バイオレンスな宴
俺はいつもとは違う視点から、洞窟の外を眺めていた。普段は洞窟の中からなので、視界が限定されている。今回は、洞窟の上からの景色だ。コボルト達によって大きな広場になりつつある草原。そこに、怪物たちが走りこんできている。
頭は、イノシシだ。引っかけられたらただでは済まない、極太の牙が生えている。体は、クマだ。分厚い毛皮と筋肉。質量の怪物。……日本にいたころ慣れ親しんだゲームでは頭がフクロウ、身体はクマという怪物がいた。そのパチモノかバリエーションか。ともあれ、以後こいつをボアベアと呼ぶこととする。
それが、ニ十体である。数が多すぎる! ここまで群れを作らんだろう普通は! 頭がイノシシだから!? などと悲鳴を上げたところで状況は変わらない。
うちの戦力だけでは、命がけの戦いとなっただろう。一体一体なら何とかなるかもしれないが、数で押し込まれてしまっただろう。しかし、今回は違うのだ。
ボアベアがダンジョン内になだれ込んできた。
「視界を切り替えます」
「よろしく」
イルマさんの声と共に、見えている景色が変わった。そう、これは魔法によるもの。任意のものと視野を共有できる魔法との事。フィクションにある、使い魔と見ているものを共有するとかいうアレを、魔法でやっているのだ。それをイルマさんが俺に使ってくれている。おかげで俺はバリケードにいるのにダンジョン内のあちこちを見ることができるというわけである。ちなみに、最初の視野は洞窟の上の岩山。そこに隠して設置してある見張り台のコボルトのものだ。
新しく見えた場所は、十字路だ。入り口から見て右通路には落石の罠。左通路には水場の罠。まっすぐ奥には泥道と爆笑空間、そしてここバリケードに続いている。そして、ここには複数の人影が見える。
落石の罠の道には、クロード殿。水場の罠の道にはエドヴァルド殿。そう、ハルヒコ殿の腹案とは敵の分散。この十字路でそれぞれ引き付けて、罠の場所で迎撃するというもの。
当初俺は反対した。通路の奥は行き止まりだ。逃げ場がない。いざというときに応援に行くのも難しい。だが、彼らは自力で脱出できると主張。時間もなかった事だし、いざとなったら何が何でも逃げて合流することを約束してもらって許可を出した。
「ボルブギィィィィ!」
モンスターの咆哮がダンジョンに響く。視界に、矢をつがえられた弓が現れる。そう、この視点はエルダンさんの物なのだ。彼は中央の道に陣取っている。エドヴァルド殿が頭上に一抱えもある水球を浮かべる。クロード殿が大きく息を吸い込む。そしてエルダンさんが弓を引き絞る。
ボアベアの先頭が、飛び込むように姿を現した。数、三。
「シッ!」
「水よ応えよ!」
「ウォォォォォォォンッ!」
矢が走った。水が三又槍となって飛んだ。人狼が跳躍した。矢は突き刺さり、水の三又槍は抉り、人狼の蹴りは血肉を飛沫のように飛び散らした。
「ブウギィィィ!?」
その後の三者の動きは風のようだった。一斉に身をひるがえして通路の奥へ走る。エルダンさんも同様に、通路奥目指して疾走する。……しかし、泥道をどうやって超える気だろうか。手段があるといっていたが。
その答えはすぐに得られた。泥道が見えたところで、エルダンさんは走る勢いをさらに上げた。そして、壁側に寄ると凹凸ある洞窟壁に足をかけ、そのまま走ったのだ。壁を。いわゆるウォールラン。
そのまま斜めに駆け上がり、挙句壁を蹴って大跳躍。空中で何度か身をひねってバランスを整え、そのまま着地。泥道に入ることなくわたり切ってしまった。そして何事もなかったかのように疾走再開。
「……壁の凹凸、減らさないとだめだな」
よもや、身体能力だけで泥道を回避してしまうとは。いやまあ、冒険者のすべてがあんな離れ業やれるとは思えないし。パーティの一人ができても他が渡れなければいいという話もあるけれど。などと唸っていたら。
「はい? 何か?」
「いや、何でもないです。とりあえずエルダンさんは上手くこっちに引っ張ってくれてます。まだ時間はあるけど、みんなに準備を。あと、視点をセヴェリ君へ」
「はい、かしこまりました」
イルマさんの術で再び見えるものが変わる。盾を構えるヒルダさんの背中。こちらに向けて走ってくるエドヴァルド殿も見える。これはセヴェリ君の視界だ。
「セヴェリ。準備を」
「はい、母様」
その言葉に、セヴェリ君が首から下げていた護符を取り出す。あれは、この間見せてもらった竜鱗。
ボアベアがエドヴァルド殿に追いつかんとする。が、ヒルダさんがなんと手斧をぶん投げた! 見事な軌跡を描いて斧は飛び、ボアベアのド頭に命中。
「武勇を我が手に!」
その叫びがコマンドワードだったのか、斧が光を放って飛び再びヒルダさんの手に戻った。なにあれかっこいい。映画で見た雷神のハンマーみたい。
しかし、モンスターの数は一匹ではない。エドヴァルド殿は距離を手に入れたが、このままでは押しつぶされる。だが、幸いにもセヴェリ君の呪文は間に合った。
「アクゥア・ヴォクス・ドラコー! うねる波頭、崩れる高波、永劫に轟く竜の咆哮! 北海の主の御力をここに! ブレス・オヴ・ヤルヴェンパー!」
護符から、膨大な水があふれだした。さながら鉄砲水。勢いよく走りこんできたボアベア達を、逆に押し流す勢いだ。実際、何匹かは直撃を食らって吹き飛んでいる。そして、その隙を逃す公爵夫妻ではなかった。
レイピアが翻ると、首から血があふれる。斧が振るわれると頭蓋が砕ける。盾でぶん殴ることもある。……なんでヒルダさん、あんなパワフルなの? 外見からは全く想像できなかったぞ。
「こんな時だけどイルマさん。ヒルダさんのご実家ってどういう所?」
「はい? ええっと、代々大船団を率いている家の出身ですけど。それが何か?」
「……ご先祖様、略奪で生計立ててたとかそんな話ある?」
「ええ? なぜそれを?」
「やはりヴァイキングか……」
だからって公爵に嫁入りさせる娘にまで斧と盾を仕込むかよ。……仕込むんだなぁ。この世界だから。
「イルマさん。エドヴァルド殿の方はもう大丈夫そうだ。ロザリー殿の方をおねがいします」
再び、視界が変わる。こちらは、既に戦闘が始まっていた。高所に陣取っているのはロザリー殿とアンナ殿。岩はすでに転がされており、少なくない数のボアベアに痛打を与えたようだ。しかし、それ以上に。
「グルゥアアアアアアアア!」
「ガァァァァァ!」
クロード殿とダニエル君が大暴れしている。身体が熊だから何だとばかりに、かぎ爪を振るい牙で噛みつき蹴爪を叩き込んでいる。
熊の毛皮というのは鎧のようだと聞く。剛毛と油、そして体内の脂肪は下手な銃弾すらものともしないと。だが、極まった人狼はその上を行く。
攻撃一つごとに血肉が飛び散っている。凄まじいの一言に尽きる。ダニエル君はそこまでではないが、それでも複数のボアベア相手に戦えているのだから十分賞賛に値する。俺なら死んでいる。
そして忘れてはならない、否、無視することができないのがロザリー殿とアンナさんの支援だ。
「問う。夜は見えず、朝は長く、昼は短く、夕方はまた長くなるものは何か」
ロザリー殿の声が響いた途端、ボアベア達の動きが少し鈍くなる。
「重ねて問う。夜に見え、朝に薄れ、昼に消え、夕方にまたまみえるものは何か」
アンナさんの声が響く。ボアベア達の動きがもう一段、悪くなる。スフィンクスのなぞかけ。伝説では、間違えたり答えられなかったものを殺したと聞く。彼女たちはデバフ、呪いの一種として使っているようだ。
まともに知能のないモンスターにこれは流石に卑怯ではなかろうか、と思っていた矢先。
「ブギィィィィ!」
「いかにも。正解は影と星である」
ボアベアの動きが戻った。……え? あいつら答えられるだけの知能あるの? そもそもどうやって意思疎通を……竜語が関係している? これ、元は言語発音できない竜が作った言葉だし。
などと考えていたら、ボアベアの一匹がロザリー殿に向けて突進してきた。筋肉の砲弾と化したボアベアが坂を駆け上る。まずい、と思ったのは俺だけだったのだろう。ロザリー殿は己に備わった獅子としての身体能力をいかんなく発揮。跳躍一つで間合いを詰めると、爪の一振りでイノシシ頭を引き裂いた。
「回答見事である。故に、我が爪によって死ぬる栄誉を与える。挑んできたのはそちらだ、本望であろう」
ロザリー殿の、今までとは全く違う強者としての声が響く。さらに、なんとボアベアの首を腕で締め上げていたクロード殿の豪快な笑い声が響く。
「グアァハハハハハハ! もっとだ! もっとかかってくるがいい! 我らの武勇をナツオ殿に示すのだ! ブラントーム家の武勇を! ダニエル!」
「はい、父上! グルァァァァッ!」
親子二人で大暴れ。屍山血河とはこの事か。ボアベアの牙も爪も、この二人の前では脅威ではなく、腕力で押し返せるとあれば無理もない。加えて後方二人のデバフ付きだ。負ける要素がない。
「ナツオ様、エラノールさんのお父様が!」
「おおっと。じゃあ、視界を元に!」
見えているものが、自分のそれに戻る。最初に目に映ったのは、バリケードを軽々と乗り越えるエルダンさんの姿だった。……いやまあ、木板の隙間とか、丸太を縛るロープとか凹凸はいろいろあるけどさ。ひょいひょいと防衛設備を抜かれると、こうなんというか……おつらい。
「戻りました。モンスターの量は、これで適量でしょうか」
「ええ。ありがとうございます。後方でお休みください」
正直多すぎるぐらいだ、とは流石に口にしない。しかし、エルダンさんは首を横に振る。
「たいして疲れてはおりません。許されるのであれば、ここで迎撃のお手伝いを」
「……では、エンナさんの所でお願いします」
朝から走りまわっていたであろう疲れを全く見せず、エルダンさんは戦列に加わる。恐るべし、エルフのニンジャ(推測)。
ボアベアの咆哮がバリケード前に響く。一直線に突撃してくる。ならばやることは一つ。
「射撃よーーーい! モンスターズ! アターーック!」
コボルトの鉛のつぶて、エルフの弓、そして俺の投石がボアベアに降り注ぐ。流石はイノシシとクマの融合生物。つぶてはめりこむ、矢は刺さる、それでも前進が止まることがない。
特に大きい個体、おそらくは群れのボス。何本も矢が刺さっているのに突進が止まらない。いよいよ、バリケードに迫る。あの巨体で体当たりされたら破損は免れない。
しかし。
「ブゥ、ギイイイイイ!?」
ボスボアベアは、落ちた。落とし穴に。そう、ガチャで手に入れたあの落とし穴である。あれを、バリケード手前に配置しておいたのだ。
「いよっしゃぁぁぁ! これでもぉぉぉ!」
俺は、この時に用意しておいたそれを持ち上げた。岩である。コアの力で強化された俺でも、持ち上げるのがやっとの岩である。これを。
「くらぇぇぇぇぇぇ!」
落とす。落下したばかりで身動きが取れないであろうボスボアベアめがけて。わずかな間が空く。続いて響いたのは、肉がはじける音、骨が砕ける音、血がまき散らされる音。これが混然一体となった、命が砕ける音だった。
「ブギュルゥ」
短い断末魔が聞こえた。最大戦力を即座に失い、獣たちに動揺が見える。ここは攻め時だろう。
「射撃中止! モンスターズ! スマーッシュ!」
俺の号令に応えて、側面の壁から土が舞った。ストーン・ゴーレムを壁の中に隠しておいたのだ。準備の時間が稼げればこういう事もできる。おかげで、奇襲になった。さっそく、手近な一体に棍棒を振り下ろしている。
「いやっほう! やっと出番だぁ!」
ミーティアが戦場に飛び込む。爪で引き裂く、蛇体を叩きつける、魔眼で止める、血を吸う。クロード殿も相当だったが、ミーティアも負けず劣らずの暴れぶり。……やっぱり、ミーティアってラミアとして格が高いのではないだろうか。
待機していたマッドマンも遅れて参戦。バリケードの内側にいたから移動に手間がかかったのだ。そして、場に大ゴマがそろえば、小回りの利く者たちも相応に戦果を叩き出す。
「シッ」
武者鎧を纏ったハルヒコ殿がその代表。鎧でどうしても動きが阻害される。だから、最低限の動きで刃を通す。突く、そして引く。ボアベアの生命維持に必要な部分に、的確に当てていく。まさにクリティカルヒットだ。
派手な動きは、むしろエンナさんである。
「ハァッ!」
なぎなたが、木の棒のように軽々と振るわれる。なで斬りだ。それでいて、絶対にボアベアの間合いに入らない。長物の間合いの広さを最大限に利用している。とはいえ、見事な技を持つエンナさんといえど、周囲全てをコントロールできるわけでは無い。隙をついて襲い掛かろうとするボアベアもいる。しかし。
「……あ、また刺さってる」
そういうボアベアには、気づかぬうちに矢が刺さっているのだ。おそらく、エルダンさん。問題はその彼がこの戦場の何処にいるか全くわからないという事。やはり、ニンジャでは?
そんなエルフ夫妻の娘エラノールさんがどこにいるかといえば、俺の隣である。バリケードの高台から、大弓で攻撃しているのだ。今もまた、一矢一殺とばかりにボアベアを射抜いた。
「仕留めました」
「お見事。……でも本当は、あの中に入りたかった?」
「……母に止められましたので」
言葉が少なかったが、言いたいことは分かった。エラノールさんはソウマ家出身でガーディアン。今回はレジャーを兼ねているのだから、ここで出しゃばりすぎると各家にちょっとよろしくない。お客様への配慮というやつである。
「まあ、機会はこれからいくらでもあるから」
「はい……」
と、このようなやり取りからしばし。最後のボアベアがダンジョンに倒れた。普段だったら、それほど時間も取らずに死体が消えるのだが今回はそのまま。これは、俺がダンジョンコアにお願いしたからだ。
毛皮は金になる。狩り取ってから、ダンジョンに食べてもらえばいい。ハルヒコ殿に教えてもらった、ダンジョンマスターの知恵である。これから皮をはぐ作業があるのだが今は先にやることがある。
迷路側で防衛していた二家が戻ってきた。皆、やり遂げた者特有の、すがすがしい顔をしている。けが人もいないようだ。流石に強い。
俺は、皆を一通り眺めてから声を張り上げた。
「防衛は、無事終了した! けが人はなし! 完全勝利! 皆のおかげだ、ありがとう!」
歓声と拍手が巻き起こり、今回のダンジョン防衛は幕を閉じた。
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後始末は大変だった。何せ二十体分の皮はぎである。もちろん、すべてが使用に耐えうる状態ではない。だが、切れ端だって紐に加工できるといわれれば、使える部分はできうる限り回収したいのが人情。
コボルト達はフル稼働。嬉々として手伝うお客様。そんなこんなドタバタして、あっという間に日が暮れた。なんとか皮は手に入った。もちろん、これから加工が必要だが、この量はうちでは手に余る。なのでこのままケトル商会に売却である。いくらの値段が付くのやら。
さしものハイロウたちも、これだけ大はしゃぎすれば疲労もたまる。というわけで、我がダンジョン名物マッドマン風呂を交代で堪能してもらっている最中である。
普通ならレディファーストだが、貴族の世界なので当主が一番。そして帝国貴族より偉いのがダンジョンマスター。烏の行水ばりにさっさと入って交代。今は焚火を囲みながら夕食兼晩酌である。
「ミヤマ様が仕留めた群れのボス、あれは大きかったですなぁ……」
キャンピングチェアに座ってしみじみとおっしゃるクロード殿。風呂から出た後なので毛がしんなりとしている。
「罠にはまったやつに留めを刺しただけだから、自分が仕留めたというにはちょっとあれですが」
「ダンジョンの罠はダンジョンマスターが設置するもの。であれば狩人の罠と同じ。間違いなくあれはナツオ殿の成果だ」
ぐいー、と杯を傾けた後にハルヒコ殿。流石に鎧姿でアダマンタイト刀をぶん回しただけあってお疲れのようだ。
「成果といえば、ナツオ殿。ダンジョンコインの収入はいかほどになりましたか?」
「ああ、それですか……」
エドヴァルド殿の問いかけに対し、俺はとりあえずショットグラスをテーブルに置いた。そしてお集りの一同に対し、深々と頭を下げた。
「おかげさまで、百枚ピッタリの収入! コイン貧乏から脱却できました! 本当に、ありがとうございます! 皆さんのおかげです!」
魂から声を出した。嘘偽り全くなし、そういう気持ちだった。ボアベア、一匹五枚。ボスも同じ枚数だったのはやや残念だが、それでも百枚である。ここで文句を言うのは罰が当たる。
「お役に立てられたのなら何よりです。ですので、どうかその辺で……」
ロザリー殿の言葉で頭を上げる。風呂上りかつ薄着で大変色っぽい。なお、手足は元に戻っている。が、あちらが本当の姿。普段は呪文で変身させているのだとか。
「ぅゃぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
離れたところから、イルマさんの悲鳴が聞こえる。マッドマン風呂だ。初めてだと、どうしても感触が独特で驚くんだよなぁ。さっきはロザリー殿も似たような声を上げていた。男衆は笑ってたが。
「ダンジョンで戦い、笑い、腹いっぱい食べ、酒を傾ける。傍らには戦友、そしてダンジョンマスター。……まるで夢のようだ」
クロード殿が、少しばかり声を詰まらせる。ここに集まったメンバーでたき火を囲んでいるが、その表情は皆同じ感情を抱いていると語っていた。
「どうやら、皆さんのご満足を得られたようで。……あ、逆に不満な点などありますか? 次回以降の参考にしたいのですが」
「そんな、こんなに素晴らしいのに不満だなんて!」
「まあまあ、ロザリー殿。これは、ミヤマ殿の事業をより良いものにするための意見出し。ダンジョンへの貢献の為と思えば」
「う……うう、そうですね。おっしゃる通りです」
エドヴァルド殿のとりなしで、ロザリー殿も思い当たるところを探すために顎に指をあてる。
「では、自分から一言。今回は致し方がない面があったとはいえ、やはり戦いぶりを直に見てほしかったですな!」
「参考にさせていただきます」
一応魔法で視野共有するという事は事前に話を通していたとはいえ、やはりそういう思いがあるのだろう。今後の課題だな。
「迎撃地点を分けるのは、敵戦力の分散処理として仕方のない事。今後は迷路部分や迎撃地点の整備をより進めていった方がよいかと。今後来る客が我らのように手練れとはかぎらない。退路の確保なども必要だな」
「おっしゃる通りです」
ハルヒコ殿からのお言葉。ぐうの音も出ない。迷路はまだ作ったばかりだものなぁ。というか、あんな状態で分散迎撃できたこの人たちが飛びぬけているのである。
「そうですな……マッドマン風呂、大変物珍しいのですがもう少し数を増やした方がいいかと。順番待ちになっていますし」
「ああ……早急に対処します」
当主、奥方、子供、という順番で回っているから、平民であるエルダンさんたちはまだ順番待ちなのだ。戦力としても使うし、コインもある。新しく二体ほど契約してみるとしよう。
で、最後。ロザリー殿だが……煮詰まっていた。
「全部言われちゃった……何か、せめて何か……」
「いえ、思いつかなくても結構ですから……」
「そんなことは! 何か、何かあるはず……ああ!」
がたん、と椅子を蹴倒してロザリー殿が立ち上がった。流石に驚いて俺も椅子からケツが浮いた。
「ど、どうしました?」
「忘れてました! 実は、迎撃中に使者から連絡があったんです! 件の話、纏まったと! 明日来るそうです!」
「……なんですと?」
呪文 ブレス・オヴ・ヤルヴェンパー
ヤルヴェンパー公爵家の秘術。発動には大海竜の鱗が必要であり、一般はおろか公爵家でさえめったに手に入れることができない。
発動すると、膨大な海水により範囲内の対象押し流すことができる。敏捷度セーヴィングスローに失敗すると冷気ダメージの他に転倒のバットステータスを受ける。