ノーブル・ハッスル
レイピアが、突くだけの武器と認識するのは誤りである。細身の刀身にはしっかりと両刃が備えられており、素早く振れば対象を切り裂くに十分の鋭さがある。
もちろん、突き攻撃も純粋に恐ろしい。細く真っすぐな刀身を向けられると、距離感が狂う。それが一瞬で繰り出されるのだ。極めて、防ぎ辛い。……エラノールさんに、実地で教え込まれた。うっかりレイピアに対して舐めた発言をしてしまったがために。痛みと共によく覚えた。
ヤルヴェンパー公爵は渡り板の上という不安定な足場で、軽快な動きを見せる。素早く重心を移動し、一瞬の踏み込みを狙う。
対するソウマ伯爵は、正眼の構えを崩さない。わずかに揺れる板の上でも、大樹のごとく揺るがない。……そして、じわり、じわりと前進している。すり足だ。足を上げることなく前進する。ゆっくりと間合いを詰める。
互いに、踏み込みからの一撃を狙っている。後の先、カウンターは狙っていても難しいものだ。ならば全力で先の先、速攻を狙うのは間違いではない。……しかし、選択が正しければ勝てるものでもないというのが勝負というもの。
「シッ!」
「ふっ!」
一瞬で状況が動いた。踏み込み、渡り板の軋み、撃ち合う鋼。そして、水の音。レイピアは、刀に打ち払われた。速さはヤルヴェンパー公爵の方が上だったが、レイピアの振るわれる場所に刀が置かれていたのだ。
そのまま、刀が突きこまれるはずだった。だが、ヤルヴェンパー公爵が空いていた左腕を振るうと、水の玉が現れソウマ伯爵を襲った。奇襲の一撃を、ソウマ伯爵は見事にかわした。が、攻撃の機会は失われた。ほんの数秒で、この攻防が交わされたのだ。
ゾッとするほど速い。コアによる強化がなければ、動いたのはわかってもその内容まで把握できなかっただろう。ハイロウは強い、と前に聞かされていたがここまでとは。……俺ではあっという間にやられてしまうだろう。
「魔法を使ったこと、卑怯と思いますか?」
「まさか。ダンジョンの守り手なのだろう、そちらは。であれば、全身全霊をもってあたるは当然。では、次は私が一芸披露するとしよう。シールド!」
ソウマ伯爵の目の前に、透明な盾が現れる。この間のエルフ魔導士が使った呪文だ。……ヤルヴェンパー公爵の水玉をあれで防ぐ算段か。先ほどと同じ攻防が発生したら、今度こそソウマ伯爵の一刀が入る。
互いにどう動くのか。俺が予測を立てようと思ったその刹那。
「シャァッ!」
「くぅあっ!」
再び、一瞬の攻防。ソウマ伯爵、魔法の盾でシールドバッシュを慣行。当たれば一瞬で消えるものの、防がなければ不安定な足場では致命傷。ヤルヴェンパー公爵は左手から衝撃波を放って盾を消す。その処理の間に、ソウマ伯爵が大きく踏み込み刀を突き出す。
刹那、レイピアが鋭く振るわれる。刀の先端を打ち据えて、わずかに勢いを殺した。そのまま刃が合わされ、ヤルヴェンパー公爵が体ごとぶつかるように大きく踏み込んだ。自然、つばぜり合いが起きる。
刀とレイピアで、つばぜり合いが成立するのか。両方の武器に精通していない俺には判断がつかない。しかし、魔法の武器であるおかげなのか、両者の技が優れているからか。それは確かにここで成立していた。
「この状態で、肉体強化の術を成立させるとは。まこと器用な事を……ッ!」
「ハーフエルフとは、体を鍛えるのに難があると聞き及んでいますが、よくもここまで……ッ!」
金切り音を立てて刃が滑る。つばぜり合い。フィクションではよく見るが、実際に訓練をするようになって分かったことがある。あれは極めて危険な状態なのだ。まあ、刃を相手に全力をもって押し付けているわけだから安全であるはずがないのは言わずもがななのだけれど。
その上でなぜ危険かといえば、押し合いに負けた方がばっさりやられるからである。大概のフィクションでは押し合って離れて、再度間合いを取る。まあ、ドラマやアニメで顔に刃がめり込んだり、指を落としたりという描写はできないからしょうがない。剣、刀、レイピアに鍔や護拳がついているのは、そういった時に手を守るためもあるのだ。
当然ながら、ただ力が強い方が勝つわけではない。こういった時に使われる技術は多数編み出されている。俺もそれを訓練で知ったわけだが……あ。
「いかん。刀は、片刃だ」
「はい?」
ブラントーム伯爵の疑問の声に答える暇もなく、状況は動いた。ソウマ伯爵が、刀の峰に手を添えたのだ。西洋剣術で言う所のハーフソード。支点が変わる。力点が変わる。作用点も変わる。刃同士の奏でる金切り音もひっ迫したものになる。
もはや単なるつばぜり合いではなくなった。ソウマ伯爵は刃を自由に動かせる。レイピアのしなりを逆利用し、相手に押し込むもよし。レイピアを軸にして、刃を回せばヤルヴェンパー公爵に届かせることもできる。それをさせまいと必死に守っているからあんな音が鳴っている。だが不利は変わりない。もはや勝負あったか……ッ!?
「水よっ!」
「なんとぉ!?」
刃を防ぎきれないと悟ったヤルヴェンパー公爵が、沼に身を投げた。が、そこで終わらなかった。自由落下のわずかな時間に沼地の水を操作。勢いある水柱が、戸板を跳ね上げたのだ。たまらずソウマ伯爵は後退。なんとか沼への落下は避けた。
となれば当然、ヤルヴェンパー公爵は泥だらけに……あれ。
「落ちて……ない?」
沼の上に着地するヤルヴェンパー公爵の姿がある。そんな馬鹿な。救助にと近寄ったマッドマン達もおろおろしている。立てる場所なんてないのに……魔法かっ! 気合を入れてよく見れば、コアの力のおかげかうっすらと輝くものが見て取れた。
……水上歩行の術があればこの沼地、簡単に突破されるって事? ……うちの最終防衛ラインなのに? ペインズすら殺した場所なのに? ……これは、まずい。
「これは……ソウマ伯爵の勝利、ですか?」
「そうなりますかね」
俺の内心の焦りを知らず、ブラントーム伯爵がおっしゃる。吹き飛んだ板はヤルヴェンパー公爵の魔法によって元の位置に戻された。ほどなくして、二人がこちら側に渡ってくる。少しばかり汗をかいているようだが、それだけ。服に汚れなし。
「いや、お騒がせした。少々はしゃぎすぎてしまった」
刀を鞘に納めたソウマ伯爵が少しばかり気恥ずかしそうにやってきた。あれで、少々……。その後にやってきたヤルヴェンパー公爵は少しばかり苦い笑顔。あのレイピアはすでにない。呼ぶのも戻すのも自由自在か。
「負けてしまいました。並の武器ならば、我がレイピアでロウソクのごとく切り落とせたのですが……あのサーベル、アダマンタイト製ですか?」
「流石お目が高い。我が領地の鍛冶屋が丹精込めてこしらえた、アダマンタイト・カタナだ。わざわざ首都の大魔導士に隕石を落とさせて採取している。数十年に一度のこととはいえ、中々お高くていけない」
腰のものを軽くたたきながらの言葉。……隕鉄製の、刀?
「ソウマ伯爵。つかぬことをお聞きしますが。もしかして、達人となるとそれで鉄とか鎧とか切れたりします?」
「ははは。まあ、大道芸に近くなりますが。マスターサムライの座に就いている連中は、それぐらいやってのけますな」
……やっべぇ。ガチで斬鉄できちゃう刀なのか。つまらぬものを切っちゃうのか。もちろん、相応の腕が必要なんだろうけど。
「しかし、勝負には勝ったが状況的には私の負けだな」
「状況?」
俺が聞き返せば、ソウマ伯爵は振り返って沼を指さす。
「私はダンジョンの攻撃側、という立場だった。故に進軍経路の確保は必須。だが渡り板を落とされてはそれもかなわない」
「だけど、たかが板。新しいものを用意するのも難しくない。それに、ヤルヴェンパー公爵のように魔法で沼を歩くこともできるのでしょう?」
「できる。だが手間もかかる。さらに敵地となれば妨害もある。魔力も手札も有限となれば、やはり経路確保の失敗は痛い。エドヴァルド殿の防衛成功と言えよう」
「おや、花を持たせていただいてしまいましたか。とはいえそれも、あえてあのような不安定な足場にしてあるミヤマ様のおかげですから」
ヤルヴェンパー公爵が持ち上げてくれるが、俺としては苦い表情を押さえられなかった。
「いやあ……まだまだ、至らぬ所ばかりで。ソウマ伯爵のような達人や、ヤルヴェンパー公爵のような呪文の使い手が攻め込んできたらしのぎ切れるかどうか」
いまだ、先日の襲撃への対抗策ができていないのだ。考えてはいるんだが。
「あ、あの! お二人とも、素晴らしい試合でした! あれで全力ではないとはとても信じられない思いです!」
気まずい空気を察してくれたのか。ブラントーム伯爵が大きく手ぶりしながら力説してくださる。まあ、それは俺も思う。あれで試合ってどういうことだ本当。
「賞賛の言葉、うれしく思う。まあ、本気ならば甲冑に身を包んで手勢も連れて、となるからな。一対一という状況にはならないだろう」
「私の方も、ダンジョンを半ばまで進んだところで術を使うでしょう。斬り合いとなる前に、溺れていただくことになる」
ははは、と笑い合う二人。……いかん、また火花が散りそうになっている。
「じゃ、そろそろ奥に行きましょうか。二人ともお疲れでしょうし」
無理やり、先を促す。流石に再戦は勘弁してほしいからな!
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居住区。たき火を囲んで椅子を配置。応接室だの談話室だの、そういった場所がないのはやはりまずいなと改めて思う。が、貴族お三方はゴーレム・サーバントが入れたお茶を飲みながらずいぶんとくつろいでいらっしゃる。
「……やはり、ダンジョンの中は素晴らしい。精神が癒される……そして、はしゃぎすぎました、申し訳ありませんミヤマ様」
「自分も、人様のダンジョンで無作法を」
「ああ、いえ。楽しんでいただけているなら幸いです、ヤルヴェンパー公爵、ソウマ伯爵」
正直言えば大いに肝が冷えたが、空気悪くしたくないので鷹揚に対応する。
「寛大なお言葉に感謝します。どうぞ、私のことはエドヴァルドとお呼びください」
「自分も、ハルヒコと。身内が世話になっている事もある」
「私も! ロザリーとお呼びください、ミヤマ様!」
う、むむ。さっくり距離を詰めてくる。ここの人たちが大胆なのか、日本人が奥ゆかしすぎるのか。
「えー、では自分もナツオと呼んでください。正直、様と呼ばれるのもどうかと思っているのですが」
「それは流石に。ダンジョンマスターは敬われるものです。お気持ちを汲ませていただくとしても、せめて殿と呼ばせていただきたい」
「……では、そのような感じで」
先生と、呼ばれるごとに、バカになる。持ち上げられることが当たり前になって、尊大になっていく様を嗤った言葉だ。改めて、自重しなければと思う。
「それにしても。ダンジョンの中でこうやって焚火を囲んでお茶するなんて、私初めての経験です。ダンジョンに入るのも、今回が初めてなのですけれど」
「そもそも焚火すら、我々の立場からすると縁遠いですからね。暖を取る時ですら、帝都製の暖房器具ですし」
ブラントーム伯爵とヤルヴェンパー公爵……じゃなくて、ロザリー殿とエドヴァルド殿のセレブ発言。まあ、貴族の当主様ともなればそうもなるのか。
「自分などは野営をすることもあるから身近だが。それでも自らの手で、というのは難しいな。どうしても家人の仕事になってしまう」
「わかります! というか、こうやって一人で外に出たことも初めてです! 家や寄子の目がない事なんて今までありませんでした!」
ハルヒコ殿の言葉に我が意を得たり! とロザリー殿。わっさわっさと羽根まで動かしている。
「ダンジョンへの来訪という特別な状態でなければ、まず周囲が許してくれませんからね。おかげで気持ちも軽く。……だからといって少々はしゃぎすぎたのは、ええ。我が事ながらお恥ずかしい限りで」
「同じく。ここでなければ、大事だった。ヤルヴェンパー公爵家だけでなく、その寄子に睨まれただけでも我が家は立ち行かなくなる」
ぶるり、とハーフエルフの細身を震わせる。まあ、大げさにやっているのは見て取れるから半分冗談なのだろうけど。
しかし……焚火ですらレジャーになる、か。それは俺にも身に覚えがある。まさに目の前のこれがそう。ゴーレム・サーバントがやりたがるが、この焚火の管理は俺が趣味でやっている。ダンジョンの料理もサーバントにほぼ任せているが、酒のつまみを作るとかは自分でやることが多い。それも趣味。キャンプという俺の趣味。
「キャンプ場やったら、商売になるかなぁ……」
現状、モンスターがこなければ収入がない。ダンジョンコアとダンジョンマスター。二つの寄せ餌があるとはいえ、いつ来るかはモンスター任せ。安定した収入が欲しい。しかし、生産能力を持つモンスターは高い。別の商売を考えなければならないとはいつも思っていた。
それ故の、何の気のないつぶやきだった。しかし、その言葉にお貴族様方が身を乗り出すように反応した。
「ミヤマ殿、今、なんとおっしゃいましたか」
貴公子らしからぬ、勢いの強さをもってエドヴァルド殿に問われる。
「ええ? いやその、焚火囲んだり泊まったりがレジャーになるなら、ダンジョンでキャンプ場開くだけで商売になるかな、と」
「とても素晴らしいです!」
ロザリー殿、お姫様っぽさをぶん投げて勢いよく立ち上がる。座っていられないぐらいに興奮するというやつか。
「ダンジョンに入りたいハイロウは、い~っぱいいます! 一晩でも泊まれるなら、一生分の思い出になります! 間違いなく予約が殺到します!」
「それだけではありません。それはダンジョン側が提供する、サービスです。金銭を支払って、ダンジョンに短期間滞在するレジャー。始祖の禁には、触れません!」
エドヴァルド殿が言っているのは、過度なダンジョンへの助力は禁止とかいういつものアレの事だろう。キャンプ場を利用する程度で、どうやって過度な助力ができるというのか、という話になるわけだ。
「ダンジョンに泊まれる。世俗の立場から解放され、個人としてのひと時が得られる。なるほど素晴らしい。……ならばさらに。ダンジョン業務体験会、というのはどうか」
「ッ! それです!」
ハルヒコ殿の言葉にエドヴァルド殿まで立ち上がる始末。エキサイトするお二人にお座りくださいとジェスチャーで示す。
「それは、ダンジョンを守るお手伝いができるという事でしょうか!」
興奮冷めやらず、座った状態で小刻みに跳ねながらロザリー殿。非常にかわいらしく、かつセクシー……だから、セクハラになる視線はいかんのだって。どこが揺れているとか見てはいかんのだって。
「体験。あくまで体験だ。……その体験中に、敵が攻めてきたらまた話は変わってくるだろうが」
「いやー、流石にお客様を危険にさらすのは」
ハルヒコ殿がすげぇいい笑顔で企まれるので、ツッコミを入れておく。
「偶然ダンジョンに居合わせた時、防衛に参加するのは許されていますよ、ナツオ殿」
「……そういえば、イルマさんもそんなこと言ってたっけ」
合法。合法ならいいのか? まだまだ至らぬ我がダンジョン。ハイロウの戦闘力が借りられるのは非常に助かる。だけど、倫理的にはアウトでは?
……もっと、根本的な問題があるか。
「うちみたいな作り始めたばかりのへっぽこダンジョンじゃあ、キャンプ場開設はおこがましい夢、か」
「なにをおっしゃいますかナツオ殿! 見事にダンジョンマスターを成されているではありませんか!」
エドヴァルド殿が擁護してくれるが、俺は首を振る。
「いやあ、そう言っていただけるのはありがたいんですが、つい最近も……」
問答無用で襲ってきた例の集団について話す。魔法で戦力が無力化された事。攻撃も思うように通らなかったこと。挙句まんまと逃げられたこと。
俺の説明に、お三方は興奮を収めた。ロザリー殿がしばし考えた後に口を開く。
「いわゆる、冒険者……ですよね?」
「その編成なら、間違いないだろう。ただの山賊ならもっと数がいる。それ以前にダンジョンとわかれば逃げ出すものだ」
「私としては、あっさり引いたことが気になります。まったくの収入もなしに引くというのは、冒険者の振る舞いとして少しおかしいかと。加えて、入り口での攻防で多くの呪文を使っている。そこまで争って、しかし引き際は鮮やか。そこがどうにも引っかかります」
流石は貴族のご当主様。俺の説明だけでこれだけ思いつくのか。……しかし、そうか。あれが冒険者か。たしかに、思い返せば戦士二人に司祭に魔法使い。姿が見えなかった弓使いが盗賊ポジションなら、冒険に必要なメンバーがそろっている。
ずっとモンスターと戦っていたから失念していた。ダンジョンに好き好んで乗り込んでくる連中といえば、冒険者じゃないか。……ゲームでは散々冒険者を演じたものだが、それを迎え撃つ立場になるとは。ゲームマスターとして迎え撃つとは、全く違う気分。
なにせ自分の家ともいえる場所に、略奪者として冒険者が来るのだ。ヒーローではない。間違いなく、エネミーだ。思い入れがあるだけに、辛い気持ちがある。
「背後に誰かしら黒幕……いや、もっと単純に何かしらの依頼を受けていたのかもしれませんね」
「依頼……ですか?」
エドヴァルド殿の声に、気持ちを切り替える。
「森はともかく、その外に人がいないとも限らない。実際、冒険者が来たのだから距離はともかく町や村があっても不思議はない」
「領主ならば、領地の事は調べたいもの。調査に冒険者を雇うのは不思議ではありませんね。……ただ、そうなると当然、ここの位置を知っていたという話になってきます。そしてこの周囲、旧セルバ国は商業派閥の勢力が強い。と、なれば」
「冒険者を雇ったのは、商業派閥?」
ハルヒコ殿とロザリー殿、二人の言葉に俺が続く。俺のダンジョンの事を知っているのは、ここにいらっしゃる貴族様方以外だとごくわずか。そしてその中でこんな物騒なことをするのはひと勢力しかいない。
「黒幕なのか、それとも情報を渡しただけなのか。その確証はありません。……ミヤマ様。よろしければこの件、私の方でもお調べいたしましょうか?」
「いや、流石にそこまでしただくわけには! ほら、例の過度な助力云々ってのもありますし」
ロザリー殿の言葉に、手を振って遠慮する。が、彼女はふんすと両手を握りしめてさらに押してくる。
「いいえ! これからこちらのダンジョンと交流を深めるのですから、地元貴族と挨拶するのは当然の事! そのついでに地元勢力の状態を調べるのはたしなみのようなものです!」
エドヴァルド殿とハルヒコ殿も、うんうんと頷いている。おまけにロザリー殿の尻尾がゆっくり左右に揺れている。いかん、気が立っているな。ここで刺激してはいけないと見た。
「では……ご負担にならない程度で、お願いします」
「お任せください! 必ずや!」
ばさあ、と翼を大きく広げ気合十分のロザリー殿。……大丈夫だろうか。大事にならないだろうか。
そんな不安を胸に抱える俺に、ハーフエルフ領主が話を振ってくる。
「冒険者や商業派閥の事はさておくとしても。防衛の点からいえば、確かに課題がないわけではない」
「……それは、何でしょう?」
「厳しいことを言うが、いいか?」
「お願いします」
ハルヒコ殿ははっきりと俺を見据えて、言った。
「ナツオ殿のダンジョンに足りない所。それは一本道の洞窟でしかない、という点だ。これでは、ダンジョン足りえない」
胸に突き刺さる言葉だった。