コネクションを求めて
アルクス帝国。この世界最大にしてもっとも奇異なる国。その国是からして他国とは根本的に違う。曰く、アルクス帝国は、ダンジョンの為にある。皇帝でも臣民でもなく、ダンジョンを支えるための国であると、そう標榜している。
「なので、基本的にダンジョンマスターは皇帝陛下より偉いのです」
「まじですか」
ペインズの襲撃前。イルマさんと雑談中、帝国について聞いた時のやり取りである。
「じゃあ、ダンジョンマスターが好き勝手し放題になりません?」
「なりません。偉いけれど、命令権はないのですから」
「ああ……権威のみで指示系統には入っていないと」
さながら、日本戦国時代の貴族たちのように。彼らは権威をもっていたが、戦国武将たちへ命令することはできなかった。
「それに、我が国も三千年。いろんなダンジョンマスター様が現れましたので対処方法の蓄積もそれなりにあるのです」
「ああ、うん、ですよね……」
怖い話である。俺も問題があったら対処されてしまうわけだ。
「なので、基本的にダンジョンマスター様が貴族になることはありません」
「……それじゃあ、ソウマ様の所はどういう仕組みなんです?」
ソウマ領とかなんとか、思いっきり名前がついていたが。
「ああ……よそ様の家で説明するのもどうかと思うので、よくある例で説明しますね」
ある場所にダンジョンとダンジョンマスターが現れる。ダンジョンを頼って、人々が集まる。集まった人々を束ねる有力者が出る。帝国がこの人物を貴族に任じる。
「平民でも、ですか?」
「はい。繰り返しますが帝国はダンジョンの為にあるのです。ダンジョンのために働く者の長は貴族足りえるのです。……もっとも、なったからといって帝国貴族社会でやって行けるかといえば全く別のお話なのですが」
「ですよねー」
その貴族の家とダンジョンマスターが婚姻を結ぶ。マスターに子供ができる。生まれた子供は貴族ではない。しかしダンジョンマスターの血族であるため、ダンジョンを継ぐことができる。
「この子供を、貴族側が養子にして貴族籍に入れることがよくあります」
「あるんですか」
「……生臭い話なんですが、ダンジョンを継ぐことができる血って婚姻でとっても重要視されるんですよ。ちなみに、我がヤルヴェンパー家はそれじゃないです。ヤルヴェンパー様の子孫じゃないので」
「まあ、海竜様ですもんね……」
貴族籍にいた者が、ダンジョンマスターになった場合は貴族ではなくなる。理由は前述の通り。これは当主であっても例外ではない。なので、ダンジョンマスターと貴族を兼任することはよほどの事情がない限りはありえない。
「……ハイロウはダンジョンで働くのが夢。なので、子供が領地を任せられるぐらい成長すると家督をあっさり譲るんですよね。……うちが、まさにそれでして」
「なんかあったんですか」
「ちょっと、父と兄が……まあ、お気になさらず」
しかしまあ、ダンジョンありきの国というのは通常のそれとは随分と変わるものだ。これが人間の国なら、子供に権力を渡すのを嫌がるとかよくある話なのに。権力より、ダンジョンなのか。ハイロウだから、なのか。
ともあれ、微妙に地雷を踏んだ気もするのでこのあたりが潮時だろう。
「いやあ、すみませんでした。細かいことまで聞いてしまって」
「いえいえ、こんな事ぐらいならいくらでも。これから先、役に立つこともあるでしょうし」
彼女は仕事中だ。俺の対応がそれの内であるとしても、モンスター関連でない事で話を続けるのは良くない。そろそろ通信を切り上げようとすると、イルマさんは指を一本立てて見せた。
「そうだ、ミヤマ様。先ほど私はダンジョンのために働く者の長は貴族足りえる、とお伝えしました。帝国はダンジョンの為にある、とも」
「はい、それが何か?」
「ええ。これから帝国貴族との付き合いが増えれば、それが幅広い意味を持っているという事をお知りになると思います。それを記憶にとどめておいてください」
「……なんとも、歯に物が挟まったような物言いで。具体的には教えてくださらないと?」
「ええ。危険な話でもありませんし……サプライズは、人生を豊かにするそうですよ?」
お茶目にほほ笑む彼女は、とても魅力的だった。そして、彼女の言葉の意味をブラントーム伯爵家とかかわることで理解した。
ダンジョンの為に働くならば、人でもエルフでも獣人でも、そしてモンスターでも構わないという事を。
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時間の針を、ヨルマと和解した日に戻す。俺たちは二人でコアルームにいた。彼にうちのダンジョン専属担当員となってもらう計画。これの実行には、権力が必要だった。なにせ、ヨルマは商業派閥の下っ端である。商品をいじる権限もなければ、うちの専属でいられる立場でもない。それをどうにかするには、貴族派閥の力がいる。
そんなわけで、ヨルマのスポンサーと連絡をつける事となった。彼から借り受けた金属のカード。そこに刻まれた通話紋に魔力を通す。すると、目の前に現れたのはひとつの魔法陣。これは、通話紋そのものか?
「あれ? 映像でないの?」
「あちら側が通話のみに設定しておりますので」
「なるほど」
非通知設定とかそう言うのか。異世界でもそういうのは変わらないらしい。そういう設定が出来る技術があると言うことをすごいと思うべきか。
「エージェント。今の声は誰だ。今まで何をしていた」
「こちらエージェント。ただいまの声はこのダンジョンの主、ナツオ・ミヤマ様です」
「どうも、こんにちは」
すごい音が聞こえてきた。木と、硬い音……床かな? 勢いよく立ち上がって椅子を倒したとか。
「な、なな、何だと……!?」
「で、すんませんけど。そちらのトップであるブラントームさんと繋いでほしいのですが」
「……ッ!」
首を絞められたカエルのような声が聞こえてきた。絶句というか、断末魔というか。
ブラントーム伯爵家。ヨルマから聞くところによれば、爵位こそソウマ家と同じだが歴史と規模は段違いだという。千年以上の長きにわたり、広大な領地を治める大貴族。幾度となく異界からの襲撃を自力で乗り越えたというのだから、蓄えた戦力は相当なものだ。少なくともうちなど足下にも及ばない。
当然ながら、そんな大貴族が裏工作していたなどと言うことは表に出せない。だからヨルマにもトップの名前は伝えられていなかったのだけど。
「何故!? 何故ダンジョンマスターがその名を……エージェント! ヨルマ・ハカーナ! 貴様まさか!」
「いざという時のためにトップぐらい調べるものですよ。おかげでこうやって役に立っています」
「貴様ーーーー!!」
あまりの事に、たぶんもうその言葉しか出てこないのだろう。すさまじい激情の籠もった『貴様』だった。そして、本当に申し訳ないが、彼の感情に付き合っている暇はない。
「私、ダンジョンマスターナツオ・ミヤマは貴族派閥、さらにはブラントーム家からの支援を受けたいと考えています。理由は商業派閥から狙われているから、です。このような形で申し訳ありませんが、お取次ぎ願えませんか?」
「うぐっ……おお、うう……」
大きく、深呼吸する音が聞こえてくる。混乱と激情を頑張って押さえようとしている。彼もプロなのだろう。
「……私では、判断がつかない。上に指示を仰ぐ。それでよろしいか?」
「はい、お手数をおかけしますがよろしくお願いします」
「……しばし、お時間をいただく」
通話紋が消えた。とりあえず、第一段階はクリアーだろうか。
「うまくいきましたね。私だけだったら尻尾切りされて終わってましたよ」
「おまえね。商業派閥だけに飽き足らず、貴族派閥まで出し抜いていたとか」
「私みたいのはそれぐらいしないと生きていけませんからね。それに、出し抜いたと言ってもさっきの連絡員程度ですよ。上は私程度ではとてもとても」
爽やかに笑いながら嘯くヨルマ。まったく、よく言うよ。相手とてこの工作は表に出したくないのだろうし、相応に隠蔽はしていたはずだ。それでもなお、トップの情報をぶっこ抜いたのだから、恐るべきはヨルマの技術か。下っ端として使っていた商業派閥はまったく見る目がないといわざるを得ない。
「あ、そうそう。忘れていました。これから話すであろうロザリー・ブラントームについてです」
「ロザリー? 女性か」
「ええ、知っておかないとまずい情報が少々」
ヨルマ曰く。彼女は急逝した父に代わり当主になったばかり。若くして大貴族の当主は荷が重く、叔父と権力争いの真っ最中。血の薄さがコンプレックスであり、それが下の争いの種にされている。……血の薄さって何? と聞く前に話はさらに進む。
「そして何より重要なのが……争っているのが本人たちではなく、家臣や寄子の貴族たちであるという」
「権力の継承には、どうしてもこの手の話が付きまとうな……しかし、こんな話までよく調べたな」
「いえそれが、おもいっきり商業派閥が裏から手を回している懸案でして」
「害悪すぎる」
ここで、一度アルクス帝国の派閥についてまとめておこう。帝国には、大きく分けて三つの派閥がある。
まず、皇帝を頂点とするダンジョン派閥。ダンジョンに直接奉仕するハイロウの集まりで、多くの上位貴族が所属する。というか、ダンジョンに奉仕できるものが上位貴族として認められるまであるらしい。イルマさんの実家ヤルヴェンパー公爵家や、ソウマ伯爵家がここに所属している。
次に、貴族派閥。こちらは単純に、ダンジョンに縁を持たない貴族たちの集まりだ。領地経営に精を出しつつ、様々な手段で縁を繋ごうとしている。今回のブラントーム伯爵家がここにいるのは言うまでもない。
最後に、帝国最大の規模を誇る商業派閥。帝国の流通の大半を担当。ダンジョン、貴族、民、外国。立場、場所を問わず商業活動に邁進する。小さな商いで生計を立てる商家もいれば、ダンジョンマスターを借金まみれにして手ごまに変える悪辣な者もいる。あまりに多すぎて、いくつも内部派閥があるというとんでもなさ。
この三つの派閥は、基本的には協力関係にある。しかし、ダンジョン格差という埋めがたい溝も存在する。
「ダンジョンを欲するものたち。家臣、民、寄子の貴族。これらを商業派閥が煽ったわけです。もっと過激な方法を取ってでも、ダンジョンと縁を繋げと」
「……やり口が、商業派閥といっしょじゃないか?」
「はい。つまるところブラントーム伯爵家を商業派閥化させるための工作ですね」
「商業派閥、滅ぼすべきじゃないか?」
「内部派閥的には、そういう極悪なのは少数派なんですよねぇ。隠れ蓑にしているとも言います」
タチが悪い。だからこそ生き残っているのだろうが。さてそんな話を長々としていたのだが、一向に連絡がこない。……ヨルマの話から察するに、相当揉めているのだろうなぁ。それに関してはどうしようもないのだが。
あまりに時間がかかるので、コアルームでお茶飲んで待つことにした。幸いというか、エラノールさんの面接の為に用意した(そして使わなかった)テーブルと椅子がある。
ゴーレム・サーバントを呼んで雑談しつつ時間をつぶす。幸い、ヨルマの話題は尽きることがなかったので苦にはならなかった。この国について知らないことはまだまだ多い。
「というか、ブラントーム家が商業派閥化されたら俺の目的果たせないんだけど」
「ご心配なさらず。大貴族が簡単に派閥を変えたりしませんよ。そもそも、ブラントーム伯爵家自体が貴族派閥の重鎮なのですし」
「……そんだけ大きい家でも、縁を繋ぐのは難しいのか」
「こればかりは巡り合わせというものもありますし」
二杯目の茶が空となり、トイレに行くべきかと思っていたところにやっと呼び出しの音が鳴った。
そして、映像として現れたそれに、俺は衝撃を受けた。オレンジ髪の美少女がいる。それはいい。ネコ科のケモミミがある。とてもいい。だが、背中の翼はどういうことだ。さらに、その隣に立っているもの。
貴族らしく豪奢な服を着ているが、頭が狼だ。黒毛の狼男だ。百九十センチはあろうかという、立派な体格の狼男だ。この二人がいきなり映し出されたのだ。声が出ないほどに驚いた。聞いてないぞヨルマ、と心の中で絶叫もしていた。
そんなふうにしていたものだから、向こうから先に喋り出した。美少女の表情は、硬い。
「初めまして。私がロザリー・ブラントーム。ブラントーム伯爵家の当主です。こちらは、叔父のクロード」
羽根付きネコミミ美少女の紹介に、後ろの狼男が一礼する。
……なるほど。血の薄さとはこういう事か。確かに、彼女は耳と羽根、ちらりと見えた尻尾を除けば人に近い。逆に、隣の叔父はパーフェクト人狼だ。
強いモンスターである事が重要視されているという事か? 兎にも角にも、まずは挨拶だ。
「はじめまして。ダンジョンマスターのナツオ・ミヤマです。こちらは工務店のヨルマ・ハカーナ」
内心の動揺を抑えて何とか声を出す。ヨルマなどは、まるで執事のように一礼する。もっとも、後ろに立っているから見えないのだが。そういう気配を感じるだけ。
ブラントーム家の二人の視線がヨルマの名前を聞いて鋭くなった。まあ、そうなるだろう。
「さて、連絡役の方にお伝えしたのですが……」
「その前に」
俺の言葉を遮って、ブラントーム伯爵家の二人が頭を下げてくる。……あれ、この手の偉い人が頭を下げるのって不味いんじゃなかったっけ? ダンジョンマスターは例外扱いなのか?
「この度はミヤマ様に大変なご迷惑をおかけした事、深くお詫び申し上げます。全ては当主たる私の責任で……」
「いえ、今回の件は私の独断によるもの。全ての罪は私にあります」
「叔父様!」
「お前は黙っていなさい!」
唐突に、言い争いを始める二人。止めようにも、どう口をはさむべきか。そう悩んでいると、騒がしさはどんどん増えた。画面には映らないが、たくさんの人がいるらしい。
ついでに言えば、明らかに人とは違う唸り声や咆哮も混ざっている。
「今回の計画は当主様の命令によるもの! こうやってダンジョンマスター様と縁を結べたというのに、横から奪おうというのか!」
「縁は縁でも悪縁ではないか! 下手人を捕らえられ正体を見破られ! この失態どのようにあがなうのか!」
「そもそも商業派閥から話を取り次いだのはそちらではないか! それを棚に上げてなにをぬけぬけと!」
「やはり血の薄い娘では、我らを束ねるのに不足が……」
さらに画面外から家臣らしき人々が集まって喧々諤々とやかましくなる。うーん……互いの発言を聞き比べて考えるに。
「どっちが主犯かはさておき。叔父さんは娘さんをかばおうとしているのは間違いないよねこれ」
「それを取り巻きが止めさせようとしたり、相手側に押し付けようとしてますね。互いに」
あと、一部の連中が例の血に関する発言を。気にしないようにしているようだが、眉根によった皺は機嫌をしっかり表している。ともあれ、放置していても話が進まない。
「はーい、よろしいですかー、よろしいですかー。こちら注目してくださいー」
パンパン、と手を叩く。何度も叩く。しばらく続けて、やっと静かになる。学校の先生の苦労がほんの少しわかった気分。あるいは動物園の飼育員……と、これは失礼にあたる考えか。
「とりあえず、当主様と叔父の方以外は席を外していただけませんかね。話がごちゃつくので」
「はい、申し訳ありません!」
当主のロザリーさんが手で退室を促す。……いうべきではないのかもしれないが、一言。
「えー、この話し合いには関係のないことですが。組織の長たるものの資格は、決定することと責任を取る事だと思います。それに身体的特徴は別の話かと。関係ない話ですが」
聞こえよがしに。当主と叔父の刺すような視線が一部に向けられる。……あとは身内で何とかするだろう。
「さて、話を戻させていただきます。まず第一に、今回の件に関してそちら側に特別求めるのはありません。強いて言うなら謝罪ですが、それは先ほどしていただいたのでそれで充分です」
「そんな! あれだけの事をしてしまったのですから!」
「そもそもがグレーゾーンと聞いております。法で裁けることでもなし。結果的に我がダンジョンの利益にもなりました。なのでヨルマによる工作に関しては謝罪一つで十分です。麗しい家族愛ですが、どちらが悪いとか言っていると話が進まないのでここまでにしていただきたい」
当主さんと叔父が互いに見合う。この二人がどれだけ争ったのか、または争わされたのか。知る由もない。ただまあ、その表情に憎しみはないようだ。ならば、とりあえずはそれで十分だろう。
「で、先ほどの件を改めて。自分のダンジョンは商業派閥に狙われています。なので、ブラントーム伯爵家のお力をお借りしたいのです」
「我らを……信用なされると? そちらを窮地に追い込んだというのに」
叔父の人がうめく。こういう言葉が来ると思っていたので、一応の用意はしておいた。
「信用というのは育てるものだと思っています。第三者からの紹介である程度の保証を確保してから、というのもありますが。結局は互いにやり取りをして、信じるに足りるかを確認していく」
背筋を伸ばして、しっかりと相手の目を見る。
「そしてそれは、私自身にも言えることです。マスターになったばかり、ダンジョンも作っている最中。そんな私が、ブラントーム伯爵家の支援を受けるに足りるかどうか。皆さまの目で判断していただきたい」
相手の罪悪感に付け込んで、支援を引き出す。そういう手もあるとは思う。だが、長期的に付き合っていきたい相手にそれは悪手だろう。商業派閥という巨大で捉え所のない組織を相手取るのだ。地盤固めはできうる限り気を配るべきだ。
俺の申し出に、ブラントーム家の二人はしばらく口を閉ざした。その胸中はうかがい知ることができない。だが、とりあえず追い込まれたような雰囲気はなくなった。それは良い事のはずだ。
表情の柔らかくなった当主さんが、右手を胸に当てて一礼してくれた。
「寛大なお言葉、ありがとうございます。そのようにおっしゃってくださるのでしたら、私共も良きお付き合いができるよう務めさせていただきます」
後ろに立つ叔父も頭を下げてくれている。表情から険しさが取れているから、こちらの心情もとりあえず問題ないようだ。
……駆け引きというわけでもないのだが。ここで俺が深々と頭を下げる。
「で、申し訳ない。ゆっくりと関係を深めていくとか言っておいてアレなんですが。早急にお力を借りたい事が一件ありまして」
目を見張る二人に対して、ヨルマを手で示す。
「このヨルマ・ハカーナを工務店でうちのダンジョン専属にしたいのです」
例の計画を説明する。オプションガン盛による設備の値段引き上げ。それを回避するための専門担当者。工務店内部で孤立しないために派閥への参入など。
叔父の人狼が、鋭い視線をヨルマに投げる。当人は涼しい顔だが。
「なるほど、お話は分かりました。ですが、この男でなくてもよろしいのでは?」
「いえ、ヨルマは得難い人材であると考えます。商業派閥に隠れてそちらと手を組めた事。実働として現場で動けた事。さらに、……そちらにとってはあまり気分がいい話ではないでしょうが、ブラントーム伯爵家について調べ上げた事。どれも簡単な事ではありません。これから先、商業派閥とやり合っていく上で貴重な戦力となってくれると思います」
そうなのだ。こいつ、ちょっとどうかと思うぐらい手練れなのだ。一体どんな人生を送ったらこうなるのか。ペインズとの戦いの時も、結構な働きを見せていたし。というか、最初にヨルマが雑魚掃除してくれなかったら負けてたかもしれないのだ。
「ミヤマ様がそこまでおっしゃるならば、私どももお力添えいたしましょう。……ハカーナとやら。ミヤマ様のご温情、理解できないとは言わせませんよ?」
「もちろんでございます。身命を賭してお仕えさせていただきます。ブラントーム家へのご恩返しも、かならずや」
当主さんからの鋭い視線も、ヨルマは丁寧な物腰で返すのみ。肝が据わっている。
この後は、次の話し合いの日程などを決めて終了。丁寧なあいさつを互いに交わして通信を終えた。
「許す、といわれても罪の意識は残る。あえて借りを作り、行動を促すことでそれを軽くする。さらに自らの利益とこの先を確保する。お見事です。このような交渉事は経験が?」
「客商売していただけだよ。あとまあ、ダンジョンっていう絶対的資本があったからこそかな。そうじゃなきゃ、どうして初対面で貴族のお偉いさんが同じテーブルについてくれるものかよ」
一つ深呼吸をして、疲れを吐き出す。なんだかんだ、緊張する話し合いだった。とりあえずのとっかかりは得られた。あとはそれこそ少しづつ信頼を勝ち取っていかなくてはいけない。
「お前もこれから大変だぞ、ヨルマ。工務店内のあれそれ」
「ダンジョン専属という椅子と、ブラントーム伯爵家の援助さえあればどうとでもなります。必ずや、ご期待に応えて見せますとも」
「すごい自信だなぁ」
うらやましく、頼もしい。気持ちを切り替えるべく、俺はコアルームを後に……しようとして振り返る。
「忘れてた。ブラントーム伯爵家って、モンスターが多いの?」
「多いというか、モンスターが貴族になって起こった家ですね。家臣も領民も、ついでに周辺貴族もモンスターが多いです」
「ダンジョンの為にある国……こういう事か」
納得がいったので、足を外へ向けた。トイレにも行きたかったし。