クライマックスフェイズ
デンジャラス&デラックス工務店のヨルマ・ハーカナは業務に邁進していた。ダンジョンのために働く。それがハイロウであり、工務店員である彼の仕事にして生きがいなのだ。
特に、昨今の仕事をヨルマは誠心誠意取り組んでいた。不本意にもダンジョンマスターになってしまった人々。彼らをその座から降ろしてやること。それが今の仕事だ。
もちろん、表向きのものではない。工務店の仕事はダンジョンを作ることだ。しかし、やる気のないマスターのダンジョンはひどいものだ。酷使されたモンスターは次々と死んでいく。モンスターがいなければダンジョンは維持されない。荒廃したダンジョンで生きていけるほど、昨今のダンジョンマスターは強くない。
(特に、豚どもは最悪だ。奴らはダンジョンのすべてを侮辱している)
豚。商業派閥に囲われているダンジョンマスターたちを、ヨルマはそのように呼んでいた。もちろん、心の中だけで。口にも顔にも態度にも出してはいない(と、ヨルマは思っている)。
そのダンジョンマスターたちは、商業派閥の操り人形だ。自分の安寧のために、ダンジョンの力を使う。同族であるはずの人間がどのような目に合うかわかっていても実行する。それどころか己のために進んで犠牲にするものまでいる。
豚のダンジョンは醜悪の一言に尽きる。悪臭、汚物、病、死体。ゴブリンやゼノスライムに類するモンスターでなければ生きてはいけない汚染地帯。豚はその奥にしつらえた安全地帯で退廃を貪っている。そんな環境で働かされるコボルトなどは哀れの一言。ろくな食事もできず、痩せて病にかかる。あるいはゴブリンのいじめにあって死ぬ。そして甦らされまた働かされる。
襲撃があるとさらに最悪だ。ゴブリンどもはばたばたと死ぬ。コボルトは巻き込まれて死ぬ。ホブゴブリンやゴブリンシャーマンなどは、ある程度の敵戦力を道連れに死ぬ。オーガやオークなどは暴れるだけ暴れて死ぬ。ゼノスライムは死なず、死体を貪り食う。
ダンジョンが、あのような地獄でいいはずがない。
(やる気のないものが、ダンジョンマスターであってはならない。不幸が増えるだけだ)
だからこそ、ヨルマはこの仕事をしている。ダンジョンにモンスターをぶつけ、戦力を削る。コインがなくなれば、モンスターの復活はできない。そこまで追い込んだのちに、貴族派閥に借金という形でつながりを持たせる。
貴族派閥はダンジョンと繋がりが持てる。ダンジョンマスターは急場をしのげる。さらに、貴族たちが紹介した者と子供をもうければマスターの地位を譲り渡すことができる。
譲り渡した後のマスターがどうなるか。それは本人と貴族たちの問題だ。ヨルマの関わるところではない。よい関係であったのなら、相応の待遇を受けるだろう。新たなダンジョンマスターの父ではあるわけだし。しかしそうでなかった場合は……。商業派閥が、用済みになった元豚をどうするか。ヨルマはよく知っていた。
(貴族たちなら、マスターを豚に変えることはない。商業派閥に見つかる前に、なんとしてもこいつも追い込まねば。……しかし)
上手くいっていない。森の中、ヨルマは一人佇み考える。今回のターゲット、ミヤマダンジョン。
まず、ここまで手こずること自体が意外だった。あのミヤマというダンジョンマスターは、そこまでできるようには見えなかった。二、三回けしかければ音を上げると思っていた。だが、ふたを開けてみれば未だに戦力を保有している。
(意外といえば、配送センターがガーディアンを紹介したことも。あのようなマスターが信頼できると判断した? 良家の坊ちゃん嬢ちゃんはこれだから)
配送センターには千年、二千年の歴史をもつ上位貴族の勢力が幅を利かせている。皇帝家すら繋がりがあるとも聞く。世間知らずがやらかした、とヨルマは考える。
(昨今は、ガーディアンを派遣できるダンジョンもなかなか見つからないと聞く。契約できていないガーディアンは年々増加。契約コインも値下がりしているとか)
なにより、工務店側が囲い込んでいるせいもある、という思考は頭から振り払った。ヨルマは気持ちを切り替える。
あまり時間はない。商業派閥が動いたら、もっとひどいことになる。それまでに貴族派閥に渡さなければならない。
(……豚になることを拒んだ。そこは、評価してもいいだろう)
今までのダンジョンマスター、後の豚共は己が助かることと楽をすることしか考えていなかった。餌をつるせば、それがどのような結果を起こすか考えもせず喰いついた。それを拒み、怒りを浮かべてにらみつけてきたのは今回が初めてだった。
契約したインプに思考を飛ばす。今回で終わらせるために、切り札を切った。ダンジョンコインを飲ませた、オーガ。これをぶつける。たとえガーディアンがいるとしても、こればかりは抗いようもないだろうとヨルマは考える。
姿隠しの外套をかぶせたインプが飛ぶ。件のダンジョンまでもうすこし。
「ォォォォォォォォ…………」
「!?」
背筋に震えが走り、ヨルマは後ろを振り返った。森の薄闇があるだけ。ほかには何もない。だが、確かに聞こえた。何かをこらえるような、うめき声が。
「……この森には、なにがあるというのだ」
ここに潜むようになってから感じる、薄気味悪い何か。モンスター達の闘争がそれを目覚めさせたか。残された時間は、思う以上に短いのではないか。ヨルマはインプを急がせつつ、自らもダンジョンへ足を進めた。
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突貫作業で準備を進めた。シャーマンとアルケミストが求める材料の収集。足りない物資の買い付け。イルマさんへの報告。
作られた魔除けとまじない消しの粉の設置。準備時間の短さもあって、設置場所はダンジョンのすぐ近くとなってしまった。インプを発見し捕縛することはできても、モンスターの襲撃を避けることはできないだろう、というのがエラノールさんの予想だ。
襲撃に備えて、交代で休憩を取りその時を待つ。裏方であるゴーレム・サーバント達は二十四時間フル労働。休む必要がないとはいえ無理をさせている。ことが終わったらしっかりメンテナンスを受けてもらおう。
コボルトたちも交代で休みを取らせているが疲労が見える。水浴びさせる暇もないので、スライム・クリーナーが活躍している。というか、ダンジョンメンバー全員が世話になっている。マッドマン風呂に入っている余裕はない。エラノールさんはかなり葛藤したようだが、不衛生よりはいいと覚悟を決めた模様。スライムにまとわりつかれた時、変な悲鳴を上げていた。
客人であるミーティアについては、若干面倒があった。服についてだ。布一枚ではいろいろ問題があると、服を着てもらうとしたのだが本人が嫌がった。
「動きの邪魔になるものを体に付けるのは趣味じゃない。これも、さっさと剥がしたいんだけど?」
このもろ出し女! とエラノールさんがまた怒る羽目になった。とはいえ、今や日本で幻のごとく語り継がれるバブルの時代に着られたとされるボディコンのごとき格好のままも困る。ああでもない、こうでもないとエラノールさんとゴーレム・サーバントが苦労した結果。
「これならまあ、許容できるわね」
「……ビキニ……アーマー……だと……!?」
俺が驚愕に目を見開いたのをだれが咎められようか。セクハラだといわれても無理である。その豊満な肢体の要所をかろうじて隠す、下着のごとき鎧。昔のフィクションの中にのみ存在したビキニアーマーを、自分の目で見るとは思わなかった。それも、完璧に着こなして。
モンスターという事もあるのだろうが、彼女はかなり大柄だ。もし人の足があったら百九十台の身長があるんじゃなかろうかというぐらい。スーパーモデルもはだしで逃げだすスタイルだ。そんな彼女のビキニアーマー。大迫力すぎるにもほどがある。
エラノールさんは深々とため息をついた。
「何とか、着せました。下着もヒモみたいな、はしたなさの極みみたいなやつですが一応」
「お疲れ様でした」
そしてありがとう。という言葉はさすがに飲み込んだ。ミーティアといえば、上半身を傾けたりひねったり、動作確認に余念がない。非常に目に毒だ。
「……これ、思いっきり跳ねたらすっぽ抜けそうね」
「わかっているなら、やるな」
がるるる、とエルフの気品を空のかなたに放り投げてエラノールさんが威嚇する。……いやあ、確かにスレンダーではあるが女性らしいラインはしているよエラノールさんは。が、これを言えば確実にひどい目に合う。セクハラでもある。ここはそっと離れるしかない。俺は極力気配を消して、ほかの作業に合流すべく背を向けて、
「ミヤマ様、どこへ行かれるか。この露出女と先ほどの不快な視線について少々お話が」
「はははは、さすが女侍。お気づきになられたか」
「ええ。それはもう」
がっしりと、肩をつかまれた。フフフ、万力で締め付けられているかのようだぜ。
「私は別に、好きなだけ見てもいいから」
「マジで!?」
「そりゃあラミアだもの。男誘惑してなんぼなのよ? 何なら、もっとすごいことする? 代わりに血をもらうけど」
そういって、魅惑的な流し目を送ってくる。彼女いない歴イコール年齢の俺にはあまりにも刺激的だ。そして肩の締め付けがさらにひどくなる。強化されてなかったら冗談じゃすまないレベルでは? さておき、気になる点がひとつ。
「ミーティア。その血というのは必須なのか? エロうんぬんじゃなくて、生きていくのにというレベルで」
「そうねえ。生き血ならわりと大丈夫だけど、やっぱり一番はヒトの血ね」
「じゃ、ちょっと俺の血飲んでみない?」
「ミヤマ様!? いきなり何をおっしゃっているのですか!」
さすがに肩から手を放してくれた、と思いきや正面回られて両肩掴まれてがっくんがっくん揺さぶられる。正気を失ったかと思われているのか。まあ、さもありなん。
「いやあ、ほら。ダンジョンマスターってモンスターにとってパワーアップエサみたいな所があるっていうし。この緊急時、お手軽に戦力強化できるならやっといた方がいいかなぁって」
「そうかもしれませんが! これは契約してるわけではないのですよ!? だったらほかのモンスター……」
エラノールさんの勢いがしぼんでいく。うん、そうなんだよ。
「コボルト、スライム、ゴーレム・サーバントは強化してもたかが知れている。シルフやマッドマンは血を渡しても強くならないと本人たちから聞いている。ストーン・ゴーレムはそもそも食事をとらない。うちのモンスターでそういう強化できるやつ、いないんだよ」
正確に言えば、ゴーレムたちに関しては血を使って強化は可能とアルケミストから聞いた。が。時間がかかるらしいので今回は無理。
「あんた、頭に変な精霊でも飼ってるの? 質の悪いラミアなら、死ぬまで血を吸うことだってあるのに」
「それは知らなかった。で、ミーティアはやるのか?」
「やるわけないでしょ。状況が状況だし、そうじゃなくてもそこのエルフが殺しに来るだろうし」
「当然だ」
ふしゃー、と威嚇するエラノールさん。最近猫に見えてきた。エルフ耳かつ猫耳とか業が深いな。いかん、疲れているかもしれない。
「ともあれ。生き残るためだ。吸え」
「……あんたはあれね。普段は無害そうに見えるのに、危険が近づいたら大暴れするネズミね」
「はっはっは。案外誰もがそうかもしれんぞ」
「心が折れてあきらめるのもそう少なくないわよ」
互いの目を見る。視線をそらさない。腕を出す。掴まれる。ミーティアの口から牙がのぞく。噛まれる。痛い。……いや、本当に痛い。男なので悲鳴も我慢するが、限界かもしれない……と思っていた矢先、ミーティアが離れた。体感的に、それほど吸われなかった気がするが。
エラノールさんが懐から布を取り出し、腕に巻いてくれる。ミーティアといえば、口に手を当ててふらふらと俺から離れる。心なしか顔が赤い。
「なんだ、なんかまずかったか?」
「……あんた、血に何仕込んでるの? これがダンジョンマスターの血? やっばい、なにこれ。理性が飛ぶかと思った」
深く息をして、興奮を抑えようとしているミーティア。どうやら、劇薬だったようだ。
「ちょっと横になってくる。これ以上あんたの近くにいたら襲いそうよ」
「おーう、その、なんだ。無理させたようで悪かった」
そういったら、何やら恨めし気に睨んできた。しかし何も言わずに離れていった。
「うーん、こういう手段は安易にとってはいかんという事かな?」
「……さあ、どうでしょうか」
なにやらエラノールさんの声が冷たい。ともあれ、腕も痛いしちょっとシャーマンに薬でも塗ってもらおうか。……そう思って移動しているのだが、冷たい視線が背に刺さる。
「何かな、エラノールさん」
「いえ、別に……しいて言うなら、先ほどの話がまだです」
「先ほど?」
「私に対する視線について。ええ、ついでですのでもろ出し女の扱いについてもついでに話しましょうか。色々と」
「……お手柔らかに」
とまあ、息抜きにこんなやり取りをしつつも反撃の準備は進められた。