決戦世界のダンジョンマスター
そうだとも。奴は呼吸している。茨巻き付けなんてパンクなファッションをしているが、生物であることに変わりない。
イルマさんは一度大きく目を見開くと、頷いてくれた。
「我らが主、大海竜ヤルヴェンパーも苦痛軍をまとめて海に引きずり込んで倒したことがあります! いけます!」
「頼む」
「はい! 全員下がれー! もう一度壁を建てる!」
前線で戦っていた全員の視線が俺に集まる。頷けば、皆一斉にこちらに走ってくる。イルマさんの術はそれを待たずに詠唱開始。ペインズは妨害者がいなくなって一気にバリケード破壊を進める。
「ウィンター・ウォール!」
再度、氷の壁がバリケードを巻き込んで建設される。ペインズもそれに巻き込まれ、腕を壁に埋め込まれる形になった。だが。
「オオオオォォォォォ!」
ぴしり、ぴしりと氷の壁にひびが入る。分かっていたが、長持ちはしないようだ。前線組が俺の周囲に集まる。問われる前に、言う。
「マッドマンの沼に落として溺れ死にさせる。下がるぞ」
表情は様々だ。驚愕を表すエラノールさん。衝撃を受ける工務店の男。最後に獰猛な笑顔のミーティア。
自分自身、早く下がらねばと移動を始めたがだめだ。あの拳は相当だったらしい。コアのさらなる補強を受けてもまともに歩けやしない。ふらついて歩くこと三歩。見かねたのか工務店の男が肩を貸してくれた。
「おう、悪いな。工務店の」
「……ヨルマ・ハーカナです! ともかく、お急ぎを」
そんな名前だったか。肩を借りて、痛みできしむ身体を前へ押し出す。背後では、氷の壁が破滅的な音を立てている。際限なく冷や汗が流れる。心臓が踊る。ビビるな。やるしかないんだ。思わず上げそうになる悲鳴を、大げさなくらいの呼吸でごまかす。
歩きなれた道が、とても長く感じる。この世界に叩き込まれてから今日まで、この洞窟の整備を続けてきた。水たまり、ぬめり、岩、段差。自然環境そのままのここを、こうやって普通に移動できるようにしてきた。その成果が、一か八かの策に繋がっている。このまま死ねば、諦めたら今までのすべてが無駄だったことになる。冗談じゃない。負けてたまるか!
朦朧とした頭で、この策を成功させるべくさらなる手立てを考える。推敲している時間はない。思いついたままどんどん突っ込む。
「……そうだ。ハカーナ、さん。蜘蛛の巣のスクロール、まだあるか」
「ヨルマで結構です。あと一本ございます」
「ちょっと変わった使い方を頼みたい」
歩きながら、策を伝える。笑顔というには、酷く硬い表情をヨルマは浮かべた。
「よくもまあ、そんなに思いつくものですね」
「追い詰められてるからな。人間、困ったときほど無茶苦茶やるんだよ」
「……無茶苦茶の方向性が、人によって違うのは何故なのでしょうね」
話しているうちに、マッドマンの沼に到着。渡し板はさすがに一人で行かなければならない。平時用に、もっと広くしようかという話が出ているのだがまだ手が回っていない。こういう緊急時の為にも、生き延びたら早めに手を付けよう。
「じゃあヨルマ、頼んだ」
「お任せを。そして、お急ぎを」
エラノールさんは何も言わずに殿についた。まあ、彼女は戸板が外れた飛び石状態でも対岸に渡れるからな。俺はイルマさんに手を引かれながら、最後の手を尽くす。
「ミーティア。頼みがある」
「なによ。さすがにもういろいろ限界よ?」
「金縛りの魔眼だ。あいつを沼に落とすために頼みたい」
「無理。あれを拘束するだけの力がのこってない」
「俺の血を飲んだら、どうだ?」
ミーティアが、思いっきり顔を引きつらせる。美女がやっていい表情ではないな。
「あんたねぇ。それでなくても我慢してるのよ? この疲れ切った状態であんたの血? 止めてよ、本気で理性飛んで飲み干すわよ?」
「ギリギリ命が残る程度で何とかならんか? 流石に死ぬとダンジョンがまずい」
「無理言うのも大概にしなさいよあんた。……そっちのハイロウ。やばかったらあたしの頭張り倒して止めてね」
「ええ、頭が残る程度には加減しますから」
あははは、と。誰も彼も余裕のない、でも笑うしかないという極限状態。でもまだ笑える。まだ希望がある。
「オオオォォォォォ!!!」
特大の破砕音と共に、咆哮が響く。洞窟をとどろかせる足音が近づいてくる。さあ、最後の大勝負だ。
戸板を渡り切る。ヨルマもギリギリで渡ってくる。エラノールさんは沼の中央にある飛び石の上で弓を放ち続けている。来る。
「ミーティア!」
首筋に、激痛。後ろから彼女が牙を立てたのだ。溢れ出る血を、ミーティアが飲む。痛みのおかげで、薄くなりそうな意識がかろうじて保たれる。
ペインズが、向こう岸に見える。エラノールさんが飛び石を渡って後退する。
「オオオオオオオオッ!」
叩き付けられる、咆哮。ビリビリと全身を震わせる。俺の声はそれに負ける。だが、伝えたい奴には、伝わる。一人はすぐ後ろに。一人は契約で。
「やれ」
「アアアアアアアアアアアッ!」
ミーティアが、吠える。コアの力がたっぷり乗った血は、彼女の魔眼を確かに強化したらしい。見事、二度目の金縛りを成功させる。動きが止まった。後ろで倒れる音。ミーティア、よくやってくれた。
そして、ペインズの後ろから白い人型が迫る。
「ッ!!!!!!!」
ストーン・ゴーレムだ。その表面に、たっぷりと蜘蛛の巣が張り付いている。そう、ヨルマに頼んだのがこれ。この状態で、壁際に突っ立たせておいたのだ。あんなに急いで突っ込んでこなければ、不自然にでかい蜘蛛の巣を見逃すこともなかったろうに。あるいはそんな知性がないのか。
ともあれ、金縛りでは避け様がない。ゴーレムのぶちかましで、ペインズが沼へ押し出された。
「いぃぃぃぃぃやっ!」
エラノールさんが、飛んだ。跳躍し、落ちている最中のペインズに大上段から木刀を叩き込む。ペインズの金縛りが解ける。だが、反応しきれない。血肉が飛び散るほどの一撃を、額に受ける。
「オオオッ!?」
エラノールさんはそのまま、ゴーレムの背を踏み台にして向こう岸に着地。派手な泥しぶきを上げて、ペインズが落ちた。
「ま”ぁぁぁぁぁ!」
三体のマッドマンが、ゴーレムと協力してペインズを抑え込む。何が何でも息継ぎさせまいと、泥を顔に突っ込む。
イルマさんとヨルマが、最後の押し込みとばかりに攻撃を再開する。コボルトたちも、シャーマンの指示で投石紐を使って投げまくる。
だが、それでも奴は暴れる。泥が跳ねる。ゴーレムが振りほどかれそうになる。まだ足りないのか。これ以上、何ができる。出血と疲労とダメージ。いよいよコアの力でも持たないくらいに、意識が飛びそうになる。
「ワンッ!」
気が付けば、隣にコボルトがいた。そいつが抱えているものを見る。
……ああ、そういえばもってこいって言ったな。え。そっちも持ってきたの? ……そうだ、これもマジックアイテムだったか。じゃあ、足しになるか。
掴む。振りかぶる。ピッチャーナツオ君。第二球……
「それは、うちの、ダンジョンカタログ!」
投げました! 狙いたがわず、ペインズの頭にデッドボールでストライク。ハンマーでぶん殴ったような音が響いた。
「クソ、食らえ」
そこで、俺の意識は限界を迎えた。
/*/
機械の音が聞こえる。歯車、バネ、ゼンマイ。蒸気、燃焼、圧縮。たくさんの機械が動いている。工場だ。とんでもなく大きな工場だ。どこまでも、どこまでも。彼方から、此方まで。地平線の果てまで続く大工場。近くて遠い隣の異世界。こいつは、そこにある。こいつは、そこにいる。
それは一つの機械。赤い、コアと同じ色の機械。永遠に動き続ける機械。その中央に、痩せた赤髪の少年がいる。上半身のみ。下半身は機械と一体化している。
そいつが、俺を見ている。俺は、そいつと繋がっている。コアだ。ダンジョンコアは、そいつと繋がっている。俺は、ダンジョンコアと繋がっている。
今なら、すべてがわかる。こいつがダンジョンメイカー。いや、これはこいつの存在を隠す名前。本当の名前は、グランド・ダンジョンコア。すべてのコアの親。生産元。親機と子機。機械化惑星。機械仕掛けの神。
「情報収集。状況確認。予測との差異について、検討を開始」
こいつは、あの森にはぐれペインズが眠っているのを知っていた。だからあそこに俺たちのダンジョンを開いた。ダンジョンが開かれることでモンスターが間引きされる。兵士になるモンスターを減らせる。ダンジョンが強くなったら、ペインズを処分させる。そういう計画を立てていた。
「検討完了。問題を認められず。状況終了を確認」
こいつが、俺の記憶を持っている。思い出せないはずだ。引っこ抜かれている。ああ、今なら思い出せる。父さん、母さん、姉さん、姉さんの旦那さん、生まれて一年の姪っ子。初恋の人、友人、親しい人々の記憶。すべてこいつに持っていかれている。
「初期計画の完了を認める。基礎命令の実行を継続せよ」
俺に言ったわけではない。コアにいったのだ。俺は付属品にすぎない。殴りたい。文句を言いたい。だが指一本動かない。声も出ない。夢を見ているかのようだ。実際、そうなのかもしれない。
「直接接続を解除。通常通信状態に移行……」
ぶつぶつと、何もない前を見ながらつぶやいていたグランドコアは、はじかれたように空を見上げた。そこには、満天の星空があった。……違う。これは星空ではない。世界だ。星のように輝くそれ、一つ一つが世界なのだ。
そしてその中の一つ、怪しく紫色に輝く世界が色を失った。あの色は、ペインズの色。
「は、ははは、はははははははははは! まただ! また一つ! 食らい合え! 何も残さず枯れ果てろ! お前には、お前たちにはもう、なにもくれてやらんぞ!」
笑う。機械が笑う。怒りと憎悪を込めて紫の星空を笑う。あの星、あの世界全部がペインズに侵略されている。百か、それとも二百か。色はほかにもある。真っ黒な星は殺戮機械群。濁った緑は異界の超生命。ほかにも、様々な侵略存在が各世界を滅ぼしている。一体、どれだけの世界が食いつくされたのか。
「つぶし合えつぶし合え! それが嫌ならここに来い! この決戦世界に! 私と友のダンジョンに! ここから先は通さない! 私がお前たちを食いつくす!」
ここは、この世界はチョークポイント。天に広がる世界は、行き来自由。しかしそれ以外に行きたければ、この世界を通らねばならない。こいつは、この世界で栓をしている。この世界で、ダンジョンで、侵略存在達を迎え撃っている。
そして、この世界の向こうには、地球が……。
「……通常通信状態に移行する」
/*/
目を開ける。見慣れた、俺のテントの天井だ。喉が渇いた。体が痛い。生きている。……夢を見た。ダンジョンメイカーの正体とその目的。あの星、あの世界一つ一つに幾千万の怪物がひしめき合っている。やつはそれをここで食い止めている。
なんでそんなことを始めたかはわからない。だが、それをしなければほかの世界が食いつぶされるのだろう。あの天に広がる世界群のように。……地球も。
大いに、複雑な気分だ。あいつは多数の世界を救うために、多数の人生を引っ掻き回している。そうしなければ被害者たちの人生どころか世界そのものが消えるとしても、なかなか飲み込めるものではない。志願制まではいわないが、せめて初期説明ぐらいあってもいいのでは? あと、記憶を封じることについては本気で納得できない。
あそこで、確かに思い出せた家族友人の事。今は全く思い出せない。家族構成ぐらいしか、残らなかった。それが残っただけまだましなのだろうが……。
「……ごほっ。くそ、やっぱりヤツについて言葉にもできんか」
しっかりプロテクトがかかっている。用意周到だ。
「わんっ! わんっ!」
コボルトが、俺のテントに飛び込んできた。黒毛のあいつだ。尻尾をこれでもかと振っている。何か答えようと思ったら、次々とコボルトがやってくる。あっという間にテントがコボルトでいっぱいだ。
「おお! 主様、お目覚めですか! お加減は!?」
遅れてシャーマンもやってくる。後ろにはアルケミストもいるようだ。
「喉が渇いた。体は痛いが、酷くはない。皆は? ヤツはどうなった?」
「みんな無事ですぞ! あの恐るべきペインズも、沼に沈んで消えました! ご安心くださいませ! では、さっそく水を……」
「お持ちしました。皆さま、通してくださいませ」
ゴーレム・サーバントが水差しを持ってきてくれた。起き上がろうとすると、身体がきしむ。結局寝たまま水を飲ませてもらうことになった。
「ストーン・ゴーレムですが、修理可能です。今はスライムたちに泥と蜘蛛の巣を掃除してもらっています」
「そうか……」
みんな、元気そうだ。ああ、そうか、そうだな。
「勝ったな。みんな、お疲れ様だ」
「わんわんわんっ! わんわんわおーん!」
「これ! 主様はまだ臥しておられるのだぞ! 騒いではいかん!」
「シャーマンさんも先ほどからずいぶん大騒ぎでしたが」
「はう!」
勝鬨を上げるコボルト。アルケミストから鋭い突っ込みもらうシャーマン。エラノールさんたちも、テントの外からこちらを覗いている。
深々と、息を吐く。勝った。……ヤツの事は、この際おいておく。俺のダンジョンが勝った。それがすべてだ。なあ、ダンジョンコア。胸に感じる繋がりに意識を向ければ、返答のようなかすかな反応が返ってきた。
タイトル回収。




