キャンプの醍醐味、ダンジョンの醍醐味
テントの設営は、和気あいあいとしたものだった。各家、父親が中心となって作業している。まあ、ソウマ家は姉と弟だが。で、そこが一番テキパキと作業が進んでいる。コボルトの手助けをほぼ必要としていない。
一番手間取っているのはヤルヴェンパー家。立場から、この手の作業は全くしないのだろう。だが、コボルトの手助けで楽しくやっているようなので、よし。
ブラントーム家は、クロード殿と息子さんのダニエル君が元気よく作業中。親子ともども楽しそうで何よりだ。女性陣は手助け程度のようだが、コボルト達と楽しげだ。
そうこうしているうちに、全部の設営が無事終了。昼食の時間まで間がないのでバーベキューの準備となる。
道具も食材もあるので、バーベキュー台に火を入れて調理の準備となるわけだが……。
「……あの、ミヤマ様。それは、何なのでしょう?」
エドヴァルド殿の息子さんであるセヴェリ君が、俺が使っている道具について聞いてきた。まあ、無理もない。ほぼ間違いなく初めてみる道具だろうから。なので答える。
「これは、御覧の通り薪割り器です。大変簡単に、薪が割れる画期的な道具なんですよ」
薪割り器。まず、二つの鉄の輪がある。それを上下に配置し、二本の鉄の棒でつなぐ。最後に、真ん中に刃を上にした斧の頭を取り付ける。製造工程はもちろん違うが、大体にしてこういう形をしているのが薪割り器である。
使用方法はとっても簡単。刃に割りたい薪を押し当て、上からハンマーで叩くのである。あとは、衝撃で薪が割れていく。
従来の薪割りは、斧を上手く振り下ろし薪に当てないといけなかった。勢いがなければ割れないし、しかし早すぎると素人には薪に当てられない。しかし、この道具ならば素人でも簡単に薪が割れるのである。
これをセヴェリ君に説明すると、彼は目を輝かせた。
「このようなものが……ミヤマ様のいらっしゃった異界では、昔からあったのですか?」
「いいえ。実はこれ、かなり近年に開発されたものなのです」
「……異界では、薪を使わない生活が主流になっていると聞き及んでいたのですが?」
「たしかに、私の国はそうでした。しかし、そうでない国や地域も多かったのです。この道具も、毎日薪割りをする母親を気遣った娘さんが開発したと聞いています」
「なんと……」
この薪割り器。ケトル商会のレナード氏に相談して作ってもらったのである。毎日薪を使う生活だ、どうしても欲しかった。レナード氏はこれを量産して一儲けするらしい。アイデア料をくれるといわれたが、謹んで辞退した。
財布事情は厳しいが、それでもこれのアイデア料を懐に入れるのはいちキャンパーとしてモラルが許さなかった。何せ地球には開発者さんがいらっしゃるのだ。それを自分のアイデアと言い張るのはあまりにも恥知らずに過ぎる。この便利な道具を異世界でも使えるだけで十分なのだ。
そんなわけで、薪を割る。斧よりはるかに楽。とても良い。
「ミヤマ様! 私もそれをやらせてもらえないでしょうか?」
「ええ、もちろん。どうぞ」
セヴェリ君、最初はおっかなびっくり。慣れ始めたら軽快に薪を割り始める。やったことがないと、ただの薪割りでさえ楽しいのがキャンプである。飽きるとめんどくさくなるんだけどね。それは何でも一緒か。
ちなみに。薪割りをすると切れ端が出るわけだが、これをゴミとしてしまうのはもったいない。箒で集めて網でふるいにかけて砂を落とす。残った切れ端は焚き付けに使う。生活の知恵である。
「うん、十分でしょう。お疲れ様です」
「はい! お役に立てられたならなによりです」
嬉しそうにほほ笑むセヴェリ君。うん、美少年である。これは間違いなくモテるね。立場上、モテモテでも困るのかもしれないが。
と、視線を感じて振り向いてみれば、ダニエル君がこっちを見ていた。……彼も薪割りやってみたかったのかな? ちょっと違う気がする。
さて、もろもろの準備が終わってバーベキューである。酒が入った木製ジョッキを片手に壇上に立つのはエドヴァルド殿。
「長すぎる話は家臣に嫌われる。短すぎる話は家臣に怒られる。全くわがままな事だと思うのだけど皆さんいかがだろうか?」
笑いが起きる。流石にこの手の挨拶は慣れているようだ。
「私も、長々と話すのは得意ではないし、手の中の誘惑には抗いがたい! というわけで、ミヤマダンジョンでの楽しいひと時を祝って、乾杯ー!」
「「「かんぱーい!」」」
皆がジョッキを掲げる。帝国は十五歳で成人らしく、皆だれもが酒を注いでいた。そして、皆が共通してアルコールの弱い物を選んでいた。この辺、流石だと思う。
コンロはご家族の数だけ用意した。プレートの上で踊るのは、取り寄せたばかりの新鮮な食材。肉も魚もあるが、個人的には味噌と魚介類を合わせて焼いているプレートの香りに強く惹かれている。とはいえ、ホストだから食べてばかりもいられない。各グループに寄って軽く会話を交わしていく。
「こうやって、調理しているプレートから直接取って食べるというのは初めての経験ですな! 熱いのがよい!」
「屋敷でも陣幕でも、毒見済の冷めた料理ばかりですからね。……という話をすると料理長が真っ青になるので領地じゃ言えないのですけどね」
「分かりますぞその気持ち!」
うははは、とクロード殿が豪快に笑っている。エドヴァルド殿も楽し気だ。静かに聞いているハルヒコ殿は……魚介類に夢中のようだ。
さて、奥様方はといえば穏やかに談笑……ではなく、料理そのものを楽しまれている様子。
「あの、こちらはもう焼けたのかしら?」
「どうでしょう? 色は変わった気がするのですが……野菜が焼けるのをこうやって見るのも初めてなもので」
「そうですよね……あっ、あっ、こ、焦げてる!」
きゃあきゃあと、ヒルダさんとアンナさんがプレートの前で大騒ぎ。特にアンナさんは尻尾をせわしなく振っていらっしゃる。うっかりプレートに触れてやけどしなければいいが。そして、そんな二人の前で箸を閃かせるエルフの姿あり。
「焼けた物はどんどん皿にのせていきましょう。誰かが食べます。あと、野菜はとりあえず柔らかくなっていれば後は味付けでどうとでもなります」
「「なるほど……」」
エンナさんここでも無双。家で家事とかされてるのだろうな、きっと。さて、次のグループは……と視線を動かしていると、目の前にモフモフ。
「ミヤマ様! 質問があります!」
ダニエル君である。メシも食べずに何だろう。
「はい、なんでしょう? 何か欲しい食べ物でも?」
「いいえ! お聞きしたいのは、ミヤマ様のダンジョンで欲している戦士は、どのような者でしょうか!」
きびきびはきはき。活舌良く真っすぐ俺を見ながら質問してくるダニエル君。まじめな質問だ。ならば真面目に答えよう。
「魔法に強い戦士が欲しいです」
「ま、魔法……ですか。魔法が使えないと、だめですか?」
あ。なんかいきなり萎れた。ビビった時の内のコボルト達ぐらい力が抜けている。
「いいえ。魔法に対応できる戦士、という意味です。実はですね? 最近襲撃者に魔法使いがいまして。うちの主戦力がことごとく魔法で無力化されたんですよ」
「……と、いいますと?」
「目つぶしの呪文で行動阻害。ストーン・ゴーレムたちは落とし穴の呪文で前線に加われず。最後は煙の呪文で鮮やかに撤退されました。魔法に対して素人である自分としては、それを叩き込まれても何とかできる戦士が欲しいなぁ、と」
「なるほど……精進いたします!」
元気を取り戻し、見事な一礼をしてからダニエル君が戻っていく。うーむ? ……ぬ。今度はセヴェリ君がダニエル君を見ている。で、ダニエル君も視線を返している。これはいったい?
「見事にライバル意識をもってますねー」
「うおう、びっくりした」
ひょい、と俺の右後ろからイルマさんが現れた。手には木皿とフォーク。野菜多め、肉少々といった盛り合わせ。
ソースの良い香り(よくもソースまでこちらで再現したものだ)を漂わせる野菜をフォークで刺すイルマさん。視線は少年二人に向いている。
「ダニエル殿としては、ミヤ……こほん、ナツオ様にいい所見せたいんでしょうね。けれど、うちのセヴェリが侮れない力を持っていると感じ取っている」
「だから、より積極的に動いて機先を制する腹積もり、と。そしてそういう動きをされれば、聡いセヴェリ殿も意図に気付く。子供でも殿方ということなんですね」
「わおう、ロザリー殿まで」
今度は左後ろからロザリー殿が現れた。皿の上にはがっつり肉、それから魚。味噌だれの香りがたまらない。
「ダニエルの気持ちもわかります。順調にいけば、未来はここで働くことになるのですから気合も入ろうというものです」
「……なるほど。確かにそうですねー。では、私も一つご挨拶を。長いお付き合いになるかもしれませんし」
「……ええ。配送センターの職員と話せるのは、貴重な機会です。ダニエルも喜ぶかと」
「……うふふ」
「……ふふふ」
おかしい。普通の会話をしているはずだ。なのに、一言事に気温が下がって火花が散っているような気がする。なんでだ。イルマさんとロザリー殿。険悪になる理由がどこにある。……やはり、ダンジョンか! ダンジョンだな、うん。まかり間違っても俺が理由という事はあるまい、うん。あったら嬉しい……いや、今は怖い。
とりあえず、この状況から逃げ出さねば。よし、遠い所のコンロへ食い物を取りに行くふりを……。
「ナツオ様、どちらに?」
ひぇ。イルマさんにインターセプトされた。いつも通りの奇麗な笑顔なのに、圧がすごい。
「いやちょっと、自分も食事を取りに……」
「それでしたら、こちらにたくさんありますのでどうぞ!」
ひぃ。なんかロザリー殿も笑顔で圧を強めてくるぞぅ。なにこれ。まるで主人公を取り合うラブコメみたいじゃん。絶対違うけど。多分貴族的勢力争いの一環。
さあて。モンスターとの殴り合いならまだしも、こういう修羅場は専門外だ。目に見えてわかる戦力不利の戦場で戦うほど愚かではない。どうにかして逃げ出さないと……という思いに、いったい誰が応えてくれたのか。
わおーん、というコボルト・シャーマンの遠吠えがダンジョンに響く。緊急警報!
「何があった!」
「シルフ殿から連絡ですぞ! モンスターの群れと、エルフが一人やってくると!」
「エルダンさんだ! 戦闘準備! ゴーレム・サーバントは火と料理の管理!」
一気にあわただしくなる。俺はコボルトに手伝ってもらって装備を身に纏う。皮鎧、手甲と脚甲、兜。ファウルカップは皆の目がない所で装備。大盾、短槍。それから短剣……なのだが、せっかくもらったのでここは脇差とする。
いつも通りに装備を整え終わると、お貴族様方も戦いの準備を整えていた。……まず、ソウマ家からいってみよう。はい、思いっきり武者鎧です。ハルヒコ殿は兜を、エンナさんが鉢金を装備。さらに大弓と槍、あるいはなぎなた。見事に合戦装備です。エラノールさんもここに加わっているが、装備はいつも通りだ。
次、ヤルヴェンパー家。動きやすさを重視し、金属鎧は最低限……なのだが、まあ魔法の輝きがすごいこと。ミスリルとかそういうの使ってるんだろうな。エドヴァルド殿と(まさかの)ヒルダさんが前衛装備。エドヴァルド殿は前回と同じくレイピア装備。ヒルダさんは、盾に手斧ってまるでバイキングみたいだ。で、セヴェリ君とイルマさんが後衛魔法使い装備である。
そして、最後。ブラントーム家。無難なところから行ってみよう。クロード殿は何と装備ほぼなし。アミュレットをいくつか首から下げているが、それだけ。上着すら脱いでいる。で、身体が筋肉で膨れ上がった。三割増しぐらい。まさにモンスター、まさにワーウルフ。ぐるぐると唸り声もあげているし、ちょっと理性を自分で飛ばしている感がある。ダニエル君も同じ格好だが、体格は一割増程度に収まっている。
問題は、ロザリー殿とアンナさんである。両手両足が、獣のソレになっている。伏せるその姿は、間違いなくスフィンクス。なるほど、露出が多い服装はこれの為だったのか。
何とも個性的な追加戦力である。うちの戦力も準備完了。さて、これをどう運用するべきか……、と考えていたらハルヒコ殿が一歩前へ。
「ナツオ殿、全員戦支度を整えた。号令を」
「ああ。……これより、ダンジョン防衛を開始する。敵はモンスター! いかなる能力を持っているかはまだ不明! 油断なきよう対処されたし! 行くぞ!」
「「「応!!!」」」
一同足並みそろえて、とはいかないが前進開始。目指すはバリケードである。と、先頭を歩く俺にハルヒコ殿が小走りに近寄ってきた。
「ナツオ殿。先ほど皆と話をしたのだが、あのバリケードで迎え撃つのは手狭ではないかな?」
「……実はそれを悩んでいた。ありがたいほど戦力が充実しているが、全員は並べない。言い方は悪いが、コマが浮く」
「そこで、だ。我らに腹案がある」
武者鎧のハーフエルフ領主は、自信に満ちた笑みを浮かべていた。