ダンジョンはコボルトから始めよ
見取れるほどの美しい人に、初めて出会った。若い女性、ということはわかる。多分年下、だと思う。外見通りの年齢ならば。何せここは異世界だ。
長い黒髪は闇夜のごとく。瞳の色は金……いや、琥珀色というやつか。スタイルは素晴らしいの一言でいろいろごまかしたい。服が、とびきりお高いスーツのようなデザインをしている。これが制服ならば、金持ってる企業なのだなと思うが……。
ともかく。モンスターカタログの上にいきなり光る枠が現れ、そこにこんな女性が映し出されたのだ。俺でなくても驚くだろう、見惚れるだろう。
「コ!」
……女性の第一声。声、裏返る。女性、みるみる耳まで真っ赤になる。神秘的な、女神のような印象が一瞬でやらかした社員のそれになる。
「……こちら、モンスター配送センター、お問い合わせ窓口担当のイルマタル・ヤルヴェンパーです。ご用件を伺います、ダンジョンマスター様」
平静を取り戻そうと、努めてまじめな声を出そうとしているヤルヴェンパー女史。だが悲しいかな、震え声。あ、なんか、体までプルプル震えてる。いかんな、このままだと泣き出しそうな雰囲気だ。さすがに哀れになってきた。
「ええっと……すみません。自分、ミヤマ・ナツオといいます。今日唐突にダンジョンマスター? に、された人間なんですが。右も左もわからない状態なんで、相談に乗っていただきたいな、と」
「は、はい! 新たなダンジョンマスター様のサポートもわが社の勤めでございます。どうぞご安心ください!」
顔の赤みはまだとれないが、少なくともドツボから抜け出した模様。何やら資料を取り出して広げだした。
「それでは……ダンジョンマスター様。苗字がミヤマ、でよろしいですか?」
「はい」
「ミヤマ様。質問を受ける前に、現状をどれだけご理解いただけているか、こちらから質問させていただきます。よろしいですか?」
「あ、はい」
なるほど。どれほど説明が必要か、必要部分を洗い出してくれるわけか。そういうマニュアルがあるというあたりで、色々察することができるな。
そして、しばらくアンケート回答のようなやり取りをした。違っている場合はその都度教えてくれるというシステムらしい。で、俺がこれまでに色々察した部分、あれは大体あっていた。もちろん知らなかった部分もある。
ダンジョンマスターにされた事。巨石がダンジョンコアで、これが壊されると俺を含むダンジョンにまつわるすべてが死んだり壊れたりすること。俺はコアからパワーをもらっており、身体強化および様々な能力を得ているという事。この会話自体、竜語という魔法の共通言語らしいのだ。なんでも喉や口の形状が発声に適していない種族、つまりドラゴン等が明確かつ簡単に意思疎通をするために作り上げたとかなんとか。
暗視能力に身体強化、それに加えて共通言語か。改造人間度合いが上がったな。
「基礎情報はこのようなところだと思われますが、何かご質問はありますか?」
「あー……いや、特には」
正直言えば、最も根幹の部分。なんで俺がダンジョンマスターにされたのか。俺をこれにしたのは誰なのか。そういった部分を聞きたくはある。が、彼女の業務外の話だし知っているとも限らない。今のところ誠実に対応してくれている彼女に変なボールを投げたくない。またプルプルされても困るしな。
ああ、でも、これはいけるか? 台に置いてあったクソカタログをヤルヴェンパー女史に見えるように持ち上げる。……あ、笑顔がわかりやすく固まった。
「すみません、これについてなんですが……」
「申し訳ありません。デンジャラス&デラックス工務店はわが社と同じくダンジョンサポートを目的として設立された組織ではありますが、なにぶん他社なので……」
「ああ、そうですね。もうしわけない」
言及を避けた、か。ということはコレにまつわる問題を把握していると見ていいかな。擁護しないという所だけでも、十分だ。しかし、デンジャラス&デラックス。すさまじい名前だな。頭文字で略すと……いや、あくまで竜語で伝わってくるだけだ。英語ではない。いいね?
「では、いよいよわが社の本領。モンスターについてです。お手元にダンジョンコインはありますね?」
「これですね?」
話題をそらされたが、まあいい。小箱から赤色のコインを取り出す。
「そちらをお支払いいただきまして、カタログのモンスターと契約していただきます。一度契約したモンスターは永続契約。追加料金は発生しません。ただし維持に関してはそれぞれコストがかかりますのでご了承ください。食料や寝床。知能が高いものになりますと衣服や娯楽などを要求するものもいます」
「……そちらに支払う追加はなくても、モンスターたちに給料を支払う必要はありますよね?」
「いえ、知能が低いものは言うに及ばずで、高い者に関しましても支払う必要はありません。最初に支払ったコインだけで十分です。ただ、モチベーションの維持や上昇のためにお小遣いとして渡す場合もあるでしょうが」
ふむ。と、一枚コインをつまんで持ち上げる。
「……このコイン、結構な価値があったりするんですか?」
「それはもう! それを生み出せるのはダンジョンのみ。大量の魔力が圧縮されていまして、魔法魔術の使用を大いに助けます。一枚で平均金貨百枚で取引されていますよ。……あ、ちなみに一人前の職人が一日働いて金貨一枚です」
ざっくり金貨一枚一万円と考えて、ダンジョンコインは一枚百万円。……ゴブリンは、コイン一枚三十体。ゴブリン一体約三万円……生涯雇用とはいえ、ゴブリンに三万……最初は一枚で30体雇えてお得と感じたが、実際の値段を知ると逆の印象になるな。
「さて、それでは具体的なモンスターのご紹介……の前に。ミヤマ様のダンジョンについて伺ってもよろしいですか?」
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十枚のコインを、カタログの上に置く。求めるモンスターのページの上に。続いて、この短時間で何度も唱えた言葉を紡ぐ。
「我、力を求める者なり。我、対価を支払うものなり。我、迷宮の支配者なり」
コインが光る。ページも光る。ダンジョンコアの光も強くなり、俺の胸にも赤い輝きが宿る。
「汝、風の乙女。汝、自由なるもの。汝、万物を抱くもの」
コインが消えた。相手が受け取った証拠。なら、あとは名前を呼ぶだけ。本に向かって手を伸ばす。
「我が声に答え現れ出でよ、シルフ・エリート!」
風が、吹き抜けた。強風と言って差し支えない。押し出されて二、三歩後ろに下がってしまった。ギャンだのワンだの部屋の中もやかましい。
強風はすぐに収まった。が、風が止んだわけではない。そよ風程度のそれが、部屋の中に吹いている。そして、目の前には人形サイズの少女が一人。羽根の生えた乙女がいた。 カタログにはこうある。
『シルフ・エリート 十コイン 風の精霊です。本来、ダンジョンで風の精霊を運用するには障害があります。空気の通りが悪い場所を好まないからです。契約で無理やり使うこともできますが、しばらくすると存在が歪みます。結果命令を受け付けなくなり、暴れだしてしまうというのがその理由となります。そこで、このシルフ・エリートです。彼女は周辺地域の風そのものと言える存在です。本体がダンジョンの外にあるため、歪む事も倒されることもありません(ダンジョン内で活動するための端末が倒されることはあります)。シルフの力をダンジョンで使おうと思うなら、彼女を呼ぶべきです』
コイン十枚は、痛い出費である。それでも、シルフは必要であると説明を受けた。何故かといえば。
「これで、ダンジョン内の換気の心配はなくなりましたね」
ヤルヴェンパー女史の言葉通り。これからダンジョン内で生活するわけだが、食事を作るためには火が必要。クソカタログを使わない俺は、原始的にかまどを作ってそこで調理しなくてはならない。となれば、一酸化炭素中毒の危険が生まれるわけである。
さらにいうなれば、襲撃者が煙でいぶしてくる可能性があるとも指摘を受けた。よくわかる。非常によくわかる。弱い冒険者はとにかく洞窟をいぶしたがるものなのだ。なにせ、彼らは弱いから。攻撃力も回復力も心もとない初心者たちは、使える手段は何でも使って敵を弱らせたがるものなのだ。強い冒険者は自力でどうにかできるのであまりやってこない。もちろん例外はいる。さておき。
「これで、全部か」
俺は振り返って部屋を見渡した。そこは、先ほどまでに契約したモンスターたちでひしめき合っていた。
まず、大量にいるのはこいつら。
『コボルト 一コインで五体 直立した犬のような容貌のモンスターです。道具を使うため、前足はヒトのそれのように変化しています。洞窟に住み、部族社会を形成して生活します。身体能力はゴブリンとほぼ互角です。しかし、気質が臆病であるためゴブリンの邪悪さに気持ちで負けます。つまりモンスターの中で最弱ということです。しかしながらコボルトの特筆するべき点は戦闘力ではありません。上位者に忠実で、仲間のために働くことを良しとする気質にあります。また、道具を与えれば簡単な作業を問題なく行えます。言葉はしゃべれませんが、まれに竜語を覚える個体もいます。ダンジョンはコボルトから始めよ、という格言が昔から存在するのは理由があるのです』
自然洞窟部分の整備役、および様々な雑用を任せるためにこいつらと契約した。三十匹でコイン六枚。多すぎると思ったが、洞窟作業と生活の安定を考えればこれぐらいは必要だとのアドバイスを受けた。
さらに一匹、格好の違うコボルトが先頭に立っている。手には杖、簡素なローブ。違いはそれぐらいで、ほかのコボルト同様、柴犬や秋田犬に似た愛嬌がある。
『コボルト・シャーマン 一コイン 魔法の才を持ち、修行を積んだコボルトです。コボルトであるが故に戦闘は不得意ですが、それ以外の術に長けています。部族の知恵袋を担うため、通常の個体より知能は高いです。それ以外についてはほぼ通常のコボルトと同じです。標準で竜語を習得しています』
使える呪文は『遠視』と『快癒』だそうだ。遠視はそのまま、遠い場所を見る呪文。快癒、が非戦闘中の自己治癒能力を向上させるというものと聞いた。使い勝手は悪そうだが、回復呪文があるのは心強い。
そして、足の踏み場がないため壁に張り付いているでっかいゼリー。
『スライム・クリーナー 二コイン 大桶を満たす程度の大きさを持つ緑色のスライムです。気質はおとなしく、よほど飢えていない限り自分より大きな動物を襲うことはありません。湿度の高い場所を好みます。苔、虫、小動物、微生物、動物の老廃物を餌とするため清掃役にぴったりです。戦闘能力は低いですが、体積と体力を生かした足止め行動などが可能です。魔法や火などを用いられない限りダメージを受けにくいのも魅力です。広いダンジョンの清掃活動に大いに活躍してくれるでしょう』
目も口もない、でっかい緑ゼリー。戦闘力は低いとカタログにあったが、これが天井から落ちてくるだけでもシャレにならんと思うのは俺だけだろうか。ともあれ三体。
コボルトに六枚。コボルトシャーマンに一枚。スライムクリーナーに六枚。シルフ・エリートに十枚。合計二十三枚。戦闘用モンスターはまだ雇用を控えた。生活空間が全くないのに呼び出すのは負担が大きいとの事。
コアルームにみっしりとコボルト。そよ風に乗って漂うシルフ。壁でぷるぷるしてるスライム。これが、我がダンジョンのモンスターたちである。屈強からは程遠い。頼もしさもちょっと足りない。怖さは全くなく、愛嬌はたっぷり。
これでよいのかと悩まなくもない。しかしまあ、正直ここまでのあれやこれやでだいぶ心が参っている自分がいる。ここで、気を使う必要のあるモンスターがいたら持たないと思う。だからまあ、これでいいのだ。
「主様。一同そろいましてございます。どうか、お言葉を」
……だというのに、ここでコボルト・シャーマンから無茶ぶりが飛んできた。振り返れば、ヤルヴェンパー女史が笑顔でどうぞどうぞとジェスチャーをしている。勘弁してほしいのだが、シルフは嬉しそうに飛び回るしコボルトたちはシッポを元気よく振っている。スライムはよくわからない。
幸か不幸か、こういうアドリブにはゲームで慣れていた。数秒考えて言葉をまとめた。石の椅子の上に立つ。
「あー……このダンジョンのマスター、ミヤマ・ナツオだ」
短く。分かりやすく。共感しやすく。それがスピーチのコツだ。
「俺は弱い。この世界の事もダンジョンの事もほとんどわかっていない。強いものが攻め込んできたら、たちまち死ぬだろう。コアが破壊され、お前たちも死ぬだろう」
パタパタ、とコボルトたちの耳が倒れていく。よし、伝わっている。
「だからこそ、お前たちの力がいる。お前たちが弱いのは知っている。だが、ダンジョンを作り替える力がある。よいダンジョンにすれば、強いモンスターを呼んでおける。強い敵が来ても、それなら安心だ」
コボルトたちの耳が立つ。うん、わかりやすい。
「お前たちの力を貸してくれ! 全員で、生き残るために!」
「ダンジョンと共に! マスターと共に!」
わんわんわん! わんわんわん! シャーマンの掛け声に合わせて、コボルトたちが声を合わせて吠える。シルフが踊る。スライムが震える。
こうして、俺のダンジョンマスターとしての日々が始まった。