ひと時の酒盛り
コアルーム。ダンジョンコアがほのかに輝くここで、俺はブラントーム伯爵家に連絡を取っていた。
「……なるほど。ですがミヤマ様、すでに使者を送り出してしまったのですが」
ロザリー殿の叔父、見事な毛並みの狼男クロード殿がすこし困った表情でそう言葉をくれた。一通りの事情を説明した後の事である。……我ながら、狼男の表情良く見分けられたな。コボルトで鍛えられたのだろうか。
「あー……そうでしたか。それじゃあ、冒険者達そのまま返した方がいいかな」
「いえ、せっかくですから利用しましょう。情報交換用のマジックアイテムは持たせてあります。森の外で合流させればいいのです」
さらり、とロザリー殿が修正案を出してくる。アドリブ力が高い。これで領主として不足とかいってた連中は何を見ていたのだろうか。
「合流、とおっしゃいますができますかね? 結構大変だと思うのですが」
「手はあります。まず、転送で我が家の紋章をミヤマ様へ送ります。それを冒険者に持たせてください。あとはそれを持たせている事を使者に伝えれば、物品捜査の呪文で場所を特定できます」
割と一般的な手なんですぞ、とクロード殿。そういうのできるのって、呪文使いがたくさん手勢にいる大勢力だけなんじゃなかろうか。思っても口にしないが。
「ミヤマ様のダンジョンへ派遣した冒険者が、我らの使者と一緒に町に入る。依頼人には、よい揺さぶりとなるでしょう。反撃の初手としては、十分かと」
にっこり、とほほ笑みながらロザリー殿が容赦のない事をおっしゃる。ちょっとアレだと思わなくもないが、頼もしくもある。
「……しかし、これで少しは変わりますかね?」
「あくまで、使者を立てただけですからな。本格的なことはこれから先になります。とはいえ、我らブラントーム家が後ろ盾になるわけですから、件の領主も商業派閥もやり辛くなることは確実かと」
と、顎を撫でながらクロード殿。曰く、今回の首謀者が領主と商業派閥のどちらにせよ貴族派閥の重鎮たるブラントーム家が出張ってきたら派手なことはできなくなる。
どんな派閥にいても、根は同じ帝国貴族。ダンジョンに危害を加えることは許されない。事と次第によっては良くて降格か減封、最悪お取り潰しもありえるとの事。
なお、減封ってのは治めている領地を減らされること。お取り潰しはそのまま、爵位も領地も全部取られることをいう。つまり、めちゃくちゃ厳しい沙汰が出るという事だ。
ともあれ、ずいぶんと手間をかけてしまう事は間違いない。
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
「はい、必ずや厚顔無恥たる商業派閥の横暴を阻止して見せますとも! ……ですが、例の禁令もあります。ある程度は、ミヤマ様にもお骨折りをお願いすることになるかと」
「それはもちろん。自分の問題ですから、できる事はやらせていただきます」
そして俺たちは、解決に向けてのいくつかの予定と準備について話し合った。幸いにも、俺がやらなければならない事というのは手に余るほどではなかった。大変ではありそうだが、よそ様の手を借りているのだからこれぐらいやらねば罰が当たる。
これで冒険者襲撃が解決できそうなわけだが……まだ終わったわけでは無いのだよな。ううん……。
「所でキャンプの件なんですが。この問題が解決するまで延期というのは……」
「延期などととんでもない!」
「予定通り実行でお願いします!」
クロード殿、ロザリー殿。二人して全力の続行嘆願だった。
「いや、しかしですね。現に襲撃が散発しているわけですし、安全とはいいがたく……」
「ダンジョンが襲撃されるのは当たり前の事ではありませんか! それを迎撃してこそハイロウの誉れ! このクロード、戦には自信があります! 必ずやお役に立って御覧に入れますとも!」
「私も、魔法で! あ、マジックアイテムも持っていきます! たくさん!」
……だめだ。身の危険を感じるどころか、ハイテンションにするだけだった。
結局、ブラントーム伯爵家はキャンプ計画続行を強く希望。のこり二家にも伝えたのだが同じく意志は固く。かくして、計画はそのまま実行されることとなった。
なお、冒険者たちは依頼変更も快く受けてくれた。合流する使者と上手くやってくれればいいが。
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冒険者達を送り出した日の夜。一人、焚火の前で蒸留酒を傾ける。量はいつも通りショットグラス一杯のみ。明日も忙しいのだから、深酒などできない。……そういえば、ダンジョンマスターになってからこっち、休みを取った覚えがない。せいぜい、ペインズの時に大けがで寝込んだあの時ぐらいだ。
肉体的には、ダンジョンコアによる強化のおかげか問題なく動いている。見えない疲れが溜まっている可能性は否定しないが。精神的には……やや、厳しい。
「……ふう」
酒をわずかに口に含み、味と香りを楽しんでから喉に送る。焼けるような熱さが、臓腑に送られる。この感覚が好きだから、蒸留酒を好んで飲んでいる。ビールののど越しも好きだが、あまり量は飲めない。
そういえば、会社の先輩は飲み会の時にバカみたいにビールを飲んでいたっけ。ジョッキに何杯も。なんであんなに飲めるのか、当時は不思議だったし今でもわからない。
……おや? 会社の先輩については思い出せるぞ? ……おお! 嫌っていたりどうでもいい相手の事は思い出せる! これは新しい発見だ。うれしくないけど。
大事な人の事は思い出せないとか、本当酷い事をしやがる。焚火の炎を眺めながら、鬱々とそんなことを考えていると。
「ボースー? まーたシケた顔してるねぇ」
後ろから、ミーティアに抱きしめられた。……普段であれば、後頭部に当たる柔らかな感触に驚いたり逃げたりするのだが、今日は流石に疲れが出ている。強く反応するのもおっくうだ。
「ここの所、ドタバタしていたからな……こうもなる。ミーティアは、風呂あがりか」
「そーいうこと。風呂なんてここで初めて入るようになったけど、気持ちがいいもんだねぇ。マッドマンに入るってのは変わらず変な気分だけど」
ケラケラとミーティアは笑う。……一応、最低限布で覆っているようだ。後頭部の感触で判断。丸出しだとエラノールさんが怒るからな。
「今入っているのはエラノールさんか」
「あの子、本当風呂好きだよねぇ。しばらくはのんびりしているだろうさ。……それで、ボスは何がお悩みだい?」
「……色々」
ぐい、と酒をあおる。少しづつ、酔いが回り始めている。
「ボスー。私にも一口ちょうだいー」
「あんまりないんだがなぁ。しょうがない」
グラスを掲げてやれば、後ろから延びた白い手がひょいと持っていく。
「ん~、ぷは。ボスはこのキツイのが好きだねぇ。はい」
「はいってお前、全部飲みやがったな。全く……」
足りないので、傍らに置いてあった瓶から二杯目を注ぐ。……注ぎ終わったグラスの横に、新しいのが置かれた。しょうがないのでそっちにも注いでやる。
「わーい。ボス、やっさしーい」
「調子がいいなぁ。はい、かんぱーい」
グラスを軽く合わせる。……こういうやり方、この世界にもあるのだろうか? あるだろう、これだけいろんなものが流入しているし。
いつの間にやらミーティアが左側にしなだれかかり、酒をあおり始めている。
「ぷはー! 美味しいねぇ。……で? 具体的に、どんなお悩みがあるのかな? 金? 女? それとも……外のごたごた?」
「全部だなぁ……」
すっかり少なくなったダンジョンコイン。生活費については、これからキャンプ計画が進めば工面できるようになる。しかしダンジョンコインはモンスターがこないと補充できない。……売れば金になるのだから、逆に金で買えたりするかな? 今度聞いてみよう。
女性。最近イルマさんと話せてないなぁ……モンスター呼ばないからしょうがないんだが。あー……ご家族と一緒にキャンプに呼べばいいか。よし。……ロザリー殿と仲良くしてくれるかな? まずいかな? ……まあいいか!
最後。外。まあこれは、解決の糸口が見えた。あとは地元の領主さんの誤解が解ければ……。
「ねえ、ボス。そんなに悩むんだったらさぁ。外のヤツなんか、コテンパンにのしていう事聞かせちまえばいいじゃない。ほら、貴族とかいう連中を顎でつかえるようになったんでしょ?」
「やだよそんなのカッコ悪い」
即座に却下。冗談ではない。ぐい、と酒をあおる。熱い息を吐く。
「ダンジョンマスター様の地位を笠に着て? 帝国の力で押さえつける? 冗談じゃない。そんなの十年前に旧王都にやってきたっていうロクデナシと同じじゃねーか。やだやだ、俺はそいつと同じにはなりたくないね」
堕落したダンジョンマスター。そいつがそんな風に落ちた理由は、想像がつく。いきなり異世界に呼び出され、ダンジョンマスターにさせられて。知識もアドバイスもなく、現状から抜け出すために商業派閥の手を取った。あとは堕落、奈落の底へ真っ逆さま。
よくわかる。そして、その落とし穴は俺の下にもあるのだ。
「一度そんなことをやらかした日には、今付き合ってくれている貴族様方もどういう態度になる事やら。イルマさんにも愛想をつかされるだろうさ」
いやだいやだ、ゾッとする。それだけは本当、死んでもご免だ。そうだとも。再度酒を口に含む。飲み込む。
「……俺は、格好つけたいんだよ。胸張って生きたいんだ」
日本人の深山夏雄には、そうではなかった。心の支えになるようなものも、人に誇れるようなものも、持っていないかった。得ようと努力もしていなかった。
ダンジョンマスターのミヤマナツオは、そうではない。責任を持つべき命がある。信用信頼に応える義務がある。頑張るべき理由、頑張りたい思いがある。
てなことを考えていたら、いつのまにやらミーティアが正面にいた。焚火の逆光が、彼女を普段以上に妖艶に見せている。あるいは酒が回ってきたか。
「んっふっふ。ボスは可愛い……じゃない、かっこいいねぇ」
「言い直したところで色々台無しだよ」
「気にしない気にしない。そんなふうに頑張っているボスに、ご褒美を上げないとねぇ……」
そんなことを言いながら、胸に巻いたタオルをゆっくりとずらし始めて。
「そこまでだ破廉恥蛇ッ!」
べしゃり、と横から飛んできた泥が顔を覆った。激しい泥パック、ではもちろんない。エラノールさんの全力投球である。風呂から出たばかりなのだろう。彼女もバスローブ一枚という煽情的な姿だ。なお、弾丸は言うまでもないが、さっきまで入っていたマッドマンだろう。
「ちょっと目を離した隙にとんでもないことを……! 今日こそわからせる必要があるようだな!」
傍らに置いてあった木刀を一振りして構えるエラノールさん。ローブの合わせから見える胸元や足がとってもセクシー。対するミーティアは、にじり寄ってきたクリーン・スライムをわし掴むと、顔面を押し付けた。すぐに、泥が消える。投げ捨てられたクリーン・スライムはマッドマンの元へ。泥を返してやるつもりなのだろう。けなげである。
すっかり泥が消えたミーティアは、魔性を全開にしてエラノールさんに対峙する。両目が蛇のそれになり、爪が戦闘用に鋭くなる。
「いつもは温厚に、なあなあで済ませるあたしだけどねぇ……今日という今日は許さないよ!」
鋭い吐息を吐きながら、モンスターの怪力を発揮できるよう両手を掴みかかるために構える。いつもの、いや、いつも以上の争いが始まろうとしていた。普段の俺なら、止めようとしただろう。両方に、上手く角が立たないように立ち回っただろう。
だが、今の俺はもう酔っている。
「エラノールさん。ちょっと」
「止めてくださるなミヤマ様! 今日という今日は堪忍袋の緒が切れました!」
「エラノール。飲め」
立ち上がり、近寄り。ぐい、とグラスを彼女に向けて突き出す。さしもの彼女も瞬きを繰り返す。
「えっと、あの、ミヤマ様?」
「俺の酒が飲めないというのか」
トラトラトラ。我、アルコールハラスメントを敢行す。帝国万歳。
「いえ、決してそのような事ではなく……酔っていらっしゃる?」
「見ろ、ミーティア。俺は腹心たるガーディアンにも裏切られる男よ! 反乱だ!」
うははは、と笑う。ぐい、と飲む。ああ、美味しい。
「いえ、ミヤマ様!? 決してそのような気はないのですが!?」
「はーんらん! はーんらん!」
「喧しいですよ駄蛇!」
「はーんらん! はーんらん!」
「ミヤマ様まで!? わ、分かりましたから! 飲みますから!」
「よーしよし!」
彼女が常日頃から苦手だといっていた蒸留酒をショットグラスだが満杯で渡す。上司命令! 帝国の労組から訴えられるな!
しぶしぶ蒸留酒を口にする彼女。それを良しとして、新しいグラスに自分の酒を注ぐ。大分瓶の中身が減ってしまった。まあいいか。もう飲み干してしまえ。
「今日は飲むぞー!」
「いえーい!」
「ミヤマ様!? 明日もお仕事ですよね!? ミヤマ様!?」
ゴーレム・サーバントにつまみを持ってこさせつつ、俺は酒を煽った。今夜は楽しい夜になりそうだ。
そして翌朝、久しぶりに二日酔いの頭痛に苦しんだ。
物品捜査の呪文
簡単に説明するともの探しの呪文。こういうものを探したい、と対象を指定して使う。
使い手、対象、呪文の力によって捜索能力が変わる。ありふれた薬草からこの世で一つしかないものまで、対象と状況によって変化する。
また、これを妨害する呪文もある。
今回の場合、ミヤマのダンジョンの近くにあるブラントーム家の紋章を指定。一つしかないので簡単に探すことができる、というわけである。