同じ場所で笑う
まともに動けるようになるまで、丸二日かかった。コアの力とシャーマンの呪文、両方使っての結果である。一般人から見れば驚異的であり、最近の襲撃具合からみればあまりに遅いと言える。
だが、襲撃は起きていない。周辺を偵察したエラノールさんの話では、モンスターたちは縄張り争いに忙しくダンジョンを目指してはいないらしい。まあ、ペインズの大暴れは森のモンスターたちにとっても刺激的だっただろう。しばらくはそのままでいてほしい。
なにより、扇動者がもういないというのが大きいだろう。なにせ、我がダンジョンで沙汰を待っているのだから。
「……椅子に、座ったら?」
「いえ、このままで」
「……イルマさん?」
「ずっとこの通りですので」
居住区、焚火前。俺とイルマさんは椅子に座っているが、ヨルマは地面に正座している。むき出しの地面だ、さぞかし痛いだろうに。それが己には当然であるとヨルマはいう。
ペインズを倒し、俺が寝込んだ後。彼は包み隠さず自白した。やはりというかなんというか。うちのダンジョンにモンスターを扇動していたのはヨルマだった。モンスターを復活させられないぐらいに経済的に追い詰め、貴族派閥に借金させる。いつかレナード氏から聞いたようなことを、うちに仕掛けていたらしい。
なぜそのような仕事に就いたか、それについても彼は語った。下層階級に生まれながらも、運と実力によって就職最難関のデンジャラス&デラックス工務店にはいったヨルマ。このころはまだ、普通のハイロウと同じくダンジョンにあこがれているだけだったらしい。
しかし上から、正確には彼を手ごまにした商業派閥から回ってきたのは地獄のどぶさらい。商業派閥に言われるまま、己の安寧のために無法を尽くすダンジョンマスターの相手。同族であるはずの人間を資源として消費する、怪物じみた所業。ヨルマがダンジョンマスターに絶望するのに時間はあまり必要なかった。
貴族派閥が接触してきたのはそのころだったという。商業派閥に属しつつ、知りえた初心者ダンジョンマスターを貴族派閥に流す。商業派閥にもダンジョンマスターにも憎悪を燃やしていたヨルマは喜んでやった。
その末に、俺にぶち当たった。ほかの連中と同じはずなのに、折れず抗い続けるマスターに。
「……そしてついに、こちらの切り札である強化オーガすら倒してしまわれた。連中と、あなたの違いは何なのか。あなたにできて、何故連中にはできなかったのか。そんな思いにさいなまれている最中に、よりもよってペインズが襲撃してきまして。いてもたってもいられず、気が付いたら手を出しておりました」
「なるほど」
感想としては、いい迷惑だが気持ちはわかるといった所か。コボルトが虐げられてたり人間奴隷がひどい目にあっている場面を見せられれば、おれだって心穏やかにはいられない。
さらにやっていた事についても、そういうろくでなしマスターの生産をストップするために、原材料を貴族派閥に横流ししていたのだ。やり口は迷惑だが、結果は最悪よりマシ。これを踏まえ、かつ防衛を手伝ってくれたことを考えると……。
物思いにふけっていた俺を、ヨルマがじっと見てくる。男に、ましてやイケメンに見られてもうれしくない。劣等感に苛まれるだけだ。まあ、言わんとすることはわかる。
「自分から折れて商業派閥の手下になったやつと、俺との違い、ね」
まじめに考えてやる。なんというかあの話を聞いた今、こいつを放ってはおけない気分になっているから。
ゴーレム・サーバントに入れてもらった茶を飲みながら、しばらく唸ってとりあえずの考えが浮かぶ。口に出してみる。
「基本的に、よっぽどのろくでなしでもなければ。安全で衣食住に困らなければ悪いことはしない。しかし、この世界に放り込まれるマスターはそれをすべて失っている。さらにいえば、悪いことをして迷惑をかける存在もいない。記憶を失ってそれがいるかどうかもわからない。これが拍車をかける」
小さく炎を揺らす焚火を眺めながら、ゆっくりと語る。
「そんな状態で楽に衣食住と安全を手に入れられる手段があるのなら、そっちに流れてしまうのもまあわからなくもない。それが悪いことであったとしても」
「しかし、あなたはそうしなかった」
「あー……それなー……。正直言えば全くかっこいい話では、ない」
傍らにあったダンジョンカタログを手に取る。敵に投げつけるという暴挙をかましたにもかかわらず、壊れてもいないし汚れてもいない。過剰なまでに頑丈な本だ。
ページをめくる。例の広告ページだ。
「まず。俺は昔、こういう甘い話にうっかり乗って盛大に痛い目にあったことがある。おかげでこの手の話はまず警戒するようになった」
「はあ」
気のない返事をするヨルマ。
「次に、通信越しとはいえ初めて会ったのが彼女だ。見ろこの美人。男ならかっこ悪いところ見せられんだろう?」
「まあ」
両指で口元を覆うイルマさん。こういうセリフは全く言い慣れていないからかなり恥ずかしい。勢いで次へ行く。
「そして、コボルトやシルフを呼んだ。新しい関係、新しい社会への繋がりを手に入れた。ヒトは一人では生きていけない。致命的不利益が発生するまでは、その社会でやっていこうとする。自分のため、仲間のために。彼らと俺の違いって、これぐらいだと思うよ本当」
悪の道へと行ってしまった彼らとて、ブレーキになる何かがあれば踏みとどまれたかもしれない。もちろん、選択したのは彼らだ。そこに責任はある。
同時に、俺も自分の力だけでここまでこれたわけではない。俺はそんな立派な人間ではない。ダンジョンの仲間たち、イルマさんやエラノールさん、ミーティアがいたからこそ今こうやって座っていられるのだ。
「最初からどうしようもなかったヤツも、そりゃいると思うけど。落とし穴に背中を押されて落ちていった人たちもそれなりにいると思うぞ。出たくても、出られなくなってる人たちが」
俺の言葉を聞いたヨルマは、大きく息を吐いた。胸の中にたまっていた思いを吐き出すように。
「……私には、とてもそうは思えません。いえ、そう思いたくないだけですね。まったく、無様にもほどがある。連中を笑えない。ただの憂さ晴らし、八つ当たりを誇りある仕事などと寝言を言っていたのですから」
力なく自嘲するヨルマ。空気が抜けた風船のように、うなだれている。
「お答えいただき、ありがとうございました。もはや、思い残すことはありません」
「そんな大げさな」
「いえ、それがですね」
イルマさんが表情を引き締めて言う。
「彼、このままだと殺されます」
「なんで!?」
「まずですね。今回の彼のやったことなんですが、限りなく黒に近いグレーなんですよ。直接ダンジョンを攻撃したわけではない。モンスターの扇動だって見方を変えれば効率的にダンジョンにエサを与えていたとも言えます。コインを生み出すための。そして実際ミヤマ様はコインで戦力を増強している」
「ええ……それはさすがに強弁が過ぎない? あらかじめやるよとか言われてないよ?」
「言ってはダメなんですよ。過度なダンジョンへの助力は禁止されてますから。そこまでやると抵触します。確かに、黒に近い。でもグレーなんです」
「……つまり、ヨルマはお咎めなしと?」
同情の余地はあるし、防衛を手助けしてもらった。なので別にそれはいいのだが。こうやって何もないといわれると、逆の感情が浮かんでくるのがなんとも。
「ですが、貴族派閥にとっては致命的です。特に、同じ手段を使った後にダンジョンマスターと良い関係を結ぶに至った貴族たちにとっては」
「ああ……ばれたら破滅。だから口封じと」
「その通りです。さらにいえば、このグレーゾーンは私たちハイロウがダンジョンとつながりを持つために創意工夫をする大事な領域。ここにケチつけられると多くのハイロウがかなり困る。かくいう私もその一人」
「え。マジですか」
「はい。本来ならば時間がかかるガーディアン審査を、思いっきり配点甘めにしてエラノールさん紹介したとか、まさにそれ」
「あー……それは、俺は何も言えませんわ」
エラノールさん来なかったら本当壊滅してたからな、うち。さてさて。そんな話を聞いてしまったらよし死ねさらば、とはいかない。
「イルマさん、何とかなりません?」
「なりますよ。今回の件知ってるの私たちだけなので黙っていればそこでおしまいです」
「わぁい。じゃあそれで」
「お待ちください! それでよいはずがありません! 私はミヤマ様に多大なご迷惑をおかけしました! それを無かったことにしていいはずがありません!」
めんどくさい事を。……しかし、抱いているのは俺への罪悪感か。それなら。
「やったことを無かったことにするのはよろしくない。いいだろう、ではヨルマがやったことを改めて振り返ろう。うちのダンジョンにモンスターをけしかけた」
ヨルマが神妙に頷く。話を続ける。
「そしてその結果、次の事が起きた。撃退した為、ダンジョンコインが手に入り戦力増強できた。周辺のモンスターが減ったことから、ペインズの歩兵増加を抑制できた。さらにダンジョン防衛時に初手で歩兵を全滅させた。そして命がけで戦った。これがお前さんがやってくれたことだな」
「いえ、それはただの結果で……」
「そうだな。その結果に、俺は満足している。迷惑はあった。同時にそれ以上の恩恵があった。……だが、もしやったことに後悔があるのなら。ヨルマの力を借りたいことがある」
「……それは、いったい?」
「これだよ」
俺は、ダンジョンカタログを叩く。
「俺は、ダンジョンの仲間たちにもっといい生活をさせてやりたい。防衛設備だって整えたい。だが、このカタログの内容について正直全く信用ができない。中にいるやつの知識をぜひ聞きたいんだ。いい加減、あったかい風呂にも入りたい」
思い付きだが、本音でもある。コボルトに工事させるのも限界がある。しょせんは素人だ。今回の防衛だって、設備のパワーがあればもっと楽だったかもしれない。いつまでもこのままでいいはずがないのだ。
「さらに言えばもう一つ。貴族派閥も紹介してくれ」
「はい!?」
「ミヤマ様、それでよろしいのですか?」
「イルマさんの実家やエラノールさん所のソウマ様に不義理を働く気はない。出来ればそちらとも話がしたい。そして、工務店内の対抗派閥である貴族側ともつながりを持っておいた方がいいと思うんだ」
もし、ヨルマが商業派閥を裏切っていなかったらどうなっていただろうか。貴族派閥だったからこそ穏便な手段をとっていた。それがなかったら。
連中がどれほどのものかは知らない。だが間違いなく俺より金もあれば兵力もあるだろう。個人でどうにかならないものは集団の力を借りるしかないのだ。
「……まあ、そうですね。確かに、色んな派閥とつながりを持っておくのはミヤマ様にとってプラスとなるでしょう。その分色々なことが舞い込んでくると思いますが、それは覚悟の上で?」
「持ちつ持たれつが健全な付き合いだと思いますよ」
「わかりました。実家の方に話しを通しておきます。ソウマダンジョンにも」
「よろしくお願いします。……最初から今まで、イルマさんには世話になりっぱなしで。何か返せるものがあればいいんですが」
うーむ。イルマさんもハイロウだしなぁ。やっぱダンジョンにいる事がうれしいって感じなのか?
「今度、センターがお休みの時にウチに来ますか?」
……いやまて。自分で言ってみたが何だこのセリフ。いやいや、これはあくまでダンジョンに誘っただけだ、俺の家に来るかとかそんなのでは決してないわけで。
「行きます! 絶対! よろしくお願いします!」
わーい、すごい食いつきー。爆釣ー。目ぇキラッキラしてるよイルマさん。喜んでもらえたようで何よりだ。
「あー……で、ヨルマ。どうよ?」
なんだか、微妙にあきれられた視線を投げてくる。うるさいよ。分かってるよ。
「……まあ。罪滅ぼしをさせていただけるのなら、否が応もありません。ご協力させていただきます。……むしろ、こちらがもらう分が多くなりそうな気もしますが」
「そうしたら、その分返してくれればいい。これも持ちつ持たれつだ」
「ええ、はい。……思い残すことはないなどといいましたが、前言撤回いたします。色々思うところありましたので、まだ、生きていたいと思います」
そうはにかみながら笑うヨルマは、もう怪物には見えなかった。
/*/
ハイロウ二人を送り返した後。俺はコアルームにいた。目の前にいるのは、ミーティアだ。
「我、力を求める者なり。我、対価を支払うものなり。我、迷宮の支配者なり」
結局、ミーティアはダンジョンに残る事を希望した。俺としても、有能な仲間は大歓迎だ。一も二もなく了承。契約することに。
「汝、地を這う女怪。汝、血を吸う妖蛇。汝、魔性の麗姫よ」
契約料はコイン二十枚。……本来、モンスターとの契約料はセンター側の手数料も含まれている。場合によっては大部分であることもある。それが一切ないのに二十枚。ミーティアは、相当強いラミアらしい。
「我ととこしえの契約を誓え、ラミアのミーティア!」
コインとダンジョンコアが赤い光を放つ。コインの輝きはミーティアを包み、すぐに消えた。契約は問題なく完了したのだ。
「よーし、おしまい。気分はどうだミーティア」
彼女は自分の手を見て、何度か握ったり開いたりを繰り返した。さらに大きく息を吸って吐いて、
「最高よ、ボス!」
何故か、俺に抱き着いてきた。ありがとうビキニアーマー! センシティブな感じをかろうじてその硬さで守られ……だめだ! 大ボリュームだから守り切れない! 何という大質量! ええい、いい香りがするぅ!
「やめ、やめろって! 離れろって!」
「いやーもう、血吸いたくて吸いたくて苦しかったのなんのって! なまじあんなに飲まされたから余計によ! でも契約したらそれも止まった! 契約するとマスターに危害加えられなくなるって本当だったのねー」
まじか。まあ、野良モンスターだったからそうもなるか。いや、そういうこと言ってる場合ではない。
「こらーっ! もろ出し女! またミヤマ様にご迷惑を!」
エラノールさんが高速でやってくる。まあ、これだけ騒げばさもありなん。
「なにいってるの。これはボスへのお礼とご奉仕よ。ボスも男だしぃ、こういうのも必要でしょ?」
「破廉恥な! ミヤマ様もなんとかおっしゃってください!」
「俺は離れろっていってるぞぅ」
自分から離れようにも、蛇体でぐるぐる巻かれてるからどうしようもないのだ。
「ええー? ボス、女嫌いだったりするの?」
「嫌いではないが、いまだ油断ならん状況でこーいうのやってる余裕ないの。はい、離れる離れる!」
「そういう事だ! さあ、とぐろを解け!」
エラノールさんが尻尾掴んで頑張っているが、悲しいかな筋力は圧倒的にミーティアの方が上であるらしい。結局彼女が自主的に拘束を解くまで俺は自由になれなかった。
エラノールさんほどではないが、機動力がある。ストーン・ゴーレムほどではないが、腕力がある。攻撃呪文と金縛りの魔眼がある。うん、二十枚はまったく惜しくない新戦力だ。
とはいえ、契約したからといって人間関係が変わるわけではない。水と油な二人は、ぎゃいぎゃいと口喧嘩を続けている。
やれやれ、と思いながら石の椅子に座る。残念ながら毛皮のカバーはまだだ。毛皮の加工というのはすぐに済むものではないらしい。代わりと言っては何だが、狼の頭骨が背もたれの上に飾られた。蛮族王ポイント大幅アップである。
俺は、持っていた小箱を開いた。中には、ぎっしりとダンジョンコインが詰まっている。ミーティアに二十枚使ったのに、である。ヨルマの強化オーガとペインズ撃破。あれだけ苦労した甲斐あって、報酬はたんまり手に入った。
一体何に使うべきか。強いモンスターか。ダンジョンの強化か。生活の改善、道具の購入。副収入を得るための投資、という選択肢すらありうる。
暗闇の中で目覚めたあの日と今。変わったものは多い。変わらないものもある。戻らない記憶、様々な悩み、襲い掛かる敵、困難は多い。
「ダンジョンマスター、楽じゃない」
目の前で、絶えず騒がしい二人。それを聞きつけてやってくるコボルトたち。シルフは楽しそうに踊っている。ゴーレム・サーバントは調理中。ストーンゴーレムは修理中。マッドマンは沼でのんびり。スライム・クリーナーズは清掃中。
「楽じゃあないけど、楽しいよ」
俺は笑いながら、次への一手を思索するのだった。