接待をしよう!
ヤルヴェンパー家、ソウマ家、ブラントーム家。何度も通信で話をして、ダンジョンにお客様としてお迎えすることになった。親交を深め、より強い信頼を獲得する。一般人であった頃はこんなことを考えたこともなかった。だが、今は必要だ。
当日、朝方ドタバタしたものの何とか無事にお迎えすることができた。今はコボルトたちが守るバリケードに足を運んでいる。
「このバリケード、真新しいようで」
「ええ。ある程度体格のいいモンスターと戦うと、どうしても壊れてしまいますから」
ヤルヴェンパー公爵の言葉に返答する。ペインズの襲撃でゴミ同然にされたバリケードも、コボルトたちが頑張ってくれたおかげで元通り。さらなる工夫を凝らして次の襲撃に備えている。……この間の襲撃も、ここまでおびき寄せていればもっと違った戦いができただろうに。
「しぐさ、よし。視線、よし。立ち振る舞い、よし。コボルトたちは、良くされているようだ。配送センターに認められるだけある」
ソウマ伯爵がうちのコボルトを眺めている。イルマさんもそうだったが、やはりコボルトはダンジョンの雰囲気をつかむバロメーターとして認識されているらしい。ゴーレム・サーバントの手もあって、コボルトたちの世話は楽になった。その分、気を回せる部分も増えたかもしれない。
ブラントーム伯爵は何をしているかといえば、コボルトと握手していた。……そのコボルトの後ろに、次のコボルト。さらにさらに何匹も。アイドルの握手会のようである。黒毛よ、列の整理か? お前は立派なコミケスタッフになれるだろうよ。
ともあれ、彼女が嫌がっていないからいいが。珍しくもないだろうに、ニコニコしながら握手を続けているなぁ。尻尾もピンと立ったままだ。
何だったか。イヌ科とネコ科では尻尾での感情表現が逆だと聞いたな。尻尾を振るのを喜びとするのがイヌ、緊張とするのがネコ。尻尾を立てるのを緊張とするのがイヌ、喜びとするのがネコ、と。彼女にそれが当てはまるかはわからないが。
ともあれコボルトも、あんなに尻尾を振っているが果たして自分たちがやっていることを理解しているのだろうか。……その場の雰囲気だけでやっている気がする。
「ここから先へ行けば、入り口ですか。何か罠などは置いてあるのですか?」
ヤルヴェンパー公爵の言葉に首を振る。
「いえ、入り口前を整備した程度で。外は森なので罠を設置する予定もあったのですがペインズ襲撃前後のドタバタで手が回っておらず」
「なるほど。やはり開始して直後の大物は負担がありましたか。……いえ、本来なら撃破も難事ですね」
ヤルヴェンパー公爵は、なんというか物腰の柔らかい方である。貴公子、という言葉がとてもよく似合う。ブラントーム伯爵家のあれそれを見た後だからこそ思うのだけど、大きな家というのは下についてくる者達を制御するのも一苦労。このイルマさんのお兄さん、果たしてうまくやれているのだろうか。……いや、ダンジョンと直でやり取りしている家だから、あちらとは事情が違うかもしれないが。
「じゃあ、次はマッドマン沼へまいりまーす」
ある程度時間を取ってから、次へと促す。コボルトたちが、一斉に手を振ってお見送り。……こいつら、あざとさとか一切考えず素でやってるんだよなぁ。お貴族様たち、ニッコニコで手を振り返していらっしゃるぞ。
「ミヤマ様。あそこまで人見知りしないコボルトを私初めて拝見しました。普通だったら一斉に逃げてしまうものですのに」
ブラントーム伯爵が嬉しそうにそうおっしゃる。よそのコボルトを知らない俺としては何とも言い難いのだけど。
「どうやらあいつらから信頼されるぐらいは、ダンジョンマスターをやれているようです」
「素晴らしいことだと称賛させていただきますわ」
彼女からの視線がこそばゆい。……信頼を得られているからといって完璧ではないことはもちろん自覚している。問題は常に俺の頭を悩ませている。
そんな雑談をしつつ洞窟を歩く。……今はこうして平然と歩けるが、ペインズとの戦闘の時は一歩一秒が生死の境だった。同じ場所なのにこうも違う。何とも複雑だ。
そして見えてくるマッドマン沼。相変わらず沼にはゴミも虫もない。……というか今は濁っていないため、稲が植わっていない水田のようにも見える。
「これがマッドマンの沼。……まるで田植え前の水田だな」
米所のソウマ伯爵、同じ感想である。エルフといえば長身痩躯(エラノールさんは背あまり高くないけど)。ハーフエルフである彼はそれより少しばかり骨太というか筋肉があるというか。多分これは日ごろから鍛えているんだろう。体幹がしっかりしているといえばいいのか、つねに背筋がしゃんと伸びている。
「あの……私、ダンジョンカタログは毎年目を通しているのですが、こういった形の設備は見たことがないのですが」
「毎年?」
ブラントーム伯爵の言葉に首をかしげる。俺の疑問に、公爵がにこやかに答えてくれる。笑顔がイルマさんによく似ている。
「ご存じない……のは、当然ですね。配送センターと工務店が、毎年カタログを出版しているのですよ。本物はダンジョンの付属物ですから私たちは見ることもできません。ですがせめてコピー品でも手に取りたい。そういうハイロウは多いのです。とても」
とても、の部分に万感の思いが込められている気がする。お貴族二人も大いに頷いていらっしゃる。
「……今更ながら、あの二冊のカタログって何なんだろうか。マジックアイテムなのはわかるんだけど」
「イルマから、説明はなかったのですか? 手抜かり、妹に代わって深く謝罪を……」
「お気になさらず! ぶっちゃけ目先の問題が山積みで細かいこと気にしている余裕がなかっただけですので!」
偉い人に頭を下げさせてはいけない。ダンジョンマスターだから特別ルール、みたいなものがあるようだが、それでもいけない。
「そういっていただけるのでしたら。では、簡単にご説明いたしますと……」
ヤルヴェンパー公爵曰く。二冊の本は、ダンジョンに付随する特別なマジックアイテムである。モンスター配送センターとデンジャラス&デラックス工務店には、それぞれのカタログの元本と呼ぶべきものが設置されている。この元本の内容を変更することで、各ダンジョンにある本の内容も変更されるのだとか。どうやって本の内容を変えるのかと思ったが、いわゆるバインダー形式になっておりページの抜き差しができるとの事。
そんな形式にした理由は簡単で、新しいモンスターや設備が追加されるなど、内容に変更が発生するためだとか。
なるほど。道理でダンジョンカタログの方の内容がアレなわけである。……そして、ハイロウあこがれのアイテムを、投擲武器にしたことは話題に出すのを止めよう。
「それで、この沼地はどのように? 工務店がカタログに乗せないサービスでもしたのかと思っているのですが」
「いえ、ただの手掘りですが。コボルト達と頑張りました」
ソウマ伯爵の言葉に答えたら、貴族お三方に唖然とされた。
「いや、できるものですよ? コボルト達、こういった作業ならかなり優秀ですし。土運びだったらスライム・クリーナーもやってくれますし。最初の沼ができた後は、マッドマンが作業に参加できましたし」
「そうはおっしゃいますが……この広さと深さは、ちょっと尋常ではないと思うのですけど。魔法を使ったわけではないのですよね?」
「最終的にはストーン・ゴーレムとマッドマン三体も投入しましたしね。なにより、普通に時間も手間もかかってます」
これだけ説明しても、ブラントーム伯爵は困惑中。……ドン引きされているともいうか。
「……なるほど。これだけのものを作れたからこそ、ペインズに対しても抗えた、と。並ではない」
「実際この沼に落として仕留めたと聞き及んでいますしね」
……そういえば、この二人にはイルマさんから話が伝わっているのだった。という事は、カタログぶん投げも……考えるのはやめておこう。
「えー、ではここを渡りまして居住区に参りますー」
渡り板を指さす。前回からの反省で、大きな石の柱を追加して板を置ける幅を広げてみた。この石柱、三つほどの岩を重ねている。渡る分には全く問題ないが、いざ防衛となったらマッドマン達に押し倒させる予定である。
広げたおかげで、コボルトたちの落下事故が大幅に減った。ゼロになっていないあたりがコボルト達らしいともいう。もちろん怪我はない。マッドマンに救助され、泥まみれかつ涙目で鼻を鳴らすコボルトは相変わらずいる。
「こ、これを渡るのですか……?」
ブラントーム伯爵、渡り板を見て腰が引けている模様。まあ、ちょっと高さがあるのは間違いない。板を渡しているだけだから、不安定であることも。
……ネコ科なのだからこういうの平気なような気もするんだが。背中の翼が邪魔をしているのだろうか。ともあれ。
「それでは、お手をどうぞ」
正直に言おう。とても、恥ずかしい。俺のキャラじゃない。だが、ホストは俺。エスコートは俺の仕事である。やらねばならぬ。
「し、失礼します……」
と、断りを入れてから彼女は俺の手を取った。うーん……最後に異性の手に触れたのはいつだっただろうか。レジでお客さんに商品渡した時をノーカウントとすると本気で思い出せないな。……ミーティアの過剰なスキンシップは別カウントとする。あれはこういう甘酸っぱさのない、もっと即物的なヤツだから。
ともあれ、彼女の手を引いて戸板を渡り出す。一歩踏み込む事にきしむのはいつもの事。俺が乗り、さらに彼女が恐る恐ると一歩踏み出すとさらに大きくきしむ。
「……あ。二人で乗るのはあまりなかったな」
「ええ!?」
俺のつぶやきに、大いにびびる。変に力んだものだから、余計に揺れる。
「きゃぁ!?」
……きゃあ、と悲鳴を上げて抱き着くとか本当にリアルで起きる事だったんだなぁ。などと思わず現実逃避してしまった。いやあ、女の子に抱き着かれるのって生まれて初めてだ。……繰り返すがミーティアは別カウント。
「大丈夫ですから、どうか落ち着いて。落ちたとしても、マッドマンが助けてくれますから」
ほら、と指させば沼から立ち上がったマッドマン達が手を振っている。
「「「ま”ー」」」
「……だとしても、そうなったら泥まみれに」
「その時は我がダンジョン名物、マッドマン風呂に直行ですね」
「マッドマン風呂?」
「ええ。焚火を使って水をたっぷり含んだマッドマンを沸かすんですよ」
「マッドマンを、沸かす???」
彼女を支えながら、ゆっくりと歩みを進めていく。震えているわ真っ赤になっているわで、正直庇護欲がすごいことに。……そう、庇護欲。ノー、スケベ心。去れ、マーラ。柔らかさとか香りとか意識しない。立場を忘れるな。アイアム社会人! セクハラダメ絶対!
気合で理性を保持し、なんとか板を渡り切る。……が、それでもブラントーム伯爵は抱き着いたまま。はふはふ、と息を整えていらっしゃる。えーと、えーと。
「つ、次の方どーぞー」
「!?」
大きな声で向こう側に呼び掛けると、彼女が飛び跳ねながら離れた。やっと、ほかの人間の目があることを思い出したようだ。俺も正直忘れたかった。だってあっちの二人、すげぇ笑顔でこっち見てるんだもの。
「それでは、失礼して」
華麗にヤルヴェンパー公爵がソウマ伯爵に一礼。全く危なげない足取りで戸板を渡り始める。運動の素人ではないらしく、上体が全く揺れない。いわゆる体幹が鍛えられているというやつである。そのまま石柱の上まで歩くと、やおらソウマ伯爵に向き直った。
「ソウマ伯爵。ハルヒコ殿、とお呼びしてもよろしいか? もちろん、私も名前で呼んでいただきたい」
「ダンジョンの中でなら、喜んで。外では色々面倒になります故」
「全くです。このように一人になることもままならない」
ははは、と男二人が笑い合っている。よかった。うちのダンジョンで楽しんでもらえているなら接待として成功しているという事だ。
「してハルヒコ殿。このような状況で攻め上がる場合、どのようになされますかな?」
「ふむ……私がダンジョンを攻める、と。そうおっしゃるか」
「いえいえ、まさか。あくまで防衛の話。いかにして守るか、攻めるか。それだけのたわいのない問いかけですとも」
ははは、と男二人が笑い合っている。……あれ、さっきと空気違わない? 明らかに違うよね?
「まあ、仮に私が攻めるとしても」
ソウマ伯爵が戸板に乗る。きしみ、たわむが伯爵本人はまるで打ち付けたかのごとく揺らめかない。揺れを、膝でうまくいなしているという事か。
「この間合いなら、誰がいようと問題になりませんな」
「……ほう。それは、私でも?」
「ヤルヴェンパー家の魔法の腕は聞き及んでいます。様々な伝説が残っていることも。しかし、剣の間合いにあれば関係のないことだ」
そっと、伯爵の手が刀に添えられる。おいおいおい、さすがにもうシャレにならんぞ。
「えー、お二人ともーーー?」
「ははは、ただの戯れにございますよ。ねえ、ハルヒコ殿?」
「もちろんだとも、エドヴァルド殿。互いに備えは常にしている。ちょっと刃のついた道具を使ったとしても、大事にはならん。なにより」
私は手加減する。ソウマ伯爵、素晴らしい笑顔で言い切った。うーん、ヤルヴェンパー公爵がどんな顔しているのかわからないのが怖い。
と、その公爵。右手を一振りすると、そこには抜き身のレイピアが現れた。持ち手を覆う護拳には波の紋様が飾られているが、刃の輝きは間違いなく実用品。というか、うっすらと光をまとっている。もしかしなくても、魔剣ではないだろうか。
「そうおっしゃるのであれば、一手ご指南いただきたい。……口先だけでないのなら」
「無論」
ついに、ソウマ伯爵が鯉口を切った。そのまま、淀みなく刀を抜き放つ。遠目から素人の俺でもわかるほどに、その刃は鋭かった。抜き身の刃は美しく、だからこそ武器の恐ろしさを伝えてくる。そして、こちらも当たり前のように光をまとっている。こちらも魔剣、刀だから妖刀と呼ぶべきか?
ともあれ、二人はいよいよもって武器を構えた。公爵は半身に構え、膝を曲げて重心を前に。伯爵は刀を正眼に構え迎え撃つ。
我がダンジョン、マッドマン沼。決闘場となりけり。……一体どうしてこうなった。