アタック・オヴ・アドベンチャラーズ チームA
大変長らくお待たせしました。第二章の開幕です。
地面に、穴が開いた。俺が立っていた場所だ。
「あ、あああああ!?」
とっさの反応は、できなかった。何も掴めず、何も踏めず。落ちるしかなかった。
穴の中に光はなかった。すぐさま、俺の目は暗視能力を発揮する。闇を見通す。……深い! まずい! 十メートル以上! 死ぬ!
「うあああっ!」
今度は体が動いてくれた。手放していなかった短槍を、壁に思いっきりぶっ刺した。安物の槍は、ダンジョンコアによって与えられた怪力に軋みを上げながらも目的を果たしてくれた。がくん、と落下が止まる。同時に、槍はさらに悲鳴を上げた。
「まず、い」
大盾を、上方にぶん投げる。空いた手で壁をつかむ。幸いにも凹凸はあった。日々のトレーニングの成果を発揮し、かなり無理な動きを筋力とコアの力で行う。足をかけ、何とか壁に張り付くことができた。
「主様ぁぁぁぁぁ!?」
「生きてるーーーー!」
コボルト・シャーマンの悲鳴が上から響いてきたので、声を絞り出して答える。
「お二方! 主様は無事ですぞ!」
「すぐにお助けします! こらえてください!」
「お前らぁ! 邪魔なんだよぉ!」
エラノールさんとミーティアの声。戦いは続いている。のんびり助けを待っているわけにもいかない。正直上手くいくかわからないが、やるだけやってみよう。
「シルーーーフ! 下から押せぇぇぇぇ!」
突風が来た。まず上から。落とされそうになったが、次の瞬間は突き上げる風がやってきた。半透明の少女が、羽根をはばたかせて上っていく。とっさに理解する。彼女の姿が見えなくなったらこの風も消える。
凹凸を蹴る。砕けそうになるほど壁を握りしめて、身体を押し上げる。急げ、急げ、急げ! しかしやはり無計画はいけなかった。数メートル上ったところで、風が消えた。バランスを崩す。手が壁から離れる。のけぞる。
「ボスッ!」
蛇の尾が、胴体に巻き付いた。凄まじい力で引き上げられる。
「ミーティア!」
「大人しくしててくれればいいのにさぁ! 無茶しちゃって!」
ラミアの怪力はすさまじい。大人一人を軽々穴から引き上げるのだから。そうやって引っ張り上げられた地上。ダンジョン入り口。そこはいまだ、戦場だった。
「シャァァァッ!」
鋭い気合と共に、エラノールさんの長槍が振り下ろされる。しかし、それを大盾が防ぎきる。兜に、ブレストプレート、篭手に脚甲。長距離移動と防御力の両方を考えた上での重装備。鍛え上げられた戦士がそこにいた。
さらに。
「ルレイル・ルレイル・リーデーレー! 妖精の宴、乙女の話題、こみ上げる衝動! 腹を抱えろ! ラフショック!」
唐突に、笑いがこみ上げてきた。また、呪文だ。しかし、これは俺そのものを対象にしている。地面にかけて、縦穴と空間をつなげるようなさっきのアレとは違う。コアの力でレジストが可能。
「効くかぁ!」
気合で弾き飛ばす。視線の先にいるのはエルフの魔導士。節くれだった杖に、つばの広い帽子。年季の入ったローブに首から下げられた護符。絵本に出てきそうな完璧さ。
先ほど俺を穴に叩き落としたのもこいつだ。
「攻撃を止めろ! 話を聞け!」
先ほどから何度も呼び掛けているが、襲撃者の動きは止まらない。聞きなれた音が、洞窟入り口の影から響いた。弦の鳴る音。弓矢の音だ。とっさに体をひねると、鎧に包まれた肩に衝撃。矢がかすめた。しくじっていれば、貫かれたかもしれない。
「蛮族かお前らはっ!」
罵っても言葉は返ってこない。攻撃こそが返事とばかりに、攻め手ばかりが増える。襲撃者は五人。エラノールさんは大盾もちに手いっぱい。コボルト・シャーマンは直接戦闘では戦力外。ミーティアといえば。
「おおおおらぁぁぁぁぁッ!」
両手斧を振り回す、ドワーフの重戦士へタックルを仕掛けた。ただのタックルではない。低いのだ。蛇体に重心があるため、上半身を地面すれすれに倒しても転ぶことがない。まさに、蛇が這うごとく。エラノールさんのアドバイスを受けて、ナーガ格闘術はさらに磨きがかかっている。
「ぬぁぁっ!? なんとぉ!?」
まさか、低い位置からタックルをもらうとは思っていなかったのだろう。ドワーフがひっくり返る。片足を持ち上げられては踏ん張りがきかない。
「仕留めさせてもらうよっ!」
魔性を表したミーティアは、慣れていても少々怖い。ドワーフに止めを刺そうと飛び掛かる、が。
「聖なる光をここに!」
「ギャァッ!?」
突き刺さるような閃光が突如放たれた。ミーティアだけでなく、周囲にいた俺たち全員の目をくらませる。
石を投げるためにタイミングを見計らっていた俺も同様だ。とっさに腕で顔を覆ったが、光が視界に焼き付いた。辛うじて見えるようになったころには、ドワーフは体勢を戻していた。光ったのは、聖印らしきものを首からさげた推定女司祭。
敵の数は五人。大盾使い、ドワーフ斧戦士、エルフ魔導士、女司祭、そして隠れている弓使い。対しているのは俺、エラノールさん、ミーティア。そして背後にコボルト・シャーマン……だったが。
「主様! 来ましたぞ!」
「よっしゃぁ!」
地響きを上げて、我がダンジョンの切り札がやってくる。ストーン・ゴーレム。しかも、今回からは特別だ。
「ゴーレムが、鎧を着ているだと!?」
大盾使いの驚きの通り。アルクス帝国の技術力おそるべし。発注したら数日で送ってくれたぜ、ゴーレム用のブレストプレートを。
右手に装備したクラブも勇ましく。ゴーレムが、敵めがけて進撃する。
「トンベ・ファレン・カデーレ! 直下の危機、底なしの洞、不可視の腕! 墓穴はそこだ、サモン・ピット!」
そして、その足元に穴が開いた。ゴーレム、なすすべなく落ちていく。エルフ魔導士が、またやったのだ。
「ああああ!? ゴーレムぅぅぅ!?」
情けない悲鳴が、俺の口から洩れる。だってしょうがないじゃないか。状況を変えうる希望が目の前でボッシュートされたんだから。凄まじい音が穴底から響いた。
「ふははは! いい気味じゃい!」
「油断するな。倒せてはいない」
「わかっとるわい!」
エルフとドワーフのやり取りの通り。ゴーレムは倒されてはいない。ダメージは確実にもらったようだが。ともかく、魔術師と女司祭がまずい。あいつらが状況を変えてくる。戦力の集中もさせてくれない。だったら。
「これでも、くらえ!」
もはや、相手がヒトだからと躊躇ってはいられなかった。石の、全力投球。目標は、エルフ魔導士。
「シールド!」
直前で、透明な盾が現れ阻まれた。呪文による盾だ。苛立ちを叫べるものならそうしたかった。
「ミヤマ様! バリケードまで後退を!」
「……だめだ、ここで下がったらゴーレムが袋叩きにされる!」
「だったらあたしがッ!」
「呪文は使うな! あいつら潰してくる!」
ほぼ直観だが、魔術師と女司祭の目が鋭くなったのを確かに見た。カウンターの手があるのだ。ミーティアの呪文は切り札だ。相手の札と相殺させるにはもったいない。
なら、どうする……どうする……打開策では、ないけれど!
「二人はけん制! 俺が削る!」
再び、石を拾う。ただの投石だけど、これは致命傷を与えうる。魔導士もわざわざ呪文で防いだ。そして石はまだまだある。呪文は、後何回使える?
「まずいぞ!」
「任せろ!」
ドワーフの声に、大盾使いが答える。あいつなら、エラノールさんが抑えられる。問題にならないと、再び投石フォームに入る。
「発動! ストライク・ゾーン!」
大盾使いが、短杖をこちらに向けた。……マジックアイテム!? 何が来るかわからない! まずい、と目標を修正したが間に合わなかった。
「発動! スノー・ボール!」
一抱えある雪玉が、まっすぐ俺に向かって飛んできた。体をひねってかわそうとする。が、雪玉はそれに合わせて曲がってきた! 畜生、最初のワンドは命中補助か!?
冷たさと衝撃が、一つになって叩き込まれた。勢いに抗えず、そのまますっ転ぶ。ダメージは大したことがない。鎧とコアの守りによるものだろう。だけど、雪が重い。自分の上からどけるのは一苦労だ。そもそも雪に押しつぶされて身動きが取れないというのがいけない。隙間があるから窒息はしないが。
皆が戦っている。急がなければ、と焦れば焦るほど上手くいかない。一分一秒が惜しい。雪に溺れながら少しでも早くともがいていた所に、いきなり重さと圧迫感が消えた。
体を跳ね起こしてみれば、雪にまみれたミーティアの尻尾が見えた。
「ありがとうっ!」
「礼はいいから早く立って!」
俺が無力化されていた数十秒、盤面に変わりはないようだ。両者ともに被弾なし。呪文もワンドも使用なし。……よし。
「もう一回行くぞー!」
俺は、再度石を拾って立ち上がる。連中にとって、俺の投石は脅威だ。呪文というリソースを消費してでも、止めたいのだ。あちらが魔力無限とか言い出さない限り、いつかは限界が来る。
呪文が無くなればこっちのものだ。あの落とし穴の呪文、効果が切れるまでどれくらいかかるのか。ゴーレムが復帰して、落とし穴がなければこっちのペースに持ち込める。
「持久戦だコラァ!」
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俺が石を投げる。連中が防ぐ。呪文が飛んでくる。俺が食らう。二人が防いでいる間に復帰。さらに投げる。防がれる……。三、四回は繰り返したか。
正直言おう。かなりきつい。矢やら魔法やら、ガンガン命中する。ケガもしている。死んでいないのは一重にコアの加護によるものだ。大盾や鎧、日々の地味なトレーニングも少しは役に立っているだろうが。
前衛二人はよく防ぎ、よく耐えてくれている。エラノールさんはこの激戦にもかかわらず、まともに打撃をもらっていない。ミーティアは何度かドワーフの両手斧を受けたようだが、出血は少ない。再生能力のおかげか。
このように、こちらの消耗はある。対するあちらはどうかといえば、手傷はない。うちの前衛二人が防御重視の行動をとっているからだ。しかし、表情には苦みが走っている。数的有利があるのに、攻めきれない。呪文を使っているのに、状況を覆せない。苦しくて当然だろう。そして、状況が変わる。
「「「ま”ーーーーー!!!」」」
満を持して、マッドマン三体の到着である。足が遅いから移動に時間がかかった。前衛に加わってくれれば、状況が変わる。
「まずいぞ! ピットは!?」
「あるが、足りん。潮時だ」
エルフとドワーフの会話。気づきが、稲妻のように脳裏を走る。
「逃がすな! 捕まえろ!」
もう何度目かもわからない、全力投石。目標はエルフ、だが盾を構えた女司祭が割って入る。
「揺るがぬ守りをここにっ……キャァ!」
輝く盾が現れたが、投石が貫通。さらに盾を破砕。……が、そこまで。術者二人を倒すには至らなかった。その攻防の間に、エラノールさんは大盾使いに木刀を叩き込んだ。ミーティアは、見事ドワーフを蛇体で縛り上げている。
そして、矢が俺の眉間に迫った。何故できたのかは自分でもわからないが、気が付いたら左腕で防いでいた。手甲を抜かれ、痛みが走る。我慢。
「武器を下ろせ! 仲間を捕まえた……」
「フーモ・フームス・ドゥイーム! 火蜥蜴の吐息、大地のくしゃみ、息の根止める黒! スモーク!」
エルフの呪文が、完成した。苦く、呼吸する隙間もない煙が周囲を覆う。なまじ喋っていたのが不味かった。思いっきり吸い込んでしまう。
「ゲホッ、ゴホッ!」
思わずしゃがみ込む。無事な右腕で口元を覆うが、咳は止まらない。周りから、エラノールさんやミーティアの咳き込む声が聞こえてくる。さらに、男二人分も追加で。あのエルフ、仲間を巻き込んだ? 正気か?
「ま”!」
「ごほっ……お”お”う」
担ぎあげられる。マッドマンが、俺を煙から引きずり出した。……そうか。マッドマンは呼吸していない。目で見ているわけでもない(目や口のように見える穴は開いているが)。煙の影響を受けないのか。
ぼやけてまともに見えないが、マッドマンが次々と仲間を煙の中から助け出している。さらには進軍までしているようだ。何と頼もしい事か。
しかし。俺は聞き逃していたのだ。エルフ魔導士の詠唱を。
「サモン・ピット!」
「ま”ーーーーーー」
水っぽい音が、穴の底から聞こえた。……認める。これは、俺のミスだ。呪文に対する勉強不足、知識不足、準備不足がこれを招いた。
だが、まだ負けてはいない。ガタガタだが、生きている。視界が戻った。立ち上がる。……ちくしょう。
「やられた」
「……なんと」
「あー……」
俺と同じくやっと復帰したエラノールさんとミーティアも、茫然と目の前を見ている。煙と、穴二つはそのまま。襲撃者の姿は、影も形もない。森の方から、かすかに走り去る音が聞こえる。……逃げられた。あの煙の中でどうやって。はじめから、煙の呪文を使ったらどう動くか決めていたとでもいうのだろうか。
「追いますか?」
「……いや、いい。勝ち切れない。シルフ、戻ってくるかどうか、警戒を頼む」
ダンジョンの外だ。俺は追えない。足の遅いマッドマンは追いつけない。シルフ、エラノールさん、ミーティアの三人では戦力不足だ。コボルトを追加してもだめだろう。
シルフが姿を現し、森へ風に乗って向かった。穴を確認する。ゴーレムは、とりあえず動いているのを確認できる。どの程度破損しているかは確認しないとわからない。マッドマンは無事のようだ。物理的攻撃では形が崩れてもダメージはもらわない。
「ゴーレムとマッドマン、助け出せるか?」
「この手の呪文は長続きしませぬ。コップの湯が冷めるよりも早く、効果が切れるでしょう。それより主様、治療を」
……そういえば、ずいぶんとやられていたのだった。矢だって刺さったままだ。シャーマンにされるがまま、治療を受ける。ゴーレム・サーバントから水で濡らした手ぬぐいをもらい、顔をふく。ひりひりと痛む。
前衛で戦っていた二人も、最低限の治療を終えてこちらにやってきた。
「申し訳ありません、ミヤマ様。力、及びませんでした」
「いや。俺の油断、準備不足があった。エラノールさんはよくやってくれたよ。ミーティアも」
「呪文に対して手も足も出ないってのは、流石に情けない有様だったねぇ」
ミーティアの言葉にエラノールさんが睨むが、そこまで。いつもの返しは出なかった。そう、その通り。今までの襲撃では、呪文による攻撃はとても少なかった。モンスター達に呪文使いは極めて少なかった。ゴブリン・シャーマンくらいじゃないだろうか? とにかく物理で殴ってくるのが大半で、それに対処するので手一杯だった。
今回は違った。呪文を攻撃手段としてではなく、戦況に変化を与えるものとして使用された。その結果がこのざまである。どれほど強い力も、当たらなければ意味が無い。ゲームで散々知っていたはずだ。強化、弱体化の重要性を。……我が身のことと実感するまで思い至らなかった。
「……だけど、生き残った。見た、知った、覚えた」
シャーマンによる治療が続く。矢にはしっかり返しがあり、引き抜くのは難しいとの事。ならば手段は一つ。シャーマンが持っていたナイフで、矢の羽根部分が切り落とされる。鏃とシャフトだけになったそれを、エラノールさんが持つ。素早く的確に押し込まれ、矢が貫通した。
「……っつう!」
痛い。ズキズキとした痛みが、頭をぶん殴られたかのようなそれに変化する。だが、泣きわめくわけにはいかない。俺にだって見栄がある。
消毒、止血の後に衛生的な包帯を巻かれる。
「自然の息吹、若芽の芽吹き、春の訪れ。命の強さをここに。快癒」
最後にシャーマンの術をもらって終了。痛みはしばらく続くが、一時間もすれば楽になってくる。経験済みだ。
治療を受けている間に、落とし穴の呪文の効果時間が終わったようだ。ストーン・ゴーレムとマッドマンが姿を現した。早速アルケミストがゴーレムに駆け寄った。マッドマンは形を取り戻して、仲間に合流した。やはり、落ちた程度ではダメージにならないのだな。
「アルケミスト、どんな具合だ」
一通り点検したと見計らって声をかける。振り返ったアルケミストは悩むようにうなった。
「とりあえず、大きなヒビは術で塞ぎました。脱落部位などはありませんでしたが、しばらく様子を見ながら調整が必要かと。三日あれば目処をつけて見せます」
「わかった。優先的にやってくれ」
マッドマン達にゴーレムを運搬させる。時間はかかるが確実だ。意外と力持ちなのだ、こいつらは。
振り返り、洞窟の外を見やる。襲撃者の姿も気配ももはや無い。……ペインズを倒してから一週間。知らず知らずのうちに慢心していたようだ。初心に戻らなくては。
あえて、笑う。獰猛に。
「次こそ、勝つ」




