。その一瞬を突いて、リザードマンは安全圏に引く。倒せない敵では、ない。
「蜘蛛糸!」
「承知! アラーネア・フィールム・オプリガーディアオ! 難視の罠、白の束縛、捕食への道しるべ! 巻き取り捉えよ! スパイダーネスト!」
ダークエルフの呪文が素早く紡がれ、洞窟入り口が真っ白な糸に覆われた。テーブルを隅に放り投げると、俺たちもダンジョン奥へと走った。